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肱川町(Hijikawa Town)このページの最新更新年月日は |
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(1).「わき上がる風でロマンの町づくり」
(2).「湖の温泉の町」※第8回農村アメニティコンクール優良賞受賞の町
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町の花 町の木 町の花木 町の鳥 ツツジ 松
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肱川町役場 (TEL)0893-34-2311
・肱川町は東西11.85km、南北11.01km、面積62.28〜63.35km2で、四国山脈の支脈に囲まれ、平地の少ない峡谷型の山村である。
・農地及び集落は、肱川および河辺川に面した急傾斜地と河岸段丘上に散在している。・昭和18年、宇和川村、大谷村、河辺村の3村を合併し、肱川村が成立。
・昭和34年、町政施行。(肱川村→肱川町)
肱川町へ 明治22年市政町村制施行 藩政時代 肱川町 肱川村 宇和川村 肱川町 肱川村 大谷村 河辺村 肱川村 河辺村 肱川町(一部編入) 横林村 肱川町(一部編入) 貝吹村
大字 字
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小藪温泉本館【肱川町宇和川】
・国登録有形文化財
・大正2年の建造物![]()
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大谷文楽人形頭、衣裳道具一式【肱川町大谷】
・県指定有形民俗文化財![]()
大谷文楽【肱川町大谷】
・県指定無形民俗文化財
・大谷文楽保存会
・嘉永6年に始まった。
・淡路の人形芝居吉田伝次郎一座が当地で巡業中、嘉永6年(1853)将軍家慶の死去にあい、歌舞音曲が禁じられたため大半は帰国した。残った座員が庄屋の保護を受け、生年に伝授、今日まで伝承されてきた。
河辺鎮縄神楽(しめかぐら)【肱川町山鳥坂 松島神社】
・県指定無形民俗文化財
・旧暦の10月最後の亥の日が松島神社の例祭日であり、この日に神社境内にて演じられる。
・山鳥坂鎮縄神楽保存会(肱川町山鳥坂・河辺村山鳥坂部落鎮縄神楽部)によって伝承・保存されている。
・250年以上前(享保年間)から受け継がれ、春の五穀豊穣、秋の豊作感謝など四季折々に神々の前で舞いが演じられる。![]()
イチイガシ【肱川町中野 三島神社】
・県指定天然記念物![]()
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小薮のイヌマキ【肱川町下小薮 小薮温泉】
客神社社叢【肱川町予子林 柳 客神社】
タブノキ【肱川町大谷 広常】
・町指定天然記念物
・目通り周囲3.6m、高さ16m。
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橘城跡【肱川町中居谷甲538】
・笹森城主冨永氏の19代目が築城した。
・領域は数村にまたがり、支城は20数城あった。
猿ヶ滝城跡(さるがたけじょうあと)【肱川町予子林2635】
・岩本將監の居城であったが長曽我部の大群に攻められて落城したといわれている。
・城跡には、藤・桜が植えられ、眺望がよく、眼下に鹿野川ダムを一望できる。
・南北朝時代、新田義宗、脇屋義治が潜居したという。
・天正時代は三滝城の支城であった。
堀城跡【肱川町山鳥坂丙309-2】
・橘城の支城。
・和気氏が居城した。
・橘城主の弟大野直之が奇遇したが、諸臣と対立し落命した。
汗生城跡【肱川町宇和川オクビ】
・橘城の支城。
・冨永直安が居城した。
高尾城跡【肱川町大谷】
・三滝城の支城。
・天正年間、北之川左衛門の物頭、兵藤藤左衛門が居城した。
笹の森城跡【肱川町中居谷277】
・永治年間(1184〜)より、橘、冨永氏18代の居城で、郡内最古のもの。
・後に本拠を橘城に移した。
白石城跡(二重之城)【肱川町大谷393】
・白石甲斐助の居城。
・後に大塚氏が移り、三滝城の支城となった。
八黒城跡【肱川町予子林】
・汗生城主直安の家老八黒関右衛門の居城。
・同輩と争い、非業の死を遂げた。![]()
カラ岩谷遺跡【肱川町】
・河辺川右岸の石灰岩採石場で見つかった骨洞。約40種の動物骨と、人骨・木炭などが発掘された。
長瀬遺跡【肱川町道野尾】
馬場ノナル遺跡【肱川町道野尾】
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陽春院【肱川町】
光明寺【肱川町大谷】
長命寺【肱川町予子林】
小薮大師【肱川町小薮】
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春日神社【肱川町】
客神社【肱川町予子林 柳】
客神社社叢
・町指定天然記念物
・幹周3.8m、高さ25mのクスノキの巨木や、スギ・ヒノキ・ツクバネガシ・シラカシ・ムクロジなどがある。
金刀比羅神社【肱川町大谷】
1999/5/29
八幡神社【肱川町中居谷】
シラカシ林
松島神社【肱川町山鳥坂】
鎮縄神楽
三島神社【肱川町中野】
イチイガシ
・県指定天然記念物
・目通り周囲8.0m、根回り8.5m、高さ20mで、県下最大のイチイガシである。
三島神社【肱川町大谷】
辰の口権現【肱川町道野尾】
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御在所山【肱川町大谷】
1999/5/29、2000/5/13
・標高668.8m。
・石灰岩が分布しており、カルスト地形をなしている。
御在所自然の森
・キャンプ場、バンガロー、展望台などが設置されている。![]()
イチイガシ【肱川町中野 三島神社】
小薮のイヌマキ【肱川町下小薮 小薮温泉】
客神社社叢【肱川町予子林 柳 客神社】
タブノキ【肱川町大谷 広常】
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小薮渓谷【肱川町宇和川下小薮】
1999/5/29
八大龍王神社
「龍雲山 肱川新四国八十八ヶ所整備事業完成記念の碑」
・肱川お四国学級生一同建立。
・平成6年4月吉日、安川正則贈。
・渓谷遊歩道の入口に建つ。
安川正則頌徳碑
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轟の滝【肱川町大谷】
1999/5/29
轟(とどろ)の滝
・上滝は13m、下滝は23m。
轟龍王神社
・春季大祭が4月15日に行われる。
轟龍王伝説
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鹿野川ダム【肱川町鹿野川】
丸山公園【肱川町鹿野川】
1999/5/29
・鹿野川ダム県立自然公園
・4月頃には、約 300mの遊歩道がある約3.5haの園内に白・ピンクのシャクナゲが美しく咲き競う。
・県内有数の花園の名所として知られる丸山公園は、別名「シャクナゲ園」といわれれているように、高山植物であるシャクナゲが園内に3000本も植えられており、4月上旬には見事に咲き乱れる。この園内には、ツツジ、エビネラン、桜、楓 カエデ、の自然樹が数多くみられる。
・丸山公園より200mの高台に鹿野川園地があり、鹿野川湖を見おろす展望台休憩所、遊具などの施設がある。
鹿鳴園
句碑
風の博物館 【喜多郡肱川町予子林99-1】
・1994年 3月オープン
・料金: 小・中学生 100円、大人 200円
・開館: 09:00〜17:00
・休館:月曜日、祝日の翌日
・電話番号:0893-34-2181
風のフォリー
・博物館外の茶堂ルートにあり、遠くから見たり、近くから見て、風の動きや風の音が聞ける屋外彫刻。
・風のフォリーが建つ山は、一ヶ森という名前である。
風の憩公園
イチョウ並木の美しい公園。水車、風車がある。
風洞実験
風速15m前後の風を起こして、風の強さを体感させる施設。
電気自動車、おもしろ自転車
・自動車1周:100円
・自転車:50円/15分
乗馬クラブ
鹿野川園地【肱川町大駄馬】
・県立自然公園。
見の越風穴【肱川町】
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平成元年度:「石楠花は 蝶の揺り籠 夢の籠」 上隅まさを(五十崎町)
平成2年度:「石楠花の 素顔へ落ちし 傘しづく」 篠崎たかこ(大洲市)
平成3年度:「芽吹く山 ダム放水の 水しぶき」 佐藤美江子(肱川町)
平成4年度:「此の峡も やがては湖底 燕とぶ」 隅田一恵(大洲市)
平成4年度:「とっぷりと 湖暮るゝ 鹿の聲」 岩城節子(肱川町)
平成5年度:「文楽を 守りて山の子 卒業す」 板倉勉(大洲市)
平成6年度:「オカリナの 少年春の 湖光り」 清水美和子(肱川町)
平成7年度:「風車 みな南風歓喜し 風館」 井関しげる(野村町)
平成8年度:「花の私語 聞こえて来そう 風の里」 穴田柳子(五十崎町)
平成9年度:「孕み鹿 庇う雄鹿の 角をふる」 都築仙崖(五十崎町)
平成9年度:「周公に 逢いたる夢の 朧哉」 大野和(肱川町長)
平成10年度:「水の意に 風の意に添ひ 花筏」 浜本美和(吉田町)
平成11年度:「世に出でし 歌麿版木 花の里」 山内栄(肱川町)
平成12年度:「歌麿の 町の未来図 風光る」 佐藤比呂志(野村町)
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猿ヶ滝公園【肱川町予子林 藤之原】
・標高約250m。
・眼下に鹿野川湖の各所が見える。
丸山公園【肱川町鹿野川】
ひじかわ特産開発センター【肱川町大字宇和川4327】
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・電話番号:0893-34-2244、FAX:0893-34-3616
・農林産物の付加価値を高めるための研究開発を行う。
・特産品の開発や都市との交流を基軸とした販路拡充を行う。
→閉鎖→「道の駅・清流の里ひじかわ」へ※町内栗園での「観光栗ひろい」に行くには、ここで入園券を調達するようになっとったが、これは「道の駅・清流の里ひじかわ」へと継承されたんじゃろか?
※せっかく作った水車小屋が物悲しそうに道端に佇んどる。
道の駅・清流の里ひじかわ【肱川町大字宇和川3030】
・電話番号:0893-34-2700、FAX:0893-34-27302002/4/16
観光案内所
レストラン・華の森
物産品販売所
農産物販売所
木工芸品販売所
えみゅ〜(商業集積施設)
肱川町交流促進センター鹿野川荘【肱川町大字宇和川588-1】
・1997年4月2日オープン。
・宿泊料金:1泊2食付\11,000〜
・電話番号:0893-34-2000、FAX:0893-59-8222
・国道197号線沿い、鹿野川ダム堤よりやや南にある。
文楽伝習館【肱川町大谷】
歌麿館【肱川町予子林】
・平成14年(2002)3月24日オープン。
・肱川町内で発見された喜多川歌麿の版木から復元した「狐釣之図(きつねつりのず)」などを展示している。
・休館日:火曜日
・電話番号:0893-34-2181
丹後の化け猫退治【肱川町予子林】
予子林の奥の六地蔵に化け物が出るという噂がたった。
そこで予子林の東丹後が火縄銃を担いで六地蔵に出向いた。すると牛程もある大きな猫の化け物が大きな目玉を光らせて出てきた。その猫に狙いを定めて丹後は銃の引き金をひいたがカーンという音だけが返ってきて、何度撃っても仕留めることができなかった。
やがてその年の大晦日の晩、今夜こそはと丹後は草原を見据えていた。
山猫は「今夜は大晦日の夜、東丹後も居ないだろう。
蓑も笠も脱ぎ捨てて踊ろう」と何やら脱ぎ捨てて踊
っている。狙いを定めて丹後が銃を撃つと、ギャーという悲鳴とともに大猫がとびあがった。気がつくとい化け猫の姿はない。その代わり、血の跡が点々と続いており、それを辿っていくと自分の家の台所まできた。竈の側には長い間かっていた大きな三毛猫が胸を撃たれて死んでおり、その近くには沢山の弾痕の付いた東丹後家の茶釜の蓋がころがっていた
轟龍王伝説【肱川町大谷】
その昔、6代目の当主に権大僧都彌勒院快仙法印という修験者がいた。
祈念霊験ともに優れた山伏で、近郷近在の善男善女に大変慕われていた。
時に桃園天皇の御代で、延享5年7月(1748)のある日、いつものとおり下女が轟に洗濯に行ったが、昼になっても帰ってこない。いぶかしく思った快仙が迎えに行ってみると、洗濯物が洗って籠に入れてあるのに下女がいない。滝壷の淵に草履が揃えてあるので、龍に見入られたに相違無いと思い、小刀を口にくわえ滝壷に入った。岩穴の奥に岩屋があり、下女は表の間で糸を紡いでいた。下女は快仙を見るとはらはらと涙を流し、
「わたしはもう人間界には戻れません。誠に勝手ながらお暇を下さい」
という。事情をつぶさに聞いた快仙が、後生の供養を約束すると、
「ただいま主人は奥の部屋で仮眠中です。起こさないよう、また覗かないようお願いします」
と念を押し、茶を入れてくると席を外した。興味を惹かれた快仙が襖の隙間からうかがうと、十畳ほどの部屋で龍がとぐろを巻いて寝ていた。娘が戻ってきたので、しばらく話して、それではと別れを告げ、滝壷から出てから含んできた茶を吐いてみると、真っ赤な血であったという。
その後快仙は、娘との約束通り、滝の上部にお室を造り、龍王と娘の霊を併せて轟龍王神として祀った。何年か後、大旱魃があり、大変困っていたとき、娘の霊が快仙の夢に現れ、「御祀りいただいて龍王も大変嬉しく思っています。今旱魃でお困りの様子、皆さんで雨乞いをなさればお取り次ぎします」という。快仙は、早速村人にはかり、御室の前で雨乞いを始めた。すると、天俄にかき曇り、雷鳴轟き、閃光は滝の底にも達し、大雨が降り旱魃が解消した。(大谷を考える会)
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小薮温泉【肱川町宇和川下小薮】
1999/5/29
・鹿野川ダム県立自然公園
・肱川支流小藪川沿い・国道197号線沿いに肱川上流へと向かい、鹿野川湖下流の赤い鳥居をくぐって山へと入っていくと小藪温泉がある。
・本館は木造3階建て、大正2年(1913)の建築である。
・別館は昭和63年に建築された。
・小藪温泉は愛媛県を代表する古い湯治場で、文久元年(1861)に温泉成分を含んだ水がでたという。
・泉質は無色透明のアルカリ単純泉で、リューマチ、神経痛、アトピーなどに効能があると言われる。
小薮のイヌマキ【肱川町小薮】
・小薮温泉前にある。
・町指定天然記念物(昭和42年7月24日指定)
・高さ12m、目通り3mの大きさで、地上4mぐらいのところから枝が貼り出している。
・県内では城辺町の万福寺の2株に次ぐ大きさのものである。
深瀬温泉【肱川町】
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