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面河村(Omogo Village)このページの最新更新年月日は |
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(1).「石鎚の聖流郷 面河」
(2).「石鎚のふもと、ふれあいとやすらぎの聖流郷面河村」
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村の花 村の木 村の花木 村の鳥 リンドウ モミジ
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面河村役場 (TEL)0892-58-2111
大字 字 相の木(あいのき) 相の峰(あいのみね) 大成(おおなり) 笠方(かさがた) 河の子(こうのこ) 渋草(しぶくさ) 中組(なかくみ) 本組(ほんぐみ) 前組(まえぐみ) 若山(わかやま)
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面河渓【面河村】
・国指定名勝(昭和8年2月28日指定)![]()
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山びこ荘【面河村大成】
・村指定有形文化財![]()
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五葉松【面河村渋草2503番地】
・村指定天然記念物
ヒメボタル群棲地【面河村大成】
・村指定天然記念物
大成風穴群【面河村大成】
・村指定天然記念物
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若山城【面河村大味川 若山】
・菅内蔵之亟居城。
・家来に加藤次郎という剛力な者が居て、鹿の角を一束にして折る程の力持ちであったという。![]()
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相峰神社【面河村相の峰】
大成神社(たいせいじんじゃ)【面河村大成】
2001/6/3、2002/1/13
・祭神:天照大神、大山津見神、応神天皇、昭和天皇、菅原道真命、源直清命
・縁起:
慶長5年庚子11月・中川主膳正源直清命が、この里の鎮守として、応神天皇(八幡神)大山津見神(山の神)菅原道真命(学問の神)をお祀りして、大成八幡神社を建てました。
文久2年壬戌10月、大成八幡神社の西南100mの地に、その結構郡内第一といわれる豪壮優美な社殿を造営し、源直清命を合祀し、大成六社神社として遷しましたが、大正3年甲寅6月焼失しました。
平成7年乙亥5月慶長創建の地に再建し、皇祖天照大神と聖帝昭和天皇の御神霊を勧請し、元伏見宮博明王殿下の思し召しにより、御社号を四国総鎮守の宮として、海南総鎮護大成神宮としました。
ヒメボタル群棲地
・村指定天然記念物(平成10年6月29日指定)
・棲息地:林道沿線(土地所有者:長岡悟氏)
大成林道沿線一帯に棲息、群棲地として希少価値が高く、平成10年天然記念物として村が指定する。
ヒメボタルは、成虫の体長が5.5〜10mmの小型のホタル科の甲虫である。
ヘイケボタルに類似するが、前胸背板の黒紋は逆三角形を呈し、メスの羽は退化しているため、飛翔することができず草むらでオスに愛の光を発します。
オスは地上1〜2mの高さを飛びメスと光の交信をし相手が見つかると降下します。幼虫は、オカチョウジガイ・ベッコウマイマイなどの陸棲巻き貝を食べて、陸上で生活し、幼虫のまま越冬し成虫になります。
毎年7月初旬から2週間、日暮れとともに瞬間的な光を発しながら飛翔し始め、約1時間程度飛び交います。
「天然記念物 大成神宮社叢のヒメホタル群棲地」の碑
・「昭和63年7月17日、中川秀好氏発見」とある。
深山さらにふかく
生育三千年
天をつく初瀬の桂
何を語らん
風穴 冷風 納涼を知り
暖風 積雪を溶かし
春を告げん
これ神秘なり
雲 海の如く流れ
山 鳥の如く浮かぶ
霊峰神山
噫 大成神宮
平成11年4月吉辰
雄大 高岡昌司詠之
悟句碑
「天津日の... 」
美鶴句碑
「生国の山ふところの初音かな」
おかぐら広場
四国民舞輪の会35周年記念碑
・平成10年4月建立
昭和苑
将軍塚
聖桜碑
剣の御所
一万株のエビネ苑
宮内福一先生句碑:「風花の舞う渓谷の深さかな」
岬歩句碑:「空よりも高きふるさと青山河」
「平和」 力也
「皇国の生命に生きむ自が身は天津御親の赤子なりせば」
三社神社【面河村大味川 中村】
八柱神社【面河村】
八幡神社【面河村本組】
八幡神社【面河村前組 西浦】
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石墨山【面河村/久万町】
2000/4/29、2001/7/22、2002/12、2003/10/19
・標高 1459m
・晴れた日には道後平野や瀬戸内海の島々が一望できる。
石墨大権現
・赤鬼法性院をまつる祠。
・赤鬼法性院のものと言われる普通の人の2倍はある人骨が収められている。
・この人骨に触れると、必ず雷が鳴り大雨が降ると言い伝えられている。
※2003/10/19に南面を探査したが所在特定できず。
気多山(けたやま)【面河村】
2001/6/3、2002/1/13
・標高 1218m
・大成神社より登山道有り。
八辻ノ峰【面河村】
2001/6/3、2002/1/13
・標高 1273m
・気多山からの縦走路を30分ほど歩くと、笹に囲まれた八辻ノ峰山頂に着く。
大ノ森【面河村】
・標高 1320.5m
面河山【面河村】
五代ヶ森【面河村】
堂ヶ森【面河村/丹原町】
2000/5/1、2001/5/3
・標高1689m
・えひめ自然100選
石鎚山【面河村/小松町/西条市】
二ノ森【面河村/小松町】
2000/5/1
・標高1929.2m
鶴ノ子ノ頭【面河村/西条市】
筒上山【面河村/高知県 本川村】
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初瀬の桂【面河村大成】
2002/1/13
五葉松【面河村渋草2503番地】
2001/6/3
・村指定天然記念物(昭和63年4月1日指定)
・所有者:高岡一郎
・樹齢:350年
・この木は、船の形をした植木鉢に植木としてつくったもので、当時船型五葉松と呼ばれていたそうで、目通り3.69m、高さ27mあり、全国で3番目に数えられる大木である。
笹倉湿原(さぞうしつげん)のウマスギゴケ群落【面河村笹倉】
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面河渓【面河村】
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・石鎚国定公園
・1983年「日本自然百選」に選定
・昭和8年2月28日、国の名勝地に指定
・行ってみよう!えひめ感動の地20選[面河本流]
御来光の滝
・天狗岳の山懐を源とする面河川の最上流にある。
・平成2年に「日本の滝100選」に選ばれた。
虎ヶ滝
水呑獅子
上熊淵
下熊淵
紅葉河原
蓬莱渓
亀腹
・高さ100m、巾200mの大断崖。
五色河原
・水の音、苔の黒、岩の白、藻の緑、秋の紅葉...と五色に彩られる。
夫婦岩
唐獅子岩
錦木の滝
関門
[鉄砲石川]
布引の滝
・高さ40m
赤石河原
鎧岩
兜岩
御月岩
紅葉石
千段の滝
・高さ120m
コオモリ岩
鉄砲岩
雌滝
雄滝
想思渓
[施設]
面河山岳博物館
おもご特産品開発センター
国民宿舎面河
石鎚スカイライン
・電話番号:面河村役場観光課 0892-58-2111
・駐車場:有り、100台
【花】 ・ツツジ(5月) アケボノツツジ。高冷地のせいか、花の色が濃く鮮やかである。
坂瀬渓【面河村】
・堂ヶ森南面。
・大成神社へ向かう途中から、坂瀬渓へと続く道がある。![]()
御来光の滝
鼓ヶ滝
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大成記念園【面河村大成】
2001/6/3
洗心水かけ地蔵尊
洗心水かけ地蔵尊
「かつら川 清き流れの 水くみて 心を洗へ 秋津嶋人」相次郎
中川相次郎翁は明治15年この地に生まる 初次中川梅右衛門の第2子たり。明治33年 兄中川半次の後見により中川宗家の養嗣子となり其の第11世を承継す 漢学を拝志の人日野四郎に学び国学は父を師とせり 長じて大成小学校校長となり大成鉱山と風穴の開発に尽瘁せり
「愛媛の自然100選銘木第一位指定(平成3年)」の標柱
南風(尾形直夫)句碑
「若葉して 桂千年 秘史の里」
翠巒閣(すいらんかく)
「翠巒閣上初瀬の大桂を看る
石峰 南麓 大成の郷
初瀬の桂樹 谿澗の傍
叢幹林を成し風影を弄ぶ
翠巒閣上 又 清涼
南雲外史 長岡悟」
大成植物園
・遊歩道脇に数多くの植物が植生されており
大成学舎趾
大成学舎は文化13年中川家の家塾として中川久治右衛門この地に開設せり。明治5年大成小学校となり、大正3年渋草小学校大成分校となり、同年新校舎に移転せり。蓋し此の地は上浮穴郡に於ける学校教育の発祥の地なり
九曜堂
世直し銀杏
山びこ荘
・村指定民俗文化財(平成5年4月1日指定)
・所在地:面河村大成679番地
・所有者:長岡悟
・面積:90.40u
・構造:木造草葺平家建
・山びこ荘は文化10年に建築され、家塾大成学舎、松山藩杣野銅山手代所、戸長役場、大成風穴養蚕管理事務所がおかれ、知名人が多数訪れた建物である。
きた家
・文久3年3月に建てられた藁葺き家屋。
赤鬼法性院【面河村 石墨山】
・石墨山の麓、杣野(そまの)に赤鬼法性院という修験者(山伏)が住んでいた。力持ちであり、その名は松山城主まで伝わっていた。
・ある日殿様は松山城に赤鬼法性院を呼びつけ、その力試しとして米蔵の積み替えをさせた。法性院はあっという間に積み替えを終え、殿様はひどく感心し、誉め称えた。
・ある年の秋の夕方のこと、赤鬼法性院は石墨山で肥料にする草を刈っていた。そのとき上の方からザワザワと怪しい草擦れの音が聞こえてきて、段々と赤鬼法性院に近づいてきた。胴回りが60cmもある大蛇が目を爛々と光らせながら、捕らえた兎を飲み込もうとしている。これを見た赤鬼法性院は手に持っていた鎌で大蛇の頭を切りつけた。さすがの大蛇も捕らえた獲物を放して逃げてしまった。
・やがてどっぷり日が暮れて、真夜中になると戸外でズルズルと何かを引きづるような物音がしはじめた。これは赤鬼法性院に仕返しにやってきた大蛇の這う音だった。大蛇が襲いかかってきて、赤鬼法性院はもはやこれまでと両手を頭上で組み合わせた。あっという間に首にぐるぐると巻き付いたが、
赤鬼法性院は両手を頭上に組んでいたので、首を絞められずに済んだ。やがて駆けつけた女房に包丁を持ってこさせて、大蛇をずたずたに切り裂いてし
まった。
・ある年、石墨山の大石を動かすために大勢の人が仕事をしていた。そのとき、ふとしたはずみで大石が麓めがけて転がり始めた。赤鬼法性院は、下で待ち受け、2本の鉄の棒でこれを受け止め、麓の人々が押しつぶされるのを防いだ。
・年をとってからの赤鬼法性院は、石墨山の岩陰で毎日鐘を打ち鳴らしながら仏様を拝んで暮らしていた。1年、2年と年を追うごとに、その鐘の音はだんだん跡絶えていき、人々が心配して見に行くと、既に眠るように息跡絶えて岩陰に横たわっていた。人々はこの場所に祠を建て、石墨大権現として赤鬼法性院を祀った。
・今でも石墨山の祠には赤鬼法性院のものと言われるおおきな人骨が納められているという。この骨は普通の人の2倍ほどもある大きなもので、古くからこの骨に触れると雷が鳴り、大雨が降ると伝えられている。
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※面河村には海は無い。
大成銅山【面河村大成】
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[KOMIL:KOtaro's Miscellaneous Information Laboratory]
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