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 ファシズムとのたたかい

和田慎二『スケバン刑事』について


  「婦警さんの話を描いてみませんか?」 と編集さんからいわれたのが,発端だったそうです.

 学園もので 「一度悪の道にはいった女の子が/あくどい教師やら悪い学生を/たたきのめ
していくという・・・」(注1)ストーリーをかんがえ,主人公サキのキャラクターができたところで,
「試しに読み切りを描いてみ」(注2)たのが番外編の 「校舎は燃えているか!?」 で,「いわば連載
のためのリサーチ版」(注3)であったと,和田氏自身が語っています.

 しかし,学園内で起きた事件を解決するために学校へ乗りこんでいく,という設定からいえ
ば, 「5枚目の女王」 が原型ではないかと,おもわれます.学園が単なる舞台として描かれて
いるだけでなく,生徒と教師の人間関係や学校経営にからむ大人たちの醜悪な思惑などをも
取りこんでいる点で,のちの 「スケバン刑事」 を予告するものとしての資格をじゅうぶんに持っ
ているといえそうです.
 ただし,「5枚目の女王」 は事件当事者の肉親が主人公で,ラストでより巨大な社会悪との対
決を宣言してはいるものの,これだけではたんに一編のミステリーにすぎないでしょう.
 学園内の事件解決のために送りこまれる,しかもそれがなかば意に反しての,強制されての
仕事であるために,かえって作品にアンビバレントな厚みが生まれることになるためには,
きわめて特異な人物設定がなされなければなりませんでした.

 「どこが少女マンガだといわれた」 ほどの 「少年院からの脱走シーンで始まる新連載」 (注4)
において,主人公・麻宮サキの設定が持つ重要性は,どれほど強調しても,しすぎることはあり
ません.裏切りや密告がまかりとおる,強いもの勝ちの非情で暴力的な世界のなかで,スケバ
ンという反社会的な存在をみずから選びながら,しかし,ときにサキはこのうえないやさしさを
見せ,そこから多くの人間ドラマが生まれてきます.
 純子やゲンといった,社会的な弱者とかかわることによって,それとは反対の立場にある人
間,ないしは日和見的な人間に対して,サキの憎悪はふくらんでいきます.その感情は神恭一
郎や暗闇警視など身内のものに対してすら,向けられることがあります.このようなはげしい感
情の発露こそが,たんなるミステリーものにとどまらぬ,骨太な作品を形成した所以であるとい
えるでしょう.
 ここに,「スケバン刑事」 の最大の魅力があります.

 ところで,はなしが進展していくにつれて,作者の関心は学園内での事件を解決するというだ
けではおさまりきらなくなったようです.第一部終末ちかくにも見られましたが,第二部の後半
にはいると,より大きな社会的な動向が中心テーマとなります.
 それは,この文章の標題に記したように 「ファシズムとのたたかい」 と呼ばれるべきものに
ほかなりません.こういうと,何をおおげさな,と批判されるかもしれませんが,「スケバン刑
事」 がファシズムの本質をハッキリと抉り出していることはまぎれもない事実である,とわたくし
はかんがえます.

 白泉社文庫第9巻は後半に 「新たなる戦い」 と題された章を収めています.そのなかに青狼
会という学生のファシズム組織のお先棒をかつぐ,剣道部の連中が出てきます.彼らは万引き
はイカんとか,煙草をすうのはイカんとかいって,学生としての正しいありかたを提唱します.そ
の一方,肺機能に疾患のある片岡くんに,「健全な肉体にこそ健全な精神は宿る!」 として,
むりやりランニングを強いて,殺してしまいます.ここで重要なことは,かれら剣道部の人間が 
「目が澄んで」 (注5)いた,とされていることです.
 「スケバン刑事」 が完結してから十数年後,あるグロテスクな 「教祖」 に率いられた一団が
世にも奇怪な事件を引き起こして,世界中を震撼させました.そのとき,弁護士だったか,新聞
記者だったか,「教団」 の 「信徒」 に親しく接したひとが,ラジオで 「かれらはみな,澄んだ目
をした,純真そうな青年たちだった」 と語ったことを,わたくしはおぼえています.
 ここにこそ,ファシズムの秘密があります.それはまず,ひとのこころを侵すのです.「目の澄
んだ」 「純真な青年」 たちを襲い,かれらを餌食にしたうえで,つぎには,かれら被害者をして
加害者に変化せしめるファシズムのメカニスムは,吸血鬼に血を吸われたものが吸血鬼にな
るように,がん細胞やアミーバーが増殖するように,非常に不気味です.
 かれらは 「正義」 や 「倫理」 という徳目を自分たちの陣営のうちに取りこみ,それを自分た
ちの都合のいいように変形させて,振りかざしてきます.そのカムフラージュの仕方はたいへん
巧妙です.
 これに抵抗するのは,並み大抵のことではありません.
 なにしろ,敵には権力があり,財力があり,「世論」 や 「良識」 もこれに味方するからです.

 ファシズムが社会を侵そうとし,しかもおおやけの秩序の側が無感覚・無防備であるとき,
サキがかんがえたのは反社会的な裏の組織のちからを結集することでした.そのため,彼女
は 「スケバン刑事」 を辞めます.
 しかし皮肉なことに,サキが 「スケバン」 であり同時に 「刑事」 でもあったことが知れると,彼
女は裏の組織からも見放され,過酷な制裁を受けることになります.しかもそれを密告したの
は,サキの実の母だった!

 「母さん・・・/母さんまで/裏切った・・・」 「あたしが/すべてを/失うと/知っていて・・・」
「そんなに/あたしが/憎いのか・・・/母さん・・・」(注6)

 ここにおいて,サキはすべてを失ないます.
 身体的にも精神的にもボロボロで,自分がまったく無力であり,頼りにできるものは何もない
ことを,骨の髄までおもい知ったに違いありません.
 それでもなお,サキはいいます.

  「ひとりでも・・・/・・・あたしはやる」 「碧子・・・/おまえの野望/どうあっても/くいとめ
る・・・」(注7)


 多くの方が印象的として挙げているサキのセリフ 

  「あたしひとりだけなら/とことんやったって/だれにも迷惑かかんないしさ・・・」(注8)

が感動的なのは,失なうものとては何ひとつなく,頼れるものもない,ひとりぼっちの人間,社
会からはむしろ指弾されている人間が,それでもなおかつ絶対にゆずることができないものと
して,精神の自由を高らかに宣言しているからにほかならないからだと,わたくしは解していま
す.

注1     『スゲバン刑事 第 1巻』(白泉社文庫),p. 323.

注2     『スゲバン刑事 第 1巻』(白泉社文庫),p. 324.

注3     『スゲバン刑事 第11巻』(白泉社文庫),p. 281.

注4     『スゲバン刑事 第 1巻』(白泉社文庫),p. 325.

注5     『スゲバン刑事 第 9巻』(白泉社文庫),p. 222.

注6     『スゲバン刑事 第11巻』(白泉社文庫),pp. 236-237.

注7     『スゲバン刑事 第11巻』(白泉社文庫),p. 241.

注8     『スゲバン刑事 第12巻』(白泉社文庫),p. 328.

[20030115]


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