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新居浜市(Niihama City)このページの最新更新年月日は |
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(1).「潤いと活力にみちた産業・文化創造都市」
(2).「鉱山と遊学ランドと温泉の遊湯ランド マイントピア別子」
(3).「豪華絢爛新居浜太鼓祭り」
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市の花 市の木 市の花木 市の鳥 ツツジ クス
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新居浜市観光協会 (TEL)0897-32-4028
・元禄4年(1691)、別子銅山の開坑により繁栄し、現在では住友系諸会社を中心とする企業の立地が進み、昭和39年には新産業都市の指定を受け、四国屈指の工業都市になった。
大字 字
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旧広瀬家住宅(広瀬邸)【新居浜市上原】
・国指定重要文化財(平成15年(2003)指定)![]()
住友化学愛媛工場歴史資料館【新居浜市惣開町】
・国登録有形文化財
・明治34年の建造物![]()
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一宮神社のクスノキ群【新居浜市一宮町1丁目 一宮神社】
・国指定天然記念物![]()
大転輪蔵【新居浜市山根町 瑞応寺】
・県指定有形文化財(昭和45年3月27日指定)
・京都の北野天満宮から移転されたもの。
木造薬師如来坐像(1躯)【新居浜市高木町 河内寺】
・県指定有形文化財[彫刻]
太刀(銘守次、革包太刀拵)(1口)【新居浜市庄内3丁目】
・国指定有形文化財[工芸品]
太刀(銘国継)(1口)【新居浜市庄内3丁目】
・県指定有形文化財[工芸品]
太刀(銘行秀)(1口)【新居浜市沢津1丁目】
・国指定有形文化財[工芸品]
剣(銘國永)(1口)【新居浜市沢津1丁目】
・国指定有形文化財[工芸品]
太刀(銘正恒)(1口)【新居浜市沢津1丁目】
・県指定有形文化財[工芸品]
太刀(銘備前国以下切)(1口)【新居浜市一宮町】
・県指定有形文化財[工芸品]
太刀(無銘)(1口)【新居浜市土橋1丁目】
・県指定有形文化財[工芸品]
銅銭承和昌宝(30枚)【新居浜市黒島 明正寺】
・県指定有形文化財[工芸品]
金銅密教法具(17種)【新居浜市黒島 明正寺】
・県指定有形文化財[工芸品]![]()
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瑞応寺の大銀杏【新居浜市山根町 瑞応寺】
・県指定天然記念物
ソテツ【新居浜市多喜浜】
・県指定天然記念物
赤石山の高山植物【新居浜市/土居町/別子山村】
・県指定天然記念物![]()
五輪塔群【新居浜市西の土居町2-16】
1996/5/10
・市指定史跡(昭和40年6月3日指定)
・金子氏累代の墓石群と推定される。
・様々な種類の石材が用いられている。
つづら渕【新居浜市若水町2】
・市指定史跡
河内寺五重塔礎石【新居浜市高木町6 河内寺】
・市指定史跡
深尾権太輔光清の墓【新居浜市黒島136 明正寺】
・市指定史跡
星原市【新居浜市外山町7】
・市指定史跡
久貢屋敷【新居浜市多喜浜151】
・市指定史跡
天野喜四郎の墓【新居浜市多喜浜151】
・市指定史跡
岡崎城跡【新居浜市上郷郷山】
・市指定史跡
金子城跡【新居浜市西之土居町】
・市指定史跡
大師泉縄文式遺跡【新居浜市萩生801】
・市指定史跡
庫津山古墳【新居浜市上原町3】
・市指定史跡
小山古墳【新居浜市垣生小山】
・市指定史跡
檜端住居跡【新居浜市舟木桧端】
・市指定史跡
横山古墳群【新居浜市中村横山】
・市指定史跡![]()
とうどうおくり【新居浜市大島】
・市指定無形文化財![]()
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岡崎城跡【新居浜市郷乙】
金子城跡【新居浜市】
・市指定文化財[史跡](昭和53年4月6日指定)
・金子城主は、武蔵国入間郡金子郷の地頭職からこの地の地頭職となったもので、天文〜永禄(1532〜1570)の頃、金子元成公が金子山に砦を築いた。
・天正13年(1585)金子元宅のとき、小早川隆景の攻めに破れて落城した。
展望台
生子山城跡【新居浜市】
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大師泉遺跡【新居浜市】
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正光寺山古墳【新居浜市】
・正光寺山の丘陵地にある。
・古墳時代後期(550〜600)のものとされる。
・円墳で、横穴式石室を備えている。
・鹿の角が材質の柄に直線と弧線の組み合わせ文様を刻んだ刀子(とうす)が、同時代の古墳から県内で初めて出土した。
庫津山古墳【新居浜市上原町3】
・市指定史跡
小山古墳【新居浜市垣生小山】
・市指定史跡
横山古墳群【新居浜市中村横山】
・市指定史跡
久貢屋敷【新居浜市多喜浜】
久貢記念館
旧別子銅山【新居浜市】
角石原
標高約1,100mのところにある角石原には、牛車道の中宿、第一通洞北口、上部鉄道の発着停車場があり、輸送系統の要所であった。また、選鉱場、焼鉱場も設置されていた。銅山山ヒュッテ
角石原停車場跡に建てられた赤石山系登山者の休息場所。峰地蔵
第一通洞跡(北口)
旧別子側の南口(旧代々坑口)と新浜側の北口を結ぶ延長約1,021mの別子銅山初の本格的坑道であった。
上部鉄道は、角石原と石ヶ山丈(835m)を結ぶ延長5,532mの山岳鉱山専用鉄道で、明治26年〜44年の間活躍した。第三通洞跡
東平(とうなる)に残る。銅山越
大和間符
つがざくら、あかもの群生地
牛車道
歓喜坑
歓東坑
蘭塔場
日出度町鉱山街跡
大山積神社跡
展望台
第一通洞跡(南口)
東延斜坑
ダイヤモンド水
高橋製錬所跡
小足谷劇場跡
小足谷小学校跡
接待館跡
醸造所跡
小足谷部落跡
円通寺小足谷出張所跡
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河内寺【新居浜市高木町】
木造薬師如来坐像(1躯)
・県指定有形文化財(彫刻)
慈眼寺(慈眼禅寺=じげんぜんじ)【新居浜市】
1996/5/10
・本尊:聖観音菩薩
・曹洞宗
・広永13年(1406)に金子城が置かれたが、天正の陣(天正13年:1585年の秀吉による四国攻略)の際に小早川隆景の攻めに敗れ落城した。
・元和4年(1618)、金子城主歴代の菩提を弔うために創建した。
金子備後守供養塔
・金子元宅公の墓がある。慈眼寺本堂左手の石段を登ったところにある。
菖蒲園
トンカカさん踊り
・天正13年(1585)、豊臣秀吉の四国出兵で、小早川隆景の大軍に対し、郷土連合軍の総大将で金子城(新居浜)城主の金子備後守元宅が、死を覚悟で出撃し、野々市原(西条)の決戦で討ち死にした。隆景がその「弔いの舞」を踊ったのが由来とされる。
・最初は塚村(小松)で始まったとされるが、新居浜市金栄の慈眼寺は元宅の菩提寺であり、金子山が戦場だったといわれることから、1994年 4月に金栄小学校区で「トンカカさん踊り保存会」が設立された。
正法寺【新居浜市大生院】
・ 宗派:真言宗御室派
・小松藩の近藤篤山(こんどうとくざん)がよく立ち寄ったという。
大護摩行事
・7月最終土曜日に行われる炎の祭典。山岳宗教に関連した行事とされる。
・金剛蔵王大権現の尊体が空き地に移され、信者・檀家が扮した白装束の山伏が空き地中央に設置された桧製の護摩壇の周りで法剣作法などを繰り広げる。
・やがて護摩壇に点火、次々と木札が投げ込まれる。
・護摩壇が焼け落ちると、その灰の上を素足で歩く「火渡り」が行われる。
瑞応寺【新居浜市山根町8-1】
・本尊:釈迦如来像
・宗派:曹洞宗
・文安5年(1448)、生子山城主、松木景村公が建立し、鎌倉より月担和尚を招き、仏国山瑞応寺と名付けた。
・明治30年(1897)、専門僧堂を開設し、禅門修行道場として広く学僧が出入りした。現在も曹洞宗最高の別格に位置している。
長泉堂
・長泉堂に保存されている大転輪経蔵は、もと北野天満宮に所蔵されていたもの。県指定有形文化財。明治の神仏分離令により売りに出されたものを住友が買い求めた。銅山で殉職した人々を鎮魂する意味もあったと思われ、この経蔵を回して礼拝すれば大きな功徳を積めるという。
瑞応寺の大銀杏
・本堂近くにある。
・樹高800〜1000年
・県指定天然記念物
大徳寺【新居浜市】
1996/5/10
・山号:神国山
・特に見所なし。
・「個人の家」という感じ。
・神社のように柱連石が立っている点が奇異。(神仏習合の名残か)
法泉寺【新居浜市垣生】
・山号:女乙山
・宗派:真言宗
・天正年間に創始された。
・旧本堂は約200年前に建立されたものであったが、近年総桧造りの新本堂に立て替えられた。
萬福寺【新居浜市】
明正寺【新居浜市黒島】
・神亀5年(728)、伊予の豪族越智氏の創建と伝えられる。
・本尊:聖観音菩薩
・宗派:真言宗善通寺派
・元々、西方寺と称していたが、寛永20年(1643)、明正天皇の勅令により寺号を改めた。
銅銭承和昌宝(30枚)
・県指定有形文化財[工芸品]
金銅密教法具(17種)
・県指定有形文化財[工芸品]
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一宮神社(いっくじんじゃ)【新居浜市一宮町】
・祭神:大山祇大神、雷大神、高おかみ神
・和銅2年(709)8月、大三島の大山祇神社より勧請し、新居の一宮として古くから崇敬されている。
特殊神事:神輿海上渡御(隔年実施)
小女郎狸の伝説
一宮神社のクスノキ群
内宮神社【新居浜市山根町】
大島八幡神社【新居浜市大島】
石槌島之助
大山祗神社【新居浜市】
清住神社【新居浜市】
《伝承》
・奈良時代の初期に流星が落下し、この所を落神といい盤座を作り、御神霊の宿る所として祀殿を作ったという。
・社記には、元禄3年本殿修復の記録(棟札)がある。
・本殿中の神器には流星の石が納められているらしい。
興玉神社【新居浜市】
黒島神社【新居浜市黒島】
滝神社【新居浜市】
1996/5/10
滝神社
・祭神:大山祗神、高■神、雷神(■は雨かんむりに龍)
本郷天皇宮(境内末社)
・祭神:火産霊神
牛頭天王社(境内末社)
・祭神:須佐之男神
山林記念碑
独立記念碑
・大正3年5月建立。
本郷天皇社 牛頭天王社
◎ ◎ ◎
滝神社
◎ ◎
|| \ \
竹 \ 山林記念碑
狛狛 独立記念碑
林 ___
++
||||
狛狛
___楠? ++
◎ ||
樹齢200〜300年級
中野神社【新居浜市】
藤原純友に纏わる伝説
八幡神社【新居浜市八幡】
舩木神社【新居浜市船木】
1998/4/30
・池田池公園南側の小高い丘の上に鎮座する。(池田池公園から参道が続く。)
鴻上彌三郎頌徳碑
句碑
・境内に2基建っているが、句も作者も読解不能。
湊神社【新居浜市多喜浜】
・多喜浜塩田跡にあった。
・塩田の神様として信仰を集めた。![]()
御茶屋観音堂【新居浜市西の土居町】
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銅山峰
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銅山峰のキバナツツジ
・昭和32年、県天然記念物指定
銅山峰のツガザクラ
・えひめ自然100選
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瑞応寺の大銀杏【新居浜市山根町 瑞応寺】
・県指定天然記念物
・樹齢1000年と言われる。
・樹高約30m、周囲約9.4m。
阿島地区(アッケシソウ自生地) 【新居浜市阿島地区】
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アッケシソウ
・県指定天然記念物。
・新居浜市阿島地区には生息南限のアッケシソウの保存地がある。
・アッケシソウはアカザ科で、塩水をかぶる砂地に生える一年草。
・草丈は40波50cmくらい。
・9月ごろに開花、次第に紅黄色に変わり、11月に紅葉とともに実を結び、紅葉が落ちると落果する。
・名前は北海道厚岸町で発見されたことに由来する。
・北前船で北海道へ塩を送り交易した際に持ち込まれたとされている。
新居浜アリーナ(アッケシソウ自生地)【新居浜市垣生】
アッケシソウ
ソテツ【新居浜市多喜浜】
・県指定天然記念物
一宮神社のクスノキ群【新居浜市一宮町】
・国指定天然記念物
・一宮神社境内には、約90本の楠の大群落が形成されている。![]()
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別子ライン[Besshi Rhine]【新居浜市大永山】
・市内中央部を流れる国領川上流。
・生子橋からマイントピア別子、鹿森ダム、遠登志渓谷、清滝を経て河又に至る延長約10kmの渓谷景勝地。
・昭和30年(1955)、県の名勝に指定された。
生子橋
マイントピア別子
鹿森ダム
1998/5/1
・昭和37年4月完成。県営ダム。
・堤高58m、堤頂長108m、貯水量160万トン
・小女郎川(こじょろがわ)に建設されたダム。
・ダム湖を「別子の湖」という。
遠登志渓谷(おとしけいこく)
・足谷川(あしたにがわ)渓流
清滝(きよたき)
・小女郎川上流(鹿森ダム上流)
・落差約60mを誇る。
・えひめ自然百選
・滝の周辺には休憩所と展望所があり、ゆっくりと豊かな自然に接することができる。
仲持ち像(なかもちぞう)
・「仲持ち」とは、別子銅山の山中で製錬された「あらどう(粗銅)」を運び出し、又、帰りには山中の生活に欠かすことができない「日用品」や「食料」などを男子でおよそ45kg、女子でおよそ30kgを背に一歩一歩山道を踏みしめ運搬していた人たちのことである。
・作者:阿部誠一。
・新仙雲橋(せんうんばし)の北側袂、遠登志渓谷遊歩道入口にある。
酒井黙禅句碑
遠登志橋(おとしばし)
・小女郎川に架かる全長50m、幅2m、高さ23mのワイヤーロープの吊り橋。
・もともとは「落とし」だったのを、漢字を当て込んだもの。
六角堂展望台
遠登志展望台
・昭和39年5月完成
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魔戸の滝【新居浜市種子川山】
・国領川支流西ノ谷川上流。
・上樽、中樽、下樽(40m)の三瀑布から成る。
銚子の滝【新居浜市大生院】
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・初夏には、池畔堤の斜面に躑躅が咲き誇る。
長淵のツルの来訪伝説【新居浜市大生院(おおじょういん)】
・天保11年12月、百姓の善作がツルを助ける話。
大師泉の伝説【新居浜市萩生801 大師泉】
・ある日、農家の門に立った旅僧が、家人に一椀の水を乞うた。
・この家では汲み置きの水がなかったので妻は水桶を担って水を汲みに行った。この辺りは昔から日照りが続くと飲み水に事欠き、干魃ともなれば作物は枯死するなど、水の不自由な事をこの家の主人は旅僧に話した。
・僧は妻が汲んで帰った水を一気に飲み干し、礼を述べた後、二人を伴い南へ1町ほど行って歩を止め、しばらく瞑目合掌し、錫杖を地面に何度も突き立てた。
・「水だ!水が出た!」主人は大声で叫んだ。妻は地に伏し、ただ旅僧に合掌するばかりであった。立ち去ろうとする僧に「御名は」と聞けば、僧は「空海」とのみ言って立ち去った。
・それ以来この霊泉は、いかなる干魃にも一度も枯れることなく、人々を潤し、湧き続けている。
藤原純友に纏わる伝説【新居浜市 中野神社】
・承平年間伊予に任じられた純友は、領民に敬慕され伊予水軍の首領として仰がれ ていたが、天慶2年朝廷に反抗したため、戦いとなった。戦い利あらず、天慶4年征討軍の橘速保に攻められ討ち死にした。里人は純友の生前の徳を慕って、中野山に祠を建立し、中野神社としてまつっている。
鬼求【新居浜市】
・金子に真鍋求右衛門という庄屋がいた。いかつい顔で、鬼瓦のような顔をしていたことから、村人達は鬼求(おにきゅう)と呼んでいた。
・ある日、鬼求が小作に充てていた水田の水が少なくなり、金子に溜め池を造り、西条藩の泉から水を曳く溝を掘り始めた。ところが地元の反対にあったため、夜中にいやがる小作人達を働かせて水路と「かご池」と呼ばれる溜め池を造り、水を盗むことに成功した。ところが、これがお上に知られ、幕府に捕らわれの身となってしまった。
・鬼求は自らの不徳を羞じ、遠い江戸の地で果てるのは情けないと、牢屋の中で一生懸命阿弥陀如来に祈りを捧げた。すると、どこかから「三十三夜の月が出たら連れて帰るぞ伊予の金子へ」という妙な歌が聞こえてきた。そして音も無く牢屋の扉が開いた。
・鬼求は喜びいさんで伊予の国まで逃げのびていった。途中、日も暮れ、峠の櫟(くぬぎ)の根元で寝ていると、盗賊らしき男達が略奪してきた金銀財宝を埋めているのに気が付き、その男達が去った後に掘り返して伊予路を急いで帰っていった。
・鬼求は以前にも増して大金持になったという。
大男の足跡【新居浜市大島】
・昔、大島に意地悪な大男がいた。この大男は、部落の人は雨が降って困ると言えば雨を降らし、日照りが困ると言えば、雨を降らさなくするというように何でも人の反対ばかりをしていた。
・ある時、この島に赤ん坊程の小男が来た。二人は飛び比べをして負けた方が島から出ていく約束をした。
・小男は引土まで飛び、大男は途中の石橋の上に落ちてしまった。
・この石橋が大男の足跡と呼ばれているもので、今は大島の旧家の玄関石になっている。
辯財天【新居浜市大島 引土】
・昔、引土にいたずらな「こんぼうず(河童)」がいて、子供を深い所にひっぱりこんで、いど(肛門)を抜くから行くなと言われていた。それでも度々子供が溺死するので「おべらいはん(辯財天)」を祀った。
・ある雨の夜、引土の鼻を通っていると、子供が大勢で相撲をとっていた。子供が「おいはん、すもうとろうや」といって大勢で飛びついてきて海へ引っ張って行き、もう少しであぶなかったという。この子供と思ったのはこんぼうずであったという。
大島の慕夫恋【新居浜市大島】
お姫さんの墓【新居浜市大島】
幽霊の片袖【新居浜市大島 願行寺】
城の鼻(端)【新居浜市大島】
百体地蔵【新居浜市大島】
舟かくし【新居浜市大島】
城主さんの墓【新居浜市大島】
トンコロ場【新居浜市大島】
むしやら【新居浜市大島】
吉祥寺のお薬師さん【新居浜市大島 東の浜】
神田山 【新居浜市大島 神田山】
皇子山 【新居浜市大島 皇子山】
船くぼ【新居浜市大島 船くぼ】
かるの太子【新居浜市大島】
石槌島之助【新居浜市大島 大島八幡神社】
・石槌島之助は、子供の時から松の木を根こそぎ倒すような怪力の持ち主であった。18歳のときには高下駄をはいたまま大島八幡神社の50段の石段を、200貫(約750kg)もある花崗岩の手洗いを頭上に差し上げて運び上げたという。
・今もその手洗いは神社に残っている。
島之助の力石と力藤 【新居浜市大島 御手洗石】
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垣生海水浴場【新居浜市垣生】
和井田海水浴場【新居浜市大島】
白鳥別館の鉱泉【新居浜市立川山】
大師泉 【新居浜市萩生801】
大師泉の伝説
オオバタネツケバナ(ていれぎ)
・新居浜市指定文化財
葛渕(つづらぶち)【新居浜市若水町2丁目5】
・市指定史跡(昭和53年4月6日指定)
・葛渕は霊水が湧き出る泉とされる。日照りのとき、笹ヶ峰から持ち帰った水を注げば龍が雨を降らせるという神龍伝説が伝えられる。
若水汲み(若水取り、お水取り)
・新年行事(1月7日)
・無病息災、家内安全を祈願する行事。
・新年に年男が水を汲み、一宮神社へ奉納するのが習わし。
・日の出前の早朝、葛渕に湧き出る水を柄杓で汲み、こもだる(18リットル)に詰めて台車に乗せ、法被姿の子供らが南へ約1km先の一宮神社まで運び、奉納する。
・約300年前に始ったと言われる。 一宮神社が古くより1月7日に若水汲みの神事を行っていたが、一時期、水が涸れて行事が途絶えていた。昭和52年(1977)に町名がこの神事に由来する若水自治会が中心となり行事を復活させた。
・若水によって作られた七草粥がふるまわれる。
※七草粥=スズシロ、セリ、ハコベ、ゴギョウ、ホトケノザ、スズナ
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