伊豫の隅々

川之江市(kawanoe City)


このページの最新更新年月日は
2003年8月10日
です。

市町村概要

キャッチフレーズ
(1).「紙と文化」のまち」
(2).「瀬戸内中央都市「かわのえ」

選定モノ
市の花 市の木 市の花木 市の鳥

特産物

インフォメーション
川之江市役所商工観光課  (TEL)0896-58-1111
川之江市観光協会      (TEL)0896-58-1111

沿革
・「紙のまち」として全国的に有名。
・川之江市は、延元2年、土肥義昌が川之江鷲尾山(今の城山公園)に築城してより、地方の政治・産業・文化の中心として発達してきた。
宇田川揚軒尾藤二洲長野豊山という一連の碩学者を輩出している。
字と地名探訪
 
大字
文化財探訪

東宮山古墳【川之江市妻鳥町東宮山】

・陵墓参考地(明治28年12月4日指定)
国指定有形文化財

真鍋家住宅(1棟)【川之江市金生町山田井(切山)】

1998/4/30
・国指定重要文化財[建造物](昭和45年(1970)6月7日指定)
・入館料+パンフレット代金=200円。
・17世紀建造とされ、県内に現存する民家の中では最古のものとされる。
・木造平屋で、面積は67u。
・古風な中ネマ三間取り形式を採用している。

表桜(おもざくら)[川之江市保存樹木]

要害の森

・真鍋家住宅の背後には樹齢400〜500年のヤマザクラ・エノキなどの巨木が立ち並ぶ。
・林の中には様々な樹木が植栽されており、植物園さながらである。

一柳陣屋門【川之江市川之江町】

・国登録有形文化財

和田医院診療棟【川之江市川之江町】

・国登録有形文化財
・明治末期の建造物

梅錦山川主屋【川之江市金田町】

・国登録有形文化財
・明治中期の建造物

梅錦山川仕込蔵【川之江市金田町】

・国登録有形文化財
・明治中期の建造物

大西内科医院診療棟【川之江市金生町】

・国登録有形文化財
・大正初期の建造物
国指定無形文化財

国指定天然記念物

県指定有形文化財

向山古墳【川之江市金生町下分 向山】

・県指定有形文化財[史跡](昭和24年9月17日指定)

朝日山古墳【川之江市金田町上の山】

・県指定有形文化財[史跡](昭和43年3月8日指定)

木造十一面観音像立像(1躯)【川之江市金田町 三角寺

・県指定有形文化財[彫刻](昭和40年4月2日指定)
県指定無形文化財

県指定天然記念物

棹の森【川之江市妻鳥町中下 三皇神社

市指定有形文化財

大鳥居【川之江市川之江町塩谷 川之江八幡神社

・市指定有形文化財(昭和59年3月8日指定)

旧宝蔵寺塔礎石【川之江市川之江町】

・市指定有形文化財(昭和59年3月8日指定)

宝洞山1号古墳【川之江市川之江町洞山】

・市指定史跡(昭和51年8月28日指定)

住吉古墳【川之江市金生町下分 松木】

・市指定史跡(昭和51年8月28日指定)

工芸品 鰐口【川之江市大門中2区 乗林寺

・市指定有形文化財(昭和51年8月28日指定)

土器(お姫山古墳出土、須恵器)【川之江市川之江町港通り 市立郷土館】

・市指定有形文化財(昭和51年8月28日指定)

古文書川之江村役用記【川之江市川之江町 市立図書館】

・市指定有形文化財(昭和53年3月13日指定)

工芸品三皇尊懸仏【川之江市金田町西金川 教順寺

・市指定有形文化財(昭和53年3月13日指定)

木彫神像群(石川助吉作)【川之江市】

・市指定有形文化財(昭和54年8月13日指定)

常楽寺薬師像【川之江市川滝町領家池田 常楽寺

・市指定有形文化財(昭和59年3月8日指定)

一柳陣屋門【川之江市川之江町】

・市指定有形文化財(平成2年9月10日指定)
・「川之江村字神ノ木の内裏町に在り 川江城興廃記に云ふ 一柳監物直盛の二男 一柳美作守直家三万石を領し 寛永十三丙子年より同十九年壬午年迄七年にして播州小野へ移る御屋敷跡は今の御陣屋天神の敷地吉祥院の築山等皆昔の陣屋内なり 長地といふ所は堀跡なり 御陣屋跡に高入となる 此表門は三宅氏領し 裏門は今寶積寺の黒門是れなり」(伊豫温故録)
市指定無形文化財

獅子舞【川之江市川之江町長須】

・市指定無形文化財(昭和53年3月13日指定)

大西神社奉納踊り【川之江市金田町金川 大西神社

・市指定有形文化財(昭和59年3月8日指定)
市指定天然記念物

臥龍の松【川之江市川之江町 仏法寺

・市指定記念物(昭和51年8月28日指定)

槍下げの松土佐街道【川之江市上分町】

・市指定有形文化財(昭和53年3月13日指定)

山城神社大杉【川之江市川滝町領家池田 山城神社

・市指定有形文化財(昭和59年3月8日指定)
その他の文化財

後藤玄哲の墓【川之江市川之江町】

・仏殿城山の中腹にある。→See.伊豫温故録
史跡探訪
城址

仏殿城跡【川之江市川之江町城山】

・川之江城、御殿城ともいう。
→See.伊豫温故録

亀山城跡【川之江市】

畠山城跡【川之江市】

・「川之江村畠山に在り 建武年中由良兵庫頭吉里 官命を奉しこれを守る 興国年中細川頼春経兵を率ひて来り攻む 脇屋義助の部将金谷経氏等これを援け防戦すれ共克たずして城陥いる」(伊豫温故録)

轟城跡【川之江市】

隠レ城跡【川之江市】

・「上分村の東南十二町余に在り 轟城の枝城なり」(伊豫温故録)

高文珠山城跡【川之江市】

比丘尼城跡【川之江市】

遺跡

柴生遺跡【川之江市】

古墳

朝日山古墳(原峰1号古墳)【川之江市金田町西金川上ノ山乙120】

・県指定文化財(史跡)

経ヶ岡(きょうがおか)古墳【川之江市】

東宮山古墳の南東約2kmに位置する。
・全長30mの前方後円墳。

住吉古墳【川之江市金生町下分 松木】

・市指定史跡
・7世紀の平地円墳。
・周辺には条里制の跡が残る。

滝の宮古墳【川之江市】

塚田古墳【川之江市妻鳥町土居字塚田2179】

塚穴古墳(土居塚穴古墳)【川之江市妻鳥町字塚穴2704】

・玄室:長さ5.8m、幅2.1m
・横穴式古墳。
・大正時代に天井の石が三皇神社の忠魂碑に使用され、塚穴古墳は破壊された。

東宮山(とうぐうざん)古墳【川之江市妻鳥町山口東宮口】

・宮内庁陵墓参考地[第19代允恭天皇の第1皇子・木梨軽太子陵墓]
・川之江市最古(古墳時代後期前半[6世紀前半])の古墳とされる。
・標高87mの東宮山山頂にある。
・脇には東宮神社が鎮座する。
・古事記・日本書紀に記される木梨軽皇子の伊豫配流に纏わる伝説が残る。
・直径15m、高さ3.2mの円墳。横穴式石室がある。
※前方後円墳の可能性も有り。
・金銅冠(こんどうかんむり)・馬具類などの出土品は、宮内庁に保存されている。
→See.伊豫温故録
 

春宮石

・→See.伊豫温故録

東塚穴窪古墳【川之江市柴生町 北柴生 垣添2105】

・現存せず。(高速道路建設工事により焼失)
・穴窪古墳より西20mのところより、平形銅剣が2振出土。(東京国立博物館に保存されている。)

宝洞山1号古墳【川之江市川之江町洞山】

・市指定文化財
向山古墳の北約400mに位置する。
・7世紀の円墳。
・付近には横穴式古墳が多い。

向山古墳(むかいやまこふん)【川之江市金生町】

・県指定文化財(史跡)
・古墳時代後期(7世紀)のもの。
・巨石を用いた横穴式古墳では県下最大のもので、同一墳丘中に並列した2つの石室がある。
・石室・玄室ともほぼ完全に残る県内でも珍しい巨石古墳。
・→See.伊豫温故録

山口1号〜4号古墳

山口1号古墳【川之江市妻鳥町西山口2378】

・縦10m、横6m、高さ3mの円墳。
・石室の奥に棚がある。
・6世紀後半のものとされる。

山口2号古墳【川之江市妻鳥町西山口 土居四畝田】

・石室:長さ3.6m、幅2.2m、東北
・半壊。
・石室の石の一部は、三皇神社境内にある忠魂碑の三方石に使用されている。

山口3号古墳【川之江市妻鳥町西山口 四畝町田】

・山口2号古墳より約50m。

山口4号古墳(有塚)【川之江市妻鳥町西山口(妻鳥町山口字横山2330)】

・山口3号古墳より約30〜40m。(契川の辺)
・直径約20m、高さ約4mの墳丘。
跡地
神社仏閣探訪
寺
自然・景観探訪
山

平石山【川之江市】

呉石高原【川之江市】

大谷山【川之江市】

愛宕山【川之江市金生町山田井】

八将神山【川之江市川之江町馬場】

樹木

佐遠の宮の大楠【川之江市 三皇神社

表桜【川之江市切山 真鍋家住宅

生木地蔵【川之江市切山(金生町山田井)】

槍下げの松【川之江市上分町】

臥龍の松【川之江市川之江町古町】

西行松【川之江市川之江町長須】

「長須村に在り 墓の周囲五十間高さ一間二尺五寸 何人の墳墓たるを知らざれども往古より村人崇敬して毀つものなし 又た其の墓傍より往々刀類を掘り出すことありと云ふ」(伊豫温故録)
「長須村にあり。西行法師西国行脚の時、暫く此処に住みたまひしに、庵前に松のたてりけるを見たまひて、
 ここをまた わが住うくて うかればな 松はひとりに ならんとすらん
と詠たまひしは此所の事なるよし 豫陽盛衰記に見えたり。古の松は朽ちしかど、後に植継ぎて今猶さかえたり。
 按ふに、此歌、山家集に、讃岐国に大師のおはしましける御あたりの山に廬むすびて住みけるに、月いとあかくて云々、庵の前に松のたてりけるを見て
 久に経て わが後の世を とへよ松 あとしたふべき 人もなき身ぞ
といふ歌に并びて出でたりければ、両首ともに讃岐国にて詠みたまひし歌なるべきを、古よりかく云ひ伝へたるは、誠は後の一首はここにての歌なるを、山家集に誤りてひとつにしるしたるか」(愛媛面影)

山城神社大杉【川之江市川滝町領家池田 山城神社

・市指定有形文化財(昭和59年3月8日指定)
川

金生川【川之江市】

三角寺川【川之江市】

渓谷

滝

橋

金生川【川之江市】

西新橋(川之江町)

大江橋(川之江町)

川之江橋(川之江町)

 ・国道11号線に架かる。

栄橋(川之江町)

金生橋(金生町)

山田井橋(金生町)

川原田橋(金生町)

上分大橋(上分町)

風景

その他自然景観

道探訪
峠

林道

土佐街道【〜川之江市〜新宮村〜〜高知市】

・文化庁「歴史の道百選」に選定されている。
  • 高知城
  • 布師田本陣(ぬのしだほんじん)
  • 領石(りょうせき)
  • 穴内(あなない)
  • 本山本陣(もとやまほんじん)
  • 下関(しもせき)
  • 葛原(くずはら)
  • 川口(かわぐち)
  • 立川番所(たぢかわばんしょ)【高知県大豊町立川下名】
  • 笹ヶ峰(ささがみね)【新宮村/高知県大豊町】
  • 杖立地蔵(つえたてじぞう)【新宮村】
  • 七曲り【新宮村】
  • 水無峠(みずなしとうげ)【新宮村】
  • 笠取峠(かさとりとうげ)【新宮村】
  • 腹包丁(はらぼうちょう)【新宮村】
  • 下り付(おりつき)【新宮村】
  • 青木の泉(あおきのいずみ)【新宮村】
  • 梅の泉(うめのいずみ)【新宮村馬立柿の下】
  • 堂成札場(どうなるふだば)【新宮村】
  • 馬立本陣(うまだてほんじん)【新宮村】
  • 新宮渡し(しんぐうわたし)【新宮村】
  • 不動堂(ふどうどう)【新宮村】
  • 一升水(いっしょうみず)【新宮村】
  • 水ヶ峰(みずがみね)【新宮村】
  • 横峰(よこみね)【新宮村/川之江市】
  • ・法皇山脈の横峰を越えると上分に出る。

    山内豊■(とよちか)公の歌碑 

  • 平山(ひらやま)【川之江市】
  • 峠に茶屋があった。
  • 槍下の松(やりさげのまつ)【川之江市】
  • 川関(かわせき)【川之江市】
  • 金生川関所。
  • 川之江本陣(かわのえほんじん)【川之江市】
  • 高知城を出発して5日目の宿泊地。
  • 和田浜(わだはま)【香川県】
  • 仁尾(にを)【香川県仁尾町】
  • 勝馬(かつま)【香川県】
  • 府中(ふちゅう)【香川県】

  • 丸亀本陣(まるがめほんじん)【香川県丸亀市】
    碑探訪 公園探訪

    川之江浜公園/パークゴルフ広場【川之江市川之江町4107-3】

    川之江城近く。
    ・定休日:毎週火曜
    ・開園時間:9:00〜21:00(11月〜3月は17:00まで)

    小山公園【川之江市金生町】

    市民の森(三角寺山)【川之江市】

    2001/11/25
    ・駐車場には真新しい川之江市観光案内図が建っている。
    ・眺望は抜群。
    ・山頂部には古めかしい展望台が。損傷が著しいため、ロープが張り巡らされて立入禁止状態になっている。

    城北公園【川之江市川之江町】

    城山公園【川之江市】

    1998/4/30
    ・城山公園は、延元2年(1337)[今から約660年前]に河野氏の武将土肥三郎左衛門尉義昌(どいよしまさ)によって築かれた川之江城佛殿城)を中心とした公園である。
    ・天守閣からの瀬戸内海の島々、法皇山脈の眺めはとても美しい。
    ・毎年4月には、桜まつりが盛大に催される。
    川之江城が聳える小高い山は、城山鷲尾山(わしおやま)と呼ばれる。

    川之江城/佛殿城

    ・昭和61年(1986)に復元された。
    ・武具・絵画・什器・古文書などが城内に展示されている。
    川之江城天守閣の石垣の一部に佛殿城本丸跡の石垣が残っている。

    ・延元2年/建武4年(1337):河野通政(みちまさ)が、讃岐の細川頼春の侵入を防ぐために土肥義昌に命じて鷲尾山に築城させた。
    ・興国3年/康永元年(1342):細川頼春の侵攻により土肥義昌破れる。
    ・天文5年(1536)〜永禄2年(1559):細川通薫が城主となる。
    ・元亀2年(1571):妻鳥釆女正友春(めんどりうねめしょうともはる)が入城。
    ・1500年代後半 河上但馬守(かわかみたじまのかみ)が妻鳥氏を打ち滅ぼし城主となる。
    ・天正10年(1582)、城主であった河上但馬守安勝は、長宗我部氏の武将・大西備後中守に敗れた。落城の際、河上但馬守の子女は姫ヶ嶽の崖から海中に身を投じた。→c.f.姫が嶽
    ・天正13年(1585)、土佐方の武将が川之江城を攻略し、河上但馬守を討ち破り、妻鳥釆女が帰城。
    ・天正13年(1585)年8月、豊臣秀吉が土佐の長宗我部元親(ちょうそかべもとちか)を打つため東予地方に進攻。川之江城は吉川元長の手に落ちる。秀吉の四国平定後伊予は小早川隆景が治めることになり、天正14年(1586)、廃城。

    尾藤二州記念碑

    尾藤二州は、川之江市出身の儒学者で、寛政三博士のひとりに挙げられる。
    ・この記念碑は、向山古墳の天井巨石を利用して建立された。

    住吉公園【川之江市金生町】

    向山公園【川之江市上分町】

    森と湖畔の公園【川之江市金田町】

     オートキャンプ場

    ・敷地面積7000u、11区画のキャンプサイトと共同炊事場、トイレ、シャワー、管理棟等を備える。
    ・利用料金は一泊二日で2000円、日帰りならば1000円。
    ・電話番号:0896-57-0618

    ハーブ園

    ・約50種類、2700株のハーブが芳香を漂わせる。

    ショウブ園

    ・約1000uの敷地に10000本のショウブが開花する。
    祭り・イベント探訪 施設探訪 伝説探訪

    姫が嶽(ひめがたき)【川之江市川之江町城山】

    昔、川之江の殿様が三島の海岸で闇討され、城も攻め立てられた。城に居た姫は馬の背に乗り、一思いに崖から海に飛び込んだ。姫の亡骸は香川県の豊浜に流れ着き、哀れんだ里人は手厚く葬り、この浜を「姫が浜」、飛び込んだ崖を「姫が嶽」と呼ぶようになった。

    与謝野晶子歌碑

    「姫ヶ岳海に身投ぐるいや果てのうましと入りぬ大名の娘は」

    平家落人伝説【川之江市切山】

    勝負谷【川之江市】

    木梨軽太子に関する伝説

    ・第19代允恭天皇の第一皇子・木梨軽太子は、同母妹である軽大郎女と禁断の愛に溺れたことにより、皇太子の座を剥奪されてしまった。
    ・軽太子は、弟の穴穂皇子と対立し、伊予国に配流された。[古事記]
    ・軽大郎女だけが伊予に流された。軽太子は穴穂皇子との戦いで自刃した。[日本書紀]
    ・途中で時化に遭い、妻鳥の浜田の海岸に漂着した。そのときに船を繋いだのが東宮石である。

    東宮石

    ・丸住製紙大江工場の信号の手前を西へ少し入ったところの右手に東宮石の看板有り。その看板の奥手の墓地に東宮石がある。
    ・木梨軽皇子が船をつけた場所とされる。
    ・この付近で、弥生時代中期から6世紀にかけての遺構が確認されている。土器類も出土している。

    東宮山古墳

    ・埋葬者は木梨軽太子であるとされる。[古事記]
    レジャー・行楽
    キャンプ

    切山キャンプ場【川之江市金生町切山地区】

    海水浴

    余木崎海水浴場【川之江市】

    ・香川県境にある。
    ・愛媛県自然海浜保全地区(昭和58年4月26日指定)
    ・シャワー室、休憩所、トイレ、駐車場有り。

    余木崎

    →See.伊豫温故録
    その他

    古代米栽培【川之江市金生町切山地区】

    ・平家遺跡保存会が休耕田に試験的に植えたもの。
    ・赤米、黒米、緑米の3種が栽培される。
    ・10月には栽培田見学会が催される。

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