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松山市:五明地区 |
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街の木:モミジ![]()
大字 字 上総町(かずさまち) 城山町(じょうざんまち) 小屋町(こやまち) 恩地町(おんじまち) 柳谷町(やないだにまち) 梅木町(うめきまち) 神次郎町(じんじろうまち) 菅沢町(すげざわまち)
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横山城跡【松山市】
・愛媛県指定史跡(昭和28年指定)
・松山市野外活動センターから西へ少し登った松山市と北条市の境界にある。
・建武年間(1334〜)に当時の領主であった河野通盛が築いたもの。
・海抜460mの山頂からは風早平野や瀬戸内海が見渡せる。
・もともとは北条側からの攻めに備えたもので、道は北条側が険しく、五明側は緩やかになっている。
・河野氏の城の中でも重要な要害城の1つであった。
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佛性寺(ぶっしょうじ)【菅沢町】
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・菅沢出身の天台宗の高僧別当大師光定上人が建てた。
・1000年以上の歴史を持つ古刹。
梵鐘
・昭和49年に造られたもので、宇治の平等院の鐘と同じ紋様が描かれている。
・今から約1400年前、朱雀天皇の願いで、承平5年(935)に肥後守正岡金定が造ったといわれる。
・その後、天正13年(1585)、豊臣秀吉の命で小早川氏が四国平定の戦を起こしたとき、「佛性寺の鐘を戦いのため出すように」と寺に知らせが届いた。住職たち は「この災いをどのようにして逃れたらよいか」と心を痛めていた。
・仏様もこれを惜しまれたのか、鐘は地中に落ち込み、その後行方が分からなくなったということである。これは、由緒ある鐘を惜しみ住職達がどこか地中深く埋めたものと思われる。
水琴窟
観音講式
・菅原道真直筆と言われる。
菅沢町(すげさわ)の町名の由来
昔、町のはずれにある仏性寺に、天皇から十一面観音像が寄進されることになり、使者として遣わされたのが菅原道真公であった。そこで町名を決める際、道真公の「菅」とこの辺りが「沢」であったことから名付けたという。
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厳島神社【恩地町】
1999/7/10
大山積神社(おおやまつみじんじゃ)【小屋町】
・大三島神社とも呼ばれ、大三島町の大山祗神社と深いつながりがあると言い伝えられる。
・旧暦の4月22日には春の大祭日と決め現在もお参りに行っている。
河内神社【菅沢町】
・8つの祭神が祀られる。
産王権現【城山(じょうさん)町】
1999/7/10
美津気神社(五明神社)【神次郎町】
1999/7/10
◎町名は、昔村に住んでいた吉金神次郎兵衛という人物の名前にちなんで付けられたものと言われる。
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姥(乳水)が水【城山町】
・この湧き水は涸れることを知らない水と言われる。
・この土地に住む人々は、子育ての際に愛飲させたことから「姥(乳水)が水」と呼ばれる。
・風早郡の河野家代々の城主・河野道有が湯築城から高縄山を上って風早郡に帰宅する際にもこの水を愛飲したという。
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松山市野外活動センター【菅沢町乙280番地】
・電話番号:089-977-2400
・平成元年度から総工費36億円で松山市が建設した。
・交通:松山市駅から伊予鉄バス城山行きで約35分。上菅沢下車後、徒歩約30分(1.5km)
・駐車場:約400台
キャンプゾーン
・ロッジ(10人用):12,000円
・常設テント(10人用):3,000円
・貸出用テント(5人用):1,000円
・フリーテントサイト 1区画:200円
・バーベキューセット(大) 200円
・野外教室 1時間 500円
・クラフト教室 1人1回50円
アドベンチャーゾーン
・スタッフロッジ
・林間教室
・パイオニアテントサイト
・オートキャンプ場・フリーサイト(一般車両): 2,500円
・アスレチック広場
・個別サイト:1区画 3,000円・遊具が12基設置されている。
・親水広場(水の遊び場)
・ローラースライダー:全長83m・水に入って遊べる広場で、水車小屋や東屋などがある。
・展望台・天気の良い日には瀬戸内海が見渡せる。
スクールゾーン
・宿泊:大人2,200円
・体育館 全面使用1時間1、000円
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兜岩/小屋町への通い路【城山町】
・河野通有が道後公園内に有った湯築城から高縄の城に登る時、この岩に兜を置き休憩して大自然が作り上げた美しい神秘な仙滝の渓谷と景勝を満喫したところと伝えられる。
・この山道を1km進むと小屋町に辿り付く。小屋町の氏神には越智玉純を祭る。そこには雌杉があり、その杉には大きなこぶがある。樹液を飲むと乳の出が良くなったといい、参詣者が多く訪れたという。
五枚笹【城山町】
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・雉や山鳥が水浴びをし、猪が渓流を横切り渡る清流沿いに花崗岩の小道があったが、昭和初期に石垣を積み上げて自動車道をつくったため今ではその姿は見れない。
・ここに繁殖する笹は、1節から5枚の葉が出ているので五枚笹または五葉笹と呼ばれる。
・大月の山深いところに自生していたものが大雨によって流れてきてここに根を下ろして繁殖した。
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