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新宮村(Singu Village)このページの最新更新年月日は |
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(1).「自然と人、人と人の調和と協調のむらづくり」
(2).「住民とともに歩む手づくり観光をめざして」
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村の花 村の木 村の花木 村の鳥 茶の花 ヤマザクラ
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新宮茶
・法皇山脈と四国山脈に囲まれ、四季それぞれの彩りに変化する新宮村。その気候風土は茶に適し、山野にはヤマチャが自生して、古くから手揉み製茶が盛んであった。
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新宮村役場 産業振興課 (TEL)0896-72-2121
・昭和29年3月、上山(かみやま)、新立(しんりつ)の2村が合併して新宮村となった。
・藩政時代は今治藩に属していた。
大字 字 馬立(うまたて) 上山(かみやま) 新宮(しんぐう) 新瀬川(しんせがわ)
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鐘踊り【新宮村】
・愛媛県無形民俗文化財(昭和52年1月11日指定)。
・善政を布した大西備中守元武の霊を慰めるためにできたという念仏おどり。
・8月最終日曜日が祭の当日で、鐘・太鼓・長刀・鉞(まさかり)・仮面・棒振りなど23人の踊り手が一庭50分の踊りを踊る。
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安楽寺【新宮村】
観音菩薩【新宮村】
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市仲桜馬場のサクラ【新宮村】
熊野神社のイチョウ【新宮村】
西庄兄弟杉【新宮村】
サクラ【新宮村】
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仙龍寺(奥之院)(せんりゅうじ)【新宮村古野(この)】
1998/5/1
・電話番号:0896-72-2033
・四国別格二十霊場 第13番札所 護摩修法霊跡
・四国八十八ヶ所霊場65番札所、三角寺の奥の院
・「作大師」、「厄除大師」、「四国奥の院」などの名で親しまれている。
・本尊:弘法大師
・開山:法道仙人
・護摩修法霊跡
・当寺は嵯峨天皇の弘仁6年(815)、弘法大師が42歳のとき、登山され金剛窟に瀧沢大権現と開運不動尊を勧請して息災の護摩壇を築き、朝夕「清めの瀧」(高さ18m)で心身を浄め「開運厄除」「虫除五穀豊穣」の二つの御請願をたてられ、21日間護摩の修行をされたという。
・その護摩修行成満の後、自らの姿を彫刻して此の山に留め安置した。その本尊を「厄除大師」「虫除大師」と申し伝えて諸国より多くの信者が四季を通じて参篭している。
・寛永15年(1638)京都大覚寺門跡、尊称法親王が立ち寄り、帰京の後、金光山遍照院仙龍寺の名前が付き、独立した寺になったという。
本堂
六角堂
藤井芳州詩碑
「世相遷移轉瞬間榮枯得失見循環年々華發猶依旧歳々人生逝不還」
「世相は遷移す、轉瞬(てんしゅん)の間、栄枯・得失・循環を見る。年々華(はな)発(ひら)いて猶(なお)旧に依るも歳々(さいさい)人生逝(ゆ)いて還らず」
「世の中の移り変わりは激しく栄枯盛衰も又休みなく繰り返されているが、変わらぬものは自然の営みのみで、毎年春が来れば草木は美しく、変わることがない。それに引き換え、限りある人生は短く、而も逝いて再び還ることはない。この絶対的真理をわきまえ、何を知り、何を求め、又何をなすべきかを考えねばならない。」
★藤井芳州
・本名:藤井関一。明治28年10月2日、新宮村天日の高橋寅三郎の次男として生まれる。昭和28年10月吟道関心流創設、初代宗家となる。
宝乗寺(ほうじょうじ)【新宮村新瀬川】
1998/5/1
・山号:長寿山
・本尊:地蔵菩薩
・宗派:真言宗大覚寺派
お葉付イチョウ
新成新四国【新宮村】
・新宮村を舞台に繰り広げられる霊場八十八ヶ所巡り。
・これは132年ぶりに復活した行事で、巡拝コース全工程は 12.3km
新成新四国復元の碑
・「嘉永年間に建立されし。新四国八十八ヶ所は久しく放置され、所在も明らかならざりき。偶に信藤英敏44体を確認 復元の提唱あり。地域有志並に『ふるさとに学ぶ会』の協力により39体を追認。5体を新たに刻調し、昭和55年1月吉日開眼供養す。時にNHKの取材あり。 『八十八そろい石仏ニコリとし』 南牛史」と碑文にある。
★このNHK取材って、ワシが中学校の頃の早朝にやってた番組「ひょっこり南牛史」か?
★赤い幟が立てられた地蔵には、平石に「故」など漢字1文字を白いマジックで記したものを具えている。まるで南総里見八犬伝である。 このようなものを「一字一石」というのだろう。
安楽寺【新宮村寺内】
1998/5/1
・村指定文化財
・宗派:真言宗大覚寺派![]()
熊野神社(くまのじんじゃ)【新宮村新宮】
1998/5/1
・祭神:速玉大神(伊奘諾尊)、夫須美神(伊奘◆尊)、家津美御子大神(素戔鳴尊)、他9柱=熊野十二所神
・大同2年(807)9月8日、紀州新宮から、田鍋、真鍋、三鍋一統によって現在地に勧請、安置されたといわれる神社で、広い境内には厳粛な雰囲気が漂う。
・熊野神社蔵の「伊予新宮鎮座熊野神社由緒略記」に拠れば、「そもそも当社は今を去ること1180年以前、大同2年(807)9月8日紀伊国新宮より当地に勧請せられたるものにして、四国第一大霊験十二社宮と奉唱されたること、聖護院御門跡帳面にこれあり。古くは古美村(こみむら)と申すところ本社を鎮祭せしにより新宮の名あり。また曰く、伊予国は熊山、阿波は岩津限り、土佐は保木峰、讃岐はことごとく皆氏子場として熊野宮の牛王の神符を配布せり。」とある。
・永禄年中(1558〜1570)、長宗我部氏の兵火により消失した。
・本殿は嘉永2年(1849)、拝殿は寛文2年再建されたもの。
・この神社は四国130社の筆頭に列せられ、最盛期には四国大半の地域にまでその勢力を持ち、牛王の神符を配布していたと伝えられている。 熊野神社蔵の「牛王の神符の版木」は大永2年(1522)のものと伝えられる。神符に描かれた烏の数は、紀州速玉社の48羽と同数である。
イチョウ (村指定天然記念物)
神鏡(県指定文化財)
大般若経(県指定文化財)
稲莖神社【新宮村寺内】
1998/5/1
・神社境内には村立寺内幼稚園が設けられている。
・主祭神:大那牟遅命、宇賀魂命、少彦名命、稚産霊神
・天文7年(1538)、後奈良天皇足利義晴将軍のとき、日野光明永正8年上山泉田に来たり。約30年後のこと。現社殿は明治39年建立。徳川式四ツ棟造り。
稲莖神社【新宮村西の庄】
大西神社(おおにしじんじゃ)【新宮村】
・ 天正5年(1577)、土佐の長曽我部元親に敗れて自刃した大西備中守元武を祀る。
鐘おどり(愛媛県無形民族文化財)
笠嶋神社【新宮村】
三宝大荒神【新宮村】
素鵞神社(そがじんじゃ)【新宮村中の庄】
・素鵞神社の秋祭りは10月最終日曜日。
中山神社【新宮村古野】
鉾尾神社(ほこおじんじゃ)【新宮村】
頼武大明神【新宮村新瀬川】
むかし、源平の戦いに負けた平家の落人が、新瀬川まで逃げのびてきた。落人の将は、頼武という人で、その妻は身篭っていた。そのうち源氏が追い付いてきて大乱戦となり、新瀬川の辺は血で真っ赤に染まったが、妻は無事子供を産んだ。
その後、この地を血原と呼ぶようになり、頼武を安産の神として崇めるようになった。
四社神社【新宮村】
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土之内薬師堂【新宮村】
長瀬地蔵堂【新宮村長瀬】
1998/5/1
・県道5号線(川之江-大豊線)沿い、馬立川に架かる新大谷橋の袂にある。
金毘羅宮
・向かって左側は「元産土神 三頭宮」、右側は「元三頭神社末社 金刀比羅宮」と書かれている。現在「金毘羅宮」と呼んでいるのは、主客転倒といった感じがする。
記念碑
・新大谷橋を渡ってすぐのところにある。
・四国横断自動車道建設に依る土捨場用地権者協議会設立(昭和61年1月)〜土捨場工事完了引渡し(平成4年2月)、換地作業完了(平成7年4月)に至る事業完了記念の碑。
・あまり記念すべきことでもないような気がするが....。「土を捨てる場所を提供してくれたら、記念碑建ててやるよ」という感じがするのはワシだけだろうか。
長瀬地蔵堂における寺小屋教育碑
・新大谷橋を渡ってすぐのところにある。
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七人塚【新宮村】
水ヶ峰地蔵【新宮村】
1998/5/1
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塩塚峰(塩塚高原)【新宮村】
1998/5/1
・塩塚峰は標高 1,043.4m。1000m級の山頂には、なだらかな草原が広がる。
・塩塚高原から見た瀬戸内海に沈む夕日は格別である。いや、東から昇る朝日の眺めもいい。実に壮大な風景だ。
・パラグライダーで有名。
展望台
塩塚高原自然休養村
塩塚高原キャンプ場
観光栗園
呉石山(呉石高原)【新宮村上山】
1998/5/1
・山頂を抜ける林道を必死こいて車を走らせたけど、辿りついたのはただの草っ原じゃないの!(それも手狭な。)まあ、アウトドアを満喫するという目的だったらそれで良しなんじゃろうけどね。
・右側に分かれる道を突き進むと行き止まり。Uターンする場所ぐらいはあるじゃろと高を括って行ってみるが、どんづまり。結局バックで引き返さんとならん。
呉石山
・標高 826.9m
堀切峠
峠の地蔵
・享和2年(1802)4月に作られた。施主は下分村星川清八。
・雲辺寺へ至るへんろ道の脇に安置される。
・全高2m(像高1.1m)
水ヶ峰地蔵
1998/5/1
・南側の小道を800mほど下りたところにある。(自動車では行けない!)
・5月5日には春祭りが開催される。
・旧土佐街道(土佐北街道)越えの際、人々に安息を与える水がこんこんと沸き出でている。
・ここからの金砂湖の眺めは最高である。(高所恐怖症の人はたまらんかも...)
笹ヶ峰(ささがみね)【新宮村】
・標高 1,027m。愛媛県(新宮村)−高知県(大豊町)境に位置する。
※三角点所在地は 1,016.0m?
杖立て地蔵
・安政5年建立。土佐街道、笹ヶ峰の伊予側へ400mほどくだったところにある。
橡尾山(とちおやま)【新宮村】
・えひめ自然100選
・四国自然百選
・標高 1,222.3m。
カガマシ山【新宮村/伊予三島市/高知県】
・標高 1,342m。
三傍示山【新宮村】
・標高 1,157.8m
剣ノ山【新宮村】
・標高 1,105.0m
三ツ足山【新宮村】
・標高 1,105.8m
平石山【新宮村】
・標高 825.6m
峰畑山【新宮村】
・標高 747.9m
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国有林自然林(ブナ林)【新宮村】
お葉付イチョウ【新宮村長瀬 宝乗寺】
・葉の上に実を結ぶことから「お葉付イチョウ」と呼ばれる。
・新宮村南部、新瀬川沿いの宝乗寺の境内にあるイチョウの雌株。
・県指定天然記念物。
・幹廻り3.75m、樹高15m。
・お乳を授かる霊木として崇敬が厚い。
西庄兄弟杉【新宮村】
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イチョウ【新宮村】
・
サクラ【新宮村】
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銅山川【新宮村】
馬立川【新宮村】
新瀬川【新宮村】
寺成川【新宮村】
和田小屋川【新宮村】
中ノ川【新宮村】
天日川【新宮村】
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あじさいロード【新宮村上山中野】
1998/5/1
・県道9号線(新居浜・山城線)沿い
・約3kmの沿道に色とりどりのアジサイ約3000株が咲き誇る。
・6月にはあじさいまつりが開催される。
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掘切峠【新宮村/川之江市】
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土佐街道(土佐藩江戸参勤交代北山越伊予路順路)
1998/5/1(新宮村の一部のみ)
・土佐第10代藩主山内豊策公から、この道を参勤交代に使ったと伝えられる。
・カゴたて、カシの休場、腹包丁など大名行列に因んだ地名が今も残っている。
- 高知城
- 布師田本陣(ぬのしだほんじん)
高知城を出発して1日目の宿泊地。
- 領石(りょうせき)
- 穴内(あなない)
- 本山本陣(もとやまほんじん)
高知城を出発して2日目の宿泊地。
- 下関(しもせき)
- 葛原(くずはら)
- 川口(かわぐち)
- 立川番所(たぢかわばんしょ)【高知県大豊町立川下名】
高知城を出発して3日目の宿泊地。
立川番所院は、昭和49年国指定重要文化財に指定された。
昭和55年より3ヶ年をかけて解体復元工事がとり行われた。- 笹ヶ峰(ささがみね)【新宮村/高知県大豊町】
- 杖立地蔵(つえたてじぞう)【新宮村】
- 七曲り【新宮村】
- 水無峠(みずなしとうげ)【新宮村】
登りのとき下士の休場であった。
- 笠取峠(かさとりとうげ)【新宮村】
笠を取って風を入れる。
- 腹包丁(はらぼうちょう)【新宮村】
刀を腹に回して急坂を登る。
- 下り付(おりつき)【新宮村】
- 青木の泉(あおきのいずみ)【新宮村】
- 梅の泉(うめのいずみ)【新宮村馬立柿の下】
参勤交代時には土佐藩主専用の泉であった。
この泉の上に梅の古木があったので「梅の泉」と称されるようになった。- 堂成札場(どうなるふだば)【新宮村】
高札場所、荷継ぎ場であった。
- 馬立本陣(うまだてほんじん)【新宮村】
高知城を出発して4日目の宿泊地。
- 新宮渡し(しんぐうわたし)【新宮村】
参勤交代のときは、船橋にして通過した。
- 不動堂(ふどうどう)【新宮村】
- 一升水(いっしょうみず)【新宮村】
不動坂、朝日坂を登って茶屋に至る。
- 水ヶ峰(みずがみね)【新宮村】
道中の乾いた喉を潤す冷たい清水が湧出する。
- 横峰(よこみね)【新宮村】
法皇山脈の横峰を越えると上分に出る。
- 平山(ひらやま)【川之江市】
峠に茶屋があった。
- 槍下の松(やりさげのまつ)【川之江市】
- 川関(かわせき)【川之江市】
金生川関所。
- 川之江本陣(かわのえほんじん)【川之江市】
高知城を出発して5日目の宿泊地。
- 和田浜(わだはま)【香川県】
和田浜宗林寺にて小休止する。。
- 仁尾(にを)【香川県仁尾町】
参勤交代初期の北山越の終点。
- 勝馬(かつま)【香川県】
勝馬久原寺にて小休止する。
- 府中(ふちゅう)【香川県】
丸亀本陣(まるがめほんじん)【香川県丸亀市】
※念仏踊り
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※新宮村には海はない。
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