戦争のつくられかた 感想集

本当に戦争が近づいているように思います。これからもがんばって下さい。(40代女性)

わかりやすかったのは最後の場面、ビラを出せない闘争本部の人々。言葉を思い切っていえないからか伝わりにくい。(60代)

ナチスの恐ろしさがしみじみと伝わってきた。日本でこんなことが起きたらと思うとぞっとする。(40代男性)

今の時期だからこそ見なければいけない作品だなぁ…と感じました。私のような若い世代は、反抗する牙を抜かれるように育てられたように感じるので、改めてこれから、考えることを始めようと思いました。(20代女性)

普段の生活の中で、忙しさにまぎれて考えずにいること、目をそらしていることを、今しっかり考えて、自分の目で見て、自分の頭で考えることをしていかなければならない、ということを思いました。正しいことが必ずしも受け入れられる訳ではない世の中ですが…。ありがとうございました。(30代女性)

もっと難しいお話かと思いましたが、とても分かりやすくて良かったです。これからもがんばって下さい。(20代女性)

今の時代に合った、考えなければいけないテーマだと思いました。(30代女性)

今の日本の状況とオーバーラップして、様々なことを考えさせられました。ああいう風にして戦争にまきこまれていく──イヤ、戦争にしていくのでしょうね。どうすることもできない、やりきれなさで涙が出てきました。惜しかったのが、若い方々のラ行の発音です。美しい音でお願いします。(40代女性)

ショートストーリーがつづくという形で、思ったよりも、とても見やすかったです。難しそうな題材だな…と思っていましたので、一場一場を切り取って上演するというスタイルは、当時の人それぞれの考えや状況がわかって良かったです。特に「勤労者の時間」がリアルタイムな雰囲気を感じ面白かったです。「劇団どろだからこそ出来る芝居!」という印象を受けました。考えさせられる部分もあり、皮肉めいた笑いもあり、楽しかったです。ただ、普段聞き慣れない台詞もあって、流れるように話す方の時は何を言っているのかわかりづらかったです。緊迫感はすごく出ていましたが、もう少し台詞をちゃんと聞き取れるように仰っていただきたかったです。(20代女性)

◆今回の芝居は、一九九八年六月に観劇した『…恐怖と貧困』とは一ト味違った面白さがありました。私には難解だったブレヒト作品が、一歩も二歩も身近く感じられました。そしてこれは《和風・洋食》ならぬ手作りの《どろ風・ブレヒト劇》だと一人勝手に楽しみました。  冒頭の十四人の朗読で、危険な現代の政治情勢を語っているのが『…恐怖と貧困』の内容を差ほどの苦労もなく理解する一助となっていました。

◆他国の放送を聞いただけで〃裏切り者〃〃非国民〃の汚名を着せられ暴徒に襲われる隣家の騒ぎを、夫婦が重なり合うようにしてうかがう場面の脅えた視線、震える唇が、動きや台詞の少ない演技にしては、上手く緊迫感を表現していました。(初日は少々ギコチなく感じられました)

◎ふと、戦時中私が敵性音楽と言われる西洋音楽のレコードを聴くとき、蓄音機に布団をかぶせていたのを思い出しました。

◆子供と三人で登場する夫婦が、会話のなかでナチスの圧政への不満を漏らすが、我か子が黙って家を出ていったのが気に掛かり、密告されるのではないかと恐れる。そして子供の前で夫婦が何を喋ったかを復唱しあい、弁解の仕方まで考えたりする狼狽ぶりが、滑稽に見えるほど恐怖感をさそい、子供が何事もなかったように菓子袋を抱えて帰ってきても、なお、子供に対して疑念が消えない。そんな夫婦の動揺する心理状態がよく出ていました。

◆死の間近な老人の枕元で『神の道』を説こうとする牧師が、そばにいるカギ十字の腕章をつけた少年を恐れて、祈りの言葉さえ出てこない。これもかつてキリスト教会の礼拝で、東に向かって宮城遥拝をしてからでないと聖書を読むことも許されず、また『お前たちの神様と天皇陛下とどっちが偉い』と問い詰められて答えに窮するキリスト教信者など、戦争ならではの共通点だと思いました。

◎その後の幾つかのエピソードは省略しますが、場面転換ごとに舞台が緊張を高め、引き付けられていったのは、私にはとても解り易いブレヒト劇に仕上がっていたからです。

◆こうして他人はもとより、肉親すら信じることが出来なくなり、人間が人間でなくなったとき、ヒットラーが求めた第三帝国が生まれる。でも、これは決して遠い過去の出未事ではなく、朗読劇で語られたように、キナ臭く煙りさえくすぶり始めた日本の危険な政治情勢を暗示していました。

◆せめてもの救いは、戦争ゆえの貧困に憤りを込め『今に見ろ!』と立ち上がろうとする女性たちの逞しさ、強さで終幕を飾っている事です。その時の女性の一ト言に深い感銘を受けたのですが、どんな言葉だったか…、それを忘れてどうしても思い出せないのは、矢張り、八十という年のせいでしょうか。来年もますますのご健闘お祈り申し上げます。