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五十崎町(Ikazaki Town)このページの最新更新年月日は |
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(1).「活力とうるおいのある快適環境の町づくり 空にはばたき 緑に光 水に輝きを」
(2).「清流小田川と大凧合戦の里 いかざき」
(3).「グリーンツーリズム みどり・空間・やすらぎとふれあいを求めて」
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町の花 町の木 町の花木 町の鳥 サザンカ クスノキ
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五十崎町役場 (TEL)0893-44-2121
大字 字
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大凧合戦 【五十崎町 小田川豊秋河原】
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龍王城跡【五十崎町古田甲1521-1-1】
・町指定史跡
・河野氏武将城戸氏の居城。
・滅亡後、河内宇治の居城となり、小早川軍に滅ぼされた。
四兵衛の墓【五十崎町大久喜乙118-2】
・町指定史跡
・寛文8年(1668)〜寛保元年(1741)
・幕府の「官刻孝義録」に記された篤農家。![]()
大洲手漉き和紙【五十崎町】
・国指定伝統工芸品、町指定無形文化財。
→ c.f. 川之江市「伊予手漉き和紙」、東予市「周桑手漉き和紙」
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コノテガシワ 【五十崎町 宇都宮神社】
・町指定天然記念物
椋の木【五十崎町北浦】
・町指定天然記念物(昭和37年11月30日指定)
三島神社社叢【五十崎町北浦 三島神社】
・町指定天然記念物(昭和37年11月30日指定)
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北城址/南城址【五十崎町】
菊ヶ森城址(丸山城址)【五十崎町御祓】
1999/9/18
★登り口から約120m上がった小高い丘の上に城址が残っている。
・領主・菊原(後に季羽)與三猶美の居城、戦国時代の山城である。只海、北表の一部、弦巻(現五十崎町福岡)、川崎(現河辺村)、橡谷(現河辺村)、中津惣川(現肱川町/野村町)の村々を領す。
・天正7年7月(1579)土佐長曽我部元親と内子曽根宣高の連合軍に攻められ、激戦の末に落城した猶美らは立石村梅本(現小田町上成)へ落ち延びた。数年後に猶美は只海村へ戻り、姓を季羽と改め、領内鎮護、若一皇子神社の神官となる。以来、子孫も代々神職を継ぎ、明治末に至るまで15代にわたり奉祀した。
・現在山上に郭(削平地)八面、堀切四ヶ所、石積が残る。城内の小峰に田神様の観音堂(伊予市谷上山宝珠寺の分堂)が建つ。他に、城山の西を流れる円山谷川奥の崖上に、郭一面と堀切が残る。
・また、300m西の尾根に、両軍の戦死者を弔う千人塚がある。![]()
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海蔵寺【五十崎町御祓】
1999/9/18
・山号:法輪山
・宗派:高野山真言宗
香林寺(こうりんじ)【五十崎町】
1999/5/29
極楽寺【五十崎町】
宗光寺(そうこうじ)【五十崎町】
阿弥陀仏立像
・県指定/町指定文化財
常久寺【五十崎町北表】
1999/9/18
・山号:福聚山
・宗派:曹洞宗
聚星学校跡
・1877〜1879の間、この常久寺に学校が設けられていたようだ。境内に設けられた畑の中に標柱が建っている。★寺の境内に佇んでいると、御祓小学校の方から「よさこい踊り」の軽やかなメロディが響いてくる。校庭の方に目をやると5〜6人のおチビちゃん達が一生懸命踊りの練習をしている。若い男性教師が時折大きな声をあげて一生懸命踊りを指南している。運動会の季節である。(1999/9/18)![]()
宇都宮神社(うつのみやじんじゃ)【五十崎町古田】
1999/5/29
・日光山、赤城山伝説に纏わる。 日光山、赤城山の神戦譚の縁起を所蔵する。
五十崎森の宮
・祭神:比賣大命
・縁起:推古天皇34年(626)、伊予の大守越智益躬が創建した。光孝帝仁和2年(886)10月22日、五十崎森ノ宮として大政官府に登録された。
宇都宮神社
・祭神:大巳貴命、武御名方命、事代主命
・縁起:天正4年、龍王城主宇都宮綱實が氏神を勧請し、五十崎森ノ宮を合祀し、宇都宮神社と改称した。処領内山区11ヶ村の郷社となった。
・明治40年、神社条例により町内各社を合祀して、現在に至っている。
・祭礼:夏大祓祭 7月20日、秋期大祭 10月16日
境内社:天満宮
境内社:護国神社
ネズミモチ
・町指定天然記念物(昭和63年7月22日指定)
コノテガシワ
・五十崎町指定天然記念物
岡森神社(おかもりじんじゃ)【五十崎町】
ダラリ権現(だらりごんげん)【五十崎町】
・石鎚山の分山。
三島神社(みしまじんじゃ)【五十崎町北浦】
1999/9/18
三島神社社叢
・町指定天然記念物(昭和37年11月30日指定)★突然、くまんばちに追いかけられ石段を転がるように下りて逃げる。
★樫の木だろうか。黒粒の栗の実のような丸っこい実が辺りに転がっている。4〜5個ポケットにしのばせて持ち帰る。(1999/9/18)
若一皇子神社【五十崎町御祓】
1999/9/18
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古田地蔵堂【五十崎町古田】
1999/9/18
・古田集会所の敷地内に建っている。
・古田地蔵堂の前には「古田地蔵橋」がある。この橋は「女体川」という、何とも艶めかしい名前の川に架かっている。「女神南」から流れる川として名付けたものだろう。![]()
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神南山(かんなんやま)【五十崎町】
1999/9/18
・2等三角点、710.1m
神南山多目的広場
パラグライダー、ハングライダー発射場
・神南山は地理的、自然条件的にも西日本最高のコースであるという。
愛媛レピータ研究会神南山中継所JR5WR
NTT Docomo菅田無線中継所
NTT 神南山中継所
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榎【五十崎町 豊秋河原】
・樹高25m、周囲2.75mの大樹。
・樹齢約250年
コノテガシワ【五十崎町 宇都宮神社】
コノテガシワ【五十崎町】
・町指定天然記念物
・高森山に向かう道筋にある。
ムクノキ【五十崎町北浦】
ハゼノキ【五十崎町】
・町指定天然記念物
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御祓川(みそぎがわ)【五十崎町】
柿原川【五十崎町】
・ホタルの名所。
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紅葉滝(もみじだき)【五十崎町御祓】
1999/9/18
・御祓川上流にある、高さ18mの滝。![]()
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坂本龍馬脱藩の道【五十崎町】
・北表、福岡、宿間
耳取峠(みみとりとうげ)
石上峠(いしがみとうげ)
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梅まつり
・2月中旬
藤まつり
・4月29日
大凧合戦(おおだこがっせん) 【五十崎町 小田川豊秋河原】
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・県指定無形文化財
・日本三大凧合戦の一つ。
・5月5日 12:30〜15:00、小田川豊秋河原にて開催される。
・小田川を挟んで繰り広げられる凧合戦で、「ガガリ(糸につける刃物の名称)」で互いの糸を切り合う。
・300年程前から、男の子の立身出世を祝って始められたという。
・五十崎と天神とが凧の落とし合いをする勇壮な行事である。
・一般参加も可能で、上位10組には表彰もある。
前払い金 返品時払戻り 実費 凧 500 0 500 綱 1,000 500 500 ががり 500 500 0 計 2,000 1,000 1,000
初節句神事
剣道大会
凧審査会
凧おどり
| 五十崎の郷土を守護する凧大獅子〜獅子狛犬の由来古事〜
中国においては古くから宮門陵墓に守護神として獅子像を奉納する風習がある。日本においても同様の目的で神社仏閣の社殿前や本堂前等に置かれているのをよく見かける。
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1999
大洲手漉紙保存会
・町指定無形文化財
大洲和紙の里
・町指定無形文化財
大洲和紙
・通産大臣指定伝統的工芸品(昭和52年10月14日)
・愛媛県伝統的特産品
・大洲和紙の起源は古く、古文書(紙漉重宝記)によれば、「万葉の歌人柿本人麻呂により岩見国(島根県)に紙漉きの技が起こり、その術たちまちにして伊予の大洲に伝われり」と記されている。元禄年間(約300年前、1751〜1764)越前の人善之進、平岡郷に来村し、大洲藩紙漉士の師として、現在地を大洲藩和紙の里として以来、古代の五十崎郷は良質な和紙の産地として、国内に名声を博し繁栄を極めた。
・当時大洲和紙は、大洲藩の専売品として庶民には縁の遠い貴重品であったが、明治の廃藩置県と共に大洲藩専売の恩恵を失い、流通の能力無き庶民は、明治文化に依るペン書きの流入と共に、毛筆に適した大洲和紙の販路に苦しんだ。明治末期において、内子町より紙商、吉岡平衛氏、当五十崎町より事業家、井口重衛氏を輩出し、ペン書きにも適した三椏中心の改良半紙の併産が指導され、再び当地域を業者430名を数えたと言われるまでの国内有数の和紙の産地とした。
・しかしながら機械文明の発達には対抗しがたく、昭和20年終戦時には74名を数えた業者も、現在は五十崎町内に5業者と野村町に1業者の6業者となった。
1999/5/29
子規句碑
「切れ凧や 糸くひともる 鬼瓦」★句碑の前には道標があり、「和紙の里龍宮通り」「宿面街道龍馬脱藩の道」「香林寺」などの行き先が記されている。(1999/5/29)
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[KOMIL:KOtaro's Miscellaneous Information Laboratory]
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