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ぐいぐい舞台に引き込まれましたよ。 かつて労演でも見ているはずですが、印象が全く違いました。まるで今自分たちの置かれている状況そのもののような気がしました。 |
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楽しく観劇させていただきました。三方向から客席が組まれ、センターに舞台。美しかったです。 シュイ・タをマスクで演じられるとは全く思ってなかったので驚きました。 |
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今日は素晴らしい公演をありがとうございました。原作も読まず、ブレヒトと名前だけはよく聞くものの知らずに、足を運びました。 昨日まで3日間「赤い月」のことばかりが中心でいいお芝居だったなーと思っていたのですが、今日のお芝居を見て、何を比べるのでもなく直感として「これが芝居というものではないか」、という気がしました。 ストーリーがわかりやすくてそれでいてものすごく深いところをついている内容だな−と 役者として演出家として取り組みたいと思える作品であることはわかりました。 私が感動したのは演出よりもむしろ台本がよかったからだと思います。主役を演じた役者さんの演技も素晴らしかったですね。個人的にはヤン夫人を演じられた女性がすてきだなーと思いました。 それと6月末に中国旅行した時に四川省の成都に行ってきたのですよ。この芝居の舞台であることを知っていたらまた違った感じ方もあったでしょうが、しっとりと落ち着いた町だったので気に入りました。多分四川省には独特の何かがあるような気がします。もちろん歴史と結びついているのでしょうが。私は四川料理とパンダのふるさとと杜甫先生の家というイメージしか持っていなかったのですが。 せっかくいいお芝居を見てもその後にそれを深く味わい考える時間がなくて今から明日の仕事のことを考えて仕事に追われるのはやはりこの世の中がおかしいのか、自分がおかしいのか、でもやっぱりお金は必要ですものね。 |
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演劇については素人の感想を書かせて頂きます。前回公演の後、次にどんなお芝居を上演されるのかと楽しみにしていました。 演目がHPに出た後、関係する本も読ませて頂きましたが、難解でした。昨日見せて頂いても、難解でした。役者さんそれぞれとか、舞台とかのことは今回全く気に掛からずというか、合田さんのお芝居がどんな、何を、に集中して見させて頂きましたが、裁判の場面から以降に集約されていたのではと感じています。 単純に善意で生きること、行動することは出来ない、お金を稼がないと生きていけない、当然の世の中、バランスを何処に求めるのか、求めなければならないのかと、深く感じさせて頂きました。 色々な国や社会体制、経済体制が有りますが、何れも振り子のように振られながら静止点を求めているのではないかと思います。 私自身は日本の、良い時代に生き、多分年金も今の制度で享受できる最後の年代ではないかと思います。 10年一昔と云われてましたが、今は3年一昔ではないかと感じています。 社会の変化をどう感じ、どう反応するのか、今の、これからの世代の人たちが真剣に考え無ければ成らない時代だと思いますね。 そんな中で、まだ、今の社会に存在している、活動している私たちの役目も終わることはないと感じました。 今回の公演は「かもめ」とは違う大きな成果を得られた公演ではなかったかと思います。真剣に自分を、社会への自分を考えさせて頂いた時間だったと思っています。有り難うございました。 これからもどろの公演を益々期待させて頂きます。 |
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内容が素晴らしく、感動のあまり最後の場面は涙が止まりませんでした。 確かに人間常に善人であり続ける事は難しいです。自分と社会の矛盾の狭間で時には悪人にならざるをえないです。神の存在は結局体制側に利用されると言うことだと思います。今回の仲さんの神も気が動転してどうのこうのは神自身が自分の存在に疑問を感じたと言うことでしょうね。 又選挙がありますが、色々な問題を解決するには体制側が勝利しないようにしなければ、益々市民自身が悪い状況になると思います。 |
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9日の日曜日マチネーで観ました。文学的に面白かった。 ぼくはいつも脚本を読んで、実際に芝居を観ないことが多いので、今回も従兄弟と従姉妹を別人が演じるのかと思っていて、裁判のときどうして入れ替わるのかと思っていました。仮面をつけるのは考え及びませんでした。 むかし民芸だか、俳優座の「三文オペラ」を観ましたが、あれも良かった。ただ、脚本で役者がうたう歌で面白いと思ったものがあまり印象に残らず歌の内容としては文学的には大したことがないと思った歌が意外に印象に残ったりしました。やはり曲の良し悪しが決定的な要素なのでしょう。 |
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どろの『セチュアン』、とても楽しませてもらいました。前の週にクラルテを見ていたので、それぞれの持ち味がでているなと思いながら見ることができました。やはりクラルテの方は省略しすぎかなという感じです。 またどろの上演を長くは感じませんでした。帰りの電車は気になりましたが。 三方から取り囲むシェイクスピアのグローブ座式の舞台はとてもよかったですね。奥の舞台が丁度2階舞台のようになっていましたし。役者の意識も変わってくるようですね。ただ、ほとんどの演技が前方のみを向いてやっているのが気になりました。せっかく第4の壁を取り払ったのですから、右や左にも向かって演技をしても面白かったと思うのですが。 俳優のできは思ったよりよかったです。詰まったりもしていましたが、それはあまり気になりませんでした。むしろ一生懸命すぎて、役との距離がもてなかったのが残念でした。シェンテも役に成りきろうという気持ちが出てしまいましたね。将来性を感じさせる人だけに陥りやすいところなのでしょう。 最後の裁判の神様たちの位置は一番気に入った点です。あの配置には参りました。 前回の『セチュアン』と比べてみると、どろも変わったな、という印象です。 合田さんのゆとりがもたらすものなのでしょうか。手馴れたブレヒトなのでしょう。 次回は何を取り上げられますか。『ヨハンナ』を私は期待しています。 |
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昨日、セチュアンの善人を拝見させていただきました。劇というもの自体、初めて見させていただきましたが多くの人々に「伝える」という、また一つの手段として心が大きく揺れました。 ブレヒトの作品としての素晴らしさ、ブレヒトの悲痛が「どろ」の劇団の方々によって甦った気がします。また、年配の方々の演技そのものにも大変感動いたしました。 そして、初めてみた劇団が「どろ」で良かったと思いました。ありがとうございます |