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八幡浜市(Yawatahama City)このページの最新更新年月日は |
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(1).「みかんと魚のまち」
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市の花 市の木 市の花木 市の鳥 サルビア ミカン
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八幡浜市観光協会 (TEL)0894-22-3111
八幡浜市教育委員会文化振興課 (TEL)0894-22-0917
・「八幡大神立せるによりて八幡浜と名く.....[以下略]」(愛媛面影)
・「矢野 八幡浜の西に矢野町あり。古は此辺凡て矢野郷にて、喜多郡なりしを、後に宇和郡に属たるか。古今著聞集に、伊予国矢野保内に黒島ありと云り。黒島は保内郷伊方浦に在り。然るを矢野といへるにても思ふべし.....[以下略]」(愛媛面影)
大字 字
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木造阿弥陀如来及び両脇侍坐像【八幡浜市五反田 保安寺】
・国指定重要文化財![]()
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カワウソ【八幡浜市】
・国指定特別天然記念物
八幡愚童記【八幡浜市矢野町 八幡神社】
・県指定有形文化財
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五反田の柱祭り【八幡浜市五反田】
川名津の柱松神事【八幡浜市川上町川名津】
・県指定無形民俗文化財(平成12年4月18日指定)
・4月第3土曜日から翌日にかけて、川名津天満神社の春季祭礼で行われる。
・厄火祓いの行事であり、境内に立てられた高さ20mの松(杉)に、大魔(だいま)が登り、五穀豊穣を祈願しながら大松明を投げ下ろす。
長命講伊勢踊り【八幡浜市穴井】
・県指定無形文化財
・明和2年(1765)正月11日から200年間毎日11日に欠かすことなく踊り続けてきた。![]()
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禾山和尚退休軒【八幡浜市本町 大法寺】
・市指定記念物[史跡]
・西山禾山(1837〜1917)の隠居所。
・碧巌録の講義は有名なところである。
・門下に河野広中らがいる。
上甲振洋謹教堂跡【八幡浜市横町】
・市指定記念物[史跡]
・上甲振洋(1817〜1878)の私塾跡。
・上甲振洋は昌平校、明倫館でも講義した。門下に末広鉄腸、児島維謙など。
萩森城跡【八幡浜市大平】
・市指定記念物[史跡]・由来譚として以下のような話が伝わる。
@大洲城主宇都宮清綱が拠ったが、大野直之に攻められ、天正2年(1574)に落城した。
A「宇都宮房綱が築城した。土佐長宗我部軍侵攻の折、白馬に跨り闇に紛れて討って出たが、白馬が敵の目にとまってしまい、愛馬もろとも房綱は討死した。以降、付近の農民は房綱の無念を思いやり、白馬を飼わないようにしたという。(明治時代にこの禁忌を破って大平の男が白馬を買い入れたが、萩森城落城の日に不審火を出して焼け出されたという。)
代官所屋敷跡【八幡浜市矢野町7】
2003/11/15
・市指定記念物[史跡](昭和36年8月5日指定)
・江戸時代初期に設置されたが記録は残っていない。
・明治時代には登記所があった。
江戸時代末期に、この地は低湿地の砂州であったが、多少、埋め立てて、この四ツ辻のほぼ中央に宇和島藩矢野組代官所が建てられた。建物は、平屋で瓦葺き、入母家造りの堂々たるものであった。
廃藩置県後、私塾や学校・区役所・西宇和郡役所などに利用され、1893(明治26)年には、八幡浜区裁判所となり明治末期まで続いた。
大正初期に、取り壊されて道路となった。庭木の松が残され、「代官松」と呼ばれていたが、1970(昭和45)年に伐採された。
八幡浜市教育委員会
覚王寺古代遺跡【八幡浜市松柏】
・市指定記念物[史跡]
・市内最古の古代遺跡で、弥生前期から後期にわたる2000〜3000年前の遺跡。
金山出石寺本堂【八幡浜市/長浜町豊茂】
・市指定記念物[史跡]
二宮忠八生誕地【八幡浜市】
・市指定記念物[史跡]
了月院山門【八幡浜市日土 了月院】
・市指定有形文化財[建造物]
成就寺本堂【八幡浜市】
・市指定有形文化財[建造物]→解除
了月院阿弥陀三尊像【八幡浜市日土 了月院】
・市指定有形文化財[彫刻]
八坂神社天井画【八幡浜市】
・市指定有形文化財[絵画]
長谷寺十一面観世音菩薩像【八幡浜市】
・市指定有形文化財[彫刻]
新堂阿弥陀如来像【八幡浜市】
・市指定有形文化財[彫刻]
如是庵観世音菩薩像【八幡浜市】
・市指定有形文化財[彫刻]
愛染堂延命地蔵菩薩像【八幡浜市】
・市指定有形文化財[彫刻]
大法寺禾山笑木彫【八幡浜市】
・市指定有形文化財[彫刻]
禅興寺の大般若経【八幡浜市】
・市指定有形文化財[書籍等]
野井家安定古文書【八幡浜市】
・市指定有形文化財[書籍等]
大元神社棟札【八幡浜市】
・市指定有形文化財[書籍等]
王子文庫古文書【八幡浜市】
・市指定有形文化財[書籍等]
大法寺マリア像【八幡浜市】
・市指定有形文化財[石造美術]
八幡神社の延宝鳥居【八幡浜市】
2003/11/15
・市指定有形文化財[石造美術](昭和56年1月10日指定)
福高寺十六羅漢石仏【八幡浜市】
・市指定有形文化財[石造美術]
二宮忠八の飛行器模型【八幡浜市】
・市指定記念物[歴史資料]![]()
川名津の柱松神事【八幡浜市川上町川名津】
・市指定無形文化財![]()
薬師堂のイブキビャクシン【八幡浜市若山 薬師堂】
・市指定記念物[天然記念物]
真網代のアコウ【八幡浜市】
・市指定記念物[天然記念物]
尾之花のハゼノキ【八幡浜市】
・市指定記念物[天然記念物]
津羽井の大ツバキ【八幡浜市】
・市指定記念物[天然記念物]
白王神社のイチイガシ【八幡浜市】
・市指定記念物[天然記念物]
白王神社のヅクノ木【八幡浜市】
・市指定記念物[天然記念物]→解除
大島の山王神社のウバメガシ【八幡浜市】
・市指定記念物[天然記念物]
大島のシュードタキライト【八幡浜市大島】
・市指定記念物[天然記念物]![]()
愛宕山【八幡浜市】
・市指定記念物[名勝]
四国山【八幡浜市】
・市指定記念物[名勝]
八幡神社付近一帯【八幡浜市】
・市指定記念物[名勝]旧青木石油・青木運輸事務所【八幡浜市沖神田】
・太陽石油の創業者・青木繁吉氏が昭和9年(1934)に事務所兼社長宅として建築した。
・平成15年(2003)11月、老朽化のため取り壊し。
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天神山城【八幡浜市五反田】
・「天神山城墟 五反田村に有り。西園寺殿幕下に拾五将の一人摂津豊後森実親の城跡なり。.....[以下略]」(愛媛面影)
元城【八幡浜市五反田】
・「.....南方殿は元来公家の子孫にて大和侍の由、矢野領主となり知行取はじめ、磯崎浦へ下着、それより五反田村元城へ移居城とし玉ふといへり。」(愛媛面影 「天神山城墟」)
今城【八幡浜市矢野町】
「.....矢野町に今城あり.....」(愛媛面影 「天神山城墟」)
「今城 矢野町に在り 攝津久五郎居る 南方の出城なり」(伊豫温故録)
石堂城【八幡浜市矢野町】
「石堂城 矢野町に在り 菊池源左衛門居る 此処に中西殿とて南方の家老居たるよし(旧記)」(伊豫温故録)
天神山城【八幡浜市五反田】
「天神山城 五反田村に在り 攝津豊後守実親 其子伊豫守親安 其子久五郎親宗 其子仁蔵後彦右衛門親興これに居る....[以下略])」(伊豫温故録)![]()
覚王寺(かくおうじ)遺跡【八幡浜市】
・弥生時代前期の古墳。
徳雲坊(とくうんぼう)遺跡【八幡浜市】
・東九州の下条式系の弥生前期後半の土器が出土している。
・弥生時代後期の高地性集落。![]()
十本松塚穴古墳【八幡浜市】
・愛宕山山頂に位置する。
・箱式石棺を埋葬施設とする。
二宮忠八生誕の地 【八幡浜市矢野町44番地】
・八幡浜商店街アーケード内。
・生誕120周年記念建立碑が建っている。
・アーケード天井には「二宮忠八翁考案玉虫型飛行器」の模型が吊られている。
柱松神事「厄火ばらい」
2003/11/15
・県社
・養老元年(717)8月19日に鎮座したといわれる。
・二宮忠八の実家はこの近くにあり、忠八は幼い頃、この神社の境内で遊んでいた。
・「八はた浜なる小高き岡上に立せり。此神社あるによりて浜の名におほせたるなるべし。宇和旧記云、其昔当浦の干潟に夜々光物あり。地下人心にかけて尋けるに云々。又、今の処に光り給ふによりて社殿を建、神体を納奉り、氏神と崇祭れり。元和7年の棟札ありと云。社司云、養老元年丁巳8月19日の鎮座にして、万葉集によめる矢野神山是なり。.....[以下略]」(愛媛面影)
八幡愚童記
・県指定有形文化財
八幡神社の延宝鳥居【八幡浜市】
・市指定有形文化財[石造美術](昭和56年1月10日指定)
「明治24年考案鳥型飛行機 二宮忠八翁ゆかりの地 八幡神社」の碑
・「平成4年12月吉日 八幡浜市長 吉見弘晏」とある。
「萬葉史蹟 矢野神山」の碑
・國學院大學教授 小野和■ 謹書
・拝殿に向かって右側にある。
神功皇后 應神天皇 八幡御神像
・拝殿に向かって左側にある。
茶釜塚
・本殿右にある。
髪長神社
松尾神社
生目八幡神社
若宮神社
愛宕神社
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出石山【八幡浜市/長浜町/大洲市】
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・標高812m
浄心山【八幡浜市/長浜町】
・標高781.6m
銅ヶ鳴【八幡浜市/保内町】
・標高766.8m
権現山【八幡浜市/保内町】
・標高364.2m
鞍掛山【八幡浜市/大洲市】
・標高629.4m
愛宕山【八幡浜市】
大黒山【八幡浜市】
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薬師堂のイブキビャクシン【八幡浜市若山 薬師堂】
・雌株
・胸高幹周4.8m、樹高約17m。
・樹齢数百年以上
・行基が立ち寄ったときに植えたという伝説が残る。![]()
新川【八幡浜市】
千丈川【八幡浜市】
五反田川【八幡浜市】
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鳴滝【八幡浜市】
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杏の里【八幡浜市合田】〜一望千本合田杏
ちどり塚
・全長約3kmの岬。
・林間キャンプ場、ログハウス(「あじさい」、「つつじ」)などアウトドア派の施設も完備。
・「夢咲き岬」とも呼ばれる。
【花】
ツバキ[椿](初春)
サクラ[桜](春)
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耳取峠
郷峠
・八幡浜市郷−大洲市平野町。
榎峠
・五反田−舌間。
夜昼峠
・国道197号線・夜昼トンネル(八幡浜市−大洲市)が貫いている。
名坂峠
・国道197号線・名坂トンネル(八幡浜市−保内町)が貫いている。
・戦国時代には、宇都宮房綱が萩森城(はぎのもりじょう)を築いた。
・新川に架かる明治橋の袂に建てられている。
・二宮忠八は12歳の時、父親を亡くした。忠八は家計を助けるために、様々な職につくとともに、持ち前の創造力を生かして凧を作った。この凧は非常に良くあがることで評判であった。忠八は凧が出来ると実家から200m離れたこの河原で凧をあげては調子を見ていた。近所の人々は「忠八凧」と呼び、しばし見物に訪れた。
・大正2年、打瀬船で米国に渡った浦人が船出をした地である。
斐光園【八幡浜市大平】
・斐とは、あやがある様、隠れて表面に現れない美しさを示す事がであるが、忠八翁の偉業を頌えて大正15年に帝国飛行協会から贈られた「斐々有光」の書にちなんで名付けられた。この公園は、桜・躑躅・楓などが美しく、忠八翁の遥かな夢を偲ばせる。
・公園は大正11年に開設した。
・公園の中には忠八が命名した「烏が丘」「玉虫坂」などがある。
愛宕山公園【八幡浜市】
・桜の名所で、春には花見客で賑わう。
・八幡浜市街地とその向こうに広がる八幡浜港・宇和海が一望できる。
王子ノ森公園【八幡浜市】
大島海浜公園【八幡浜市大島】
北浜公園【八幡浜市】
おさかな牧場シーロード八幡浜【八幡浜市向灘2935】
・1999年7月20日の海の日にオープン。
・浮き消波堤を利用した釣り堀、レストラン、特産品売り場などを有する。
・消波堤と陸とは、長さ81mの斜張橋「びゅうブリッジ」で連結される。
・シーロード入場料は大人300円、小学生100円。
・イケス(釣り堀)利用料は大人500円、小人200円。
・外釣り利用料は大人1,000円、小人500円。
・電話番号:0894-24-5111、(fax)0894-24-5114
・営業時間:09:00〜17:00
・休業日:月曜日(祝日の場合は翌日)※夏休み中は無休
http://www.searoad.co.jp
http://www.rakuren.co.jp/searoad/
http://www2.ocn.ne.jp/~searoad/
夫婦岩【八幡浜市双岩】
夫婦岩(みょうといわ)の伝承
昔、この村に夜になると出てきて作物や家畜を食い荒らすものがいた。
困った村人達は、毎晩見張りを続け、とうとうその犯人を突き止めた。
それは滝の下に住んでいた竜彦、竜姫という2匹の竜であった。
怒った村人達はこの竜を煙攻めにした。すると雷雲がわき起こり、土砂降りの大雨が何日も降り続き、田畑や作物は流されてしまった。
村人達は竜の祟りに違いないと恐れ、神に祈ったところ、急に雨が止み、滝の側に大きな2つの岩が立っており、いつまでも仲のよい夫婦岩となった。人々はきっと竜彦と竜姫の生まれ変わりに違いないと信じ、大層なことをしたものだと思い、竜の供養を続けるようになった。★双岩の地名もこの伝承にちなんだものであろう。
双竜の滝
竜神様の伝説【八幡浜市大島】
●長者伝説五反田の保安寺裏の小池に雄の龍神が住んでいた。段々と成長してくるにつれ住んでいた池が手狭になってきて、どこかへ住まいを移したいと考えていた。そこで目をつけたのが大島の大入池。
ある日龍神が娘に化けて舌間の海岸に出ると、そこへ一人の貧しい漁師が通りがかった。漁師は親切に、龍神を船に乗せて大島まで渡ってくれた。漁師の親切に感謝した龍神は正体を明かし、「もし私の事を口外しないならばこの船をいつも大漁にしてあげよう」と告げた。それ以来、漁師は大漁続きで大分限者となったが、ある日うっかり口を滑らしてしまうと途端に魚は揚がらなくなり、もとの貧乏に戻ってしまったという。●雨乞い伝説
以前の住処であった保安寺の和尚が雨乞いの(七日間の)断食祈願に大島を訪れたので、龍はいかなる日照りでも雨を降らすことを約束した。
以来、保安寺の雨乞いは必ず降雨をもたらすことで名が知れた。(藩政時代に家老名で贈られた感謝状が保安寺に保管されているという。)
ちどり塚【八幡浜市合田】
鎌倉幕府の重臣・梶原景時(かじわらかげとき)の妻・ちどり姫がこの地に落ち延びてきた。駿河国清見関で土地の豪族と戦い、命運尽きたと自刃した一族の菩提を弔い、写経の日々を送り、やがてその生涯を終えたという。里人はこの姫を弔い、ちどり塚を作って供養した。合田の杏は、このちどり姫が道中薬用として杏の種を持っていたことにあやかって村中に植えられたのが始まりという。(c.f.杏の里)
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ねずみ島海水浴場【八幡浜市大釜】
・ねずみ島は潮がひくと浅瀬が陸続きになる。
大島海水浴場【八幡浜市大島】
・八幡浜港から定期船で約25分。
・竜神伝説が残る。
禾山和尚の退休軒【八幡浜市】
銅介の墓【八幡浜市日土町福岡】
・銅介は山家清兵衛の家来。
・清兵衛が日土に剣の達人がいるとの噂を聞きつけこの地を訪れたとき、目の前に鍬をかついで歩く農夫が居た。後ろから見るに、この農夫は一分の隙もない。清兵衛が無礼を承知でこの農夫を背後から斬りつけようとしたところ、この農夫は持っていた鍬の先でその刀を受け止めた。この農夫こそが剣の達人・銅介であった。
・銅介が清兵衛の仇を討ったとの伝説も残る。
赤陣太の墓【八幡浜市日土町中当(なかとう)】
・南予を代表するトッポ、陣太の墓がある。
・陣太は身長2m、体重150kg(以上)の大男で、鼻の頭が赤いことから「赤陣太」と呼ばれた。
石神様【八幡浜市中津川】
・旧中津川村と旧国木村の境界にある。
・高さ80cmの偏平な緑泥片岩。
佐島【八幡浜市】
・川之石沖の宇和海上にあり、八幡浜市に属する。
・明治26年から大正9年まで佐島製練所が置かれた。
風車のモニュメント【八幡浜市真網代】
2000/10/14
多田千尋「おもちゃのフィールド」の碑【八幡浜市真網代】
2000/10/14
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