伊豫の隅々

東予市(Toyo City)


このページの最新更新年月日は 
2002年12月16日
です。

市町村概要

キャッチフレーズ
(1).「水清らかな田園工業都市」
(2).「メダカとともに住むまちづくり」

選定モノ
市の花 市の木 市の花木 市の鳥
ツツジ クスノキ

特産物

インフォメーション
東予市役所商工振興課/東予市観光協会  (TEL)0898-64-2700

沿革
多賀村、壬生川町、吉井村、周布村、国安村、吉岡村、三芳村、橘河村、庄内村
 

・昭和46年、市制を施行。
・明治22年、壬生川村が成立。
・明治34年、町制をしき、壬生川町となった。
・昭和15年、壬生川町と多賀村が合併し、壬生川町となった。
・昭和30年、壬生川町と国安村、吉岡村、吉井村、周布村の4村とが合併し、壬生川町となった。
・昭和46年1月、壬生川町と三芳町が合併し、東予町となった。
・昭和47年10月、市制を施行し、東予市が成立。

字と地名探訪

 
大字
文化財探訪
国指定有形文化財

越智家住宅店舗及び居宅【東予市壬生川】

・国登録有形文化財
・江戸末期の建造物

越智家住宅数寄屋【東予市壬生川】

・国登録有形文化財
・昭和2年の建造物

越智家住宅茶室【東予市壬生川】

・国登録有形文化財
・昭和2年の建造物
国指定無形文化財

国指定無形文化財

国指定天然記念物

県指定有形文化財

涅槃像及び両界曼荼羅(3幅)【東予市広江 徳蔵寺

・県指定有形文化財[絵画](昭和45年3月27日指定)

木造薬師如来坐像(2躯)【東予市北条 金性寺

・県指定有形文化財[彫刻](昭和32年12月14日指定)

梵鐘(1口)【東予市北条 長福寺

・県指定有形文化財[工芸品](昭和40年4月2日指定)

観念寺文書(14軸)【東予市上市 観念寺

・県指定有形文化財[書跡・典籍・古文書](昭和31年11月3日指定)
県指定無形文化財

県指定天然記念物

土田之木のエノキ【東予市玉之江】

・県指定天然記念物(昭和40年12月24日指定)

カブトガニ繁殖地(東予市海岸一帯)【東予市】

・県指定天然記念物(昭和24年9月17日指定)
市指定有形文化財

観念寺の本堂及び鐘楼堂【東予市上市 観念寺

・市指定有形文化財[建造物]

観念寺の山門と石垣【東予市上市 観念寺

・市指定文化財[記念物史跡]

観念寺仏殿文化八年上梁棟札【東予市上市 観念寺

・市指定文化財[考古資料]

観念寺開山堂【東予市上市 観念寺

・市指定有形文化財[建造物]

観念寺宝篋印塔【東予市上市 観念寺

・市指定有形文化財[彫刻]

象ヶ森城址【東予市上市観念寺山】

・市指定文化財[記念物史跡]

周敷神社社殿【東予市周布 周敷神社

・市指定有形文化財[建造物]

周敷神社絵馬【東予市周布 周敷神社

・市指定文化財[絵画]

絹本著色十二天画像【東予市旦之上 十地院

・市指定文化財[絵画]

絹本著色不動明王像【東予市旦之上 十地院

・市指定文化財[絵画]

絹本著色出釈迦弘法大師像【東予市旦之上 十地院

・市指定文化財[絵画]

絹本著色仏涅槃図【東予市旦之上 十地院

・市指定文化財[絵画]

木造地蔵菩薩立像【東予市実報寺 実報寺

・市指定文化財[彫刻]

俊盛筆聖帝山来由記【東予市実報寺 実報寺

・市指定文化財[古文書]

徳蔵寺の織部灯籠【東予市広江 徳蔵寺

・市指定文化財[彫刻]

木造阿弥陀三尊像【東予市周布 寂光寺

・市指定文化財[彫刻]

甲賀八幡神社祈請文【東予市上市甲460 甲賀八幡神社

・市指定文化財[古文書]

松山藩壬生川浦番所記録【東予市周布 郷土館

・市指定文化財[古文書]

久米庄屋古文書【東予市周布 郷土館

・市指定文化財[古文書]

珠文鏡【東予市周布 郷土館

・市指定文化財[考古資料]

一柳直卿の奉納額

・市指定有形文化財[書跡]
長福寺【東予市北条 長福寺
護國殿【東予市北条 長福寺
雲龍室【東予市北条 長福寺
大通門【東予市北条 長福寺
東海山【東予市北条 長福寺
長福寺(軸表装)【東予市北条 長福寺
圓鏡山【東予市周布 寂光寺
寂光寺【東予市周布 寂光寺
佛土山【東予市 寂光寺
福智山【東予市 宝積寺
心宗山【東予市 本源寺
醫王殿【東予市 本源寺
清浄寺【東予市 清浄寺
大悲殿【東予市 興照寺
龍王山【東予市 道場寺
密林山【東予市広江 徳蔵寺
聖帝山【東予市実報寺 実報寺
周敷神社(軸表装)【東予市周布 周敷神社
八幡宮【東予市 徳威神社
和光同麈【東予市 徳威神社

木造馬頭観世音菩薩坐像【東予市楠】

・市指定有形文化財[彫刻]

楠の法篋印塔【東予市楠】

・市指定有形文化財[彫刻]
市指定無形文化財

壬生川盆踊りトンカカはん【東予市石田597-1】

・市指定無形文化財
闇罔神社境内で新暦8月19日の夜に行われる。
市指定天然記念物

実報寺の寺池と睡蓮の群生【東予市実報寺 実報寺

実報寺の一樹桜【東予市実報寺 実報寺

大慈庵の蘇鉄群【東予市高田 大慈庵

鷺森神社の楠【東予市壬生川 鷺森神社

大元神社の大杉【東予市黒谷乙 大元神社

黒谷の檜一対【東予市黒谷乙 大元神社

夜討ヶ窪の山樫【東予市河之内】

甲賀神社の広葉杉【東予市上市 甲賀八幡神社

金性寺の黒松(薬師松)【東予市北条 金性寺

豊栄神社のチシャノキ【東予市周布 豊栄神社

新福寺のカリンの木【東予市新町 新福寺

宮内神社のツバキの群生【東予市宮之内 宮内神社

その他の文化財
史跡探訪
城址

世田山【東予市楠】

・南北朝時代の古戦場。世田城址がある。

近田城址/水源地【東予市河之内】

1999/5/15(土)
・大明神川のきれいな水を台所に送る浄水場の上手の小山に近田氏の拠城があった。
・天正8年城主経治は、櫛部兼久とその父兼氏等をかくまったため、新居郡高尾城主の金子勢に夜襲され、櫛部父子と共に炎の中で自刃した。
・「夜討ヶ窪」の保の木名が残った由来である。

鷺森城【東予市】


遺跡

石延遺跡【東予市石延】

永納山城跡【東予市】

東予国民休暇村近くの小高い山、永納山(標高132m)の雑木の中に総延長2.5kmにわたる列石や土塁がある。これは「朝鮮式山城」とも呼ばれ、663年の白村江の戦いで唐・新羅連合軍に大敗を喫したのを機会に、両国の脅威から防備するために大和政権によって築かれたという。

上市池遺跡群【東予市上市】

上市古池遺跡【東予市上市】

観念寺池遺跡【東予市】

久枝(さいだ)遺跡【東予市】

・大地震の跡と見られる噴砂や中世の集落跡が見つかった。

久枝(さいだ)U遺跡【東予市周布】

・'97年2月、県埋蔵文化財調査センターは、弥生時代中期と見られる石製の指輪を発見したと発表した。この指輪は、全国的に見ても初めて見つかったものである。
・指輪は深緑色の蛇紋石製で、直径2.2cm、重さ1.07g。多量の炭化物と弥生式時の破片が埋まっていた土坑から出土した。

幸の木遺跡【東予市】

・四国初の把手付き中空円面硯(えんめんけん)が見つかった。

佐々久山遺跡群【東予市】

新町遺跡【東予市】

東予西中学校遺跡【東予市】

広岡池遺跡群【東予市】

福成寺遺跡【東予市】

・直径8m、8.4mの2基の円墳、弥生時代中期の竪穴式住居跡などが発掘された。

吉岡小学校南遺跡【東予市】

古墳

椎の木古墳【東予市福成寺乙159-66 養鶏試験場内】

・市指定有形文化財[古墳]

甲賀原古墳群【東予市上市 甲賀八幡神社

・市指定有形文化財[古墳]

天神二号古墳【東予市福成寺乙436】

・市指定有形文化財[古墳]

片山古墳群【東予市】

佐々久山古墳【東予市】

二番山古墳【東予市】

広岡古墳群【東予市】

跡地

山廃寺【東予市楠】

1999/5/15(土)

供山廃寺の宝筺印塔

・市指定文化財[有形文化財石造美術](昭和58年7月18日指定)
・宝筺印塔とは、塔中に宝筺印神(心)■経を納めた供養塔である。法華経を納めたものもあるという。
・この宝筺印塔は鎌倉時代の作で、東予市では最も古く、石造文化財として極めて重要なものである。
・誰がどんな時にどんな発願によって建立したかは不明であるが、当時この地に優れた人物が住み、古い大きな寺があったことを物語る重要な文化財である。 

知足庵の馬頭観世音菩薩像

・市指定文化財[有形文化財彫刻](平成2年11月19日指定)
・豊田家の御先祖の自安という人が庵を営み、京都で求めてきたのがこの馬頭観世音菩薩像だといわれている。
・鎌倉時代の作と推定され、身丈43.5cm、総丈70cmの木造坐像である。三面八臂像で二手に印を結び、左手に蓮華・瓶・棒、右手に鉞斧・数珠・索を持ち、蓮華座に輪王座して大忿怒相をしている。

貝田廃寺跡【東予市周布】

1999/5/15(土)
・周布公民館ふるさとこみち28番

三芳村役場跡【東予市三芳】

1999/5/15(土)
・JA三芳の前に石標が建っている。

出張橋(でばりばし)【東予市三芳】

1999/5/15(土)
・この川はお大師さん川、または真手川という。ここに架かっていた真手川橋を古くより出張橋と呼んでいた。
・慶長6年(今から約400年前、1701)、三芳村(中村東、中村西、黒本村)は大洲藩の領地であった。そのため、毎年、年貢の検地・収納・運搬などで代官派遣が行われた。大洲藩としては、遠隔地のため色々と不便を来していた。
・寛永11年(1634)、松山24万石に蒲生忠知が封じられた。しかし、忠知は参勤交代の途上急病に罹り死亡した。忠知には後継ぎがなく、家は取り壊し、領地は幕府に没収された。その後1年間は大洲藩預かりとなった。大洲藩としては、この際、不便な飛地問題を解決したく幕府に願い出た。それは松山藩と大洲藩の領地交換である。松山藩へ行くのが13208石、大洲藩へ行くのが13472石である。幕府は検討の末、判断し許可を与えた。
・この年を最後に三芳村の大洲藩代官所時代の出張は終わった。
・その名残として、出張橋の名が今に伝わっている。
・翌、寛永12年(1635)伊勢桑名城主松平定行が松山15万石の城主となった。(三芳村が天領となったのは、明和2年(1765)である。
神社仏閣探訪
寺

医王院【東予市河之内】

1999/5/15(土)
・宗派:真言宗
・山号:杉尾山
・本尊:薬師如来
・東予周桑新四国第66番札所
・光仁天王の頃(770〜781)、伊予の国守河野玉澄の嫡子で、周布郡司の河野益男が建立した。
・貞治年間(1362〜1363)、兵火のため全焼し、後に山内・僧河・近田の3城主により再建された。
・本堂横の金毘羅大権現は、慶長年間松山城主加藤嘉明が当院に勧請した。当時山頂にあったが、明治初年に移転した。

観念寺【東予市上市】

象ヶ森城址

・市指定文化財[記念物史跡](昭和58年7月18日指定)
・城主は、風早河野家18将の一人、櫛部肥後守兼久で、天正7年(1579)新居郡金子城主、金子元宅に攻略され、天正8年に討死した。
・山城は、海抜185mで、庄内側から象、吉岡側がら蝙蝠の姿に見える。曲輪6、堀切6、土塁3、土橋1、堀割1、切岸多く、横井戸など防御機構の規範を備えている。

観念寺の山門と石垣

・市指定文化財[記念物史跡](昭和58年7月18日指定)
・観念寺は延応2年の創建、山門は天保13年再建。唐様で龍宮門に似て風格がある。正面に寺位を示す「南海諸山」、楼上に雄大な眺望を示す「呑海楼」の扁額がある。
・高石垣は、松山藩4代定直公が「郡普請」で築造した。粒の揃った流石を集め、面を小さく奥行きを深くした入念な「野面積」の妙技で、300年の天災地変に耐え、当時の姿を残し、美しい。

観念寺仏殿文化八年上梁棟札

・市指定文化財[考古資料](平成9年3月28日指定)
・観念寺仏殿文化八年上梁棟札は、総高151.2cm、肩高149.1cm、上・下幅とも24.2cm、厚さ2.7cm、頭部の形状は尖頭で、仕上げは台鉋、材質は桧である。
・棟札には、当時の住職太髄文可和尚自筆の観念寺改築の状況が表面に、裏面には同筆による観念寺沿革の概要や再建に至る経緯等が鮮明に記されている。

観念寺の本堂及び鐘楼堂

・市指定文化財[有形文化財建造物](平成2年11月19日指定)
・現在の本堂は、文化8年(1811)に再建されたもので、正面入口の桟唐戸や正面と側面の弓形格子の欄間や花頭窓を持った唐様式の建物である。天井板には一枚一枚草花・鳥獣・人物の絵が描かれている。
・鐘楼堂は、本堂と書院とを結ぶところに位置している。楼の朱色に塗られた桟唐戸と柱や欄干が一層唐様式の感を深めている。

観念寺文書

・県指定文化財(昭和31年11月3日指定)
・観念寺は、文永年間(1264〜1274)に越智盛氏の創建にかかり、元弘2年(1332)鉄牛和尚の開基による新居氏の氏寺で、昔は末寺30ヶ所があって、松山久松候の祈願寺でもあった。
・この寺には、足利尊氏の禁制書など同寺の創立から江戸時代初期におよぶ古文書(教書、禁制、置文、下状、譲渡状)102通があり、絹本掛軸に装幀14軸に納められ保存されていて、伊予の豪族神野・越智・新居氏の盛衰を知る必見の資料となっている。
・境内には単層入母屋造りの雄大な本堂があり、古来「観念寺の門を見ずして結構をいうな」といわれた名建築の楼門もある。
・又、裏山の三基の宝筺印塔は完全に保存された鎌倉時代の素晴らしい石造文化財である。山頂には中世の城象ヶ森城跡があって、近くの山中には片山古墳もある。

観念寺開山堂

・市指定有形文化財[建造物]

興照寺【東予市】

一柳直卿の奉納額:大悲殿

・東予市指定文化財:書跡(平成2年11月19日指定)

弘福寺[日切(ひぎり)大師]【東予市三芳】

1999/5/15(土)

保存樹木:クスノキ

渡辺スエ女の碑

・スエ女は渡辺小市の妻として農業の手助けをしていたが、夫がリューマチに罹り病床で呻吟する身となった。スエ女は病夫の枕辺に付き添い看病に勤しむ傍ら、三児の養育を一身に引き受け、14年の長い年月を働き続けた。しかし、その甲斐もなく夫は明治21年他界した。官府及び各種団体はスエ女の貞操を表彰し、賞状及び金品を十数度にわたり贈っている。スエ女はあとに残された子女の成長に望みをかけ働いたが、今までの疲労が重なり病気となった。そして明治36年に亡くなった。
・スエ女の貞操は「人の鏡」と題して、小学校修身書に載せられた。三芳村では後生にスエ女の徳をたたえるため、昭和3年表彰碑を建立した。

明寺【東予市三芳】

1999/5/15(土)
・本尊:大日如来
・東予周桑新四国第78番札所
・宗派:真言宗御室派
・山号:観音山

保存樹木:桜(東予緑を守り育てる会、昭和60年度)

金性寺【東予市北条】

実報寺【東予市実報寺甲758】

1999/5/15(土)
・新四国曼荼羅霊場第35番霊場
・伊予六地蔵第1番札所
・山号:聖帝山(しょうていさん)
・院号:十性院
・本尊:地蔵菩薩
・宗派:真言宗御室派
・舒明天皇12年(640)、天皇の勅願により建立した。学僧・恵穏(えおん)が開山した。開山当所は大明寺と称した。
・養老7年(723)、行基が再興。
・弘仁6年頃、弘法大師(空海)来錫以降、法相宗(ほっそうしゅう)から真言宗に改めた。

本尊:地蔵菩薩

・鎌倉時代初期の作。楠の寄木造りの座像である。
・土佐の長宗我部軍が乱入した際、この地蔵尊を持ち帰ろうとしたが大時化に遭い、仏像を海に投げ捨てて逃げ帰った。仏像は浜に漂着した。

速水句碑

「咲き満ちて息を止めをる桜かな」

保存樹木:桜

保存樹木:一樹桜

・市指定文化財[天然記念物](平成2年11月19日指定)
・「遠山と見し是也花一木」寛政7年(1795)、小林一茶が一樹桜を訪ねて来て、この句を作ったことが「寛政紀行」という一茶の旅日記に記されている。
・エドヒガンとかウバヒガンといわれるこの種類は、染井吉野に先駆けて咲き、その純白の花は実に見事である。
・同種の古木が境内になお二本ある。

阪本謙二句碑

「聖主峰 縹■と雪 新たにす」
・平成10年10月建立。
・阪本謙二は、本名を謙一といい、昭和5年に愛媛県内で生まれ、現在松山市に在住している。元、愛媛県立高校の校長を務めていた。
・昭和22年に富安風生に師事し、若葉同人、糸瓜編集長を経て、平成5年に欅を主宰した。

実報寺山八十八ヶ所霊場

・実報寺山の八十八ヶ所は、明治24年、当山63代住職徳永霊仙僧正の時、福正寺の芥川好太郎氏の発願により、芥川近蔵氏はじめ112名施主(白石にその名を刻んである)の方々の寄附により開かれた霊場である。ゆっくりおまいりして2時間のコースである。山上からの眺めは素晴らしい。

俊盛筆聖帝山来由記

・市指定文化財[有形文化財古文書](昭和58年7月18日指定)
・平安時代の貞観10年(868)実報寺第11代住職俊盛上人が書いた寺の縁起で、正式の名は「予州聖帝山実報寺来由之記」という。
・縦約30cm、長さ392cmの巻き物で、恵隠法師開山の様子、その後の移り変わりが書かれている。
・明和6年(1769)の写しも現存する。

実報寺の地蔵菩薩像

・市指定文化財[有形文化財彫刻](平成2年11月19日指定)
・現在、本尊としてまつられている地蔵菩薩像は、木造(材質は楠)寄木造り、坐像で一丈(約3m)ある。
・寺伝では、行基菩薩作と言われてきたが、鎌倉初期の作と推定される。
・厨子の扉は平素閉じられていて、33年に一度の御開帳法要の時に開かれるしきたりとなっている。

一柳直卿の奉納額

・市指定文化財[書跡](平成2年11月19日指定)
・一柳直卿は、寛文6年小松藩主一柳直治の長子として生まれ、40歳で跡を継ぎ、三代目藩主となった。
・詩歌・書画など諸芸に優れていたが、特に書道が得意で、当時の三百諸候中第一の能筆家といわれ、将軍家へも習字の手本を納めたほどであった。神仏に対する信仰が厚く、社寺に多くの額を奉納している。

寂光寺【東予市周布2175】

木造阿弥陀三尊像

・市指定文化財[彫刻]

一柳直卿の奉納額:寂光寺

・東予市指定文化財:書跡(平成2年11月19日指定)

一柳直卿の奉納額:佛土山

・東予市指定文化財:書跡(平成2年11月19日指定)

十地院【東予市旦之上(だんのうえ)甲543番地】

1999/5/15(土)
・宗派:真言宗
・東予周桑新四国第67番霊場
・天武天皇の勅願所として白鳳13年(685)に大黒山の裾盆地(十地院谷といわれる所)に建てられていたが、約150年前の文化2年に現在地に移転建立された。
・本尊は薬師瑠璃光如来。
・移転前は七堂伽藍を備えた堂々たる格式の大寺であったという。
・河野家より寄進された寺宝の仏画が32幅保存されている。

薬師堂

十地院の仏画不動明王像出釈迦弘法大師涅槃図

・市指定文化財[絵画](平成9年3月28日指定)
・十地院は、大黒山城旦之上小三郎の祈願寺として河野家より、寺領・仏像・仏画を寄進されたと伝えられている。
・諸祈願の本尊である不動明王像は、鎌倉時代末期の作、出釈迦弘法大師像は室町時代中期の作、常楽会の本尊である涅槃図は南北朝時代の作であるといわれており、いずれも見事な仏画である。

仏画十地院の十二天

・市指定文化財[有形文化財絵画](昭和58年7月18日指定)
・十地院は天武天皇の白鳳13年(685)泰量上人によって大黒山の麓に建立されたが、戦火によって焼失。天保3年(1831)現在地に移った。
・立派な仏像・仏画が多数あり、十二天もその一つ。(十二天とは帝釈天など十二の天部で、道場を守護する神である。)
・平安末期、牧谿の作と伝えられる。

十地院聖観音菩薩像(木造聖観音菩薩立像)

・市指定文化財[彫刻](平成9年3月28日指定)
・本像は、像高102cm、総丈165cmで、寄木造り、漆箔、玉眼で、左手に持つ未敷蓮華を右手で開く通形の聖観音である。
・胴体部分の着衣や肉取りなどには平安時代の様式が見受けられるが、頭部の髷の高さから鎌倉時代初期の作と考えられる。また、その作風には、天台宗の傾向が見られる。

新福寺【東予市新町457】

新福寺のカリンの木

清浄寺【東予市】

一柳直卿の奉納額:清浄寺

・東予市指定文化財:書跡(平成2年11月19日指定)

世田薬師(世田山栴檀寺)【東予市楠】

長福寺【東予市北条655】

道安寺【東予市楠】

1999/5/15(土)
・宗派:真言宗高野派
・周桑新四国76番番外札所
・本尊は薬師如来で、聖徳太子作と言われる。
大化3年(647)孝徳天皇の勅願所として恵顕上人が開基した。
・1362年細川頼之世田城侵攻の際、大きい堂等が焼失した。その後再興されたが、再び戦火を受け、寺領も失う。かつての壮大さはわからないが、境内には礎石があり、奈良時代の河原(複弁・単弁蓮華紋の瓦、布目瓦の破片等)が出土し、歴史を物語る。
・弘法大師が四国を遍歴巡錫されたとき、道安寺に逗留され、そのとき掘った泉の一つが白井御来迎と呼ばれ、加持水として尊ばれていた。

道場寺【東予市】

一柳直卿の奉納額:龍王山

・東予市指定文化財:書跡(平成2年11月19日指定)

徳蔵寺【東予市広江364-1】

徳蔵寺の織部灯籠

・市指定文化財[彫刻]

一柳直卿の奉納額:密林山

・東予市指定文化財:書跡(平成2年11月19日指定)

宝積寺【東予市】

一柳直卿の奉納額:福智山

・東予市指定文化財:書跡(平成2年11月19日指定)

本源寺【東予市】

一柳直卿の奉納額:醫王殿

・東予市指定文化財:書跡(平成2年11月19日指定)

一柳直卿の奉納額:心宗山

・東予市指定文化財:書跡(平成2年11月19日指定)

密乗院【東予市】

一柳直卿の奉納額:圓鏡山

・東予市指定文化財:書跡(平成2年11月19日指定)

黒谷庵【東予市黒谷】

大慈庵【東予市高田892】

・黄檗宗正法寺第二世住職広音老和尚が隠居寺として開基した。

大慈庵の蘇鉄群

神社

内宮神社(うちのみやじんじゃ、てんのうさん)【東予市楠甲1244】

1999/5/15(土)
・祭神:天照皇大神、手力雄命、袴幡千々姫命
・例大祭:7月25日
・もとは、現奈良原神社のある山の頂にあったが、文政元年(1818)現在地に遷座したようである。
・また、ここは午頭天王(ごずてんのう)の角力場として文化5年(1808)地元有志の労力奉仕によって造られたという記録もある。
・境内社は水神宮、明和9年(1772)寄進の棹石円柱灯籠がある。
 

保存樹木:クスノキ

大気味神社【東予市北条】

元神社【東予市河之内】

1999/5/15(土)
・河之内の引地から奥の地域の氏神で、祭神は国常立尊、天照皇大神である。
大元大権現大元大明神と呼ばれたこともあり、昔から鎮座の古社である。
大明神川沿いの断崖上に境内地があり、古木の茂り森閑としている。

元神社【東予市黒谷乙7】

春日神社/天満宮【東予市楠】

1999/5/15(土)
春日神社は供山寺鎮守として祀られていた。
・社の側には槙の大木がある。
・例祭は7月25日。
芥川平陸郎政忠(楠部落の組頭で、寺小屋で女子の育成につとめた)は、敬神の念厚く、文化年間、筑前太宰府に詣で、天満宮を勧請し、楠の春日神社の右側へ之を創建した。
・古くより芥川本家で祀っていたが、今日では部落の神として、天満宮もまた7月25日に例祭を行っている。

闇罔(くらみつ)神社【東予市石田】

壬生川盆踊りトンカカはん

甲賀八幡神社【東予市上市甲460】

甲賀八幡神社祈請文

・市指定有形文化財[古文書]

金刀比羅大権現【東予市河之内】

1999/5/15(土)
・医王院の境内横の急斜面の石段267段を登ると、頂上に金刀比羅神社が祀られている。
・明治初年に社号を金比羅宮金刀比羅社と改めた。
・慶長年間、松山城主加藤嘉明が山頂に勧請した金毘羅大権現を明治に医王院本堂横に移転した後、山頂は神社となり、金刀比羅社となった。

鷺森神社(さぎのもりじんじゃ)【東予市壬生川20】

周敷神社【東予市周布本郷1532】

周敷藤原神社【東予市国安】

徳威神社【東予市】

一柳直卿の奉納額:八幡宮

・東予市指定文化財:書跡(平成2年11月19日指定)

一柳直卿の奉納額:和光同麈

・東予市指定文化財:書跡(平成2年11月19日指定)

豊栄神社(とよさかじんじゃ)【東予市周布1411】

・祭神:大己貴命(おおなむちのみこと)、事代主命(ことしろぬしのみこと)、市杵島姫命(いちきしまひめのみこと)、須佐之男命(すさのおのみこと)、荒井藤四郎霊
・別名、権現さんとも称する。

豊栄神社のチシャノキ

藤森神社【東予市】

布都神社【東予市石延大ヶ市】

1999/5/15(土)
・社格:村社
・勧請年月:不詳
・祭神:布都主神ほか六神及び秘密祭神
・当社は延喜式に載する古社(伊予24社、周桑東予市に3社)の内の一社である。仁寿元年(851)正六位、天安2年(858)9月21日正五位を授けられた。
・文武帝から光孝帝(697〜886)の10帝の間に、62回の勅願有りと社記にあり、位階を給わること12度と記されている。
・往時四丁四方の境内に美麗を極めた社殿が建立されていたと云う。
・興国3年(1342)阿波の将、細川頼春の侵攻により焼失し、後に数回遷座し現在位置に小社を建立し祀る。石延字古屋敷の宮田と呼ばれる田に石塔あり、布都神社の本殿跡と伝えられる。

保存樹木:モチノキ

保内八幡神社【東予市円海寺】

1999/5/15(土)

保存樹木:クスノキ[3本]

境内社:周敷神社

三島神社【東予市桑村】

宮内神社【東予市宮之内】

柳森神社【東予市明理川】

御堂

塚

討ヶ窪の大樫と首塚・胴塚【東予市河之内】

1999/5/15(土)
・ふるさとこみち-5
・天空を覆うばかりの大樫は、胴周り6m、樹高約16mである。
・樹齢約400年といわれ、市の天然記念物に指定されている。
・その根元に首塚、少し離れた所に胴塚といわれる小祠がある。昔、夜遅く押し入った野盗7人を鉄砲で退治し、胴と首を別々にして葬りまつったと伝えられている。
地蔵

舵取地蔵【東予市河原津 河原津漁港】

自然・景観探訪
山

佐志久山【東予市吉岡】

・標高約50m
樹木

大元神社の大杉【東予市黒谷 大元神社

・市指定文化財:天然記念物(昭和58年7月18日指定)
・保存樹木:大杉(東予市緑を守り育てる会、昭和60年度)
・「この若杉は、平家落人伝説を秘めた秘境黒の谷の鎮守大元神社の境内にある。黒谷川と北谷川の合流点に聳え、樹齢800年と推定される。目通り7m、根回り9.5m、高さ約28mの巨木である。木の中心部分に落雷による焼け跡がある。地域の人々により守られ、信仰の対象ともなっている。 東予市教育委員会」

黒谷の檜一対【東予市黒谷 大元神社

・市指定文化財:天然記念物(平成9年3月28日指定)
・「黒谷の大元神社の境内にある双樹の檜は、幹の目通りは3.1m、根回り3.5m、樹高28mの老樹である。伝承によると、文治元年(1185)、伊予の初代守護職佐々木三郎盛綱の重臣といわれた長井斎藤景忠(斎藤別当実盛の孫)が伊予の守護代として来住、その一族の者の手によって植えられたと伝えられている。  東予市教育委員会」

クスノキ【東予市壬生川 鷺森神社

クスノキ【東予市壬生川 鷺森神社

・保存樹木

クスノキ[3本]【東予市円海寺 保内八幡神社

・保存樹木

クスノキ【東予市三芳 弘福寺

・保存樹木

クスノキ【東予市国安 周敷藤原神社

・保存樹木

豊栄神社のチシャノキ【東予市周布 豊栄神社

・市指定天然記念物
・目通り2.5m、根周り3.4m

チシャノキ【東予市壬生川 鷺森神社

・保存樹木

ムク【東予市北条 大気味神社

土田之木のエノキ【東予市玉之江】

・県指定天然記念物(昭和40年12月24日指定)
・根回り14.15m、目通り6.2m、樹高25m
・枝張り東西20m、南北16m
・推定樹齢400年

エノキ【東予市北条 大気味神社

エノキ【東予市壬生川 鷺森神社

・保存樹木

モチノキ【東予市石延大ヶ市 布都神社

・保存樹木

宮内神社のツバキの群生【東予市宮之内 宮内神社

宮内神社社叢【東予市宮之内 宮内神社

・保存樹木

実報寺の寺池と睡蓮の群生【東予市実報寺 実報寺

・市指定天然記念物

実報寺の一樹桜【東予市実報寺 実報寺

・市指定天然記念物

大慈庵の蘇鉄群【東予市高田 大慈庵

・市指定天然記念物

夜討ヶ窪の山樫【東予市河之内】

・市指定天然記念物

甲賀神社の広葉杉【東予市上市甲賀八幡神社

・市指定天然記念物

金性寺の黒松(薬師松)【東予市北条 金性寺

・市指定天然記念物
・目通り幹周約2.8m、樹高約7m
・枝の広がり東西10m、南北11m
・推定樹齢400年

新福寺のカリンの木【東予市新町 新福寺

・市指定天然記念物
・目通り周囲約1m、樹高約10m
・推定樹齢約300年
川

渓谷

滝

橋

風景

その他自然景観

高須海岸【東予市高田】

ひょうたん池【東予市】

・春には桜が美しい。池の周辺には、昭和30年に植樹した70本の染井吉野が立ち並ぶ。
道探訪
峠

林道

碑探訪 公園探訪

本谷公園【東予市河之内 本谷温泉】

1999/5/15(土)
・1992年4月着工、1995年4月28日に完成し落成式を行った。
・面積:約18,000m2

冒険広場

イベント広場

親水広場

本谷出湯橋

 ・本谷温泉館と本谷公園を結ぶ、長さ52m、幅2.5mのアーチ形の橋

キャンプ場

★ちょっと遅いが、ここで昼食(弁当)をとる。
★本谷温泉より、やや下ったところに以下の看板が立てられている。

藤ヶ森城址/古屋敷/弓場谷

・ふるさとこみち-4
藤ヶ森城址は、佐川の西、俗称古屋敷の山頂にある。象ヶ森城の属城で、櫛部出雲兼氏が拠っていたと伝えられている。約500mの平坦地になっており、南側に石垣が築かれている。麓の「古屋敷」の地名は城兵の屋敷があったこと、川を挟んで南側の「弓場谷」の名は、当時の武芸修練の場所があったことの名残である。
祭り・イベント探訪

東予日曜市【東予市 JR壬生川駅前通り】

・昭和54年から始まった。
・生鮮食料品を始めとした多種多様な店が立ち並ぶ。

とうどうさん【東予市内各地】

・正月15日に行われる行事で、正月の注連飾りなどを燃やす。(この行事は左義長、とうどう送り、どんど焼き、塞土焼きなどと呼ばれ、全国的に行われる。)

やなぎのてんのうさん【東予市明理川 柳森神社

・柳森神社の初市。旧暦正月7日から始まる。(1/30〜31)
・「東予の椿さん」との異名も持ち、商売繁盛と合格祈願の参拝者で賑わう。

土曜夜市【東予市内商店街】

夏越(ワゴセ=輪越)【東予市内各神社】

きゅうり封じ【東予市 世田薬師

壬生川盆踊りトンカカはん【東予市石田597-1】

・市指定無形文化財
闇罔神社境内で新暦8月19日の夜に行われる。

おかげん祭り(花火大会)【東予市壬生川 鷺森神社

・広島の安芸厳島神社に倣って神事が行われる。
・神事に先立って花火大会が行われる。

東予の夕べ【東予市 JR壬生川駅前通り】

・昼には丸太切り競争、夜には盆踊り大会が行われる。

秋祭り【東予市内各地】

秋祭りだんじり統一運行【東予市 JR壬生川駅前通り】

文化祭・米まつり・魚まつり【東予市 中央公民館】

施設探訪 伝説探訪

実報寺のお地蔵さま【東予市三芳 実報寺

@村人が朝早く水を汲みに海岸へ行って見ると、昨夜の嵐で地蔵が浜に打ち上げられていた。人々は地蔵を祀るために川上へ運ぶ途中、実報寺まで来た。すると急に車が回らなくなったので、ここに地蔵を祀った。
A土佐の長宗我部氏が侵攻し、地蔵尊を持ち去ってしまったが、帰りに大しけに遭い、海に投げ捨てた。この地蔵は翌朝・浜に漂着していたという。
レジャー・行楽
キャンプ

海水浴

本谷温泉【東予市河之内甲494】

その他

乳母の墓【東予市黒谷】

2001/9/29(土)
・ふるさとこみち-14
・黒谷部落北西部、原王影の田圃の中に一基の石塔が建っている。何時の時代、どんな由緒の人か記録も史実もない。今ある墓碑は風化の程度から見てそう古くはない。しかし多くは語らず、唯、乳母の墓とあるのみ。
その文字が寡黙であるだけに、秘めた昔のロマンが感じられる。疣(いぼ)神様としてうやまわれている。

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