伊豫の隅々

玉川町(Tamagawa Town)


このページの最新更新年月日は
2003年11月23日
です。

市町村概要

キャッチフレーズ
(1).「自然が美味しい町 玉川」
(2).「躍動の町 田万川 輝く人・水・緑」

選定モノ
町の花 町の木 町の花木 町の鳥
ヒノキ

特産物

インフォメーション
玉川町役場  (TEL)0898-55-2211


沿革

字と地名探訪

 
大字
文化財探訪
国指定有形文化財

国宝銅宝塔【玉川町大野 玉川近代美術館

・国指定重要文化財

伊予国奈良原山経塚出土品【玉川町大野】

・国宝

木造釈迦如来立像(1躯)【玉川町桂 宝蔵寺

・国指定重要文化財[彫刻]

旧鈍川小学校二宮金次郎像台座【玉川町】

・国登録有形文化財(平成14年)
・昭和11年(1936)に、教師・児童が河原の石を積み上げて建築したもの。
国指定無形文化財

国指定無形文化財

国指定天然記念物

千疋峠のサクラ【玉川町鈍川】

・国指定名勝(昭和16年指定)
・桜の名所

吉井勇歌碑

県指定有形文化財

宝筐印塔【玉川町畑寺 光林寺

絹本著色稚児大師像(1幅)【玉川町畑寺 光林寺

石造宝篋印塔(1基)【玉川町畑寺 光林寺

・県指定有形文化財[石造美術]

木造貼付彩色前机 (1基)【玉川町桂 宝蔵寺

・県指定有形文化財[工芸品]

石造宝篋印塔(1基)【玉川町桂 宝蔵寺

・県指定有形文化財[石造美術]

木造御神像(3躯)【玉川町八幡 石清水八幡神社

県指定無形文化財

県指定天然記念物

子持ち杉【玉川町木地】

・県指定天然記念物
町指定有形文化財

 宝筐印塔【玉川町畑寺 光林寺

奈良原山経塚跡【玉川町木地 奈良原神社

・町指定史跡

宮の台天神社の森【玉川町龍岡下 天神社

・町指定史跡

蓮明寺【玉川町高野】

・町指定史跡

津倉の古墳【玉川町小鴨部】

・町指定史跡

重茂城跡【玉川町与和木/大西町山之内、宮脇】

・町指定史跡

丸山城跡【玉川町法界寺】

・町指定史跡

幸門城跡【玉川町妙見前】

・町指定史跡

鷹の森城跡【玉川町鈍川】

・町指定史跡
町指定無形文化財

町指定天然記念物

鈍川渓谷【玉川町鈍川】

・町指定名勝

ナギの木【玉川町鍋地/桂 蓬来山(釈迦山) 桂木神社境内】

・町指定天然記念物(昭和38年4月指定)
・ナギノキはマキ科の植物。
その他の文化財
史跡探訪
城址

幸門城跡【玉川町妙見前】

・町指定史跡

嵯峨子城址【玉川町】

重茂城跡【玉川町与和木/大西町山之内、宮脇】

・町指定史跡

鷹の森城跡【玉川町鈍川】

2002/2/24
・町指定史跡
・山頂部にはNTT DoCoMoの玉川鈍川無線中継所、J-フォン四国のJPS玉川局、NHK伊予玉川テレビ中継放送局などが建っている。

鷹の森城跡碑

・1998年3月、城主末裔の越智鬼止太郎氏が建立した巨大な碑
この城は遠く国造乎致命の流れをくむ越智大和守春友が白河天皇の頃旧鈍川村鬼原村畑寺村を領地として築城し本丸・二の丸・三の丸の他鬼原城・大西城の出城を構え五百余年に亘り繁栄せるも十三代越智駿河守頼能の天正十三年小早川隆景の進攻をうけ将兵共々自刃し落城した。自害に先立ち弟に妻子を託し落ち延びさせたと傳えらる。 

讃鷹ヶ森城址定碑 
     訪舊登来荒廃■ 
     往時■業巳無痕 
     茲有封侯余裔在 
     鬼魂欲弔建碑■ 
     玉水 詩  翠城 書 
     この山林はつぎの方々の所有地ですが 
     建碑に賛同下さりご協力いただいたものです 

     越智武男 大下 
     青野義満 今治 
     青野芳久 鬼原 
     越智鹿夫 鬼原

丸山城跡【玉川町法界寺】

・町指定史跡
遺跡

古墳

津倉の古墳【玉川町小鴨部】

・町指定史跡
跡地

「龍岡小学校跡」の碑【玉川町龍岡】

2002/2/24
天神社の南側。ダム湖畔にある。
・碑文には、
(表面)
龍岡小学校跡
・平成3年2月吉日建立
(裏面)
沿革
・明治20年4月 龍岡尋常小学校五反地に創立
・大正2年1月 校舎新築落成 この地に移転
・大正3年4月 龍岡尋常高等小学校に改称
・昭和16年4月 龍岡国民学校に改称
・昭和22年4月 龍岡小学校に改称
・昭和27年4月 木地分校を設置
・昭和44年3月 玉川ダム建設により木地分校共に九和小学校に統合 八十有余年に及ぶ輝かしい伝統の校.....
と記されている。

龍岡小学校木地分校跡【玉川町竜岡】

2002/3/3
・昭和27年4月1日設置、昭和44年3月31日閉校。
神社仏閣探訪
寺

栄福寺(えいふくじ)【玉川町八幡甲200】

仙遊寺(せんゆうじ)【玉川町別所甲483】

医王寺【玉川町中村甲314】

光林寺(こうりんじ)【玉川町畑寺甲530】

浄土寺(じょうどじ)【玉川町鈍川丙91】

宝積寺(ほうしゃくじ)【玉川町法界寺甲272】

・宗派:高野山真言宗
・本尊:不動明王
・村中四国第61番霊場

書写大般若経600巻

・有形文化財

宝泉寺(ほうせんじ)【玉川町葛谷】

宝蔵寺(ほうぞうじ)【玉川町桂甲21】

寶林寺【玉川町鍋地】

2002/2/24
・本尊:延命地蔵
★境内からは鍋地の集落の長閑な田園風景が広がる。(2002/2/24)

徳生翁頌徳碑

龍岡寺(りゅうこうじ)【玉川町竜岡上甲407】


神社

石清水八幡神社【玉川町八幡】

和霊神社【玉川町】

石柝神社【玉川町】

・主祭神:石柝神、根柝神、石筒男神
・配神:大己貴神、天御中主神、天満尊神、大山積神、猿田彦神、菅原道真神など
・境内神社:客人神社
・由緒沿革:当社は持統4年3月に国司小千宿祢玉興が、大和国葛城山より役小角が優婆塞を迎えてこの地を開いたとき、石柝神、根柝神、石筒男神や、天満尊神を奉斎して祀ったものである。明治4年10月に村社となり、明治42年に大己貴神社、山神社、三島神社等の各末社を合祀した。

桂木神社【玉川町鍋地/桂 蓬来山(釈迦山)

2002/2/24

ナギノキ

天神社【玉川町竜岡下】

1997/10/30、2002/2/24

宮の台石造宝篋印塔

・町指定有形文化財(昭和39年3月1日指定)
・歴代幸門城主と一族の霊を祭るという。
幸門城は、正岡右近太夫経政の代、天正13年8月豊臣秀吉四国征伐により落城した。
・大小15ケの五輪塔、宝篋印塔が並ぶ。

天満神社【玉川町】

2002/2/24

天満神社【玉川町葛谷】

1997/10/30
・県道玉川−菊間線沿い、せとうちバス終点「葛谷」停留所前にある。
・樹勢の良い杉等の大木が数本ある。

天満神社【玉川町桂】

2002/2/24

白山神社【玉川町畑寺】

奈良原神社【玉川町木地】


奈良原山の頂上にある。
・もとは水の神様として祀られ、日照りの年には村人が山頂に集まり雨乞いの祈祷を行っていた。
長慶天皇来訪後は牛馬を守る神として遠方からも多くの人が参拝に訪れるという。

伊予国奈良原山経塚出土品

・ 国指定文化財[考古資料]

三島神社【玉川町鈍川】

2002/2/24
・鳥居は弘化四丁未五月に建てられたもの。

三嶋神社【玉川町鍋地】

2002/2/24
★鳥居前には「四良神社」の社号碑が立っている。地図上では三嶋神社と記されている。鳥居は天保3年に作られたもの。左側の柱に「天保三壬辰歳九月吉祥日」と刻まれている。

御鉾神社【玉川町木地】

2002/2/24
御堂

木地観音堂【玉川町竜岡 木地】

2002/3/3
・本尊:秘仏十一面観世音菩薩
・「抑々当龍岡木地観音堂に安置し奉る十一面観世音菩薩は往古文中年間覚理法皇幸門に遷幸ありしとき祈願所として一宇の堂を建立し遠く奈良の都南円堂より勧請し給う所の霊像にましまして住吉の作と云い伝う。爾来霊験著しく諸人の来詣年を経て増々多く利益を蒙る者今に至って数うるに遑あらず......
明治41年現住石丸徳応識より」の説明書きが建っている。

観音堂【玉川町長谷 横山】

七曲り薬師(薬師堂)【玉川町長谷】

2002/2/24

★国道317号線沿いに寺号碑が建っているのが見える。そこから右手に続く車幅1台がやっとの小道を更に進んでいく。普通車では脱輪してしまいそうなほど窮屈な道である。坂を上り詰めたところに、ちょっとした駐車場がある。周りには桜の木が数本植わっている。もうすぐ花見の季節。なかなかの好ポイント・穴場かもしれない。
★境内地からは鬼原方面の見通しが良い。なんとも長閑な風景が広がる。国道317号線と県道154号線(東予玉川線)の合流する三叉路の丘の上には何やら御堂らしきものも見える。

「七曲り薬師」寺号碑

昭和58年、正岡克己氏によって建立された。
・側面には「ありがたや薬師乃里に花ひとえ」という句が記されている。そして、その石碑の横に立つ標柱には、「府中四国霊場第56番 薬師堂」と記されている。

醫王殿

・薬師堂の上部には「醫王殿」と記された額が掲げられている。その横には「おんころころ せんだり まとうぎそわか」という薬師如来真言が掲げられている。

頭痛仏

・「頭痛佛」の文字が書かれた額が中央に掲げられ、その下側に、これまた「頭痛佛」と記された二つの提灯が釣り下げられている。
★頭痛を治す仏様というのは愛媛県内でもなかなか珍しい部類のように思う。最近ストレスのせいか、時折来る頭痛に悩んでいたが、何となくスッキリしたような気分がするのは根が単純な証拠だろうか。パブロンやナロンエースよりもひょっとしたら効くのかもしれない。(薬品会社の皆様、こげなこと言うてすんません)

地蔵堂【玉川町竜岡】

2002/2/24
★コンクリートブロックで築かれた路壁に囲まれるようにして、その小さな地蔵堂は佇んでいる。堂の中には意外にも2体の石仏が祀られている。「このくらいのサイズの堂ならば1体のみが収められているのが愛媛標準なのになぁ」と自分の標準に照らし合わせながら妙に感心してしまう。
★両方とも摩滅が進行しており、顔面ものっぺらぼうの状態になっている。かなり昔から存在するものであろう。真新しい赤い前掛けがかけられており、足元には柔らかそうな白餅が2ケづつ供えられており、地元の人の信仰の厚さが伺える。(以上、2002/2/24記)

五人衆聖霊堂【玉川町鬼原】

2002/2/24
★鬼原集会所から少し北に向いて歩くと、「五人衆聖霊堂 屋根及び参道改修 平成四年十二月吉日」と記された碑が目に入る。右手を見上げると、小高い丘の上に御堂が建っているのが見える。その御堂へと細い道が続いている。標高は10〜20mといったところか。
★上り詰めたところに建てられている御堂の中には五輪塔や石仏が収められている。五人衆がどの時代のどんな五人組を指すのかについては今後調査しなければならない。

延命堂【玉川町桂 蓬来山登り口】

2002/2/24
・延命堂の横には忠魂碑や「国指定重要文化財 釈迦如来奉祀 釈迦堂参道入口 標高四百米 約二千米」、「釋迦如来へ十四丁」などの道標が並ぶ。
堂の前には五輪塔の残骸が数基置かれている。
塚

地蔵

イボ地蔵さん【玉川町】

2002/2/24
★長谷方面からの道との合流点の三叉路に地蔵が座っている。「いぼ地蔵さん」と記された看板が立っている。青々としたシキミが供えられている。一般的にイボ地蔵は、花挿し(正式名称は何というのかはよくわからないが)の水を患部につけることで御利益を与えられるといった謂れを持つ。ここの地蔵もきっとそうなのだろう。本来は辻を守るために建てられた地蔵であろうが、時の変遷の中でいつしかいぼ治癒の能力を獲得したことには敬意を表する。ふと見上げると、地蔵は赤い涎掛けと毛糸の帽子を被せてもらい、誇らしげな笑みを浮かべて座っていた。

農道竣工記念碑

・昭和31年12月起工、昭和37年12月竣工と記されている。
自然・景観探訪
山

楢原山(奈良原山)【玉川町木地】

2000/7/9
・標高1042m
奥道後・玉川県立自然公園
子持杉
水分(みくまり)神社:牛神を祀る。
子守神社:明神を祀る。(現存するかどうかは未確認)
山口神社:勝手明神を祀る。(現存するかどうかは未確認)

五葉ヶ森【玉川町】

2000/7/9

作礼山【玉川町】

仙遊寺

蓬来山(釈迦山)【玉川町鍋地/桂】

2002/2/24

桂木神社

ナギの木

・町指定天然記念物(昭和38年4月指定)

釈迦堂

菩提樹

★菩提樹の横には「国指定重要文化財釋迦如来像 仏師興慶の作 1268年 標高399.30m 1995年度 玉川中学校制作」と記された看板が立てられている。

蓬来様(蓬来権現)=宝篋印塔

★「蓬来様へ→」の案内標識に従い、釈迦堂の左側から続く遊歩道を上がって行く。遊歩道といっても、整備された道ではなく、踏み跡がどうにか確認できる程度の道である。辿り着いた先には石塔が1基建っていた。「健康長寿 蓬来権現 施主 与和木 山本優子」と記している。その東側には瓦製の小祠が佇んでいる。

展望所

・展望台敷地は元九和村長 大野稔氏の寄贈による。
★「お不動さんへ→」「↑石造宝塔 頂上」の案内板が立てられている。

お不動さん

 
「健康長寿 不動明王 施主 桂 井出清隆」
★どこに不動が奉られているのだろうかと上下左右を見回すと、露頭の中腹部にちょこんと一体の不動が奉られている。

奉詠碑

 
奉詠
仰拝す 赤栴檀の 釈迦如来 慈悲の佛の 光輝く
昭和55年4月8日 桂 羽藤フジノ詠讃 年寿九十三歳 宝厳寺住職 里野哲眼建之

鐘撞堂

 
鐘楼再建記
梵鐘は佛声にして永久大平の道を開く(佛説)
当山鐘楼は明治廿八年梵鐘奉納と共に建立されましたが梵鐘は先の太平洋戦争中に供出を命ぜられ戦後再鋳されたものであります。
建立以来鐘楼は百年を経て参りましたが不幸にして平成三年九月の台風十九号により倒潰しました。併し梵鐘には何の被害もなく茲に山下の桂 鍋地 与和木 御厩部落の檀信徒をはじめ有志相計り再建を念願数多の寄進を得て平成五年三月二十八日再建落慶したものであります。
釈迦堂管理者宝蔵寺住職 里野哲眼
釈迦堂鐘撞堂建設委員会 役員一同
樹木

子持杉【玉川町木地 楢原山

・県指定天然記念物
・初代(枯死):胸高幹周 800cm、樹齢 600年以上
・二代目:胸高幹周 665cm

千疋桜【玉川町上木地 千疋峠

傘桜【玉川町上木地】

ナギの木【玉川町鍋地/桂 蓬来山(釈迦山) 桂木神社境内】

・マキ科の植物

菩提樹【玉川町鍋地/桂 蓬来山(釈迦山) 釈迦堂境内】

カヤ【玉川町畑寺 光林寺】

ブナ【楢原山】

ムクロジ【高野 天満神社】

クロガネモチ【法界寺】

カキノキ【葛谷 服部邸】

チシャノキ【高野 天満神社】


川

木地川【玉川町】

竜登川【玉川町】

竜登川と観音様

渓谷

鈍川渓谷【玉川町鈍川】

1998/8/21
・町指定名勝
・林野庁水源の森百選
えひめ自然百選

遊歩道

・春になると12,000本のシャクナゲが咲き乱れる。

ふれあい橋

・幅員:10m
・橋長:22.0m
・生活環境保全林整備事業により造られた。

水源の森

水源の森橋

ふれあいの森

森林館

蒼社峡【玉川町】

滝

五丈ヶ滝【玉川町】

橋

牛追橋【玉川町】

2002/2/24
木地川にかかる。
・昭和53年3月竣工。

牛追の地名由来

風景

その他自然景観

玉川ダム【玉川町龍岡下】

1997/10/30
・今治−北条間の県道を進むと、玉川ダムが有る。
・ダム湖畔にはオートキャンプ場有り。
・オートキャンプ場の対岸には玉川公園有り。
・ダム湖は映画「がんばっていきまっしょい」(原作:敷村良子)のロケ地になった。
・春には1,500本の桜が咲き乱れる。

竜岡キャンプ場

竜岡運動公園

玉川ダム湖畔公園

阿部久一翁頌徳碑

グリーンピア玉川

ビューパーク玉川

2001/9/28
・玉川ダム湖畔に立地する西日本有数の花木公園。
・春には100,000uの敷地に菜の花が咲き揃う。周囲に桜の花も立ち並ぶ。
★コスモスが満開状態。多くの人が見物に訪れていた。しかし、コスモス観るのに入園料大人400円は高いんやないの?(2001/9/28)

玉川湖畔桜祭り

・4月上旬(第2日曜日)に開催
道探訪
峠

千疋峠【玉川町】

仏ヶ峠【玉川町上木地】

窓の峠【玉川町小鴨部】

2002/2/24

林道窓の峠線起点標識

蒼社川水源の森

 
蒼社川水源の森 
社団法人 国土緑化推進機構の「緑の募金を活用し、今治地方水と緑の懇話会員と、玉川町の小学生・教師全員の参加を得て、今治地方の未来を考えた、清浄で豊かな水資源を涵養するため「蒼社川水源の森」づくりの植林を行った。 
この事業で使用した「緑の募金」は、全国47都道府県の、株式会社ローソン各店舗を通じて、多くの方々からお寄せいただいた寄付金から成り立っています。 
     平成11年11月4日      今治地方水と緑の懇話会

サヤの峠【玉川町/朝倉村】

2002/3/3
・標高270.5m。
林道

林道小鴨部古谷線

2002/2/24
・幅員3.0m、延長560m

林道窓の峠線

2002/2/24
・幅員3.0m、総延長1572m
碑探訪 公園探訪

玉川総合公園【玉川町】

1998/5/3、2002/2/24

徳生ひろばの碑

ふるさとタイムカプセルの碑

祭り・イベント探訪

施設探訪

森林館【玉川町鈍川 鈍川渓谷

1998/8/21
・1994年11月建設に着手。1995年3月完成予定。
・木地川沿いにある「水源の森」の一角に建設
・延べ 135uのあずまや風。
・鈍川渓谷の渓流(木地川)沿いの道を上っていくと、やがて緑色の三角屋根の建物と公園が見えてくる。
・ここ森林館の館内には、森に棲む動物の剥製や、昔森で働いていた人達が使っていた機材を展示している。また、自然関連の書籍が収蔵されている。
・電話番号:0898-55-4432
・開館時間:8:30〜17:00
・休館日:水曜日(水曜日が祝日のときは翌日)、12月29日〜1月3日

玉川近代美術館(徳正記念館)【玉川町大野 甲86-4】

・玉川町出身の名誉町民・徳正忠常(とくせいただつね)翁が私財を提供し「美しい町の小さな美術館」として創立した。
黒田清輝松本竣介野田英夫などの作品を展示している。ピカソ、シャガール、ダリ、ユトリロなど海外著名画家のものも小作品ながら収蔵されている。

・電話番号:0898-55-2738
・開館時間:09:00〜17:00
・休館日:月曜日、12月27日〜1月1日

鈍川せせらぎ交流館【玉川町鈍川 甲218番地1】

2000/7/9
・鈍川温泉郷に入るちょっと手前のところに造られた温泉リゾート施設。
・渓流は公園として整備されていて、川遊びが出来る。
・1997年に鈍川ふれあいの里整備事業の一環として建設・オープンした。
・泉質はアルカリ単純泉。
・露天風呂、音波風呂、薬湯など7種類の浴槽・サウナを設けている。
・開館時間:10:30〜21:00(20:30札止め)
・休館日:第2,4月曜日、1月1日、12月31日

玉川湖畔の里【玉川町龍岡】

2002/2/24
伝説探訪

牛に乗った神様【玉川町】

たごりの神様

・今から600年ほど前、長慶天皇は敵軍に都を追われて桜井国分寺から奈良原山へ逃げて来られた。途中八幡の栄福寺の裏山まで来られたとき病気に罹り、高熱で一歩も動けなくなった。
・その夜、天皇は夢の中で「お宮をつくっておまつりをしたら何もかもうまくいくであろう」との御告げを受け、早速お社を立てて一生懸命祈りを捧げた。すると忽ち平癒した。この社が八幡のたごりの神様である。

牛の爪の地名由来

・やがて天皇を追いかけて大勢の敵軍が攻め寄せてきた。天皇は「こんなに攻め込まれると人間の足では逃げきることができぬ。」と考え、牛に飛び乗り大急ぎで逃げた。このときに牛の爪痕が石に残ったのでこの辺りを「牛の爪」と呼ぶようになった。
・牛に乗った天皇は、高野の愛宕山まで逃げ延びることができた。畑寺にある白山神社裏の大石にも牛のひづめの跡が残っている。

血を吸わないヒルの話

天皇を乗せていた牛が谷川の水を飲んでいるとヒルが牛の足にくっついて血を吸った。哀れんだ天皇は牛のためにヒルが血を吸わぬようにまじないをした。それから畑寺のヒルは血を吸わないようになった。

馬切の地名由来

しばらくするとまた敵軍が攻めてきたので、今度は馬に乗って逃げることにしたが、長谷の余中のところで馬が倒れてしまったので、馬を切り倒して徒歩で山奥へ逃れていった。この場所を馬切と呼ぶ。

牛追の地名由来

徒歩で逃げる天皇を見て一人の村人が赤い牛を差し出した。天皇は爪痕が逃げる方向とは逆の方向につくようにと、牛を後ろ向きに歩かせた。

千匹峠

こうして天皇はようやく奈良原山に辿り着いたが、とうとうここで亡くなられた。そこで人々は天皇の魂を慰めるために千本の桜を植えて弔った。千馬に乗って戦った場所であるためこのような名前が付けられたという。

犬塚池【玉川町別所】

・昔、栄福寺仙遊寺に黒毛のお使い犬がいた。山の上の仙遊寺で鐘が鳴ると山へと駆け上り、栄福寺の鐘が鳴ると山を駆け下りるという大変利口な犬であった。
・ある日、栄福寺仙遊寺の鐘が同時に成ったため、犬はどちらに行っていいのか分からなくなり、これではお寺の御用が勤まらないと悲観し、池に身投げをしてしまった。
・村人は哀れに思い犬塚を設け、この池を犬塚池と呼ぶようになった。

竜登川(りゅうとがわ)と観音様【玉川町】

・昔、竜女が海から竜登川を伝わって佐礼山へ上り、立派な観音像を作った。竜女は一刀刻むごとに三度礼拝し、何日もかけて観音像をこしらえた、
・観音像が出来上がると、竜女は再び竜登川を下って海へと帰った。
・その後、旧暦7月9日になると決まったように龍燈が竜登川を伝わって佐礼山へと上り、仙遊寺にある桜の木にかかったといわれている。
・この桜の木は現存しないが、明治初年頃までは見ることができたという。
レジャー・行楽
キャンプ

龍岡キャンプ場【玉川町龍岡】

2002/2/24
天神社南側の玉川ダム湖畔・龍岡小学校跡地に設けられている。
・炊事場が設けられており、公衆トイレも設置されていて、まぁキャンプ場らしいといえばらしい。オートキャンプが出来るのなら、活用するのも悪くないように思う。
・ちなみにこのキャンプ場は、「ダム周辺環境整備事業」と称して整備・造成されたもののようである。キャンプ場脇の説明板には、
ダム周辺環境整備事業概要
 この公園はダム貯水池および周辺の自然を好ましい環境として一般利用者に提供するものであり、自然美を味わいながらのレクレーションに又スポーツ広場として行楽と健康増進に役立たせるために造成されたものです。又この貯水池は総貯水量9,900,000m3、標高155.80m(常時満水位)で河口より約15kmの地点にあり、洪水調節と都市用水(上水、工業用水)および農業用水の補給を行っており、大切な水を守るためみなさんのご協力をお願いします。
と記している。
海水浴
※玉川町には海はない!

鈍川温泉【玉川町鈍川】


・国道317号線から約2.5km入った渓谷にある。
伊予三湯に称される。
・この温泉は、奈良時代から湧出していたと伝えられている。本格的に開発されたのは、今治藩主が湯治場を建設したのが始まりで、歴史的にも由緒ある温泉郷である。
・「伊予の仙境」と呼ばれる温泉郷。
・泉質はフッ素及び硫化水素を含むアルカリ性単純泉で、極めて肌触りが良く、慢性胃腸病などの疾病症に特効があるといわれている。美肌効果もあり、「美人湯」として有名である。
・「山部ながらも鈍川名所道後まがいのお湯が出る」と俗謡にも歌われる。
・桜と紅葉の名所として知られる。
・古くから「湯野谷」、「楠窪湯」と呼ばれ付近の住民に利用されていた。
 
源泉名:玉川鉱泉
泉質:低張性アルカリ性冷鉱泉
泉温:源泉22.0℃、使用位置42℃
温泉の成分:
@pH値:9.9
Aラドン含有量 3.4×10^-10 Ci/kg
禁忌症:急性疾患(特に熱のある場合)、活動性の結核、悪性腫瘍、重い心臓病、呼吸不全、腎不全、出血性疾患、高度の貧血、その他一般に病勢進行中の疾患、妊娠中(特に初期と末期)
適応症:神経痛、筋肉痛、関節痛、五十肩、運動麻痺、関節のこわばり、打ち身、くじき、慢性消化器病、痔疾、冷え性、病後回復期、疲労回復、健康増進

句碑(別館美賀登前)

・昭和50年2月、村上義玉により建立された。
その他


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