2001年12月8.9日の「奇蹟の人」の公演では、たくさんのアンケートをお寄せいただきましたが、その一つを紹介させていただきます。
伊藤さん、劇団どろの皆様お疲れ様でした。12/8の14:00〜の舞台を見ました。感動でしたー!!
ポンプに水差しを「ゴン」って落とした音、しびれました。その後はgroundをたたいたり、両親とのやりとり、先生とのやりとり・・・。もうーもっと泣いてしまう止めてーって感じでした。仕事柄どうしても職場を思い出してしまう作品でした。ヘレンのあばれっぷりなど(あー、こんなお母さんいたらアニーみたいに言い出さないだろうな・・・とか「どうしたらいいの」ってアニーと一緒に悩んじゃいました。)劇を見てるのを忘れて入っちゃいました。(自分のことでなく劇によ!!)

アニー・サリバン先生のキリッとした強さ、すっごく素敵でした。ヘレンを愛しているかというアーサー・ケラーの問いに「あなたは?」と返答していたけど、アニーの答えを聞きたかったです!何て答えるのかなと息をのむシーンでした。アニーはヘレンと会ってすぐに単語を指文字で示しますが、その後も「ことば」にこだわって突き進んでますよね。勢いがあってスカッとしました。ケラー夫妻とのやりとり、ジェイムスのアイロニー混じりの言葉に返す言い方など、若々しさと、強い意志が満ちていました。(演劇など経験したことのないので、よく間とか分からないのですが、あぁアニーはこういう人物なんだ、とすんなり受け入れることが出来ました。)
ケイト・ケラーの表情や言葉を見聞きしていると、本当にこういうお母さんいるなーとドキッとしました。アーサー・ケラーは古風でけっこう頑固おやじっぽくて、登場人物の中で一番時代を(国も)感じさせてくれました。思えば障害者の社会進出は(まだまだ途中ですけど)ここ十数年でめまぐるしい変わり様で、ヘレン・ケラーはこの時代(1980年くらいかな?)にヶラー家に産まれ、家庭教師がついたという所から「奇蹟」的・・・!
観劇中は、演技に魅せられアッという間に時がたっていました。見終わった後は感動の余韻と自分の仕事の反省や疑問など私にとってすごい考えさせられた舞台でした。障害を持つ子にどこまで期待するか、期待していいのか、その子にとっての幸せとは何か、三重苦の人が言葉を理解して「奇蹟」と呼ばれないような日が来るのかな?などなど考え出すとキリがないのですが・・・。

でもでもあらためて思いましたけど「言葉」っていいですよね。すごく素直にそう思いました。聾者の友人が「劇団のスクールに入るオーディションに『聾者教育のシステムが無いので』という理由で落とされた。」って言ってましたがコミュニケーションは健聴者間でも難しいのになかなかハンディがあると大変です。(ちなみにその子は「だからもっと大きなとこ受けるねん。」と続けて言ってましたが。)だからこそ、伝わると嬉しいんですかね。
ヘレン・ケラーの言葉に「世の中は苦しみに満ちているが、それにうち勝つものにも満ちている。」というものがありますが、障害を持つ人と接するときや舞台を見たときなどにこんな気分になります。
演劇も表現方法の一つとしてコミュニケーションの媒体、あるいみ「言葉」のように感じられますね。
最初のタイトルがスクリーンに出る時のピアノソロと劇の間に流れるジャズトリオ(カルテット?)すごくかっこよかったです。強くしなやかな音で軽くなく、弱くなく、話にすごく味が出た気がします。
すみません、自由にって書いてあるので本当に好き勝手書きました。本当に楽しかった(感動した)です。世にはすごい人達がいるんだな、と思いました。(仕事されながらの公演すごい!)また見に行きます。皆様お体を大切にご活躍されることをお祈り申し上げます。(病棟保育士)
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