野川を歩く


浅間山公園地図

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浅間山公園

 都立浅間山公園は、多摩霊園の西側に位置し、墓地の「浅間山公園入り口」を出て、床が板張りの吊り橋「きすげ橋」を渡ると公園に出る。この公園は、武蔵野の平地には珍しい標高80mの浅間山を整備し、ここに残された雑木林を主体としたものである。また、園内一帯は、春に花開くムサシノキスゲの群生地として有名である。

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浅間山

 浅間山は前山・中山・堂山の三つの小さな峰からなり、その名は堂山の頂に祀られている浅間神社に由来する。海抜80mで周囲との高さの差は30mに過ぎないが、周囲にさえぎるものがないため、眺望はなかなか良好である。
 この浅間山は、自然史的に見て特異な存在の山で、地質が付近の段丘地質と全く異なり、多摩川対岸の多摩丘陵と同じ御殿峠礫層であることから、武蔵野段丘や立川段丘が形成される以前に古多摩川やその他の河川により周囲が削り取られ、ここだけが孤立して残った侵食丘と考えられている。
 また浅間山を中心に、その周辺に広がる人見ヶ原の地は、かって南北朝時代の正平7年(1352)、足利尊氏と新田義興・義宗兄弟の軍が両朝の命運をかけて戦った古戦場であり、都の旧跡(金井原古戦場跡の碑)に指定されている。(府中市教育委員会案内板より)

浅間神社
水手洗神社
ムサシキスゲ

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浅間神社

 堂山の頂に祠があり、祭神・木花開耶姫命が祀られている。麓の湧水がある所に水神の彌都波能賣神)を祀った水手洗神社があり、案内板に「浅間神このところより出現すと伝えられる。」とある。
 例祭は4月1日で災厄防除等のご利益がある。

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人見四郎の墓跡

 前山から稜線を南東へ進むと西に富士山が望まれる。さらに進むと人見四郎の墓跡の石碑がある。
 人見四郎は、鎌倉時代末期から南北朝時代にかけて活躍した武士と伝えられる。浅間山の麓を通る道は人見街道、近辺は人見ヶ原といわれている。

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ムサシノキスゲ

 ムサシノキスゲは、ニッコウキスゲの変種で低所の乾地におりた型である。ユリ科、ワスレグサ属に分類される多年草で、丘陵地の林下、ときには草地に生育し、花は淡橙黄色で、すてきな芳香があり、3〜6花を5月上旬から下旬に開く。花は6つにわかれ、花型は、ニッコウキスゲというよりむしろノカンゾウ型で、派は細長く8月には枯れはじめる。
 なお、自生地は現在ここ浅間山だけである。
 写真上は浅間神社
 写真中は水手洗神社
 写真下はムサシキスゲ
 入園自由
 駐車場なし

せんげんやま
ごてんとうげれきそう
しんしょくきゅう
このはなさくやひめのみこと
おみたらし
みずはのめのかみ
浅間神社
堂山
中山
前山
水神社
人見四郎の墓跡