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西海町(Nishiumi Town)このページの最新更新年月日は |
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(1).「海・ふれ愛・ホットにしうみ21」
(2).「クリスタルランドにしうみ」
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町の花 町の木 町の花木 町の鳥
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西海町役場 産業観光課 (TEL)0895-82-1111
町名の由来:藩政時代には外海村と呼ばれた。その後、西外海村となり、これが西海町となった。●地名考証
大字 字 越田 弓立 小浦 樫月 船越 久家 下久家 樽見 大成川 小成川 福浦 麦ヶ浦 武者泊 外泊 中泊 内泊り
越田:久良から超えて田を造ったことに由来するものと考えられる。
弓立:小浦に沢山の五輪塔を残した人々が、弓を持つ番兵を立てて見張ったことに拠る。
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西浦中学校跡【西海町内泊】
1998/10/10
建学の趾
「校歌 碧水作
権現山の夕星に 豊後水道の漁火に
理想と夢を育みつつ 希望あふるる西浦中
為閉校記念 PTA建之 PTA会長同窓会代表 吉田俊広」
碑
「ここ女呂の岬で颯々の松籟と共に若人の夢を育みし白亜の学び舎も統合によりその輝かしき歴史と伝統の幕を閉ずることになった。西浦中学校の校名は久遠の彼方に消ゆるとも三十六年の星霜を数えて遠ざかる思い出の何と美しく高貴であることか。千四百六十一名の卆業生の栄光と軌跡をとどめるため、同窓生相集いここに校跡記念碑を建立し往時をしのぶよすがとす
昭和五十八年三月 撰文 11代校長 広瀬享」
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西林寺【西海町内泊】
親鸞上人の親筆
正道寺【西海町船越】
清岳院【西海町中泊】
大林寺【西海町福浦】
・宗派:曹洞宗![]()
西宮神社【西海町中泊】
・元禄9年(1670)9月、中泊地区の開祖といわれる淡路の人・喜兵衛が、淡路国福良の西宮神社より勧請した。
八坂神社【西海町小成川】
若宮神社【西海町福浦】
若宮神社【西海町樽見】
若宮神社【西海町久家】
若宮神社【西海町小浦】
若宮神社【西海町弓立】
若宮神社【西海町内泊】
1998/10/10
若宮神社【西海町越田】
・以前は「岡山神社」であったという。
若宮天満神社【西海町外泊】
1998/10/10
「旧神社境内地」の碑
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松の木道祖神【西海町内泊】
1998/10/10
・昭和56年8月建立。
・「かって此処から岬寄りに松の大樹あり 「船越ばなの松」と愛称し、約300年の樹齢を刻む。昭和54年秋、松喰虫被害に倒る 吾等この浦に育ちしもの皆朝な夕な春夏秋冬を通じ眺め愛しそれぞれの心の中に感慨をいだきしものなり今はなき斯の松に愛惜の念や止み難く懐古の縁にと道祖神を建つ
昭和56年夏日 岬の松を懐かしむ同志建立」
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権現山【西海町】
・標高490.8m![]()
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宇和海海中公園【西海町 鹿島】
宇和海博物展示館【西海町外泊】
やぶのサラサラ姫【西海町】
・昔、漁師の五郎佐爺さんが漁をしていると、白い着物を着た二人の女が竹筏に縛られて流されてきた。爺さんは二人を家に連れて帰り介抱した。
・二人は豊後の地主の姫と召し使いで、人柱として流されてきたといった。
・それからというものの、五郎佐爺さんの竹薮から清水が湧き出るようになり、今まで飲み水に困っていた村人は「藪のサラサラ姫の救いの水」といって有り難がった。
いらずの森と角庵さま【西海町小浦】
入らずの森(小浦さま)
・村人は平家落人が作った谷だと信じている。
・今は寺屋敷と呼ばれ、墓地になっている。
・小浦という小さな谷には数十基(50基強)の五輪の墓がある。人々は平家一門関係者の墓であるという。この50数基という数は、その文化と経済力が大きかったことを意味する。
角庵さま
・角庵さまは、風化の激しい巨大な五輪の墓であり、毎年旧暦7月24日の夜には、角庵踊りを部落民が奉納している。
・ある年、大雨のため踊りを中止したところ、夜中に蓑、笠をつけた異様な姿の人々大勢が輪になって無言のうちに踊り続けていた。驚いた村人は以来どんな悪天候のときでも角庵踊りを行うという。
お薬師さま【西海町福浦】
滝の下の地蔵さま【西海町内泊】
小笠原屋敷【西海町弓立】
・元和元年(1615)、山家公頼暗殺事件に関連し、宇和島藩を出た小笠原常彦が土着したという。
・伝承では、和霊の祟りにより子供を授かることなく一族は途絶えたという。
おうめの墓【西海町弓立】
・「おうめ」は、通称「おらく」といい、弓立に最初に居住した人という。
・「おらく碆」という岩礁が今も残っている。
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