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松山市:浮穴地区 |
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街の木:クスノキ![]()
大字 字 井門町(いどまち) 高反(たかぞり)、 南高井町(みなみたかいまち) 森松町(もりまつまち)
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豊島家住宅【井門町】
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・国指定有形文化財[重要文化財]
・八つ棟造りと称されている土豪の屋敷である。
・900坪(約2975u)の敷地に門、付属舎、土塀、堀をめぐらし、主屋は桁行12間、梁行6間、東西に接
続する表座敷を持っている。![]()
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昌福寺(しょうふくじ)【井門町623】
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・山号:安寧山
・宗派:曹洞宗
・電話:089-957-7816
伊予七福神
布袋尊:度量の広い腹を持つ。和合・福徳の神。
酒井黙禅の句碑
「 方丈..... 」
運開く碑 (詩:坂村真民)
きょうは新暦八月八日 末広がりの八の重なった月 また旧暦では七月三日 吉数七と三の重なった日 しかも建立された碑は 第五十七番だから ここにも吉数が重なり まことに目出度い 運開く碑である どうか朝念暮念 念彼観音の力に依り 消災招福の功徳を身につけ 信心を深めていただきたい 建ち続く碑の光あれ 昭和61年8月8日
観音像
台座には坂村真民による「念ずれば花ひらく」の文字が刻まれている。
善福寺(ぜんふくじ)【森松町】
長善寺【南高井町】
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・宗派:臨済宗 妙心寺派
・山号:江月山・西林寺の南側。小川に架かる橋をわたってすぐのところにある。
當郷餓死萬霊塔
・享保17年(1732)大飢饉時の餓死者 3,489人の霊を慰める。
・この飢饉では、松前で義農作兵衛が餓死した。
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須我神社【森松町】
2004/4/30
★春祭(5/3)の準備中。参道に幟がたくさん立ち並んでいる。春祭りには相撲が奉納されるようだ。(2004/4/30)
参考文献:「戦後五十年記念誌 ふるさと浮穴」pp.282〜285神名石
石氏金常夜灯
・弘化3年午8月吉日 村中安全末社殿
・向かって左より奈良原神社、多賀神社、若宮神社、和霊神社、一宮神社、金刀比羅神社境内社:八幡社
道標「松山札辻より■里」
境内社:天神社(須我神社拝殿横)
入端(いりは)まつり
白山神社(はくさんじんじゃ)【井門町】
・加賀百万石の殿様が建てた神社の御分神を祭る。
・町内の人々に「権現さん」と呼ばれる。
・伊予国司であった越智宿禰が建立したといわれる。
・建立当時は、現在の鎮座地よりもやや北にあったという。現在地へは享保年間に移転した。→(「ふるさとみてある記−白山神社」、広報まつやま)
正友神社【南高井町1260】
・祭神:大己貴命、少彦名命
・景観樹林保護地区 26号 (昭和53年4月25日指定、1,464u)
・古くは浮穴神社とも呼ばれた。
浮穴塚
・産土 正友神社の古き伝えに祭神二柱の神の霊地に神武天皇の中臣 大久米命神籬を樹て正友大神を斎奉り。
・その命の57世の裔従五位下藤原朝臣浮穴千継命社殿を造営して奉りし事を伝える。
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火伏観音【井門町】
延命地蔵【森松町】
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入端(いりは)まつり【森松町 須我神社】
・8月24日に行われる。
・鬼の面を被った提婆の行列や歌問答で無病息災を祈願する。
・提婆行列では、年内に町内で生まれた赤ちゃんを抱いた父親らを先頭に、堤婆、奴、...と続き、延命地蔵から須我神社まで太鼓や笛を打ち鳴らして「イリハー、イリハー」と大きな声で連呼しながら練り歩く。
・神社に到着すると、舞台に座った裃姿の小姓役の小学生が、行列中の「詠歌謡い」と歌問答を繰り広げる。そして、神の威力に負けた提婆が境内から退散して祭りを終える。
・約400年の歴史を持つ。→(「神様と仏様に無病息災祈る 松山・須我神社伝統の『入端祭』」、愛媛新聞、2004/8/26)
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