劇団どろ第82回公演 神劇まわり舞台 広島劇団月曜会提携公演
「ヒロシマの夜打つ太鼓」感想集
憲法、君が代、日の丸と今大切なことなのに生活の中で口にしない、
流されてしまっていることを、
大切なことと気づかせてくれました。
なつかしい「仕事のうた」など聞けて青春の時を思い出しました。
こういう大事なことを表現していく演劇の大切さを思います。
どうぞこれからも大変でしょうが続けて下さい。
太鼓の音が意味するもの…考えましょうか
影と男のやりとりの中の〃ピカは差別せん〃
重いですよね
人間が感情の中に作り出す差別は
形を変え矛先を変え存在する
でも人間の尊厳を根底から覆した〃ピカ〃が
唯一それを無視しなかった…というのは
太鼓、歌、もちろんお芝居もご苦労様でした
この舞台の意味(テーマ)は少し考えてみるに時間がかかりそうですね
私の場合
ありがとうございました お疲れ様でした
静かな空間、淡々と続く会話の中で、
自分自身のことも含め
ゆっくりと考えたり 思いめぐらせたり…
答えはまだでない
けれど…いい時間でした
また今後も楽しみです!
〃心の中にものをつくる〃とか
〃自分自身をかたれ〃とか
広渡さんのことば 心にのこりました!
ぐちゃぐちゃにたまっていたものを少し吐き出せた気分です。
芝居のことは全然わかりませんが、まだむねのあたりにあついものが。
日本というか、世界を変えたい、なにかしたい、できることは?
さがして真剣になってる人は沢山いて、
でも何をしたらいいかわからなくて、もどかしくて。自分もその一人だということ。
まだ進む方向が見えないからこわいけど、
前には進めそうです。
こんな気持ちにさせてもらえたこと、芝居ってすごい。
芝居に魅せられて(…というにはまだ早すぎまますが)
やりたいと思ってまだ一ヶ月、私も人をこんな気持ちにさせてみたい。
進む方向を見つける、第一歩になればと思っています。
私は広島出身です「ヒロシマの──」というタイトルをみて興味がわき
今日拝見しました。
何から書いていいのかわからないのですが…
様々にかわされた議論の中で、今までとは…というか
余り聞くことなかった視点が提示されていて
その色々なものが今私の頭の中をめぐっています。
一番の若造さん‥(ろくさん)の熱い気持ち、〃情熱をもってる〃というのがとても共感できます。
とにかく色々考えさせられます。
最後の方の寿美先生の、風野保育の子供たちの今後を語る場面はとにかく感動しました。
太鼓もとても良かったし、ありがとうございました。
劇団どろの皆様へ
「ヒロシマの夜打つ太鼓」を観せていただきました。
いたく感動し、終わってもしばらくは席を立てないほどでした。
このようなテーマを、何のてらいもなく正面から堂々と提示され、
観客に投げ出されてきました。このことに私はまず感じ入りました。
確かに重いテーマです。それがさわやかな舞台になっていました。
どろどろとした問題を、
ある意味では深刻な対峙をさけて今の現実の中で語られることになり、
それが非日常と日常と対比ともなっていました。
ゆるやかにそり上がった弧の舞台は平板なものとはまた別の趣がありました
------穏やかなものにしていたように思います。
それにコーラスも効いていました。
ヒロシマに影だけを残し、消えていった人もいました。
語ることも出来ずに逝った人たちの思いも、
芝居を見ながら私はあらためて考えました。
怒りにもならなかった人たちの口惜しさを、
どう引き継ぐことが出来るのでしょうか。
ある意味ではもう非日常となったものを日常の中に取り戻された舞台でもあるでしょう。
演じる方々にもまた重いものがあり、
芝居の制作に取り組まれる中で、様々に苦しまれたことでしょう。
それを経て、ここまで舞台に創りあげられた喜びもまたひとしおでしょう
------芝居を作る体験とその成就感は、
客席にいるものには到底分からず、享受することのできないものです。
それにこの芝居創りに若い世代の人たちが多く参加されていたことに、
また意味があるように思います。
一つにはヒロシマの歴史が様々に語り継がれ、
継承されて行くことにあるでしょう。
更には若い世代の人たちの間に、
このような芝居創りの関心がやや離れていっている時でもあり、
創る側と見る側に多く若い人たちが集まられたことを心強く受け止めました。
この芝居をどの様に創られ、またどの様に観られたのか私も聞きたいと思っています。
私は「どろ」の芝居をいつも楽しみに観ております。
労演の芝居も長く観ていますが、
今度の「ヒロシマの・・・・」は最近、余り観られない舞台でもありました。
皆さんありがとうございます。
────ひとりの観客より
同一は望めないにしても同様の感性及び社会性を持つ観客でないと
理解・同感・感情移入・討論参加できない難しいテーマが非常に多い
難しい舞台ですね。
現代人である我々が皆、舞台の上の俳優さん達のセリフの一言一句にどこまで感応できるか、
大変気の抜けないドラマです。
すごく演出の難しい舞台だとおっしゃっていた理由がよく分かりました。
プロパガンダにのった「ヒロシマ」しか知らない自分に気づきました。
《ヒロシマ》というとき《ああ、ヒロシマ》と
やさしくこたえてくれるだろうか…
との、問いかけで始まる詩を道案内にして、
私はこの芝居を興味深く観ました。
そして気づいたことは、
《ヒロシマ》を残虐な原子爆弾の被害地、戦争の悲劇の象徴と認識しつつも、
日本が加害者でもあったまぎれもない事実を、
いつの間にか潜在意識の片隅に追いやっていた自分の迂闊さでした。
詩は尚も私をいざないます。
《ヒロシマ》といえば『パールハーバー』
《ヒロシマ》といえば『 南京虐殺』……
と、今も血と死のこだまが返ってくるのは何故でしょう?
私は私なりに考えてみました。
それは日本の戦争犯罪者の生き残りが…、その息子が…、孫が…
現在も日本の政治を牛耳っているからだと思いました。
彼らは口を拭い、しらじらしく民主主義を唱えながらも、
靖国神社参拝を強行しています。
それでいて、同じ目的で平然と《ヒロシマ》で手を合わせているのです。
そんな中身のゆがんだ行事だけが欠かさず続けられている現状に、
登場する《ヒロシマ》の若者たちは、
あの日さながらに またしてもうごめこうとする
怪物の毛むくじゃらの指と、きのこ雲の幻影…
を、危険な気配と感じつつも、
〃それでは俺たちは何をすれぱ良いのか…?〃と、
自問自答したとき、返ってくるものは己れの無力さへのあせりでした。
とはいえ、彼らはそんな現実から逃避しようとしているのではありません。
唯一、自由に物が言える五郎七の食堂を解放区と呼んで集まり、
それぞれか持ち寄った鬱憤を叩き台にして激しい議論を交わすなかで
〃俺たちが好きというだけで太鼓をたたいているのなら、暴走族のオートバイと一緒ではないか?〃
〃いや、我々の太鼓はウサ晴らしではない〃
と激しい応酬を交わし、火花を散らす解放区が、彼らの発展的な憩いの時問と場所になっているのです。
そして明日を生きる活力を培う絶対必要な、
作者の言を借りれぱ《非目常的祝祭的空問〈時間)》なのです。
学校当局の教育方針に到底納得できず、自ら教職を辞した葉子も加わり、
一層の賑わいをみせます。
こうして解放区は不満の溜まり場ではなく、
若者たちの間で仲間意識〈連帯感〉を高め、
太鼓好きな若者たちには太鼓を叩く意義を…、
葉子には正しい教育の理念をさとらせる過程が、
詩とコーラスを横糸に、芝居ならではの台詞と所作を縦糸にして織り成す立体的な表現が物静かで、
それでいて説得力のある芝居に仕上げていました。
《ヒロシマ》といえば ああ《ヒロシマ》と
やさしくこたえがかえってくるためには
わたしたちは わたしたちのよごれた手をきよめなけれぱならない
若者達の誓いを込めた太鼓の音色さえ
力強く変わっていくのが分かるような感じさえする終幕に借しみ無く拍手を送りました。
◆感想文とはいえない駄文の羅列に退屈されたと思いますが、
とにかく私が気づいたまま書きました。
◆それでも一つ気になったのは、
《男》と《影》の会話で『部落』は『集落』で差別語だと訂正する場面がありましたが、
それなら《百姓》と言うのは差別語であって《農民》と呼ぶべきではないでしょうか。
太鼓の練習大変だったでしょ。お疲れさま。
出演者の皆様、裏方の皆様、
舞台、良いもんに仕上がってましたよ。
しかし、かなり左な作品でしたね。
天皇制のこと、憲法のこと、文部科学省と現場教師のこと、
声を大にして「言ったッタァー」って感じですね。
憲兵隊に捕まるぞ!!!
ぎゃははははははは
_(__)ノ彡☆ばんばん!
合田さん、
||o| (| ̄| ̄|)
|o||監禁されても、差し入れは、任しとけ!
不登校に関しては、「その通り!」と思う一方、
その傾向を持つ子の親としては複雑。
。。。って言うか人間としては、いい傾向かと(爆)
世の中、┐( ̄ヘ ̄)┌ フゥゥ〜方向に傾いてるけど、
心の深いところでチャンと大人しましょうね。(私が一番ガキ?苦笑)
では、次作も頑張ってください。
BY.しげみ
PS.掲示板に書き込みが出来ませんでした。
何故だろう?(爆)キッキラワレタカ!(爆笑)
「ヒロシマの夜打つ太鼓」10月26日の2時の部を拝見しました。
大変面白く拝見しました。
今の世情を反映したお芝居でしたね。と言っても、私が青年時代を
過ごした昭和30〜40年代と、人の気持ちは変わらないものだと改め
て感じました。何時の時代にも六郎太君は居るし、葉子先生もいま
す。
私は思想とか政治的な目ではなく、登場人物のそれぞれを観察させて
頂きました。結果が先に書いた結論です。
葉子先生が「風の保育園で伸び伸びと育っても、小学校へ上がって枠
に嵌められると不登校など同じになってしまう」と言うような台詞が
有りました。このあたりから、私は「このお芝居、どこに落とすのか
な」と見ていました。
終わりの方で寿美先生が「保育園で体験したことは心の奥に生き続け
る。中学生になっても大学生になっても、きっと・・」の台詞で落と
されたと感じました。
男と影で始まり、男と影で終わった多分に社会問題を考えることを提
起されたお芝居であったとは思いますが、私は人の成長に関わる社会
と人、家族への提起であったと受け止めました。
「三つ子の魂、百まで」「ぶたもおだてりゃ木に登る」へんな例えで
すが、幼い頃の親や祖父母の躾や教育が青年期に反映され、それが人
生を左右すると言っても過言では無いと思います。社会にあっては、
五郎七さんのような人生経験豊富な人が与える助言がふと立ち止まっ
た人生に活力を与えるような、こんな人の輪の大事さを改めて認識さ
せられました。
私は、今世間で一般化している、お芝居でも六郎太君の台詞にも有っ
たリストラの波をかぶって、定年を少し早め失職しました。
中学を出て、訓練生のときに「免状取れ、会社に居る間は役に立たな
いけれど、目標を持て、会社を辞めてから役に立つ。」と五郎七さん
のような指導員の指導を受けました。奮起して卒業までに免許を取得
できました。今、その免許を生かして自立すべく準備中です。自分自
身を振り返って、私は良い仲間や指導者を得て今が有りますが、私が
どんな影響を与えることができたか、こんなことも考えさせられたお
芝居でした。
今回の「どろ」は、主役の居ないお芝居、考えるお芝居を公演され、
今までのお芝居と趣を異にされていたと思います。役者さんがそれぞ
れ役になりきっての演技、楽しく拝見しました。
これからも色々なジャンルに挑戦され、公演されることを希望し、益
々「どろ」が発展されますよう祈念しています。
58歳・失職、充電中の男より
掲示板にも出させて頂きましたが、バナーに掛かって読みづらいかと
重複してメール入れさせて頂きました。