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20 April. 2005

 昨日、blog流行りだと書いたばかりですが、郷秋<Gauche>の独り言もついにblog化!
 ただし、いまだに懐疑的な部分もありますので、しばらくはこちらのページにも記事の追加は続けたいと思いますが、まずは新しいblogのページをご覧ください。


 blog版「独り言」へ --> Click!

 従来版「独り言」のURLは 
http://www33.ocn.ne.jp/~musica/essay.html です。


5 July. 2005   考える人、考えない私

kangaeruhito.jpg (14820 バイト) 新潮社の季刊雑誌『考える人』が創刊3周年を迎えた。まったく同慶の至り。創刊号からいつ廃刊になるかとはらはらドキドキしながら愛読していた郷秋<Gauche>にとってはひとごととは思えない嬉しさである。

 『考える人』については創刊1周年を迎えた2003年7月19日にも書いたから、 blog化以前からの「独り言」の読者はご記憶かも知れない。

 2年前に私は「『考える人』、まぁ何と気恥ずかしい名前だろうか。大体、本当に考えている人は「私は考えています」などとは絶対に言わないものだ。「私は考えています」と言いたい似非「考える人」にこそ相応しい雑誌の名前である。そういった意味では実に郷秋が読むに相応しい雑誌の名前ではある。」と書いたが、12冊を読み13冊目を手にした今思うのは、この『考える人』という、何もと気恥ずかしい名前には「どうせお前は何も考えていないのだろう。少しは考えたらどうだ」というメッセージが込められた命名なのだろうということだ。

 で、少しは考えるようになったかと聞かれれば・・・、考えていない訳ではないけれど、相変わらず人様に胸を張って「考えている」と言えるほどのことは考えていない郷秋であるなぁ。

 さて、記念すべき創刊3周年号の内容はと言えば、まずは創刊3周年記念総力特集と銘打った『「心と脳」をおさらいする』である。総力を挙げたと言うほどに、なかなか力が入っている。どのくらい力が入っているのかと言えば、全240ページ中65ページをこの特集にあてるくらいに力が入っている。普通の雑誌は「総力特集」と言っても全ページの1/10以下、「省力特集」だとホンの数ページの分量だから、これは結構すごい。中身がどのくらいすごいのかは、まだ読んでいないのでわからない(^^ゞ。

 郷秋が毎号楽しみにしているのは写真家今森光彦氏の「里山の匂い」だ。今号も僅か5ページだが今森氏の写真は、やっぱりすごい。何でもない田んぼの畦道の写真。やっぱりすごい、と同じことを二度書きたくなるくらいにすごい。今時なかなかでないフレアを出させるのために日が西に傾く時間を選んだりと、感性をフル稼働そして冷静に計算しつくして撮った一枚はやっぱりすごい、と他の賛辞の言葉が出てこずに同じことを三度も書かなければならなくなるほど、すごい。

 「考える人」の料理記事、これも他の雑誌ではまずお目にかかれない優れたページだ。おかしな、まったくおかしな一過性のブーム(ブームはみな一過性か)を起こさせない、この書き方は優れているとしか言いようが無いな。たとえ語彙不足だぞと言われてもだ。
 赤瀬川原平の書くページは面白い。これくらい考えていないように見える文章を書くのには随分と考えるのだろうなと、郷秋が考えるくらいに面白い。

 で、郷秋<Gauche>が今号一番先に読んだ記事は、新連載の「売春の日本史」だ。うぅ〜ん、次号が待ち切れないくらいに新鮮だぞ。

  季刊誌 「考える人」 2005年夏号
  発売中 新潮社
  B5判 240頁 定価1,400円


注:誤解を避けるために、本稿執筆に当たっては新潮社から依頼を受けたり対価として金品を受け取るようなことは一切無かったことを念のために記しておきます。なお、万が一、新潮社様が、郷秋<Gauche>の本稿執筆に対し謝意を表すための金品提供のご意思がありました際には、ご辞退申し上げるような失礼は決して「考えておりません」ので遠慮なく、速やかにご連絡くださいますようお願い申し上げます(^^)。  


4 July. 2005   F1 第10戦フランスGPを振り返る

 3週間振りにフルグリッドのレースを楽しんだ。今回はエンジン交換による降番で13番手スターとなったライッコネンがどこまで行けるか、特に日本のファンにはヤルノ/トヨタはポディウムの1番高いところに上がれるのか、琢磨の表彰台はあるか、といったところが見所となったレースであった。

まずはレース結果をおさらいしておこう。

  フランスGP決勝レースの結果

  1位:フェルナンド・アロンソ / ルノー
  2位:キミ・ライッコネン / マクラーレン・メルセデス
  3位:ミヒャエル・シューマッハ / フェラーリ
  4位:ジェンソン・バトン / BARホンダ
  5位:ヤルノ・トゥルーリ / トヨタ
  6位:ジャン-カルロ・フィジケラ / ルノー
  7位:ラルフ・シューマッハ / トヨタ
  8位:ジャック・ビルヌーブ / ザウバー

 例によってレース中のファステスト・ラップと最終の結果を比較しながらレースのポイントを振り返ってみたい。
レース中の最速ラップを記録したのは結果2位のライッコネンで1'16.423(25周目)。2番手がポールtoフィニッシュのアロンソの 1'16.502(5周目)で、2人のタイム差は僅かにコンマ079。

 ライッコネンが給油を1回減らし渾身の走りを続けても、いかんせん13番手スタートでは、ライッコネンに匹敵する速さで逃げるアロンソについに追いつくことは出来なかった。レース後の記者会見で、何としても勝ちたかったと話すその表情には、常に無表情なライッコネンにあってもさすがに無念さが滲みでていた。

 さて、レース中3番目のタイムで走ったのは1'16.656(24周目)のモントーヤで、これもライッコネンから僅かにコンマ233遅れるだけのタイムだが46週目に油圧系のトラブルでリタイヤとなった。デビュー年の元気の良さ影を潜め、いまだ長いトンネルの中にいるようだ。

 3位表彰台をものにしたミヒャエルのファステストタイムはと言えば、10位ゴールのクルサードの 1'17.611(39周目)よりも遅い7番手の 1'17.714(22周目)だ。まさにレース巧者の面目躍如と言ったところだろう。
 BARホンダのバトンは1'17.408(18周目)の4番手タイムで順当に4位フィニッシュ。5番手タイム1'17.511(18周目)のフィジケラの6位フィニッシュ、8番手タイム1'17.792(67周目)のトゥルーリの5位フィニッシュは妥当な線と言えるが、予選2番手のタイムを出しておきながら本戦では早く走れないという、トヨタが抱える問題はどうやら根の深いもののようだ。復活はトルコGPまで持ち越しか。

 問題を抱えたままヨーロッパ真夏の4連戦に望まなければならないのはウイリアムズも同じだ。いかに経験豊富なチームとは言え毎週のようにレースが続く中での開発は難しいだろう。ギャラは安いが経験も浅い2人のドラーバー(そうは言ってもマッサは既に6年生)の開発能力不足が原因か。

 ところで、
郷秋<Gauche>が2日に書いたレース結果の予想が当たったのかといえば、アロンソ優勝は当たり。2位、3位は当たらずとも遠からずと言ったところ。ヤルノと琢磨が表彰台に上がれないという予想はほぼ当たったが、琢磨は大きく予想を裏切ってくれたものだ。元気のいい侍琢磨もいいが、デビュー4年目となれば、そろそろクレバーな走りにシフトしても良い時期だろう。

 さて、今週末はお待ちかね、シルバーストーンの超高速バトルだ。楽しみだぞ!

 例によって話題とは何の関係もない今日の1枚は、アーティチョークの花。オリーブオイル漬にして食べるのはこれのずっと若い蕾。


3 July. 2005   ユーザーに優しい会社

 25年前のカメラの取扱説明書を今でも入手できると聞いたら、あなたは驚くだろうか。そんなことの出来る会社があるんです。私は驚きました。

 先日程度良好のF3MD-4(モータードライブ)と共に激安価格で入手しました。カメラ本体の方はすぐに使い方が判ったのですが、困ったのはMD-4。後ろ側についているフィルムのカウンターのようなものの使い方が判らず困ってしまいました。
 そんな時、にしばらく前にNikonのWebsiteに取扱説明書の送付サービスについて書かれていたのを思いだし、さっそくアクセスすると、ちゃんとありました。カメラ本体が500円、モータードライブやレンズの説明書が300円で、それぞれその金額の定額小為替同封でお願いすると送ってくれるというサービスです。

 いったいいつ頃の製品までこのサービスがあるのかは書いてありませんが、「旧製品の使用説明書は、当時に作成されたものではなく、原本のコピー(白黒)となる場合がございます。あらかじめご了承ください」と断りがあるところを見ると、今でもSPやFの取扱説明書の入手も可能なようです。
 先週の火曜日に小為替を送ったら、土曜日には到着しました。迅速です。で、物はと言えば、F3の説明書は所謂レプリカ(墨一色)でしたが、MD-4は本来製品に付いてくるのと同じもののようでした(MD-4は現在のアクセサリーカタログにも掲載されている「現役」です)。

 それにしても発売から25年も経った製品(販売終了からは5年、20年間も同じモデルが販売されていたのです!)の取扱説明書が手に入るとは驚きでした。いったいカメラメーカーのうちどれほどが同様のサービスを実施しているのかわかりませんが、こういったサービスの体制が整っているからこそ、プロ・アマチュアを問わず多くのファンに愛され続けているのでしょうね。いかにもNikonらしいサービスだと感心しきりの郷秋なのでありました。

 今日の「4枚」はこちらでご覧ください。

恩田Now 


2 July. 2005   F1 第10戦フランスGP開幕

 前代未聞の、たった6台で行われたアメリカGPから2週間。F1サーカスがヨーロッパに戻り、5週間で4戦と2005年シーズンでもっともタイトなスケジュールでレースが続く。こうなると、マシンをゆっくりテストする時間はほとんどなく、その結果、今シーズン前半で好成績を残したチームが好調を維持し、波に乗り切れなかったチームは波に乗れないままの4連戦となるだろう。

 前半戦、アロンソの3連勝を含め5勝しコンストラクターズポイント59のルノー、取り分けアロンソは好調を維持し、2005年シリーズチャンピョンに向けて更にポイントを積み増しすることだろう。マクラーレン・メルセデスのライッコネンも好調を維持することだろう。ただし、コンストラクターズポイントチャンピョン争いにおいて、ルノーに付いていけるかどうかはモントーヤの復調いかんにかかってくる。

 ウイリアムズ・BMWは現状維持。つまりスランプから抜け出せないまま、予選10番手前後からスタートしどうにかポイント圏内に届くかどうかというレースが続くだろう。トヨタは概ねウイリアムズ・BMWと同程度のレース内容となるだろう。
 BAR・ホンダ、いまや今シーズン唯一のノーポイントチームとなってしまったが、バンンが表彰台まであと一歩、琢磨が入賞圏内に滑り込むというレースが出来れば御の字。ただし時既に遅しで、チームは来年用マシン・エンジンの開発に力を入れるべきだろう。

 さて、最後にフェラーリだ。この一番予測が難しい。チームとしてはマクラーレン・メルセデスとウイリアムズ・BMWの間。荒れたレースとなればミヒャエルが表彰台に上がることもあるだろう、と言う当たりが無難な予想か。 ここまで書いたところで、ちょうど予選の結果がWeb上でも確認できるようになったのでご紹介しよう。

  <フランスGP予選結果>

 1位:フェルナンド・アロンソ / ルノー 1'14"412
 2位:ヤルノ・トゥルーリ / トヨタ 1'14"521
 3位:キミ・ライッコネン / マクラーレン・メルセデス 1'14"559
 4位:ミハエル・シューマッハー / フェラーリ 1'14"572
 5位:佐藤琢磨 / BARホンダ 1'14"655
 6位:ルーベンス・バリチェロ / フェラーリ 1'14"832
 7位:ジャンカルロ・フィジケラ / ルノー 1'14"887
 8位:ジェンソン・バトン / BARホンダ 1'15"051

 先に書いた郷秋の予想の通り、アロンソは順当に仕上がっているようだ。トヨタが健闘してヤルノが2位をゲット。ラルフはアデレイドヘアピンでタイヤロックさせ12位と沈んだが、これがなければ6番手当たりのタイムだろうか。ライッコネンはアロンソからコンマ147遅れの3番手のタイムを出したが、初日にエンジンを交換しているために10位降番となる。もう一人のマクラーレン、モンターヤはやはり波に乗れないのか9番手。

 琢磨は初日からの好調子を維持し5番手のタイムだが、ライッコネンの降番に助けられミヒャエルト並んでセカンド・ローからの発進だ。ウイリアムズ・BMWはフリー走行3では6-7位をキープしたが、予選では12-13位と仲良く中団に並び追い上げのレースとなる。

 明日マニクールの天候は晴れてかなり暑くなるようだ。1位はアロンソがポールtoフィニッシュ。2位は淡々としたレースでミヒャエル。3位は13番手から鬼神の追い上げでライッコネン。4位ヤルノ、5位琢磨、6位バトン、7位ルーベンス、8位モントーヤというのが
郷秋<Gauche>の予想だが、さてどうなるか。明日のレースが楽しみだ。

 今日の1枚は、我が家の庭の白妙菊(シロタエギク)の花。ビロードのように美しい葉が、寄せ植えの花の引き立て役に良く使われますね。なるほど、花は地味で余り観賞用とは言えませんね。


1 July. 2005   自国の文化に誇りを、他国の文化に敬意を

 朝の通勤の車中で聞いている81.3 J-WAVEのGood Morning Tokyoで、「『ビールの出ないランチなんてあり得ない!』とベルギーの国会議員ら、ブリュッセル訪問のイラン議員との昼食会キャンセル」とのトピックが紹介されていた。

 同時にベルギーの女性議員らとの握手をイラン議員が拒否した、とのトピックもナビゲーターのカビラ氏が紹介していた。この二つのトピックスを聞いて多くの日本人は「双方、大人気(だいにんきではなく、おとなげ)ない」と感じたことだろう。実は私もそう思った。でも、「大人気ない」で片付けてしまってホントによいのか、郷秋<Gauche>にしては珍しく、ちょっと真面目に考えてみた。

 イランの議員(達、だろうな)はイスラム教徒だからアルコール類を飲まない。だから訪問先で昼食を共にすることになっていたベルギーの国会議員らにも禁酒を求めた。だけれど、ベルギーの国会議員にとってビールは水代わりであり、ビールなしの昼食はホントに考えられなかったんだろうな。

 イランの議員がアルコール類を飲まないのは宗教上の理由だ。きっとコーランに書いてあるのだろう、酒を飲んではならないと。ベルギーの国会議員がビールを飲むのは文化あるいは習慣の問題だ。きっと昼食の時にはビールを飲むのが習慣なのだろうが(実に羨ましい!郷秋<Gauche>もベルギーに引っ越したい気分だ)、おそらくはキリスト教徒である彼らのバイブルには「ビールを飲まなければならない」とは書いていないだろうな。私が知る限りでは、書いていない。 果たしてコーランにはビールを飲む国会議員と同席してはならないと書いてあるのか否や。ビールを飲む国会議員と昼食を共にしたことが罪になるのか。

 例えば、こういう妥協策は見出せなかったのだろうか。
 イラン議員はビールではなくVALVERT を飲む。そしてベルギー国会議員はノンアルコールのビール(ベルギー産のノンアルコールはあるか?)で我慢する。だってさ、サベナ・ベルギー(倒産しゃちゃったけど)のパイロットだって、いくらなんでもA340のコックピットではビールを我慢したんじゃないの? さて、握手の方はどうだろう。日本風に互いにお辞儀するんじゃだめだったのかしらん。

 外来のものに拒否反応を起こすどころか、好んでそれらを取り入れていったことで(いまはちょっと、だけど)強大な経済力は持つに至った日本人には、外来のものに迎合すると言っても良いほどに(表面的には)それらを積極的に取り入れる遺伝子が既に組み込まれているように思えてならない。

 取り入れるけれども、それは実に表面的な「取り入れ」だ。その一番わかりやすい例がクリスマスだな。12月24日の夜に「メリー・クリスマス」と言ってビールあるいはワイン、時にシャンパンもどきを飲まない日本人は余程の変わり者か、お寺の坊さんくらいだろう(お寺の坊さんは、怪しい。お寺さんが経営している幼稚園でもクリスマス会があるという話だし、京都のお寺さんでは某キリスト教系ミッションスクールに子供を入れるのが流行っているという話も聞いたことがあるぞ)。

 表面的である証拠は、例えば日本のキリスト教者数だ。16世紀の話は別にしても、1873年にキリスト教禁制の高札が撤廃されてからでさえ既に130年も経っているというのに、日本のキリスト教者は全人口の僅か1%しかいないんだ。クリスマスが国民的行事であるにも関わらず。まったくおかしな話だ。

 まぁ、物のことは兎も角としても、日本人の多くは複数の思想や宗教が自分の中に同時に存在しても矛盾を感じないんだな。だから家族で(あるいは恋人と)クリスマスを祝うや、一週間後の大晦日にはお寺で除夜の鐘を撞き、その足で近所の神社に初詣をしても、何の疑問も感じない。だから、先のローマ法王の死去に際して「謹んで『ご冥福』を折りのりいたします」なんて平気で言っちゃうんだろうな。自分の宗教観に基づいて、信念を持ってそう言った方も極少数はいただろうけど、多くの人はそれが仏教の幾つかの宗派の考えからに基づく「哀悼の意の表し方」であることを考えもせず、何の迷いもなく「冥福を祈った」のだろう。

 人類の歴史と共にある多くの戦争は、文化とそして宗教の違いを出発点として起こっている。ベルギーとイランが今回の「ビールと握手」が原因となって今すぐ戦争を始めるとは勿論思わないけれど、そんな小さなことの積み重ねが戦争の引き金にならないとは限らない。 そうならないためにも、互いの文化と宗教の違いをよくよく理解し、尊重し合えるようにならないとな。勿論、かく言う郷秋<Gauche>もだ。

 今日の1枚は、軽井沢の雑木林の向こうに見え隠れする白い教会。というのは(意図的な)間違いで、実はいつもの東京都下某所で撮影の1枚。


30 Jun. 2005   三葩(みひら)?

三葩なる四葩三葩と四三二けり

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 紫陽花は、その花色が時により場所により変わることから「七変化(しちへんげ)」という別名を持っている。額紫陽花は時に「額の花」と呼ばれ、また装飾花の花びらが4枚であることから俳句の世界では四葩(よひら)と詠まれることもある。

 今日の1枚は「紅額」と呼ばれる山紫陽花の園芸種。この「紅額」、よく見ると装飾花の花びらが3枚しかない。俳句に詠むときには「三葩」とするのか。そんなことはないだろうな・・・(^^;。

 16日に掲載した装飾花が八重咲きの変わり額紫陽花の品種名が「墨田の花火」であることが判明しました。

 


29 Jun. 2005   人を撮りたい

 昨年4月にデジタル方式の一眼レフを購入し(郷秋<Gauche>的には)本格的な写真撮影を再開して1年2ヶ月。約20,000枚(Photoshopに取り込んだ画像の枚数は今現在22,091と表示されている)の写真を撮影したけど、そのほとんどが恩田の森で撮影した草花や風景だ。

 1年間に20,000枚も撮っている割には自分で納得のゆく程上達していないんだな。その原因をデジタルゆえの「下手な鉄砲数打ちゃ当たる」や機材(主にレンズ)の不十分さに求めたりするんだけれど、きっとこれは違うだろう。おそらくは感受性の不足と基本的には動かないものばかりを撮っていることから来る緊張感の欠如なんだと思う。

 実は、しばらく前から「人」を撮ってみたいと思いようになってきているのだ。働いている人の表情なんかを撮ってみたいなって。たった一枚の写真にその人のこれまでの人生のすべてが写りこんでいるような写真。まっ、無理だろうけど。

 明確なリアクションのある被写体(つまり「人」だ)を撮影する時の、撮影する側の緊張感は相当なものなんだろうと思う。そんな緊張感の中で撮影することでしか得られない、テクニックではない何物かを得られるような気がする。その何物かを得た後で撮る花や風景はこれまでとは、きっと違ったものになるだろうな。

 でもなかなか難しそう。大体がだ、撮らせてもらうことをお願いすることが、難しい。それが郷秋の一番だめなところだとわかってはいるんだけれど。

 さて、そんな郷秋の今日の1枚は、はるか遠くに「人」がいる、1枚。まっ、「人がいる風景」あたりから始めてみようかな。


28 Jun. 2005   いまさら言わなくたって

 そうは思うけれど、やっぱり言いたい。暑い!暑い!暑い! 今日は「暑い」を通り越して「熱い」って感じでしたね。どのくらい暑いかと言えば、ビールが美味いくらい暑い!って、ビールはいつだって美味いけど。

 6月だと言うのに東京・大手町では正午前に36.2度と、東京の6月の最高気温を記録したとか。東京の日最高気温によれば、6月のこれまでの最高気温は1963年6月26日に記録した35.7度だから42年ぶりに0.5度更新したことになる。

 首都圏では猛暑となった今日、新潟県では大雨による「避難準備情報」が出されていると言う。特に中越地震の被災地では土砂崩れの危険があるというから心配だ。雨雲がもう少し南に下りてきて、首都圏の水瓶となっている群馬県北部に降ってくれるといいんだけれど、なかなか上手くいかないものだなぁ。

 さて、そんな飛びっきり暑い日にお届けする1枚は、北海道・富良野の爽やかなラベンダーの香り。というのは真っ赤な嘘、先週土曜日に撮った近所の家の玄関脇のラベンダー(^^;。


27 Jun. 2005   実は、日本は広い!

 今日、沖縄の梅雨が明けたらしい。同時に東北北部、北陸が梅雨入りしたのだという。沖縄地方が梅雨入りしたのは5月2日だから、それから56日遅れての梅雨入り。何とまあ日本も広いことか。

 地図を広げてみればわかることだが、東西方向で言えば東経122度56分の与那国島から153度59分の南鳥島、南北方向で言えば北緯45度31分の宗谷岬から20度25分の沖ノ鳥島までと、確かに広い。どのくらい広いかと言えば、東西方向では時差にして124分。2時間以上だ!

 東京と那覇でさえ経度にして約12度の差がある。経度1度に付き4分の時差だから東京と那覇では48分もの時差があることになる。東京から沖縄に出かけると日の出が遅く夕方がいつまでも明るいのに驚くわけだが、経度の差を考えれば当然のことでもある(日本の「最端」に興味を持たれた方はこちらをご覧ください)。

 南北にどのくらい広いかと言えば、最北端に近い稚内市の2月の最低気温の平均が-7.6度(寒さだけで言えば-13.2度の帯広市が日本で一番)、同じ月の那覇市の最低気温の平均が14.3度だからその差21.9度だ。

 狭い狭いと言われる日本だけれど、北東端から南西端までの広さをアメリカ合衆国と比較するとだ、東西方向では約半分だけれど南北方向で言えばほとんど同じ広さを持っている。ということはだ、乱暴な言い方をすれば日本の面積はアメリカ合衆国のほぼ半分とも言えなくもない。全部陸地ならばの話だけれど・・・。それにしてもちょっと乱暴過ぎたかな?

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 さて、例によって話題とは何の関係もない今日の1枚は、収穫時期を迎えた枇杷(ビワ)。いつもの東京都下某所で撮影。


26 Jun. 2005   紫陽花

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 昨日・今日と二日続けての真夏日。急に暑くなるとやはり身体にこたえます。今日はちょっと涼しげな1枚。竹林の中から見た山すその紫陽花です。


25 Jun. 2005   カメラマンと写真家、あるいはフォトグラファー

 写真を撮る人のことをカメラマンと言ったり写真家といったりするけれど「カメラマン」と「写真家」、何が同じで何が違うのか。

 郷秋<Gauche>は「カメラマン」という言葉を余り好きではありません。カメラマン=カメラを扱う人=写真を撮る人、という意味なのでしょうが、このカメラマンと言う言葉には写真を撮ることに主体性がなく、あそこに行ってあれを撮って来いと言われて撮っている人、というニュアンスを私は感じます。

 定番の「広辞苑」を開いてみると案の定1.専門の写真技師。写真家。2.新聞社などの写真撮影担当者。と出ています。ユニークな解釈で知られる「新明解」(第4版)によれば、写真の撮影技師。(狭義では、新聞社などの写真部員を指す)とある。

 やはり「カメラマン」と言ったときには広辞苑で言えば2番の、新明解で言えば括弧書きの意味合いが強いようです。「ヒコーキの前輪が外れて滑走路上で立ち往生したぞ。すぐに行って撮って来い」なんて言われて慌てて飛び出して滑走路上で動けなくなっているヒコーキや頭を下げている社長の写真を撮って来るんだな。

 それに対して「写真家」は自分の自由な意思で写真を撮るというイメージが強い。こちらの方は、広辞苑によれば1.写真を撮る人。2.特に写真を芸術の表現手段として撮影・制作する人、とある。新明解でも、芸術としての写真を撮ることをライフワークとする人、とあるから、芸術の1分野としての写真を撮る人のことを指すようだ。

 確かに新聞紙上に掲載されるヒコーキ事故の写真が芸術的であったことはないし、またそれでは困る。報道分野の写真はまず客観的かつ事実関係を正しく表していないとな。そういう写真を撮る人を「報道カメラマン」という。これならその実をよく表している。

 では、「報道写真家」はどうだ。たった1枚の写真が強いメッセージを発し、雄弁に語りかけてくることがある。そんな写真を撮るのが「報道写真家」あるいは「フォトジャーナリスト」かな。商業写真家のように儲からないから取材は勿論自費で、出かける前には土方仕事で旅費を稼いでいる姿が見えてきたりする。でも彼らの撮った写真は時に世論を動かし、国や世界を動かし、そしてピュリッアー賞という大いなる名誉を受けることもある。

 最近「写真作家」という肩書きを目にすることがあるけれど、これはちょっと大仰な感じがするな。個人的には、カタカナにしただけで写真家とどこが違うのかと言われそうではあるけれど「フォトグラファー」という言い方が好きだ。
 チェリスト、エッセイストにしてフォトグラファーの郷秋<Gauche>です(^^)。

 今日の「4枚」はこちらでご覧ください。
恩田Now 


24 Jun. 2005   BMW、ザウバーを買収

 このところ低迷を続けているザウバーに、ついに業を煮やしたのか、BMWが噂どおりザウバーを買収、2006年からはフルワークスチームとして参戦することが発表された。 これはこれで悪くないと郷秋<Gauche>は思うけれど、また一つプライベートチームが消えていくのは何とも寂しい。かつてのようにDFVエンジンさえ積んでいればプライベートチームでも勝つことができた時代とは違うと言うことだ。こうなると2006年のプライベート・チームはレッドブルと愛すべきミナルディ、2チームだけになってしまう。昔はこんなじゃなかったのに。

 フジテレビが全戦中継を始めた1987年には15チーム26台が参戦しているが、ワークス体制での参戦はマクラーレン、ウイリアムズ、ロータス、ベネトン、フェラーリの5チーム10台だけで残りの10チーム16台(1台参戦のチームが4つあった)は所謂プライベートチームだ。ティレル(もっと昔にはタイレルと呼んでいた。懐かしいぞ!)、 AGS、マーチ、ローラの4チーム5台はなんとコスワースDFZでの参戦だ。

 ホンダターボエンジンを搭載しワークス体制で参戦するウイリアムズとDFZを積むAGSとの差は今年のルノーやマクラーレンとミナルディ以上の差があった。例えばホンダエンジンが1-4位を独占した第7戦イギリスGPでは、ウイリアムズの65周に対してAGS/コスワースDFZを駆るパスカル・ファブルは何と6周遅れの59周でフィニッシュしている。

 もっともセナがドライブするロータス99T/ホンダでさえ1周ラップされているから、マンセルとピケのウイリアムズ・ホンダが速すぎたと言えるけどね。ちなみにこのレースの中嶋悟はセナの更に1周遅れ。ただし、これは中嶋のマシンの燃料が残り少なくなっていたためにマンセルに更にもう1ラップされることでガス欠を免れるという作戦ではあったけれど、中嶋の背後にマンセルが近づいていたことは確かだな。いかんいかん、話が横道にそれた。

 まっ、何が言いたいのかというと、DFVのプライベートチームでもレースを楽しみ、そして勝てたのははるか昔のことであって、今のF1は巨大自動車メーカーが面子をかけて戦う商業至上主義のレースとなってしまったということだ。

 では、そんなレースはつまらないかと言えば決してそうではない。自分のクルマと同じエンジンを積んだマシンが隣の親父のクルマに勝ったら愉快じゃないか!もっとも、自分のクルマのエンジンとF1のエンジン、同じ字体でHONDAと書いてあっても、ほとんどなんの関係もないけど。

 と言いながらウイリアムズ・ホンダがコンストラクターズ・チャンピョンになった時、担当の営業さんが記念にとFW11Bのプラモデルを持ってきてくれたぞ(今でも組み立てずに記念にとってある)。逆にプジョーエンジンが勝てないままプロストと共にF1を去って行ったときには自分の306が急にショボク見えたりしたけれど、これはこれで楽しい?!

 ここでもう一度プジョーがカムバック。そしてVW-Audiが参戦、そうだ、ポルシェとフォードもカムバック、GMグループはオペルブランドで参戦だ。俄然面白くなるんだけどなぁ。

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 今日の1枚は南天の花。もっぱら秋から冬にかけて赤くなった実を楽しみますが、ジミーではありますが花だって、勿論咲きます。


23 Jun. 2005   おかしなヘッドライン

 Webのニュースでこんなヘッドラインを見つけた。「100歳誕生日にヘリをチャーターし離陸に失敗」。記事内容はこちら

 このヘッドラインを見て私は一瞬「100歳の誕生日にヘリを操縦して離陸に失敗」したのかと思った。「チャーターし離陸に失敗」では、チャーターしていた人に非があり離陸に失敗した、つまりチャーターした人が自分でヘリを操縦していたかのように読める。でも「チャーター」だから「ヘリを借り上げ」たわけだ。自分で操縦するためなら「ヘリをレンタル」かな?でもいずれにしてもこのヘッドラインでは記事内容を的確に伝えているとは言い難い。

掲載されていたヘッドライン
  「100歳誕生日にヘリをチャーターし離陸に失敗」

郷秋<Gauche>ならこう書くヘッドライン
  「100歳の誕生日にチャーターしたヘリ、離陸に失敗」

 2文字多くなるけれど、これなら内容を読み違えることはないだろう。Web上のニュースはPC画面で見るという制約からか、おおよそ20文字、多い場合でも30文字程度でそのヘッドラインが付けられている。この文字数で記事内容を的確に表現するのは確かに容易ではないと思うけれど、新聞紙上の見出しを見て内容をも読み違えることは少ないから、この違いはどこから来ているのか気になるところだ。

 新聞記事見出しは、記事を書いた記者が付けるのだろう。自分で書いた記事につける見出しだから短くても的確な見出しを付ける。しかもその記者は日本語を操ることについて相当の訓練を積んでいる。

 ではWeb上のニュースはどうか。新聞社や通信社から配信された記事を取捨選択肢しヘッドラインを付けることをどんな方が担当しているのかが問題だな。これはまったくの想像だけれど、新聞社の記者ほど日本語を読み、書くことについての訓練を受けていない方が書いているのではないだろうか。だからWeb上のニュースではヘッドラインを見てその記事内容を連想するのに時間がかかったり、極端な場合にはどんな事件なのかまったく想像できないことが時として起こるのではないだろうか。ヘッドラインを付ける方の日本語能力の差?かな。まっ、私の方の日本語理解能力に問題があるのかも知れないけれど。

 お前の書く文章だって意味がよくわからんぞ!という声が聞こえてくる前に、今日はこのあたりで失礼。

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 今日の1枚は、梅雨のさなかに咲き始めた夾竹桃(キョウチクトウ)。白は一重、ピンクには八重咲きが多いような気がするのですが、これはピンクの一重。


22 Jun. 2005   フィルム(で撮るカメラと写真)の話(その2)

 今日は18日に書いたフィルムを使うカメラ・写真の話の続きです。

 郷秋<Gauche>は、実は自分で現像・プリントすることを経験した世代だ(そんなことはわかってるって!)。結構筋金入りだったりして(^^;。世事の忙しさやらなにやらに追われていつしか写真を撮ることも無くなり熱も冷め、引伸ばし機も、いっぱいあったバットやポリタンクもみんな人にあげてしまった。その頃のもので今も手元に残っているのはフィルム現像用のステンレスタンクと引伸ばし機用のEL-Nikkor 50mm F2.8だけだな。

 それはともかく、長い長い中断を経て写真活動(というほどでもないけれど)を再開して約1年、デジタルの一眼レフで20,000枚近く撮影したけれど、このところ妙にフィルムで撮ってみたくなって来たのです。フィルムで撮るというよりは、古めかしい金属製のずっしりと重たいカメラで、自分でピントを合わせて撮ってみたくなったということかな。

 で、そんな撮り方のためにF3を買っちゃたんです。勿論格安の中古だけど伝統のNikon F一桁、1980年から何と2000年まで製造されたジウジアーロデザインの名機中の名機です。でもって、このF3でリバーサルではなくネガフィルムで撮影するんです。そして写真屋さんでフィルムの現像だけをお願いする。今時の写真屋さんは親切だからインデックスのプリントを作ってくれる。これを見ながら使えそうなコマをフィルムスキャナでスキャニングしてPCに取り込みます。フィルムスキャナは1200万画素の解像度があるから、ざっとNikonD2Xで撮ったのと同じ程度の解像度のデータになります。この後はいつもの D70で撮ったのと同じようにPhotoshopで加工してWebに載せる、あるいは必要に応じてネットプリントするということになります。

 撮影はフィルムだけれど、フィルム現像以降の処理はすべてデジタル、というわけです。それじゃ最初からデジタルカメラと撮るのと同じじゃないかと言われそうですが、そうではないのです。ますは自分でピントを合わせるという作業を通してファインダーの向こうにある被写体と対峙・会話する、そしてフレーミングをあれこれ考えながら慎重にシャッターボタンを押す。この一連の動作がデジタルカメラで撮る場合には飛ばしがちで、ついつい安易にシャッターボタンを押してしまうのです。下手な鉄砲も数打ちゃ当たる、とばかりにね。

 もっともF80を使っちゃうとピントあわせはカメラ任せとはなるけれど、何枚撮っても「タダ」のデジタルカメラとは違ってフィルムの場合には現像代だけでも1コマ当たり20円かかるし、フィルムスキャナでデータ化するにしてもそれなりに手がかかるから、やっぱりシャッターボタンを押すときには慎重になる。この「慎重になる」がいいんです。何だかいい写真が撮れそうな気がして。

 結局アナログ、つまりフィルム使うのは撮影の時だけなんだけれど、これは5月4日に書いた通り、今の写真の現像・プリントのプロセスとまったく同じなんだな。自分でデータを取り込んだりPhotoshopを使って自分で加工するかどうかの違いだけ。

 そうなるといよいよ残された道はモノクロフィルムで撮影して自分で現像すると言うことになるかな。もっともこれだってフィルムを現像した後はスキャニングしてデータ化するわけだから、カラーのネガフィルムで撮ってデータにしてからPhotoshopで「色を落とす」のとほとんど同じかな。

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 さて、今日の1枚は田んぼ。都市部以外にお住まいの方には別に何と言うこともない風景かとは思いますが、首都圏にあっては貴重な財産なのです。横浜市青葉区に残された自然をもっとご覧になりたいと言う方は下のバナーをクリック!ちなみに「恩田の森」の写真はすべてデジタルで撮影したものです。


21 Jun. 2005   再びF1 アメリカGPについて

 F1アメリカGPがレースと呼ぶのも憚れる程の酷いものであったことは、昨日書いた。だけれど、郷秋<Gauche>は今日も書きたい。今日はタイヤ問題ではなく、フェラーリチームとその二人のドライバーのレースマナーについてだ。

 まずはチームオーダーの問題だ。あからさまなチームオーダーが出されることによりレースの面白みが大いにスポイルされることから、数年前にチームオーダーが禁止となった。面白みが大いにスポイルされる以前に、そもそもがスポーツマンシップにもとる行為、つまり八百長だ。

 チームオーダーとは、例えば、フェラーリのNo.2ドライバーであるルーベンスはNo.1ドライバーであるミヒャエルを(彼のマシンがトラブルを抱えているなど明らかに遅い場合を除いて)パスしてはならない、というチームからの命令のことだ。フェラーリチームは伝統的に二人のドライバーに序列を付け、かつ、このチームオーダーを出すことで有名だ。

 チームによってはこういった習慣のないところもある。例えばウイリアムズ。古い話にはなるがピケとマンセルがチームメイト同士で熾烈な戦いを繰り広げたことはつとに知られる。またセナとプロストを擁した絶頂期のマクラーレン・ホンダチームもまたジョイントNo.1の二人のドライバーを存分に競わせたことで有名だ。もっともこちらは88年の鈴鹿、シケインで同士討ちとなるなど、余り上手くいかなかったことでも知られるが。

 <b>さて、今回のアメリカGPにおけるフェラーリのチームオーダーはこういうものだった。</b>

 48周目だっただろうか、ピットインしたミヒャエルが本コースに出るとちょうどそこに最初のピットインでミヒャエルに先行していたルーベンスが差し掛かるところだった。辛くも接触こそは免れたものの弾きだされたルーベンスはグリーン上を走りコースへと戻る。コースに戻るや速いペースでミヒャエルを追い、ついにはコンマ5までその差を詰め最終コーナー手前ではマシンを右に寄せオーバーテイクのチャンスを伺う。これ以上長くスリップストリームに入っていると冷却水温が上がるのではないかと心配になる頃、チームからラジオを通してオーダーが入る。「二人揃ってゴールすることを望んでいる」と。いかにもF1最古参チームらしい、実に老練かつ含蓄あるオーダーだ。

 このオーダー以降、ルーベンスはミヒャエルとのギャップを2秒程に保ちチェッカード・フラッグを受け、二人は目を合わせることもなくパルクフェルメからポディウムに向かう。

 結果は勿論今季初のフェラーリの1-2フィニッシュ。いかにタイヤ問題による「自主的リタイヤ」があったとしても、そのことの責任はフェラーリにはない(フェラーリが反対しなければ、本コース上に臨時のシケインを設けることで20台のレースが実現していた可能性がなかったわけではないが)。

 異常なレースであったことは確かだが、彼らにやましいことがなければ互いの健闘を称えあい、今季初の1-2フィニッシュをそれなりに祝えたはずだ。そして、初めてのシーズンの初めてのポイント、初めてのポディウムと嬉しくないわけがないモンテイロをシャンパンファイトで祝福してあげるのも、大先輩である二人の義務であったはずだ。コース上のマナー、勝者として相応しい表彰台でのマナーを、F1最古参のチームであるフェラーリが忘れてしまったのだろうか。

 繰り返すが、今回のアメリカGPは異常なレースであった。しかし、それを更に後味の悪いものとしたのはフェラーリチーム、そしてその二人のドライバーである。メディアはこぞってミシュランタイヤ勢の14台が自主リタイヤしたことを書き立てるが、出走僅かに6台という前代未聞のレースの中で行われたこと、そして表彰台の上で行われなかったことこそが、書かれるべきである。

 チームオーダーを出してはならないことに加え、「3位までの入賞者はプディウムにおいてシャンパンファイトを演じなければならない」と、レギュレーションで定めることを、郷秋<Gauche>はFIAに提案する。

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今日の1枚は、またまた紫陽花。まだまだ続きます。


20 Jun. 2005   FIAに問題あり!

 まったく酷いレースだった。と言うより、とてもレースとは思えない代物であった。レースは観客があってこそ成り立つものだ。なのにだ、たった6台しかスターティンググリッドに着かない、観客を無視したレースにしてしまった責任のすべてはFIAにある。

 今シーズンのタイヤに関するレギュレーションに問題があることは確かである。パフォーマンス重視の余り、耐久性・信頼性に欠けるタイヤを作ってきたタイヤメーカーにも問題がある。しかしだ、問題があったにしても20台すべてのマシンがスターティンググリッドに着くことができるための妥協点を見つけられなかったFIAにこそ最大の責任がある。このような異常な形で開催されたアメリカGP以降、今シーズンの残りのレースを正常に運営してゆけるのかどうか、甚だ心許無い。新たなリーグ立ち上げの動きが顕在化してくることだろう。

 今回のGPで唯一の見所となりそうだったミヒャエルとルーベンスのバトルが、事実上のチームオーダーによってついえたことも今後に尾を引きそうな問題である。復活の狼煙を上げた途端のお家騒動はいただけな。フェラーリらしいと言えばそれまでだが。

 ともあれ北米2連戦は終了し、全19戦で争われる今年のF1は後半戦へと折り返す。そしてGPは再び舞台をヨーロッパへと移し、フランス・ドイツの2連戦である。今回の2つの問題が今後のレースにどう影響してくるのか、フェラーリの1-2により拮抗してきたドライバーズ・コンストラクターズ両ポイント争いとあいまってますます目が離せなくなってきた今年のF1GPである。


19 Jun. 2005   F1 第9戦アメリカGP決勝レース、27時スタート

  <第9戦アメリカGP予選結果>

  1:ヤルノ・トゥルーリ / トヨタ 1'10.625
  2:キミ・ライッコネン/マクラーレン・メルセデス 1'10.694
  3:ジェンソン・バトン/ B・A・R Honda 1'11.277
  4:ジャンカルロ・フィジケラ/ルノー 1'11.290
  5:ミヒャエル・シューマッハ/フェラーリ 1'11.369
  6:フェルナンド・ロンソ ルノー/ 1'11.380
  7:ルーベンス・バリチェッロ/フェラーリ 1'11.431
  8:佐藤琢磨/ B・A・R Honda 1'11.497

 フロント・ローの異次元の速さと言ってもいいだろう。3番手のジェンソンから琢磨までは僅かに.220の差だ。更に言えば、1'11.754で13番手となったトヨタの代走、リカルド・ゾンタまで.477。コンマ5秒の間に11台がひしめく結果は、いかにも高速コースらしい予選結果と言えようか。

 ルノー勢は予選出走が4番、5番であったのも関わらず2列目、3列目をきっちりと押さえているのはさすがと言える。スタートのいいルノーのこと、オープニングラップを1-2で決めてくる可能性も十分ある。

 BARホンダの二人も、予選出走順を考えればまずまずのポジションを獲得したが、73周の長いレースをどう走るのか、チーム作戦も重要だ。モントリオールのようなチグハグなレースは見たくないぞ。

 前戦で2-3と健闘したフェラーリも久々に上位グリッドにマシンを並べた。ようやくこの位置まで来るには来たが、ヤルノとの差はコンマ744もある。前戦のように大量のリタイヤはないだろう、と言いたいが昨年は完走僅かに9台だ。オーバールの外周部分ではエンジン全開となる反面、インフィールドは低速コーナーが続く、二つの顔を持ったコースだけにマシンセッティングに長じたチームに分がある、と郷秋<Gauche>は読む。

 北米大陸2戦目のインディアナポリスでのレーススタートは前戦よりもさらに1時間遅く日本時間では午前3時だ。少々辛いが見るしかないだろう!

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今日の1枚は、またまた紫陽花。


18 Jun. 2005   フィルムの話

 に出かけた帰りに、昨日の夜にネット経由で注文しておいたプリント受け取りのために近所の写真屋さんに寄った。プリントを受け取り、久しぶりにフィルムで撮った写真の現像を頼んでいる時に、カウンターの上に「FILM&IMAGE」という小冊子が置いてあるのに気が付いて一部いただいて帰って来た。

 家に帰って開いてみると、それは富士写真フィルムが9月に創刊するフィルムを使った写真のPR誌の創刊準備号であった。何といいタイミングなんだろう。

 フィルムでは国内で70%、世界でもコダックと並ぶ30%のシェアを持つフジではあるが、デジタル方式カメラに押されフィルム需要の長期低落傾向には危機感を持っているのだろう。片方では新型のデジカメを次々と市場に投入しながら、同時にフィルム需要の掘り起こしに躍起になっているわけである。

 2002年には世界の年間出荷台数が既にデジタル方式カメラ2,450万台、フィルム方式カメラ2,360万台とシャアが逆転しているから、現在のシェアは既にデジカメが圧倒的多数という状況だろう。

 昨年Nikonが伝統の「F一桁」の最新機種F6を発売したが、その折に「F6はハイエンドアマチュア用として設計した」と言うようなことが何かに書かれているのを目にした。Nikonの「F一桁」と言えば世界中のプロ写真家・カメラマンが使うカメラとして絶対的な信頼を一身に受けてきたカメラである。それがF6に至ってアマチュア用だというのだ。ではプロは何を使うのか。デジタル方式のD2Xだ。

 カメラメーカーに、こうはっきりと行く先を示されては流石にフィルムメーカーも驚いたことであろう。アマチュアがデジタルになってもプロがフィルムなら、フィルムの、そしてフィルムを使うカメラのプレステージは揺るがない。たとえボリュームは小さくても一定の量のフィルムは消費され、上昇志向のアマチュアはフィルムに憧れを持ち続ける。だかしかし、だ。

 さて、話を「FILM&IMAGE」に戻そう。創刊準備号は表紙とも16ページだが9月に発行される第1号は24ページとなり、年4回宅配で年間購読料は1,500円だという。ちょっと高いな。

 創刊準備号の中で興味をひいたのは「モノクロの世界へ、はじめの一歩」と題した見開き2ページの記事。今でもモノクロームのフィルムを売っているのだ(当たり前か)。郷秋<Gauche>が写真に没頭した学生時代は勿論モノクロで、フィルムはもっぱらコダックのTRI-Xだった。ポートレートにはイルフォードが言いと聞いて一度だけ使ったことがあったけれど、それ以外はずっとTRI-X 100ft巻きの缶入りを買ってきて使っていた。また話が横道に逸れた。

 この記事の中で、現在はモノクロの現像を受けてくれる店が少ないと書いてある。果たして本当だろうか(本当なんだろうな)。さらに、自分で現像するのも「手だ」と書いてある。確かに。プリントは暗室がないと出来ないが、フィルムの現像だけなら暗室がなくても出来る。ステンレス製の現像タンクもまだ持っている。ダークバッグさえあれば手軽に現像が出来るじゃないか。

 小冊子の話からフィルムを使うカメラ・写真の話になってしまいましたが、この話は「次回に続く」としたいと思います。お楽しみに。

 今日の「4枚」はこちらでご覧ください。
 恩田Now 


17 Jun. 2005   自己責任

 危険な飛び込み乗車の乗客に対して電車の車掌が車内放送で「危険だから飛び込み乗車をしないように、万が一怪我をしても自己責任です」とアナウンスしたことに対して賛否各々の意見がネット上を賑わせているが、郷秋<Gauche>も一言言わせてもらおう。

 感情的になった気持ちはわかるけれど、そこはグッと押さえて冷静にアナウンスするべきだったろうな。でも、内容的には勿論その通り。大人なんだからどんな行動をとってもいい。しかしだ、その結果については自分で責任を持たなければならない。自分の自由(勝手)な行動が原因となり、第三者に不利益を被らせた場合には、その内容によっては責任の取りようもないということも勿論ある。最悪のケースとしては第三者を死に至らしめた場合だ。責任の取りようがない。だから大人はそうならないように慎重に行動する。

 「自己責任」と聞いていつも思い出すのはオートバイ運転時のヘルメット着用と、クルマのシートベルト・チャイルドシート着用だ。こんなものは法律で規制する必要はまったくない。死んでも構わない人は「ノーヘル」でバイクに乗ればいい。同乗している自分の子供が死んでも良いと思っている人はチャイルドシートなんか使わなくたっていい。だけれど、自分や自分の子供が死んでも文句を言うんじゃないぞ。自分自身や家族の命を守るのは大人としての「自己責任」なんだから。

 しかしだ、ノーヘルやチャイルドシート不使用の結果保険金がたっぷり支払われ、結果、郷秋<Gauche>の保険料や税金が上がるなんて、真っ平御免だ。

 人は何をしても自由だ。だけれど、直接にあるいは間接に他者に不利益をもたらすことをして良いわけがない。他者の不利益に対して責任を持ちきれない場合があるから、リスクを少なくするために法律で規制する。その法律を守らないのも自由だが、自由の裏側には義務と責任があることを忘れてはならない。

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 今日の1枚は、中国原産の美容柳(ビヨウヤナギ)。柳の木とはまったく関係はないけれど、葉が細長いので「柳」、そして美しいので「美容」。


16 Jun. 2005   天邪鬼

 2、3日晴れ間が続くと、せっかく咲いた紫陽花が可哀想だと書くくせに、2日雨が続くと、もう太陽が見たくなる。人間は何と天邪鬼なのだろう。・・・待てよ、私はそんな風には思わない、って言われそうだな。僕は何て天邪鬼なんだろう。これならいいだろう。

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今日の1枚は、装飾花が八重咲きの変わり額紫陽花。
6/30追記:「墨田の花火」という品種だということが判明。
花姿によく合った、なかなか風雅な名前ですね。


15 Jun. 2005   次世代超音速旅客機

 超音速旅客機(SST)と聞けば、誰もが2003年に商業運行を終了した不運な怪鳥「コンコルド」を思い浮かべることだろうが、なんだか既に過去のものとなってしまった感のある「超音速旅客機」の文字を、今日久しぶりに目にした。日本とフランスの航空宇宙工業会が次世代の超音速旅客機(SST)の共同研究で合意したのだという。

 現在フランスで開催中のパリ航空ショー会場で共同研究合意の調印をしたという報道だが、そのパリ航空ショーの今回の「目玉」は何と言ってもエアバス社が開発した最大850人乗り(3クラス国際線仕様では450〜550人)2階建の超大型旅客機A380。低コスト・大量輸送の新しいアイコンであるA380おひろめの場で、超高速度ではあったが超高コスト・少量輸送のコンコルドの後継ともいえる次世代SSTの共同研究スタートの調印と言うは面白い。

 今回の共同研究では、具体的には200〜300人乗りで、現在12時間かかっている東京-ニューヨーク間を6時間程度で結ぶ音速の2〜2.4倍の速さで飛行することを想定しているという。速度はほぼコンコルドと同程度だが、乗客数は2〜3倍。おそらくは相当低騒音・低公害・低燃費のものであり、現在のビジネスクラスを少し上回るほどの、現実的な運賃での運行が可能な機体となることだろう。

 今回の合意はあくまでも「共同研究」についてであって「共同開発」ではない。実用化までには10年以上はかかるだろうから、具体的な開発に入る前の基礎研究的な色彩が強いが、石川島播磨重工業・川崎重工業・三菱重工業・NEDO(新エネルギー・産業技術総合開発機構)が開発を進めているSST用エンジンや、世界一と言ってもよい炭素繊維を中心とした日本の複合素材技術を仏側が高く評価してのことであろう。

 世界の中・大型旅客機市場がエアバスの2社が寡占している中で、この2社抜きのプロジェクトに日本の航空産業各社が積極的に関わっていく意味は大きい。10年後、航空機の新しい分野である超高速かつ低公害、低コスト・中量輸送の分野で日本が確固たる地歩を築いていることを大いに期待したい。

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 いつもながら、話題とは何の関係もない今日の1枚は、平日だと言うのに泊りがけで出かけてきた、雨もよい(も良いに非ず、催)の城ヶ島の磯。「利休鼠」の海。


14 Jun. 2005   梅雨晴間

 梅雨入りとのニュースが流れたとたんに好天が続くのは例年こと。日当たりの良い場所の紫陽花はぐったりと雨を待ち焦がれていますが、明日の午後からは雨の予報がでていますのできっと息を吹き返してくれることでしょう。

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今日の1枚は東京都下某所の紫陽花のある風景。


13 Jun. 2005   F1 第8戦カナダGPを振り返る

 残念ながら、「雨」との郷秋<Gauche>の予想は当たらなかったが、カナダGPは2週間前のヨーロッパGPとはまた違った意味で波乱のレースとなった。アクシデントであったりマシントラブルであったり、理由はそれぞれであったが20台中完走11台という最近では珍しいサバイバルゲームとなった。念のために結果を再確認しておこう。

  カナダGP決勝レースの結果

  1位:キミ・ライッコネン / マクラーレン・メルセデス
  2位:ミヒャエル・シューマッハ / フェラーリ
  3位:ルーベンス・バリチェッロ / フェラーリ
  4位:レリペ・マッサ / ザウバー
  5位:マーク・ウェバー / ウィリアムズBMW
  6位:ラルフ・シューマッハ / トヨタ
  7位:デビッド・クルサード / レッドブル
  8位:クリスチャン・クリエン / レッドブル

 例によってレース中のファステスト・ラップと最終の結果を比較してみよう。
 レース中の最速ラップを記録したのはライッコネンで1'14.384。序盤からの1-2走行で、このままレースが終わるのかと思わせたルノーはアロンソが3位となる1'14.727、フィジケラが5位の1'14.890であるから、ルノー2台のリアタイヤとは関係なく、ライッコネンの優勝はしかるべき結果といえよう。

 今回の結果で注目すべきはフェラーリが2-3と、久しぶりに表彰台に帰って来たことだろう。ラップタイムはミヒャエルが4番手で1'14.868、ピットスタートを選んだバリチャロが8番手に当たる1'15.480。土曜日に書いた通り荒れたレース、終わってみればベテランが上位を固める定番図式そのままであった。マシンの仕上がりはいまひとつと見たが、次戦に向けてそのモチベーションを大いに上げたことは想像に難くない。

 期待のBARホンダは残念ながら結果を残すことが出来なかったが、バトンについて言えば、自身のドライブミスがなかったとしても表彰台は遠かったと言わざるを得ない。3ストップ作戦を取るなど、マシンの速さ加減とチーム戦略が噛み合わない体たらくであった。

 琢磨は2度リタイヤするという珍しいレースとなったが、マシントラブルを誘発するドライビングではなかったのかについては、本人(とデータ)のみが知るところである。が、次戦の予選出走順を一つでも繰り下げるために再度のコンセントレーションに挑戦した姿勢は賞賛に値する。

 予選では8番手確保と意地を見せたビルヌーブはと言えば、ベテランらしくしっかり走りきりはしたがスタート直後のフロントウイング交換の緊急ピットインが響き9位フィニッシュと入賞ラインに惜しくも届かなかった。最後まで自国のファンにその姿を見せられたのは良いが、この成績では今シーズン最終戦までのシートはいささか怪しげである。

 さて、次戦、アメリカGPは一週間後である。ルノーがトラブルを克服できるか、フェラーリ、BARホンダが本物の速さを取り戻せるか注目したい。


13 Jun. 2005   勘違いですね、shinoさん

 あれれ、shinoさんともあろうお方が、たった3年前のことをお忘れだなんて! shinoさんが6月12日未明のコメントでお書きくださったのはこちらの坂道のはずですよ。

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 だとすると、6月9日の写真の小径はさて、どこ?


12 Jun. 2005   F1 第8戦カナダGP決勝レースまもなくスタート

 日本時間13日午前2時、あと3時間後に決勝レースがスタートする。地上波ではめったに生中継されることのないF1GPもアメリカ大陸でのレースだけは時差の関係で生中継となる。中途半端な時間なのがちょっと困るけれど。

 さて、昨日行われた予選結果をおさらいしておこう。今回も前戦同様一発勝負の予選が行われた。

 <カナダGP予選結果>

 1位:ジェンソン・バトン / BARホンダ
 2位:ミヒャエル・シューマッハー / フェラーリ
 3位:フェルナンド・アロンソ / ルノー
 4位:ジャン-カルロ・フィジケラ / ルノー
 5位:ファン-パブロ・モントーヤ / マクラーレン・メルセデス
 6位:佐藤琢磨 / BARホンダ
 7位:キミ・ライコネン / マクラーレン・メルセデス
 8位:ジャック・ビルヌーブ / ザウバー・ペトロナス 

 今回のレースは見所がたくさんある。まずは私の予想通り、出場停止が解除になって2戦目で上位に戻ってきたBARホンダだ。バトンのポールポジションはちょっと出来すぎかも知れないが、琢磨が6位につけたことでもわかるようにかなり戦闘力をアップさせてきている。バトン、初優勝なるか!

 次なる見所はやはりミヒャエルだろう。バリチェロがギア・ボックスのトラブルでno timeとなったためフェラーリの速さが本物かどうかの判断は難しいが、久しぶりにフロントローに帰って来たミヒャエルの作戦はいかに。父の名を冠したサーキットでのビルヌーブの戦いぶりにも注目だ。シーズン後半のシートを確実にするためにはここで好成績がなんとしても必要だ。

 前戦はタイヤがレースの鍵を握ったわけだが、今回のレースは「天気」が鍵を握る可能性が大きい。モントリオールの現在の天気は曇りだが、雷雨の予報も出ている。もしレース途中で雨になれば、タイヤ交換・給油のタイミングによっては予選下位のチームにも入賞の可能性でてくる。またレースが荒れれば荒れるほど経験豊富なベテランが有利になるともいえよう。その最右翼は勿論、ミヒャエルだ。3時間後のスタートを楽しみにしよう!

注:レース途中で雨になった場合、タイヤ交換と同時の給油の可否についてのレギュレーションが、現時点では不明。


 今日の「4枚」はこちらでご覧ください。
 恩田Now 


11 Jun. 2005   紫陽花

子らの声響く晴れ間の七変化

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 紫陽花(アジサイ)は私の大好きな花。七変化(しちへんげ)はもちろん紫陽花の別名ですが、気をてらった訳ではなく句のリズムを整えるために七変化としたものです。

 紫陽花は日本の南関東・伊豆半島原産のガクを元に改良された園芸種で、アジサイ科(以前はユキノシタ科とされていたようです)の落葉低木。写真は額紫陽花(ガクアジサイ)。花のように見えるのは実は装飾花で本当の花はその中心にあります(写真ではまだ蕾)。

 1823年に長崎に来航したシーボルトが日本での妻、「お滝」にちなんで「オタクサ」と命名しヨーロッパに持ち帰りました。これを改良したのがハイドランジャーと呼ばれる西洋紫陽花ですが、残念ながら私には区別がつきません。

 これからしばらくの間、度々紫陽花の花が登場することと思いますので、どうぞお楽しみに。


10 Jun. 2005   入梅

背表紙に宿る沈黙梅雨に入る

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今日の1枚は、雨に黙する姫沙羅。


9 Jun. 2005   F1 第8戦カナダGP開幕、そしてタイヤ

 ヨーロッパでの4戦を終えたF1GPが大西洋を渡り、北米大陸2連戦が開幕する。初戦はモントリオールの中心部に近いセントローレンスシーウェイの中州に位置する人工島を舞台に行われるカナダGPである。

 前戦はタイヤがその行方を決める波乱に満ちたレースとなったが、カナダGPもまたタイヤがレースを演出することになるだろう。舞台となるジル・ビルヌーブ・サーキット、実はコースの舗装が新しくなっているため、BS・ミシュランともにコンパウンド開発のための十分なデータを持っていない。当たるも八卦、当たらぬも八卦である。

 ヨーロッパGPでは、ライッコネンのマシンのフロントサスペンションが、タイヤトラブルが原因で破損、残り1周の時点で優勝をアロンソに譲ることになった他、タイヤのトラブルが続出。週末を通して1セットのタイヤしか使えないルールの見直しを求める声が各チームから、また多くのF1ファンから上がった。余りにも危険だと言うのであるが、郷秋<Gauche>はこの意見に与しない。

 何故ならば、それがレースを面白くするかどうかは別にしても、すべてのスポーツがそうであるように、F1もまたルールがあって初めてその競技が成り立つのであり、自分が負けたことの原因をルールに求めることは不適当だからである。信頼性よりもパフォーマンス重視のタイヤを作る(選ぶ)のか、パフォーマンスよりも週末を通して安心して走ることが出来るタイヤを作るのか、あるいはその中間を作るのかは、タイヤメーカーの、チームのあるいはドライバーの判断にまかされているからである。

 FIAが今季のタイヤルールを導入したのは早くなり過ぎたコーナリング・スピードを落とし、レースの安全性を確保するためであるが、幸か不幸かコーナリング・スピードが落ちたとは言えず、フィニッシュラインを超える前にタイヤがだめになることばかりが目立っている。

 BSもミシュランも信頼性よりもパフォーマンス重視のコンパウンドを設計し、そのタイヤをチーム・ドライバーがチョイスした結果である。安全にそして確実にゴールしたければ、パフォーマンスよりも信頼性を重視したタイヤを作り、それを選べば良いだけの話なのである。305Kmを走りきれる可能性が格段に高まり、かつコーナリング・スピードが落ちレースの安全性が高まることは必至である。言を重ねることになるが、それでレースが面白いかどうかはまた別の話ではある。

 FIAはレースの安全性を高めるためにスピード(特にコーナーの)を遅くするためのルールを毎年追加しているが、ラップタイムはむしろ毎年速くなっているのだからその目論見が成功しているとは思えない。そこで郷秋<Gauche>は燃費規制を導入することを提案する。1レースで使える燃料量の上限を設定するのである。

 現在のF1用エンジンは305Kmを走るためにおおよそ200Lの燃料を要求する。1.5km/Lである。これに対して1988年のマクラーレンMP4/4に搭載されたV6 1.5Lターボのホンダエンジン(RA-168E)は150Lで305Kmを走っているから2.0km/Lである。コースにもよるが、150km/hから300km/hまでの急加速・急減速を繰り返す1000馬力オーバーのエンジンが2.0km/Lなのである。

 使用燃料量が制限されれば、燃費を稼ぐためにエンジンの回転数は抑えられラップタイムは確実に遅くなる。そんな中でラップタイムを落としたくないチームのリクエストに応えてエンジンサプライヤ・チームのエンジン担当部門は燃費の良いエンジンを作る。そうなるとラップスピードは再び速くなるが、翌年には更に厳しい燃費制限を加えるのだ。しまいには4km/LでレースができるF1エンジンが登場するかも知れない。現代の大排気量高性能車の市街地燃費と同じだ。

 市販車への技術還元を考えるならは、排気ガス規制をF1に導入するのも面白いかも知れない。世界でもっとも速いクルマが世界でもっとも排ガスのきれいなクルマだなんて、素敵じゃないか。

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今日の1枚は、例によって東京都下某所の小径。


8 Jun. 2005   姫沙羅

 姫沙羅(ヒメシャラ)の花が咲き出しました。沙羅の木とも呼ばれる夏椿に似て、これより花が小さいので姫沙羅と名付けられていますが、夏椿を沙羅の木と呼んだことがそもそもの間違いですので、本来であれば「姫夏椿」と呼ばれるべき樹木・花なのでしょう。

 夏椿同様ツバキ科の落葉高木で「姫」の何そぐわず大きなものは20m程の樹高になります。花径は夏椿の5〜6cmに対して2〜3cm程で、これが姫沙羅と呼ばれる所以ですね。夏椿に1ヶ月先立ち、首都圏では6月初旬から咲き出します。株立ちの樹形は涼しげ、木肌も美しく和洋どちらにも似合うために庭木としても好まれているようです。

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 写真は東京都下某所の姫沙羅。


7 Jun. 2005   Nikon D70をD70s’(ダッシュ)にする!

 NikonともあろうものがD70の発売から僅か1年で後継機種、D70sを発売とは、まったくけしからんと4月29日に書いた。とは言いながらもCanonがEOS Kiss Digital Nで、PENTAXがist DSで追撃してくるとなれば応戦止む無し、というところであろうか。

 もっともそのD70sだが、画素数が増えたわけではなし、液晶モニターが大きくなったといっても1.8inchから2.0inchへと僅かな差だ。リモートコードが使えるようになったとは言うけれど、ワイヤレスリモコンでレリーズ出来ないわけではない。一番の変化はより進化したという5エリアマルチマルチAFシステムだが、風景と植物、基本的に止まっているものを中心に撮影している今の郷秋<Gauche>には特段ありがたい機能ではい。バッテリーの容量が20%程大きくなったようだがこれはチャージャーを含め従来のものと完全互換だから必要なら買い替えの時に新しいものを買えばいい。内臓スピードライトが18mmまでカーバーするようになったようだけれど、スピードライトを使ったことがない。だから、郷秋<Gauche>的結論は「D70で十分」である。

 「D70で十分」の根拠の一つに、つい最近ファームウエアのバージョンが2.0になったこともある。発売時のバージョンが1.0で1.1-->1.2-->1.3と小刻みにアップしてきたものが今回は一気に2.0になっている。ver.2.0にはD70s用に開発された新しい技術が相当投入されているようだ。これは液晶モニター上に表示される各種設定の画面がガラリと変わって70sのものにかなり近いことからも伺われる。ファームウエアはハードを直接制御するソフトだからこれを変えることでカメラは相当進化する。ver.2.0を導入すればD70は限りなく70sに近づく! まだファームウエアを変更していないD70のオーナーは大至急バージョンアップすべし。

 だがしかし、一つだけ悔しいものがあるのだな、これが。何かと言えば、「接眼目当て」だ。アイカップと呼ばれることもあるけれど、要するにファインダーの外枠部分に取り付けて、ファインダーをのぞきやすくする小部品。これがD70ではDK-16という、ほとんど無いに等しいような「ちゃちな物」だった。これが70sになったらDK-20という、見るからに役に立ちそうな「ちゃんとした物」に変更されたのだ。

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 実際にカメラに装着したDK-20。右がD70で左がF80。実はファインダーの外枠部分の構造がF80はD70と同じなんです。というか、D70がF80のデジタル版なんですね。使ってみるとよくわかります。
注:F80の方が大きく見えるのは、付けているレンズが大きく撮影用カメラとの距離がD70よりも近かったためで、実際の大きさは事実上ほとんど同じ。こんな写真撮るようじゃ、だめだなぁ・・・。

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右が従来型のDK-16、左がお薦めのDK-20

 DK-16はゴムだけで出来ているためにちょっとしたことでファインダーの外枠部分から外れてしまい、郷秋<Gauche>は1年間で2個紛失している。70s用のDK-20はプラスチックのしっかりした枠にゴム製のアイカップが取り付けられているので、ファインダーの外枠にカチッとはまり、脱落しない。またファインダー外枠のすぐ左側にある視度調整レバーもカバーする形状なのでレバーが動いてしまうことも防いでくれ、至極調子がよいのである。

 このDK-20がD70にも装着できないものか、ものは試しとNikonのサービスセンターに電話をしてみるとOKとのこと。さっそく行きつけのチャンプ青葉台店で取り寄せてもらった。まったく快調。D70をお使いの皆さんには、接眼目当てをDK-20に付け替えることをお薦めする。マクロレンズでのピント合わせの時なんか、ホントに楽ですよ。ちなみにお値段ですがDK-16の税込み420円から同210円と何故かプライスダウンだから嬉しいではないですか。


6 Jun. 2005   東京都下某所

 4日に掲載した東京都下某所の写真が好評を頂いたようで、blog上のコメントの他にもDMをたくさんいただきました。ありがとうございます。もう随分と昔のことになりますが、同じ場所である時期を共に過ごした皆さんの幾人かがこのblogをご覧くださっているんだなあと、つくづくと感じた次第です。

 2日に書いたように、昼休みのチョイ散歩の折にカメラをぶら下げていくのですが、できるだけ人のいない場所をと思いながら歩くとどうしても行き先は限られてしまいます。射干、金蘭が終わりカルミア、都忘れ(これはご覧いただけるような写真にはなりませんでしたので掲載しませんでした)が終わり、紫陽花が咲き出すまでは花の端境期のようです。来週には紫陽花の花をご覧いただけることと思いますのでお楽しみに。

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 さて、今日もその東京都下某所の1枚。紅葉の時期ならもう少しは絵になるのでしょうが、今日はこれで、ごめんなさい。


5 Jun. 2005   blog裏技

 このblogのページはgooの無料版だ。無料の割にはよく出来ているけれど、

  1. 1つの記事には写真は1枚しか入らない。
  2. その写真は記事の1番上に表示される。

 この2つはなんとも不便だし、気が利かない。有料版(gooブログアドバンス、月額290円)に乗り換えれば、写真も複数掲載でき、その位置も自由になるらしい。郷秋<Gauche>がフレームを使って表示させているオリジナルデザインのタイトルも、自由にデザインできるようだ。

 だからと言って、安易に有料版に乗り換えるのも癪に障るので、無料でどこまで出来るのかちょっと試してみた。今月1日と3日のものがそうだ。写真を記事エリアの右もしくは左の配置し、余白部分にテキスト(文章)を回り込ませている。 WebPageをHTMLのタグ打ちで作成した経験のある方にはお判りだろうが、こんな風に書くと3日の記事のようになる。

<img src="http://www.xxx.ne.jp/~musica/0603_001.jpg" align="left"> 郷秋<Gauche>はバッハがお気に入りなのです。〜〜〜

 最初の「img」は勿論小文字で書く。「http://」以下はblogの中で表示させたい写真のあるサーバーとその写真の名前を入れる。この裏技を使うためには、blog以外に自分のWebsiteを持っていることが条件になる。そして最後に書いてある「align="left"」が写真を左に寄せて表示させるためのコマンドだ。leftをrightにすれば勿論写真は右寄せで表示される。

 実は、実に簡単なんだな。単に2枚目の写真を入れたいだけなら<img src="http://www.xxx.ne.jp/~musica/0603_001.jpg">というコメントを写真を入れたい行に書き込めばOK。記事欄に書き込めるHTMLのタグに制限があるけれど、いろいろ試して、無料版の限界に挑戦してみるのも結構面白。

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 さて、今日の1枚は我が家の庭の初雪葛(ハツユキカズラ)。樹木の図鑑に「常緑のつる性低木」と書いてありますから、草のように見えますが実は木なんですね。

 今日の恩田の森の様子はこちらからご覧ください。

 恩田Now 


4 Jun. 2005   カメラメーカー、勝ち組・負け組み

 Yahoo!のニュースを見ていたら、気になるヘッドラインが目に飛び込んできた。

 「オリンパスなど老舗3社 デジカメ事業立て直し リストラ、新機種…復権急ぐ」
 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20050604-00000018-san-bus_all

 「オリンパスなど老舗カメラ三社」とは、オリンパスペンタックスコニカミノルタのことであり「ニコンキヤノンは、高価な一眼レフ型を伸ばして収益を確保」しているというのだ。それに対してオリンパス、ペンタックス、コニカミノルタの3社はいずれも比較的廉価なコンパクトタイプが中心であり、デジタル方式なってから参入した電機メーカー各杜との価格競争となり、1年間で10〜30%も下落したことが赤字の要因となったようである。

 いずれにしても、カメラ5社の勝ち組、負け組みがはっきりしたと言うことだろう。カメラ5社と書いたが、一般の消費者にはカメラメーカーとして馴染みの会社ではあが、その実態はと言えば、ニコンは半導体製造装置の大手であるし、キヤノンはご存じの通りコピー機、プリンタで多くのシェアを持っている。オリンパスは医療用機器のメーカーでもあるし、コニカミノルタは経営統合前のミノルタからのOA部門引き継いでいる。ペンタックスもまたカメラのみに留まらない総合光学機器メーカーである。

 ただ面白いのは、先に書いた2社がカメラメーカーとして、フィルムの時代から確固としたブランドイメージを確立しつつカメラ以外の分野にも積極的に手を伸ばし、現在ではむしろそちらの分野で多くの利益を上げながら、カメラ部門でもしっりと利益を確保しているのとは対照的に、先の報道で名前をあげられた3社はカメラメーカーとしてはいずれも所謂2番手以降のメーカーとして一般には認知され、さらにカメラ部門が他部門の利益を食いつくし赤字となっていることである。

 かつてカメラはカメラ屋さんが作るものであり、他の業界からの参入が極めて少ない分野であった。ところが、デジタルカメラが出現、大手の電機メーカーがこぞってこれに参入したことで、長年5社(富士写真フィルムを入れて6社か)で安定的に分け合っていたシェア、勢力図を一気に書き換えるに至っている。

 3年前にコニカとミノルタが経営統合しカメラメーカーが淘汰の時代に入ったことを一般消費者にも印象付けたが、更にこれからの数年、旧来からのカメラメーカーと新参の電機メーカーのシェアと利益の争奪戦が繰り広げられることになるのだろう。3年後の勢力図がどうなっているのか、楽しみである。

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 いつもながら、今日の話題とは何の関係もない1枚。東京都下某所にて。


3 Jun. 2005   郷秋<Gauche>のお薦めアルバム その1

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 郷秋<Gauche>はバッハ(J.S.)がお気に入りなのです(上のピアノの鍵盤の写真をクリックしてみてくだい)。彼の膨大な作品の中でも無伴奏チェロ組曲、平均律クラヴィア曲集、フーガの技法そしてゴルトベルク変奏曲あたりが特に好きな作品。

 今日はその中からゴルトベルク変奏曲(BWV988)をお薦めしたいと思います。この作品はロシア公使ヘルマン・カール・フォン・カイザーリンク伯爵のために書かれた作品で1742年に「クラヴィア練習曲第4部 さまざまな変奏をもつアリア」として出版されていますが、現在ではこの曲を伯爵のために演奏したバッハの弟子、ヨハン・テオフィール・ゴルトベルクの名前ちなんでゴルトベルク変奏曲と呼ばれています。

 本来チェンバロで演奏するために書かれたこの作品も後にはピアノで演奏され、さらには近年では鍵盤楽器以外の楽器で演奏されることも多くなっています。

 この「弦楽合奏版」もそんな中の一枚で、ヴァイオリン奏者でもあるドミトリ・シトコヴェツキーが編曲したものです。シトコヴェツキーはこの弦楽合奏版以前に弦楽三重奏への編曲を試み好評を得ていましたが、おそらくはより多くの可能性を信じてさらに弦楽合奏版の編曲を手がけたのでしょう。

 私はシトコヴェツキー自身のヴァイオリン、ジェラール・コセのヴィオラそしてミッシャ・マイスキーのチェロによる弦楽三重奏版のアルバムも聴いていますが、弦楽合奏版が出てからはこちらのほうを聞くことが多くなっています。

 グレン・グールドの録音が名盤の誉れ高く(1955年と1981年、新旧2録音)お聴きになられている方は多いかと思いますが、たまには気分を変えて、弦楽合奏によるゴルトベルク変奏曲はいかがでしょうか。

弦楽合奏版   : Sitkovetsky / New European Strings(写真) ワーナーミュージックジャパン / WPCS21209
弦楽三重奏版 : Sitkovetsky(Vn), Causse(Va), Maisky(Vc)  Orfeo / ORFEO138851(輸入版)


2 Jun. 2005   和風に散歩

 郷秋<Gauche>は毎週末に10Kmの散歩に出かけます。その様子はこちらに掲載しておりますので、ご覧くださった方もいらっしゃるかも知れませんね。

 週末の本格的な散歩だけではなく、天気のよい日の昼休みにふらりと散歩に出かけることもあります。勿論1時間弱の間に食事もしなければなりませんのでホンの短い散歩ですが、リフレッシュすることで午後の仕事の能率もグッとアップします。駅前の商店街の本屋さんまでぶらぶら歩くこともあるし、こんなところを歩くこともあります。

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 おいおい、お前のオフィスは何処にあるんだ?と言われそうですが、一応東京都内なんです・・・いや、文字面から言えば間違いはないけれど、正しくはありませんね。「都内」は23区内をさす言葉だから正確には都下、ですね。でもこれがホントに東京かと思うほど静かな所なんです。郷秋<Gauche>とっておきの昼休みの散歩コースです。

 皆さんも昼休みのチョイ散歩、いかがですか。忙中閑あり、ですぞ。


2 Jun. 2005   何の芽?

050601_004.jpg (33979 バイト) 枝豆です。先月の15日に種を蒔いた枝豆が数日前から芽を出し始め、一番元気なものは10cmほどまで伸び、本葉が出てきたものもあります。早くビールのつまみにしたいという思いのあまり(採りたての枝豆は、ホントに美味しいんです!)蒔いた時期が少し早すぎたようで、なかなか発芽せず心配していたところでした。
 同時に蒔いたオクラはまだ芽を出さないのですが、どちらも種の袋には発芽温度が25度と書いてありましたからホントはもう少し気温が上がってから蒔くか、地温が上がるように畑に黒いビニールシートを引いたりしなければならなかったのですね。それをしなかったので発芽まで時間がかかったのでしょう。このところ気温が低い日が続いていましたので発芽が遅くなるのも仕方がありません。発芽温度を少し甘く考えすぎていたようです。

 同じ日に蒔いた月見草もようやく芽を出し始めました。こちらは種を蒔いた幾つかの鉢に入れた土の水持ちが悪かったようで、そんな鉢の発芽が遅れています。枝豆の種はまさしく「大豆大」ですから、出てくる芽も最初から大きいけれど、月見草の種はとっても小さいくて、ホントに大きくなるのかな?と心配になるくらい小さな芽を出します。去年と比べると発芽までも時間がかかったし、花が咲くまでちょっと心配です。

 

 


1 Jun. 2005   テイクオフできるか、国産旅客機

 昨日の日本経済新聞に「国産航空機、海外を開拓」という記事が掲載されていた。
 川崎重工業他の航空機メーカーが、防衛庁が開発中の哨戒機・輸送機を民間旅客機に転用する方向で検討に入った。1972年に製造が終了したターボプロップ旅客機YS-11以来途絶えていた国産機の製造・輸出の再開を目指すのだという。昨年末、武器輸出3原則の緩和で、防衛庁が絡む航空機の海外販売のハードルが低くなったことによるものだ。

 防衛庁・川崎重工業が開発を進めているのは海上自衛隊の(対潜)哨戒機P-3Cの後継機となるP-Xと航空自衛隊のジェット輸送機C-1の後継機、C-Xである。

 P-Xは全長約37m、全幅35m。低翼に4機のターボファンエンジンを装備したもので全長、全幅は国内ではANAが導入しているエアバスA320-200(166席)の37.6m、34.1mに極近く、これを転用し150席級(注1)の旅客機にしようとするものである。P-Xはその哨戒機としての必然性から4発のターボファンエンジンを装備するが、旅客機としては過剰装備であり、旅客機バージョンは当然双発となろう。

 同時に開発されるC-Xは全長約42m、全幅41mの高翼双発の輸送機でエアバスA310(210〜250席、国内の航空会社では未導入)に近い大きさである。P-XとC-Xはまったく異なる機体ではあるが、開発が同時期となったために、コックピットや主翼などは可能な限りの共通化が進められてはいるらしいが、それでも開発費の総額は3,400億円が見込まれている。防衛庁への納入予定機数はP-Xが80機、C-Xが40機とされているが、派生機種として民間用旅客機を開発し海外に販売することで開発費の相対的低廉化を狙ったものである。

 150〜160席の旅客機はボーイングの737とエアバスA320-200とが世界のマーケットを寡占しており、ここに割って入ることは容易なことではない。勿論、市場調査のための補助を支出する経済産業省も、川崎重工業としても十分承知のことではあろう(注2)。がしかし、航空機産業は自動車産業同様裾野が広く、技術・経済波及効果が大きいことからも、絶えて久しい国産旅客機を望む官民からの声は日に日に大きくなっていることも確かである(注3)。この機を逃さずぜひともこれを実現して欲しいものである。

 注1:新聞報道では100席程度とされているが、既報の全長・全幅からここでは筆者の判断で150席級とした。
 注2:ボーイングとの合併前にマグダネル・ダグラス社が製造していたDC-9、MD-81/82/83/87/88/90(130〜
    160席級、日本ではJAL(旧JAS)が81/87/90を運行)が退役を迎える時期であり、この後継機種として
    売込みのチャンスはあろう。
 注3:三菱重工業が中心となった小型ジェット旅客機「MJ」(70〜90席)の計画・開発も進行中である。

 P-XおよびC-Xのモックアップの写真と関連記事をこちらでご覧いただけます。

 旅客機の話題のついでにご紹介。郷秋<Gauche>お気に入りの、ビジネス・ジェトのようにスマートな小型旅客機、CRJに関する情報を集めたリンク集、CRJ Linksです。

 


31 May. 2005   USB接続の電卓兼テンキーボード

 私が愛用するノートPCには、当然、独立した10キーボードが付いていない。だからExcelでたくさん数字を入力する時には結構面倒だ。そこで登場するのがこの電卓兼10キーボード。「なんだ、普通の電卓じゃん(郷秋<Gauche>はにわか浜っ子だ)」、と言う前に下の写真をよ〜く見て欲しい。

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 透明タイプなのでちょっと見にくいけれど電卓の頭から出ている線がUSBのケーブルで、これをPCのUSBポートに接続すると外付けの10キーボードとして認識される。電卓と10キーボードの切り替えはPC/CALのボタンで行う。

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 押すたびにPC/CALが交互に切り替わり、PCモードの時には電卓のディスプレイには「------------」と表示される。Excelの場合には数字を打ち込みエンターキー(+のキー)を押すと選択されているセルに数字が入力され、Wordの場合にはダイレクトにその数字がカーソルの位置に入力されるんだ。

 便利なのが電卓での計算結果をExcelやWordに転送できる機能。Word では勿論だけれどExcelを使っていても、計算式を入れるほどでもなく手元の数字の計算結果だけを直接入力したい時は結構あるものだ。

 こんな時にはPC/CALのボタンで電卓モードを選択し(電卓のディスプレイは通常の電卓と同じ表示)、例えば12×12=とキーインするとディスプレイには144と表示される。当たり前だ、電卓なんだから。しかしだ、ここからが「技」。144と表示されている状態で「送信」ボタンを押すんだ。するとだ、選択されたセルやカーソル位置に144という数字が入力されるんだな、これが。

 このUSB接続電卓兼10キーボード、USBケーブルを取り外せば勿論普通の電卓として使えるし、つなげば10キーの他にカーソルを上下左右に移動させるキーもある優れもの。みんな知っているようで結構知らないんだな、これを。ノートPCと一緒に外付け10キーボードを持ち歩いているあなた、いつまでもそんなもの使っていないで早くこれに買い換えなさい!

CASIO 10KEY DENTAKU  実売価格は4,000円程度。
Canon テンキー電卓     実売価格は3,000円程度。


30 May. 2005   F1 第7戦ヨーロッパGPを振り返る

 郷秋<Gauche>は予選前の27日に、今GPの見所についてこう書いた。
   1. 2戦連続ポール to フィニシュのマクラーレン・ライッコネンがその記録を
     伸ばせるか。
   2. モナコGPではタイヤに泣いたアロンソは表彰台に復帰できるのか。
   3. 前戦で、誰よりも早く走っていたミヒャエルの地元での復活はあるのか。

 結果はと言えば、ライッコネンの連勝記録への望みは残り1周の時点で潰え、アロンソは表彰台の一番高いところに返り咲いた。

  ヨーロッパGP決勝レースの結果

  1位:フェルナンド・アロンソ / ルノー
  2位:ニック・ハイドフェルト / ウィリアムズ
  3位:ルーベンス・.バリチェッロ / フェラーリ
  4位:デビッド・クルサード / レッドブル・コスワース
  5位・ミヒャエル・シューマッハ / フェラーリ
  6位:ジャン-カルロ・フィジケラ / ルノー
  7位:ファン-パブロ・モントーヤ マクラーレン・メルセデス
  8位:ヤルノ・トゥルーリ / トヨタ

 シリーズ・ランキング上位2人のマシンは共にミシュラン・タイヤの激しい磨耗に悩まされたが、4輪が満遍なく磨耗した(ように見えた)ルノーは最後までは走り切り、右前輪にフラット・スポット(偏磨耗)を作ったマクラーレンは振動によるストレスをサスペンション・アームに蓄積しついには破断、リタイヤに至った。

 週末の3日間を通して1セットのタイヤを使用するレギュレーションが演出する波乱によって今年のレースがスリリングになっていることは確かであるが、レース中のグリップ重視の余り耐久性が犠牲にされている様は2レースの間酷使されるエンジンが存外問題を露呈しないのと対照的である。

 ミヒャエルは予選10番手からスタートし5位でフィニッシュしたが、これを「波乱のレースの中、ベテランらしく上手くまとめた」と言って良いやら悪いやら、精彩に欠けていたことだけは明らかである。まあ、レース中のファステスト・ラップタイムは6位に当たる1'31.503であるから順当な結果とは言えよう。

 BAR勢は予想の通り苦しいレースとなったが、レース中のファステスト・ラップタイムはバトン11番手、琢磨12番手と、厳しい条件の中ではまずまずの結果となった。残念なのは琢磨のフロントウイング破損による緊急ピットインで、これがなければ入賞の可能性もあったはずである。なぜならば、7位でフィニッシュしたファン-パブロの1'31.807に次ぐ1'31.889で周回していたからである。

 さて、6月のF1サーカスは大西洋を渡り北米大陸2連戦となる。第8戦カナダGPが開催されるジル・ビルヌーブ・サーキットはここ2戦の低速コースとは打って変わって高速コース。マクラーレン、ルノーの有利は揺るがぬものと思うが、これに次ぐチームの戦略は如何に。

 2戦連続表彰台を獲得したウィリアムズは速さの真贋がここで明らかになることだろう。BARホンダの2列目、3列目発進を期待すると共に、父の名を冠したサーキットでのジャックの戦いぶり、今GP4位フィニッシュと気を吐いたベテラン、クルサードの意地にも注目したい。

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 さて、今日の1枚。やっぱり今日の話題とは関係がないけれど、白い薔薇の蕾。


29 May. 2005   『青春の門』の人気が再燃(しているらしい)

 五木寛之の『青春の門』の人気が再燃しているのだと言う。昨年秋から漫画雑誌に連載、さらには今年3月にはTVドラマが放送されたのがどうやら今回のブーム再燃の要因のようである。

 私が初めて『青春の門』を読んだのは確か1973年のことだったと思う。読んだのは勿論第1部筑豊篇。既に刊行されていた自立篇を続けて読んで、後は刊行されるたびに購入し(勿論ハードカバーだ!)第6部再起篇まで読んだ。ところがその後はさっぱり続編がでてこない。全12部24巻出ると言うので全巻揃った時のことを楽しみにずっとハードカバーを買い続けていたというのにだ。

 そしていま、あらためて調べてみて驚いた。再起篇が刊行されて13年後の1993年に何と挑戦篇なる第7部が出ているではないか。知らなかったから、これは当然読んでいない。それから12年経ち第8部が刊行されたのをきっかけに人気再燃と言うのならいざ知らず、漫画が呼び込んだブーム再燃では、ちょっと情けないぞ。

 そうは言いながらも第7部が出ていたと知れば、遅まきながらも読まざるを得まいと思って更に調べてみると、案の定ハードカバーは既に絶版!やっぱりな。ネット古書店で探すしかないか・・・。

五木寛之著『青春の門』刊行状況(いずれも講談社より刊行)

 第1部 筑豊篇(上)1970(S.45)
 第1部 筑豊篇(下)1970(S.45)
 第2部 自立篇(上)1971(S.46)
 第2部 自立篇(下)1972(S.47)
 第3部 放浪篇(上)1973(S.48)
 第3部 放浪篇(下)1974(S.49)
 第4部 堕落篇(上)1976(S.51)
 第4部 堕落篇(下)1977(S.52)
 第5部 望郷篇(上)1979(S.54)
 第5部 望郷篇(下)1979(S.54)
 第6部 再起篇(上)1980(S.55)
 第6部 再起篇(下)1980(S.55)
 第7部 挑戦篇(上)1993(H.5)
 第7部 挑戦篇(下)1993(H.5)

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 さて、今日の1枚。例によって今日の話題とはまったく関係がないけれど、薔薇の花。薔薇は種類が多くてひとつひとつに付けられた素敵な名前まではまったく?です。

 今日の恩田の森の様子はこちらからご覧ください。

 恩田Now 


28 May. 2005   ヒューマン・フェイル・セーフ機能

今年に入ってから、大事には至らなかったけれど、これが30回繰り返えされると31回目には大きな事故になるぞというような航空機の小事故が頻発している。記憶に新しいところでは4月29日夜、閉鎖されているはずのA滑走路に管制官が誤ってJAL機を誘導着陸さてしまったと言うもの。これは管制官側に原因の多くがあったけれど、その他頻発している事故・トラブルの多くはJAL機に発生している。JR福知山線の事故以来、航空機を含めた公共交通機関のトラブルがすぐにニュースになってしまう傾向が続いているけれど、またまた起こってしまった。今度はANAだった。

 こんな事件だ。5月4日、午後2時前に勤務が終わり翌朝7時50分の羽田への折り返し便に乗務する予定で秋田に宿泊していた運航乗務員3名と客室乗務員5名が、社内規定の「乗務前12時間以内の飲酒禁止」を1時間半以上オーバーして飲食。まずいと判断した運航乗務員(つまりパイロットだ)が午前1時に社に連絡をし、交代要員に指名された副操縦士が機長を自分のクルマの助手席に乗せ、羽田を5月5日午前2時に出発。高速道路約550kmを飛ばし(高速道路を走ってという意味だ、勿論)、同7時半に秋田空港に到着。手早くブリーフィングを済ませ、同58分に羽田に向けて出発した。

 確かに事故にはならなかったし、社内規則の違反に気づいた後で社に連絡をし交代要員が駆けつけ代行運行したわけなので、果たして報道される程のものなのかという疑問もある。どうも大きな事故・事件の後はマスコミが過剰に反応するキライがあっていけない。社内規則違反であったことは事実でも「まずい」と判断し処分覚悟で社に報告した行為は、ヒューマン・フェイル・セーフが機能したともいえるわけで、無責任な隠蔽体質で凝り固まっている旧政府系企業の社員のモラルと比較すれば十分評価できよう。

 問題があるとすれば、深夜、秋田空港までの約550Kmを自分でクルマを運転し、その直後に満席ならば200名以上が搭乗しているヒコーキを飛ばしたことだろうな。10時間前にビールをジョッキ2杯と酒を2合飲んだのと、深夜の550Kmドライブの後の飛行機操縦、どちらが安全なのだろうか。

 もうひとつ郷秋<Gauche>として気になったのは羽田から秋田空港に駆けつけた副操縦士のクルマがどうなったんだろうかということ。きっと翌日のANA便で秋田まで飛んで、自分で運転して帰って来たんだろうな。クルマとヒコーキで羽田―秋田間2往復、お疲れさまでした。それにしても秋田から羽田まで会社の767を飛ばすのと自分の530i(郷秋<Gauche>の勝手な想像)を飛ばすの、どっちが疲れるんだろう。今度Mキャプテンに会ったときに聞いてみようっと。

 事件の詳細は こちら こちら をご覧ください。

 

 写真は今回話題になったANAの767の同型機(同一機の可能性は1/34)。2002年12月4日、福岡空港で撮影


27 May. 2005   F1 第7戦ヨーロッパGP開幕

 2005年シーズン開幕から2週間のインターバルで開催されてきたF1 GPだが、第7戦は前線モナコGPから間を空けずの開催だ。

 ヨーロッパGPが行われるニュルブルクリンクは、全長22km、174ものコーナーを持つオールド・コースがつとに有名であるが、現在のF1は5.148Kmの新しいコースで行われる。オールド・コースはスポーツカーを名乗るクルマの数々がそのドライブフィールを磨くことでも知られるが、41年前にホンダ最初のF1マシンとなったRA271が初めて走ったGPコースでもある。

 このニュルブルクリンクにBARホンダのマシンと二人のドライバーが帰ってくる。昨年のヨーロッパGP決勝レースでは惜しくもリタイヤとなったが、佐藤琢磨がポール・ポジションのミヒャエルに0.635秒差で2位を獲得、フロント・ローから発進したというゲンの良いサーキットである。

 2戦欠場となりその間にマシンの熟成を進めてきたBARホンダではあるが、不安材料もある。その一つはエンジン。1台のエンジンを2レースで使用しなければならない今年のレギュレーションに従って、BARホンダにとっての前戦つまりサン・マリノGPで使用したエンジンを使用しなければならないことだ。5週間もの間封印されていたエンジンが果たして今週末3日間の酷使に耐えられるのか。もしフリー走行でトラブルが出てエンジン交換となれば予選結果の10番降位のルールが待っている。

 もうひとつの不安材料は予選の出走順である。今GPから、これまでのように2回行われた予選の合計タイムではなく、土曜日の予選のタイムのみでスターティング・グリッドが決まるから一発の速さが求められる。予選は前戦決勝レース結果の逆順で行われるので、モナコGP欠場のBARホンダが1番手、2番手での登場となるのだ。

 天候が変わらないという前提で言えば、予選の出走は遅ければ遅いほど有利となる。これは後になればなるほど、前に走ったマシンのタイヤラバーの路面への付着が多くなりグリップが向上するからなのである。

 レーシングカーのタイヤは乗用車のタイヤと異なり、路面との摩擦によりタイヤ表面のラバーが溶けて路面と密着することでグリップを得るように作られている。だから前に走ったマシンが路面にラバーをたっぷりと着けてくれた後を走ればグリップの向上と共にコーナリングスピードが上がるというわけである。

 そんな不利な条件の中でBARホンダチームが、そして二人のドライバーがどんな戦いを繰り広げるのか楽しみではあるが、欠場の間に熟成を進めたマシン・エンジンの成果が試されるのは次のカナダGPであり、今GPには余り多くの期待はしないほうが良いだろう。

 そんなヨーロッパGPの見所は次の3つ、と言っておこう。

  1. 2戦連続ポール to フィニシュのマクラーレン・ライッコネンがその記録を伸ばせるか。
  2. モナコGPではタイヤに泣いたアロンソは表彰台に復帰できるのか。
  3. 前戦で、誰よりも早く走っていたミヒャエルの地元での復活はあるのか。

 さて、どんな週末になるのか、楽しみである。



 今日の1枚は、なんとか躑躅。


26 May. 2005   スウェーデンが1位

 通勤のクルマの中で聞いているJ-Wave、Good Morning Tokyoの中のClick On News!で「国をブランド」とするとトップはスウェーデン、日本はイギリス、イタリア、米&独に次ぐ5位であったという国際調査の結果が話題になっていた。

 この手の調査結果は、いったい誰が何処で誰を対象にどんな質問項目で実施したのかを確かめないといけないのだが、放送の中では勿論そんなことには触れられていなかった。だから、果たして信頼できるな結果なのかどうかは甚だ怪しいのだけれど、私だって日・英・伊・独・米・瑞の各国をブランドに見立てれば、やっぱりスウェーデンを選ぶ。フランスやスイスが何位にランクされたのか知りたいけど。

 日本でもスウェーデンは高福祉国家として知られる存在だけど、他にはどんなもの(こと)が高いブランドイメージに結びついているんだろう。

ABBA
  Dancing Queenを耳にしたことのない人はいないだろうな。
ニルスの不思議な旅
  NHKで放送したアニメをご記憶の方も多いだろう。
ステファン・ヨハンソン
  マクラーレンやフェラーリにも乗った元F1パイロット。
SAABVOLVO
  人口900万の小国(面積は日本の1.2倍)なのに自動車メーカーが
  2つもある。
THULE
  VOLVOの屋根の上にはこれ、ですね。
スウェーデンハウス
  日本で一番売れている輸入住宅なんだって。確かによく見かけるな。
エレクトロラックス
  スウェーデンハウスのモデルハウスの冷蔵庫・洗濯機・食洗機はこれ。
イノベーター
  スウェディッシュ・モダンな家具。スウェーデンハウスに似合うぞ。
ハッセルブラッド  こちらの方が良くわかるかな?
  カメラはこれ、クルマはVOLVOのワゴンというのがバブル期のコマー
  シャル・カメラマンの典型的スタイル。
エリクソン
  日本じゃソニー・エリクソンの携帯電話。ノキアはお隣のフィンランドだよ。
SAS
  A340でコペンハーゲンに飛んでCRJにトランジットかな。

 スウェーデンと聞いて私が思いつくのはこんなところ。少なくともコートジボアールのことよりは知ってる、かな?

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 今日の1枚は紫蘭(シラン)です。


25 May. 2005   不評?!

 どうも郷秋<Gauche>のblogは評判が余り(実はカナリ)よろしくないらしい。何故かと言えば、話題が支離滅裂だと言うのだな。そもそも、タイトルに付けられた「宣伝文句」がインチキだと言うのだ。

 あの「宣伝文句」から、チェロを中心としたクラシック音楽とたおやかな自然の営みを優しく綴ったblogだと思い、心の安らぎを求めてやって来たというのになんだ!騒音を撒き散らすおかしなクルマで同じところをグルグル回る話だとか「レーザー露光熱現像転写銀塩方式」(5月4日の話題)だとか、まったく頭が痛くなるぞ、と。

 大体がだ、いい歳をしてどうしてお前はトミカのミニカー(いやいや、あれはあれでナカナカの優れ物ですぞ。たった1ドル(360円の、ことだ・・・いかん、歳がバレル!)でウイリアムズ・ホンダFW11Bやロータス・ホンダ99Tをあそこまで忠実に再現するなんぞは、なかなかできることではな。そもそもそう言うあなただって、あれがトミカだとひと目でお判りになったあたりは、アヤシイ!)なんかを後生大事に持っているんだという、御もっともな指摘と共にお叱りを頂いておるのです。

 そうは言われても、好きなものは好きなんだから仕方がないのですと、穴があったら入ってしまいたい郷秋<Gauche>なのであります。スゴ、スゴ・・・。そんな郷秋<Gauche>的支離滅裂、郷秋<Gauche>的混沌がお嫌にならない方の、また明日のご来店をお待ち申し上げております。

店主軽薄

 支離滅裂と言われても、めげずに今日の1枚。実はこの花、調べているんだけれど名前が判らないのです。ご存知の方はぜひご一報を!

 5/26追記:この花の名前がわかりました。「カルミア」です。亜米利加石楠花(アメリカシャクナゲ」の別名があるようですが、そう言われれば似ているような気も・・・。hanaさんが教えてくれました。hanaさん、ありがとうございました。


24 May. 2005   郷秋<Gauche>のお薦め文具 その1

 世の中には、知っていれば便利な物が結構ある。大げさな物ではなくホンのちょっとしたお助けグッズだ。文具の類に多いかな、というわけで今日はこんなものをご紹介。

 A4のコピー用紙を30穴のルーズリーフに変身させるパンチである。もう20年以上前からあるからご存知の方、お使いの方もおられるだろうが、初めて見る方にはどう使うのか写真からでは想像がつかないかも知れないな。

 右手の定規のようなものが「ゲージ」で、ゲージと用紙に噛み付いているのが「パンチ」だ。

 まずは、左綴の本の表紙をめくるようにゲージの青い部分を上げて、口を開けたゲージに穴を開けたい用紙を差し込み、用紙が突き当たったら開いていた青い部分で紙を挟み込むようにパタリと閉じる。

 閉じた青い部分とベース(黒い部分)には磁石が仕込んであるので挟んだ紙は動かなくなる。この状態のゲージの手前側を右手で掴むとゲージのベース左側部分が用紙から離れる。離れた部分をクルリと右手の下側まで回して指で掴む。

 用紙を挟んだゲージを右手に持ったまま、左手でパンチを持ちゲージの青い部分に5箇所ある凹みにパンチの凸部分を合わせてセットする。パンチを握る手に力を入れて穴を開ける。

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 一度に開く穴は6つ。ゲージの凹にパンチの凸を合わせてパンチ、これを5回繰り返しゲージから用紙を抜き取ると、あ〜ら不思議。用紙の左端にパンチ穴が30個ずらりと並んだA4サイズのルーズリーフの出来上がりである。

 実際に穴を開けるのは簡単だけれど文字だけで説明しようとすると、難しいぞ!これが国語の試験だったら60点取れずに再履修だな。トホホ。

 最近ではプリンターで打ち出したものやコピー物が多くなり、手書き中心のルーズリーフの出番が少なくなっているけれど、これならA4サイズにコピーやプリントされたものをルーズリーフのバインダーに綴じて利用することが出来る。勿論A4よりも小さなメモ用紙にもパンチすることも出来るから、大切なメモがどこかに紛れてしまうこともなくなる。

 この30穴パンチは一度使うと手放せなくなるほど簡単便利な優れものなのです。

カール事務機器  ゲージパンチ GP-30
穿孔能力:5枚
サイズ:A4(30穴)対応
カラー:ブルー/イエロー/レッド
税込価格(本体価格) 2,415 (2,300)
*B5(26穴)用のGP26もあります。


23 May. 2005  F1 モナコGPを振り返る

 モナコGP決勝レースの結果

   1位:キミ・ライッコネン / マクラーレンメルセデス MP4-20
   2位:ニック・ハイドフェルド / ウイリアムズBMW FW27
   3位:マーク・ウェーバー / ウイリアムズBMW FW27

 ライッコネンは2戦連続のポール to フィニッシュ、通算4勝であった。ミヒャエルの次を担うドライバーと目されながらの5年間、決して多くの優勝を重ねて来た訳ではない。しかし、ここ2戦のポール to フィニッシュは大きな自信となったことだろう。特にモナコGPでの勝利は他のGPにおける数回分の価値ある勝利である。たかがジンクスと言うなかれ、モナコGPのポールシッターは勝てないというジンクスを破ったことも、おそらくは強い自分を自覚する大きな力となることだろう。

 24周目、ミラボーでのパトリック・フリーザッハー(ミナルディ)のスピンによるペースカー導入、タイヤが原因と思われるルノーのペースダウンなどいくつかの波乱が、期待通りの面白いレースを演出してくれた。

 郷秋<Gauche>としてはアロンソ、ライッコネン、ミヒャエル三つ巴のトップ争いを期待していたけれど、既述のとおりアロンソはタイヤのトラブルでペースが上がらず結果4位。8番手スタートのミヒャエルもフリーザッハーがコースを塞いだ際にクルサードのマシンに乗り上げフロントウイングを失い緊急ピットイン。順位を更に落とし、7位フィニッシュが精一杯のレースであった。

 しかしだ、レース中誰が1番速くコースを回ったのか、誰が1番速かったのかに着目するとこのレースの隠された一面が見えてくる.

 ファステスト・ラップ順位

   1位:ミヒャエル・シューマッハ / フェラーリ 1'15.842(40周) 300.2 Km/h
   2位:キミ・ライッコネン / マクラーレン   1'15.921(41周) 298.0 Km/h
   3位:フェルナンド・アロンソ / ルノー    1'16.600(19周) 299.6 Km/h

 昨日のレースで1番速いラップを記録したのは何と7位でゴールしたのミヒャエルなのである。300km/hを越えるトップスピードをマークしたのもミヒャエルただ一人だ。2位のニック・ハイドフェルトのファステストラップは18台中9番目の 1'17.159 (15周)、3位のマーク・ウェーバーも同7位の1'16.971に過ぎない 。速いから勝てるとは限らないのがレースである。

 全19戦の今年、モナコGPで6戦、1/3が終了したことになるが現時点でのドライバーズ・ランキングのトップは49ポイントのアロンソ、2位は27ポイントのライッコネンそして18ポイントでウェーバーが続いている。ミヒャエルはと言えば、サン・マリノGPの2位8ポイントが効いて何とか12ポイント、9位という状況だ。

 さて、そんなこんなの結果とデータから何を読み取るかだ。チャンピョン争いはライッコネンとアロンソに絞られたと言っていいだろう。問題はやはりフェラーリ、シューマッハだな。そのフェラーリのウイークポイントはずばりタイヤ。先のファステスト・ラップ順位ではわかるとおり、フェラーリ、シューマッハは決勝レースでは速く走れるのだ。問題は予選。何が災いしているのかわからないが、とにかくどこかで歯車が上手く噛み合っていない。その「何か」が解決すれば、速いフェラーリ、ミヒャエル・シューマッハは帰ってくる。

 ライッコネンかアロンソか。シーズン終盤になってチャンピョンシップの行方を左右する鍵を握るのはミヒャエルであるような、そんな予感がしてならない。



 さて、今日の1枚。今日の話題とはまったく関係がない桃色昼咲き月見草(モモイロヒルザキツキミソウ)。恩田の森 >> 恩田Now5/23の項にも別ショットを掲載してあります。あなたはどちらがお好み?


22 May. 2005  来た来た

モナコGP予選1回目の結果

  1位:キミ・ライコネン / マクラーレン
  2位:フェルナンド・アロンソ / ルノー
  3位:マーク・ウェーバー / ウイリアムズ

 エンジン順で言えばメルセデス、ルノー、BMWだ。ホンダエンジンがいないのが寂しいぞ!

 ほら、18日に書いたとおりライッコネンとアロンソが来たでしょう。って、これは順当であって特に難しい読みじゃないから自慢するほどじゃないな。三つ巴の一角、ミヒャエルが11番手とやっぱり沈んでいる。相棒のルーベンスも10番手でグリッドの真ん中に2台のフェラーリが並んだ格好だけれど、同じチームの一定レベル以上の力量のドライバーが並ぶと言うことは、そのマシンの力がその程度ということなんだ。

 でも、大丈夫。日本時間17時からの予選2回目ではミヒャエルは少なくとも3列目までには来る。そしてレース中盤以降では表彰台争いにしっかりと加わっているから。 それにしても今年のフェラーリのマシンはホント、不調だね。マシンと言うよりはタイヤが足を引っ張っているように見えるけど。フェラーリのオクツは日本製、ブリジヂストンだから頑張ってもらわないと困る。浜島さん、頼みますよ。

 と言うわけで、F1モナコGPは今日、現地時間14時(日本時間21時)決勝レーススタートです。フジテレビでの放送はいつもよりも早い22:50からですのでお間違えなく。


21 May. 2005  山法師

050521blog.jpg (30769 バイト) 我が家の庭木には梅も桜も猿滑りなく、ちょっと色気に欠ける。春になって最初に咲くのが紅白の亜米利加山法師(アメリカヤマボウシ、別名花水木(ハナミズキ))。次がえご。えごが終わる頃、楠と山法師がほぼ同時に花を咲かせるが楠の木の花はっても地味で、これを楽しむ人はいないだろうな。

 山法師の花は清楚で、私は好きだ。我が家の山法師は一本立ちと株立ち、二本ある。えごは断然株立ちが美しいけれど、山法師はどちらの樹形も捨てがたい。

 山法師が終わって梅雨に入る頃に咲くのが夏椿(ナツツバキ、別名紗羅木(シャラノキ))。紗羅は株立ちの樹形が美しい。夏の間中楽しめる百日紅(サルスベリ)や凌霄花(のうぜんかずら)があるといいし、果実を楽しめる木も欲しいけれど、残念ながらこれ以上はもう植える場所がない。

 そんな訳で、今日の1枚は山法師。大きな花だけれど上を向いて咲くので下からだと気づきにくいし、写真もちょっと撮りずらいのです。


20 May. 2005  1ヵ月!

 郷秋<Gauche>の独り言をblog化してから1ヵ月が経った。しかもこの間毎日更新だから、かなりすごい! 4月20日、最初の記事となった「郷秋<Gauche>の独り言、ついにblog化!」に「使ってみればblogの方がメインになってしまうような気がしないわけではない」と書いたけれど、実に見事にこうなってしまった。

 確かに(gooの)通常のテンプレートの機能では一つの記事には写真を一枚しか載せられないとか、使えるHTMLのタグが限られている(例えば<mailto>が使えない)など、不満もあるけれど、システム全体としては実によく出来ている。作成・管理が簡単でHTMLやWebの仕組みをまったく知らなくても作成できること、読者(閲覧者)のコメント書き込みが可能であることから双方向性が保障されている点は、画期的だと思う。

 問題があるとすればバックアップかな。従来型のWebsiteでは、自分のPC側にサーバーに送ったものと同じデータが残っているので特にバックアップの必要もないけれど、blogの場合には自分のPC側にはデータが残らないからデータ保全のためにはどうしてもバックアップ作業が必要になる。ただしこれは(gooの場合)有料コースに移行すればとれるようになるらしい。

 従来版への掲載は遅れ勝ちになっているけれど5月分までは掲載し、その後はblog版のみとする予定である(勿論従来版はarchiveとして残すけれど)。また今月末までは何とか毎日の更新を続けたいと思っているが、6月以降はペースをちょっと落とすことになるかも知れないな。

 この1ヵ月間ご愛読くださった皆さんに感謝の意を表すと共に、書き手の励みとなりますのでご覧になられての感想、ご意見をぜひ「コメント」としてお送りくださるようお願いいたします。ではでは、また明日。

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 今日の1枚は大甘菜(オオアマナ)。地中海沿岸が原産と言われるこの花の別名は「ベツレヘムの星」。キリスト生誕の時に天に輝いた星が地上に砕け散ってこの花になったという伝説があります。


19 May. 2005  カタカナ語辞典

 カタカナで標記される言葉がますます増えている。特にPCやInternetが身近なものとなってからの増え方と言ったら、ない。
 私は「カタカナで標記される言葉」と書いたけれど、これを縮めて今は「カタカナ語」と言うようだ。ふた昔前まではカタカナで標記される言葉と言えば、つまり外来語のことだったけれど、最近では外来語以外でもカタカナで標記されることばが増えている。

お役所がさかんにカタカナ語(これは外来語が多いようだけれど)を使うのにも原因があるのかも知れないな。そしてそのお役所が、それではまずいからと日本語で表現することを試みたりしているから可笑しい。縦割り行政をカタカナで標記するとどうなるの?

 そんなこんなで意味不明のカタカナ語に出会うことが多い昨今、便利なのが「コンサイス カタカナ語辞典」だ。奥付けを見ると、最初はやっぱり「外来語辞典」であったようだ。初版発行は1972年。87年に第4版が出て、1994年にカタカナ語辞典に衣替えし2005年1月20日発行の第3版が最新版。カタカナ語約47,000語とアルファベット略語7,800語が収められている。

 コンピュータ用語辞典が必要なくなるほどPCやInternet関連の言葉もたくさん収録されている。確認はしていないけれど、2000年9月発行の第2版には載っていなかったであろうブログ(blog)もちゃんと掲載されている。総務省だか読売新聞だかは「簡易HP」と言い切ってしまったけれど、この辞典はこれまでの掲示板やホームページとの違いについてちゃんと説明してくれている。

 私は、多い時には日に4、5回もお世話になることもあり、大変重宝している。



「コンサイス カタカナ語辞典」(三省堂 本体2,900円)


18 May. 2005  F1 モナコGP開幕

 いよいよ明日、F1伝統の一戦モナコGPが開幕だ。F1モナコGPはインディ500、ル・マン24時間レースと並ぶ世界3大レースに数えられ、表彰式には今は亡きレニエ大公、グレース王妃も臨席していた格調高いGPだ(注:他のGPは金曜日のフリー走行で熱戦の火蓋が切られるが、モナコGPは木曜スタートがこれまた伝統である)。

 コートダジュール沿い、モンテカルロ市街地のガードレールをかすめて走り抜けるコースはF1サーキットの中で最もテクニックを必要とするコースと言われり、ここで数多くの勝利を手にしたドライバーはモナコ・マイスターと呼ばれる。1960年代のグラハム・ヒル(1996年のチャンピョン、デーモン・ヒルのパパだ)1990年代のアイルトン・セナ、そしてミヒャエル・シューマッハなどがその名誉を授かっている。

 名勝負が展開されることでもこのモナコGPは知られている。郷秋<Gauche>的最右翼はなんと言っても1992年のセナとマンセルの死闘だ。2位セナに圧倒的なリードを築きながら残り10周でスローパンクチァーを感じたマンセルがピットイン。タイヤ交換の間にセナがトップに立つも、圧倒的に速いウイリアムズのマンセルがあっという間にテール・トゥ・ノーズ。マンセルはノーズを左右に振ってセナにプレッシャーをかけるがセナは動じない。

 その4年前のレースも凄かった。セナが2位プロストに50秒以上のリードを築きながらも残り12周というところでトンネル手前のコーナーでまさかのクラッシュ。これもまた歴史に残る一幕。

 伝統のモナコGPに我らがBARホンダ、佐藤琢磨の姿がないのはチト寂しいが、若いアロンソ、ライッコネンそしてミヒャエル・シューマッハ、三つ巴のレースに期待しようではないか。フジテレビではいつもより早く22:55からの放送だ。各々方、くれぐれも見逃さぬようにな!

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 今日の1枚は勿論、マクラーレン・ホンダMP4/4。フロントノーズにはカーナンバー12が書き込まれているから、モナコのトンネル入り口でクラッシュしたセナのマシンだ。


17 May. 2005  blogは簡易ホームページか

 このニュースを見てビックリした。

 「簡易HP「ブログ」335万人が開設」。総務省の発表によれば、日記形式の簡易ホームページとして人気の高まっている「ブログ」の開設者数が、今年3月末時点で延べ約335万人にのぼり、2007年3月末には約782万人に倍増するとの予測をまとめた。という読売新聞のニュースである。

 blogって「簡易ホームページ」なのか?「日記形式」であることは確かだし、Websiteの成り立ちや仕組み、HTMLやFTPについての知識なしにWeb上に自分が作った情報を載せることが出来るのは確かだけれど、ちょっと違うんじゃないか?この定義の仕方は誤解をまねくよな。

 ならば何と言えばよいのか、人の言うことに反対ばかりしていて実現可能な自分の意見を言わないのでは某国の某政党と同じではないかと言われかねないので、郷秋<Gauche>としては精一杯考えて見るのだが・・・。

 「日記形式情報送受信用テンプレート」と言うのはどうだ。一番重要なポイントは「情報送受信」ということだ。情報発信ではなく、情報送受信。発信するだけではなくコメントやトラックバックという形で双方向の情報のやり取り、つまり情報の送受信が可能なのだ。Internetはインタラクティブなメディアだと言われながら従来のホームページは一方的に情報を送り付ける、情報発信型であった。blogは、まずこの点が異なる。

 第二のポイントは「日記形式」であること。小さなカレンダーに書き込んだ日がマークされ、簡単に過去に遡って書き込んだ情報を見ることができる。また予め自分が設定した内容毎に自動的に分類される。これを自分で、しかも一からHTMLで書いたりしたら大変だ。HTMLエディターを使ったとしてもかなりの時間と労力を必要とするだろう。

 第三のポイントは「テンプレート」であること。二番目とも関連するけれど、要するに穴埋め形式であり、記入を求められる枠の中に文字をなり情報を埋め込んで「投稿」のボタンを押せば自分でFTPソフトを起動させなくても書き込んだ情報がサーバー上に送り込まれるわけだ。

 二番目、三番目のポイントに着目して「簡易型ホームページ」と言うことは易いが、最初のポイントは従来型のホームページと大きく異なるものであり、「簡易型ホームページ」と一言で言い切ることに、私は賛成ではないな。

 私は従来型のホームページの中に、blogを取り込んでそれぞれのいいところを生かしたサイト作りをしているつもりだ。サービス提供会社によって少しずつ違いはするだろうが、このgooのblogページでは写真は一番上にしか表示できないようだけれど、前後の関係から最下段に表示したい時もある。そんな時には私は別に契約しているISPのサーバーに写真を載せ、その写真を表示するようにHTMLを書き込んだりしている。

 確かにテンプレートは便利だけれど、枠のないところに情報を載せたり、決められたルールから外れたことはできないという不便さがある。そんな時には自分で直接HTMLを書き込むのである。もっとこ設定上許されないタグを書き込むと無視されることにはなるのだが。

 いずれにしても総務省がblogを単なる「簡易版ホームページ」だと考えているのだとするとちょっと問題だなと、郷秋<Gauche>は思うのだがいかがだろう。
 待てよ、「簡易版ホームページ」と書いたのは読売新聞なのかな?

 今日の話題とは何の関係もないけれど、やっぱり今日も1枚。

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 プロペラ付きモミジの種だ。この季節、モミジ若葉の間に見えるピンク色の葉っぱのようなものの正体がこれだ。このプロペラで風を受けて種を遠くまで運んで行ってくれるんだな。


16 May. 2005  GPX小史

 GPXはレース毎に発行され、その結果を報じる所謂F1誌である。フジテレビによってF1が全戦放送され、日本人初のレギュラードライバーとして中嶋悟がロータス・ホンダからデビューした1987年に山海堂から創刊された。当時の誌名はGPXpressと言い、山海堂の「オートテクニック」の別冊扱いでの登場であった。翌88年には「オートテクニック」から独立し第1巻1号・通巻1号「'88直前号」が発行される。

 さらに90年の第1戦アメリカGPの結果を知らせる第3巻3号・通巻43号からは誌名をGPXと替えている。その後はレースの翌週土曜日(後に金曜日)に発刊するスタイルを基本に15年間レース結果を伝え続け、2001年シーズンが終わった後のカレンダー号刊行し、何の予告もなく消えていった。最終号は第14巻第21号・通巻287号であった。

 87年からの数年間はTVでの全戦中継、日本人ドライバー中嶋悟、続いて鈴木亜久里の参戦、アイルトン・セナのカリスマ的人気、ホンダエンジンの活躍とバブル絶頂期に向かう景気とが相互に作用しF1がこれまでにないブームになり、所謂F1誌もGPX後を追うように多数刊行されるに至った。

 創刊の87年当時はいまだ銀塩カメラの時代であり、日曜日にレースが終わるとフィルムを空輸し到着後に現像、書かれつつあった記事と現像からあがったばかりの写真をレイアウトして印刷・製本して書店に配送されていた。中5日で店頭に並べるのは並大抵の仕事ではなかったことは想像に難くない。

 デジタル方式の写真の品質が上がると同時に撮影直後に画像のデータが送られてくるようなり空輸時間分が短縮され金曜日には書店に並ぶようになるが、これとてレイアウト、印刷・製本にかかる時間は同じだから相変わらず忙しい仕事をしていたことになる。

 GPXが他のF1誌と大きく異なる点はその紙面の大きさである。創刊当初からB4サイズを採用しているのだが、大きな紙面見開きいっぱいに掲載された写真は見ごたえ十分であった。ただし印刷速度を重視したためなのか中質紙に近いラフな紙を使っていたのが残念であったが、これも後にはかなり改善している。

 もうひとつの特色はシーズン終了後に30×23cmという大判でハードカバー、本文が200ページを越える「総集編」を刊行していたこと。多くのF1誌がGPXに倣い総集編を刊行したが、その内容・体裁共にGPXの総集編に敵うものはなかった。税込価格が4,000近かったのが災いしたのか、95年シーズンでその姿を消してしまったのは残念である。カバーに配されたその年に参戦したのマシンのイラストは秀逸で資料性も非常に高いものである。

 さて、先に「2001年シーズン終了後何の予告もなく消えていった」と書いたが、まさにGPXは消えていったのであった。最終号となった通巻287号のどこを見ても、休刊あるいは廃刊という文字を見つけることは出来ない。だたしその兆候がまったくなかったわけではない。

 これまでのどの号にあっても最終頁には次号の発売予定日が記されていたのだが、287号にはこれがない。次号の予告があるべき頁にあるのは「Digital GXP」なるメール・マガジン無料配信開始という案内であるが、このメール・マガジンも程なく立ち消えとなっている。通常の雑誌類が休刊・廃刊も止むなしという状況とは違った、どこかキナ臭い終わりかたであった。

 さて、今日の1枚は勿論GPX。黄色地にセナの写真があるのが創刊号、モノクロの写真(マクラーレン・メルセデスを駆るミカ・ハッキネン)に赤いGPXのタイトルの号が最終の287号。プレ・創刊号があったはずなのだが、残念ながらどうしても見つけることができなかった。

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15 May. 2005  郷秋<Gauche>の種まき

 急に雷が鳴って雹が降ってきたりしたから、今日は種まき日和でもなかったけれど郷秋<Gauche>は頑張って種まきをしてみました。

 まずは月見草。気が付いたら昨年植えた鉢から芽が出でもう花を咲かせていましたので大慌てで種まき。確かに二年草、一見枯れてしまったような根っこから若い芽が出て、草丈は12、3センチだけれどもう花を咲かせていました。でも、何か印でもつけておかないと2年目の花が終わった鉢と今年初めて花が咲いた鉢を取り違えてしまいそうです。

 ありったけの鉢に種を蒔いたけれど、使った種は一つ包み。まだ5、6包みありますので育ててみたいと言う方はこれからでも遠慮なくご連絡ください。月見草に興味を持たれた方は5/10の項をご覧ください

 月見草の次はオクラと枝豆。どちらも発芽温度が25度だと言うのでちっと早い気もしたのですが勢いで蒔いてしまいました。枝豆は以前にも作ったことがありますが、虫にさえ気をつければ簡単で美味しいビールのつまみになります。

 オクラは初めてですが花もなかなか綺麗だし、これまたさっと茹でて切って醤油をちょいと垂らしオカカを散らせばビールのつまみにも最適、と言うわけで蒔いてみた次第です。どちらも冷たいビールがますます美味しくなる頃には収穫できそうですので今から楽しみです。

 そうそう、郷秋<Gauche>の畑ではこの他にブロッコリーと茗荷が大きくなりつつあるところ。時々写真付きで紹介しますのでお楽しみに。

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今日の1枚は今年の我が家の庭のえごのきの花。


14 May. 2005  BARホンダ、ヨーロッパGPからの復帰決定

 5/9に、何の根拠もないけれどBARホンダの2台のマシンがモンテカルロのスターティンググリッドに並んでいるような気がしてならないと書いたけれど、やっぱりそれは叶わぬ夢であったようである。

 私がなぜそんな期待をしたのかと言えば、FIA国際控訴裁判所の裁定を不満としたBARホンダチームがしかるべき民事訴訟を起こし、モンテカルロのスターティンググリッドに2台のマシンを並べるために必要な何らかの仮処分を引き出すことが出来るのではないかと考えたからであった。しかし、BARホンダは5月12日にFIA裁定を受諾する旨の声明を発表た。つまり、次のモナコGPでBARホンダの姿を見ることはできないということだ。

 問題は「FIA国際控訴裁判所」だな。どうも怪しい。つまり今回のペナルティーに関しては、燃料タンクに関する「疑惑」についてサン・マリノGPのレーススチュワードが問題なしとしたことについてFIAが不服としてFIA国際控訴裁判所に提訴したわけだ。不服だから自分の組織内にある裁判組織で裁判をする。そんなのありなのか?結果は初めから見えているぞ。

 BARホンダ問題の決着が着いたと思ったらこんどはトヨタチームのスーパーライセンス問題だ。トヨタチームの二人のドライバーのスーパーライセンス更新手続きに不備があったために、サンマリノGPまでの結果が剥奪される可能性があるというのだ。

 主なエンジンサプライヤーが、FIAが統括する現在のF1のあり方に疑問を持ち、新しいリーグを立ち上げる構想をもっているのは周知の事実だが、今回の問題はこういった動きに対するFIAのけん制に思えてならない。言うことを聞かなければいつでも裁判にかけてFIAに有利な裁定を引き出し、あるいはF1から追放するぞと脅しをかけているのではないだろうか。公正を保つためには、少なくとも裁判機関をFIAとは関係のないところにおかなければならないだろ。

さて、今日の1枚は1987年のロータス・ホンダ99Tだ。
カーナンバー12は勿論アイルトン・セナのマシン。
アクティブサスペンションに苦しみながらもモナコを含
めこのマシンで4勝している


13 May. 2005  夜の庭

 帰宅し、クルマのドアを開けるといい香りが鼻先をかすめる。見上げると白い小さな花が枝いっぱいに私を見ている。駐車スペースと庭の間に植えた「えご」の花である。小さな庭に漂う甘い香りを胸いっぱいに吸い込むと、塵のようにうっすらと積もった今日一日の疲れがすうっと消えていく。

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 えごのき(エゴノキ科)は落葉中高木。横浜では5月中旬から下旬にかけて小さな花を枝いっぱいにつけます。花が下向きにつきますので目立ちにくいのですが、足元に白く積もった落ち花や甘い香りでそれと知らされます。株立ちの樹形も美しく庭木にも向いています。材が轆轤(ろくろ)に向くことから轆轤木(ロクロギ)の別名もあります。

 青空をバックにした我が家のえごの写真を載せたかったのですが、しばらく青空が望めそうにありませんので、昨年恩田の森で撮影したものを掲載しました。


12 May. 2005  1,000日目!

 2002年8月16日に郷秋<Gauche>のおもちゃ箱がオープンしてから数えると、めでたいことに本日がちょうど1,000日目となります。1,000日と言えば2年と9ヶ月ですが、考えてみると郷秋<Gauche>の最初の「独り言」は1997年3月4日ですから、そこから数えれば2,958日目、もう8年2ヶ月にもなるわけです。このあたりのそもそもの経緯についてはこちらに書いてありますので興味を持たれた方はご覧ください。

 年によって時期によって書くペースはまちまちですが、自分でもちょっと驚くのがblog化した4月20日以降毎日欠かさず書いているということ。過去一番たくさん書いた2003年でも51回だったのに、ここ3週間は毎日ですからね。

 これまでのペースに換算すれば既に半年分を書いてしまったことになります。まっ、たいしたことを書いていないと言われればそれまでですが3週間休み無し、しかもほぼ毎日写真付きですから、三日坊主が常の郷秋<Gauche>としては十分以上にたいしたことなのです。はてさて、このペース、いつまで続くことやら。

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 本日の1枚は、タンポポです。


11 May. 2005  ヘルムート・バルト

 ヘルムート・バルト氏をご存知の方はどのくらいおられるだろうか。
 バルト氏は1929年(もしくは28年)生まれのドイツ人ピアニストである。1958年当時29歳の彼は、世界的なチェリストであり、かつ作曲家であったガスパール・カサドの来日公演に際して同行・初来日し、いくつかの演奏会でカサドのピアニストを務めている。
 
 そのバルト氏が4月7日、滞在先の千葉県で死去した。死因は心不全、76歳であった。その亡がらはフライブルク音楽大学教授である鶴岡裕子(つるおか・ひろこ)夫人の計らいで自宅のあるドイツ・フライブルクに帰り、そして4月20日に葬儀が行われたようである

 先に「いくつかの演奏会でカサドのピアニストを務めた」と書いたが、バルト氏が弾いていないいくつかのリサイタルでカサドの伴奏をしたのが、後にカサドの妻となる原智恵子であった。
 私はバルト氏の死去を報じるWebのニュース記事で初めて彼の妻が日本人であったこと、1980年代には国立音楽大学において客員教授を務めるなど、日本とは並々ならぬ関係を持っていたことを初めて知った。

 カサドがモーツァルトのホルン協奏曲第3番 Es dur K.v.447 をチェロ協奏曲に編曲した作品をカサド自身が日本において初演した際のピアニストがバルト氏であった(この作品の日本での初演はピアノ伴奏により行われた。オーケストラにによる初演は、独奏チェロ:長谷川陽子、ゲルハルト・ボッセ指揮 神戸市室内合奏団により2000年5月27日、神戸学院大学メモリアルホールで行われている)との情報を得た私は、なんとかバルト氏についての情報がないものかと探していた。そんな折にチェロ奏者、宮澤等氏が室内楽をバルト氏に師事していたこと、その宮澤氏がカサドの「スペイン古典様式によるソナタ」を演奏されることを知り、2002年3月6日に東京銀座の王子ホールの楽屋に宮澤氏を訪ね、バルト氏についてお聞きした。
 
 宮澤氏のお話から、バルト氏がその時点で72歳程であること、そしてドイツで存命であることを知ることが出来たが、それ以上のことはわからないまま3年が経過し、そして今日、彼の死去を伝える記事に出会ったのである。

 彼がどのような経緯でカサドの伴奏者として来日することになったのかはわからない。しかしそれ以後、彼が日本人ピアニストを妻とし度々来日することになった遠因に、1958年のカサドとの来日、そしておそらくあったであろう原智恵子との出会いがあったのだとすれば、何とも不思議な巡り合せであり、そこには神の意思とでも言うようなものが働いていたのではないかと思えてならない。

 ヘルムート・バルト氏に関する情報はこちらにまとめてありますので興味を持たれた方は是非ご覧ください。


10 May. 2005  月見草

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月見草(ツキミソウ)
学名:Oenothera tetraptera
マツヨイグサ(オエノセラ)属

 月見草(ツキミソウ)です。 「えっ?月見草は夏に咲く黄色い花ではないのですか?」とおっしゃる方も多いことかと思いますが、これが本当の月見草です。多くの方が、同じ時期に道端や荒地に咲く黄色い花、マツヨイグサあるいはオオマツヨイグサをツキミソウだと勘違いされており、一般的にツキミソウと言えばマツヨイグサあるいはオオマツヨイグサを指すことが多いようですが、これは誤りです。

 太宰治が昭和13年の初秋、富士山麓を旅したときの印象を「富嶽百景」として発表しましたが、その中で、おそらくマツヨイグサを見て月見草と勘違いし「富士には、月見草がよく似合ふ。」と書いたことにより、この勘違いが広まったようです。

 月見草の原産地は北アメリカですが、日本には江戸時代末期の嘉永年間(1848-53)に渡来しています。草丈30センチ程の二年草で、花は6〜9月の夕方に開花し朝には萎んでしまう一夜花です。花弁は4枚で白色ですが、萎むと赤紫色に変色します。

 庭先では零れた種により群生することもありますが、雑草に駆逐されがちなために野生化はせず、毎年種を採取し栽培の努力を継続しなければ絶滅の可能性があると言われています。
 外来種だといわれて忌み嫌われる動植物が少なくない中、これほどに日本人の心を惹きつける花も珍しいかも知れませんね。

 さて、この月見草、今月が種の蒔き時です。昨年私が育てた月見草から採取した種をご希望の方にお分けいたしますので、どうぞ今年の夏、皆さんのお宅の庭やベランダを月見草でいっぱいにしてください。ご希望の方はお名前・ご住所・電話番号を記入したを郷秋<Gauche>宛にお送りください。

 月見草についての説明・育て方については資料(PDFファイル)をご用意いたしましたのでこちらをクリックしてご覧ください。

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PDFファイルをご覧頂くためにはAdobe Readerが必要です。お持ちでない方は上のロゴをクリックしてダウンロードしてからご覧ください。

 以上、「本物の月見草を絶滅から守る会」の郷秋<Gauche>でした。


9 May. 2005  F1 GP 第5戦、スペインGPを振り返る

 5/7に、週末のスペインGPはBARホンダの2台の姿がないのはさびしいが、面白いレースになること請け合いだと書いたけれど、全体としては淡々としたレースとなった。しかし見所がなかったかと言えば、そうではない。

 スペインGPの結果は先刻ご存知の通りマクラーレン・メルセデスを駆るキミ・ライッコネンが優勝、二番手には前戦まで3連続優勝のフェルナンド・アロンソ、三番手は今季5戦目にして3度目の表彰台をゲットしたトヨタのヤルノ・トゥルーリであった。

 8番グリッドスタートのM.シューマッハは中盤2位まで上げるが左後ろタイヤが、続いて左前輪がパンクチャーに見舞われマシンを頭からガレージに入れリタイヤ。単にタイヤだけの問題ではなくマシン、作戦そしてドライバーと、F1で勝つためのすべてが高次元でバランスしていたフェラーリチームの何かが噛み合わなくなっていることは明らかだ。

 凋落のフェラーリに対して勢いを取り戻したマクラーレン・メルセデスのライッコネンは、昨年までのフェラーリ、シューマッハの走りを髣髴とさせる異次元のスーパーラップを重ね自身初めてのポールtoフィニッシュを決めている。若いライッコネン、アロンソの1-2、トヨタの2台がそれに続く結果は「波乱のシーズンの予兆」から「新しい時代の予兆」へのターニングポイントとなりうるものと言えよう。

 さて、次のモナコGPも出場停止となっている我らがBARホンダチームについてである。
何の根拠もないので予感と言うよりは私の希望であるわけだが、どんなマジックを使ったのか知らないけれどBARホンダの2台のマシンがグリッドに並んでいる、というようなことが起こりそうな気がしてならない。さて、如何に。


8 May. 2005  Website恩田の森、一周年

 なんだかすっかり忘れていましたが、気がついたらWebsite恩田の森が2年目に入っておりました。正式なOPENは昨年の5月1日なのですが実際には昨年の2月から写真を撮り始め、4月1日からはプロトタイプの運用を開始していましたので、13ヶ月目かと思っておりました。でも、Website恩田の森の一周年以上に、私としては恩田Nowを丸々1年間続けられたことに驚いています。

 恩田Nowは正式オープンからちょっと遅れて昨年の5月9日にスタートしています。それから今日までの1年間、毎週末一度も休まずに森に通ったことになるわけです。先ほど1年前の写真を見てみたら、昼咲き桃色月見草の写真が載っていました。1年後の今日、やっぱり同じ場所で咲いていました。

 1年間、森の移ろいを見てきたわけですがこの1年間を思い起こす時、自然の素晴らしさをあらためて感じると同時に毎週末一度も休まずに森を歩くことの出来た健康にも恵まれたことを思わずにはいられません。もう1年間は毎週末の森の散策を楽しみたいと思っております。勿論写真の掲載も続けますのでどうぞお楽しみに。

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 今日の1枚はすみよしの森の民家の庭先で咲いていた花。バラのように見えるのですが残念ながら花の名前がわかりません。ご存知の方がいらっしゃいましたらぜひお教えください。
 5/26追記:木香薔薇(モッコウバラ)でしょうか?


7 May. 2005 Part2  代掻きが始まる

 夜半までの雨が上がり、初夏のような陽気となりました。
 今日は横浜市青葉区と町田市三輪町にまたがって広がっている寺家ふるさと村に行ってみました。ここは地権者の協力を得て谷戸の水田を残し、周りの雑木林のなかに遊歩道を整備するなどした、かつての農村風景を残し市民に開放しているものです。広報もされていますので子供連れを中心に大勢の人が訪れ、田園風景を楽しんでいました。

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寺家ふるさと村田んぼで代掻きが始まりました。


7 May. 2005  BARホンダ無念の欠場

 Formula One(F1)グランプリ第5戦、スペイン・グランプリが開幕した。しかし、サーキット・ド・カタロニアのコース上にBARホンダのマシンとバトンと琢磨、二人のドライバーの姿はない。

 既にご存知の通り前戦サン・マリノGPで3位に入ったジェンソン・バトンのマシンに車体重量違反があったとして、チームに対しスペインGP、モナコGPの出場停止とサン・マリノGPにおける成績無効という裁定が下されたのである。ルール、レギュレーションなくしては成り立たないモーター・スポーツである、残念ではあるは止むを得まい。

 ニュルブルクリンクで開催されるヨーロッパGPを楽しみに待つしかないのかと言えばさにあらず。今日のフリー走行1・2のトップタイムは共にマクラーレン・メルセデスの3rdドライバー、地元スペインのP.デ・ラ・ロサだ。トヨタの3rdドライバー、R.ゾンタがフリー走行2で2番手につける一方で、フェラーリの2台、故郷に錦を飾りたいルノー、アロンソも苦しんでいる。BARホンダの2台の姿がないのはさびしいが、面白いレースになること請け合いだ。

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今日の1枚はHONDAへのエール。ホントに強かった1987年の
ウイリアムズ・ホンダFW11B。レッドファイヴは勿論愛すべきジョン
ブル、ナイジェル・マンセルのマシン、バックは第1期HONDA F1
のV12エンジン、RA302の透視画。いずれも郷秋<Gauche>
のコレクションだぞ。


6 May. 2005  児童・生徒・学生

 私はクルマで通勤している。最寄の青葉台駅まで歩いて、電車を2回乗り換えればオフィスにたどり着けないこともないけれど、これだと1時間。ところがクルマだと10分なのだな。エコ・コンシャスな郷秋<Gauche>ではあるけれど、こんなわけでクルマ通勤なのである。

 さて、その僅かな通勤時間の車中で聞いているのは81.3、J-WAVE。朝はジョン川平氏ナビゲートのGOOD MORNING TOKYO、帰りはピストン西沢、秀島史香両氏のGROOVE LINEだ。

 で、今朝のGOOD MORNING TOKYOの中でカビラ氏がこんなことを言っていた。「児童・生徒・学生の皆さんは今日は学校ですね」と。小学生・中学生・高校生・大学生のことを実に正しく表現していたので驚いた。普通は中学生・高校生・大学生をひとからげにして「学生さん」と言うところである。ちょっと気の利いた人が中学生を「生徒」とは呼んでも、高校生はやっぱり「学生」だな。

 ところがところが、小学生・中学生・高校生・大学生を指す呼び方は、実は法律で決まっているのである。

 学校教育法第23条において、小学生は「児童」、同39条により中学生は「生徒」と称することが定められている。高校生については明確な規定は見当たらないが同第44条において「生徒」という呼称が使われ、大学生については同様に同第55条において「学生」という呼称が使われている。ちなみに幼稚園児については第80条において「幼児」という呼称が使われている。整理すると次のようになる。

  大学生・・・・・学生
  高校生・・・・・生徒
  中学生・・・・・生徒
  小学生・・・・・児童
  幼稚園児・・・幼児

 くれぐれも高校生を「学生」と呼んだり、小学校の「生徒」と言ったりといった間違いをしないように。言葉・用語は正しく使いましょう。それにしてもカビラ氏、教員採用試験の勉強でもしたことがあるのかしらん?


5 May. 2005  Mキャプテンによれば

 新宿副都心、高層ビルの50階にある中華レストランでMキャプテンの誕生日を祝った。MキャプテンはANAのダッシュ400(Boeing747-400、ジャンボジェットの最新鋭機!)の元パイロットである。音楽、とりわけチェロには造詣が深く、空を飛ぶお仕事を引退されてからはもっぱらチェロ演奏に明け暮れている方であるが、私がご一緒する時の話題は勿論ヒコーキの話である。

 飲み物がビールから紹興酒に替わる頃に、デハヴィランドのような前例もあるけれどHONDAも随分と思い切ったレイアウトにしたものですね、もっとも本気で売りたいのは機体ではなくエンジンの方でしょうけどとHONDAが作ったビジネスジェットのことを話題にした(デハヴィランドは誤りで、主翼の上にエンジンの載せたのはドイツのVFD614であったことに帰宅後気がついた)。もちろんMキャプテンはHONDAのビジネスジェットのことを知っておられた。

 そして何と箸の袋に翼の上にエンジンを載せる場合の二つの形式の絵を書いて説明してくれたのである。一つは、通常は主翼からパイロンでぶら下げられるエンジンをそっくり逆にしたHONDAのビジネスジェットやVFD614のような形式のものと、もうひとつは主翼の上に直接エンジンを載せたものであった。

 前者はエンジン本体と主翼の空力的相互干渉を避けるためにパイロンでエンジンを主翼から離したものであり、後者はジェット排気とバイパス・エアを主翼上面に流しそこで更なる揚力を得ようとするものである。

 で、Mキャプテンの結論はこうである。どちらの形式も高度な計算・シミュレーションよって最良の形式だとされた結果だは思うけれど、設計段階で想定していないような事故が起こったときのことを考えると主翼はそれ自体がもっとも効率よく仕事をするもっとも単純な形がよいのだという。

 技術者は奇をてらうとまでは言わないけれど、今までと違った形であったとしても更によいものがないかと模索しそれを形づくる。しかし、出来た機体を安全かつ確実に飛ばし運行しなければならないエアラインパイロットはプログレッシブよりをコンサバティブを、より完成された技術に基づく確実で安全なものそしてフェイルセーフを求めるのであろう。万が一にも間違いがあってはならないから。

 そんなMキャプテンが50階ではなくて40階でエレベータを降りてしまい、ご自分の誕生祝いの席に遅れて到着したことは、やはりナイショにしておいた方がよいだろうか。

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 今日の1枚は新宿副都心の新緑。昨日の話題をちょっと意識して
懐かしいモノクロ写真にしてみました。


4 May. 2005  銀塩?塩銀?写真

 デジタル方式のカメラが普及し、気がついてみれば旧来からのフィルムを使うカメラの方が少数派になってしまった。カメラと言えばフィルムは付き物、なくてはならない物であったのは既に昔の話になってしまったようだ。
 
 デジタル方式のカメラが出できたばかりの頃のそれは「デジタルカメラ」あるいは略して「ジジカメ」と呼ばれていたが、それが当たり前になると単に「カメラ」と言えばそれはデジタル方式のカメラのことであり、フィルムを使う方式のカメラの方をデジカメと区別して呼ぶようになった。

 フィルムカメラとか銀塩カメラとか呼ばれている(フィルムで撮った写真を銀塩写真とは言うけれど、その方式のカメラを銀塩カメラとは余り言わないかもしれない)。
 ところでこの「銀塩」だが、いったいどういう意味なのだろう。写真を原理を考えればわかることだが、写真の感光剤として使われている塩化銀のことを略しているようだ。しかし、もしそうだとすれば「銀塩」ではなく「塩銀」と呼ぶべきだな。

注1:フィルム・印画紙共に感光剤として銀の化合物が使われているが、現在ではフィルムにはヨウ臭化銀、印画紙には塩臭化銀が使われている。

 さて、フィルム方式のカメラで撮った写真は多くの場合プリントして見る。あるいはプリントを送ってあげたりアルバムに貼ったりする。デジタル方式の写真はどうかと言うと、今ではやっぱりプリントして見ることが多いようだ。ただし送ってあげるという場合に、プリントしたものを郵送するのではなく、写真のデーターをMailに添付して送ることが出来るから、選択肢が増えてはいる。

注2:私の場合、デジタル方式のカメラで撮った写真をプリントするようになったのはつい最近であり、それまではWebsiteに掲載するという、最後までデジタル情報での利用であった。

 さて、フィルム方式であれデジタル方式であれ、最終的にプリントするとなるとどういうことになるのか。残念ながらデジタル情報は最後の段階つまり人間が見るという時点ではデジタルそのままでは役にたたないのである。

 フィルム方式の写真は写真屋さんにフィルムを持って行き、フィルムの現像とプリントを頼むことになる(リバーサルフィルムの場合には現像まで)。デジタル方式の場合はどうだろう。一般的には自分のインクジェットプリンターでプリントする方法と写真屋さんにデータの入ったメディアを持って行って(ネット経由でデータを送ることもできる)プリントしてもらう方法の二通りがある。どちらの利用者が多いのだろうか。

 最近新聞で見かけた記事によれば、フィルムの売り上げは毎年20%減少しているが、デジタルプリント(の売り上げ)は大幅に伸びているという。私はネットでデータを写真屋さんに送ってプリントが出来た頃(最短3時間後)に取りに行くという方法でプリントしている。

 ところで、デジタル方式の写真を写真屋さんでプリント場合の方式をご存知の方はどのくらいおられるだろうか。私も最近知ったのだが、プリントする場合にはフィルム方式の写真とまったく同じ方式なのである。このことを知るまで、私は業務用・高画質のレーザープリンターでプリントしているものと思っていたが、これが違ったのだ。デジタルカメラで撮った写真もプリントすれば、実は「銀塩」写真なのであった。

 印画紙に光を当てて現像しているのは昔と同じなのだが、露光(光を当てる)の方法が昔とかなり違う。なんと、RBGレーザーによる走査露光(デジタル露光)しているのだ。デジタル方式の写真の場合にはいいけれど、フィルム方式の写真はどうするのかと言えば、何と一旦フィルムをスキャニングしてデジタルデータにしてから走査露光していると言うのである。まったく驚いた。

注3:最近コンビニエンスストアで見かけるデジタル写真のセルフプリント装置は、出てくるのは「銀塩」写真だが「レーザー露光熱現像転写銀塩方式」といって写真屋さんでのプリント方式とはちょっと違うようである。

 フィルムの現像とプリントを頼む時に同時にデータをCDに焼き付けてくれるサービスを僅か500円でしているようだが、どうしてそんなに安いのか、これでわかった。プリントする際にフィルムの1コマ、1コマをスキャニングしてデジタルデータにしているのだから、それをCDに書き出すだけなのだからわけもない。これなら手間もかからず廉価での提供ができるわけだ。
 
 限りなくデジタルに近いアナログなのか限りなくデジタルに近いアナログなのか。デジタル方式の写真技術だけが進んでいるのではなく、フィルム方式の写真技術だってちゃんと進化しているのだ。

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 今日の写真は東京都下某所の新緑。


3 May. 2005  どこまでが常識?

 恥ずかしながら郷秋<Gauche>、「ふるさとは遠きにありて思ふもの...」が室生犀星であったことを、4/27に書いた「石川県は遠い」に対して金沢にお住まいのshinoさんがくださったコメントを拝見して初めて知った。こうして毎日Websiteやらblogやら(駄)文章を書いていると、はたして自分が書いている日本語が正しいのかどうか気になることが多く、それなりに確かめたりすることも多いのだが。

 しかし「ふるさとは遠きにありて思ふもの...」になると正しい日本語を知っているだけではこと足りず、日本語のバックグラウンドとしての文化、つまり日本人として相応しい常識を身につけているかどうかということになるのだろう。残念ながら郷秋<Gauche>は歳相応の日本人としての常識に欠けていたということになる。トホホ。

 つい最近読んだ本に「市井」を「いちい」と読む人がいると書いてあった(「かなり気がかりな日本語」(野口恵子著 集英社新書 税別660円 p.180 )。「市井」は広辞苑(第3版及び第5版)によれば「(中国古代、井戸すなわち水のある所に人が集まり市が出来たからいう)人家の集まっている所。まち。ちまた。『市井の人=市中に住む庶民』」」という意味であり、「読み物」として面白いと評判の三省堂の「新明解国語辞典第4版」でも、当たり前だが同じ意味だと書いてある。ちなみに読み方はあくまでも「しせい」であり、いずれの「いちい」の項を見ても「市井」は出てこない。

 しかし「いちいの人々」という言い方は結構頻繁に耳にする。テレビでも「市井」を「いちい」と誤読しているのを少なくない回数耳にしている。影響力の大きいテレビで「いちい」と読まれればその影響は文字通り大きく、「市井」は「いちい」と読むのだと思い込んでいる人も少なくないだろう。

 「本になっている日本語辞書」では「しせい」であってもPCに組み込まれている日本語辞書では必ずしもそうではない。私が使っているMS IMEスタンダード2003という仮名漢字変換辞書では「しせい」でも「いちい」でも「市井」と変換されるのが面白い。実用の道具としてPCに組み込まれる仮名漢字変換辞書は広辞苑よりも一歩前に進んでいるといことなのだろうな。

 日本語ブームが起きて久しいのだという。そう言われてみれば私もここ1、2年の間にかなり気がかりな日本語」の他にも「日本語は年速一キロで動く」(井上史雄著 講談社現代新書 税別700円)、「遊ぶ日本語 不思議な日本語」(飯間浩明著 岩波アクティブ新書 税別700円)など数冊の日本に関する本(すべて新書だが)を読んでいる。知らず知らずのうちにブームの片棒を担がされたいたわけである。

 確かに日本語は面白い。正しい日本語であるかどうかは国語学者だか文科省の国語審議会だかの方々にその判断をお任せしておけばよいのだが、実際に使われる日本語は「ら抜き言葉」であったり「さ入れ言葉」であったり、誤読・誤用が大手を振って歩いていたりで、面白い。電車の車内放送で「携帯電話のご使用はご遠慮させていただいております。」:(「かなり気がかりな日本語」p.179)なんて流れてきたら、痛勤怪速が通勤快楽になるくらい面白いぞ。

追記:「かなり気がかりな日本語」において野口恵子氏は、日本語を母語としない方に日本語を教える立場から、手本としてされると困るから「です・ます」あるいは「である・だ」に統一せ、書き言葉の中に話し言葉を挿入するなと主張されているが、確かに国語審議会的には「正しい日本語」ではないかも知れないけれど、そんなことは承知の上でWeb上での書き言葉としてあえてそのように書いているのだぞと、私は主張したい。正しいかどうかは別の問題として、Web上の常識の範囲内の日本語だと私は思っている。

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 本日の1枚は、東京都下某所で咲き出した金蘭(キンラン)。


2 May. 2005  小笠原は確かに遠い

 4/27に書いた「岩手県が一番遠い?」をご覧くださった「きつねのるーと」さんがこんなコメントをくださった。

> あと意外な事実としては、同じ東京都内の小笠原諸島が一番
> 時間的距離が遠いです。
> ここは船しか便がないですから片道2日半です。ここより遠
> い公共交通機関で行ける日本国内は東京からはないです。

 さて、小笠原が出てきたとあってはコメントへのコメントくらいではすまないのが郷秋<Gauche>。こう見えても、小笠原についてはちょっと(実はかなり)うるさいのだ。

 で、最初に「きつねのるーと」さんのコメントに若干訂正を加えたいのです。
 私の調べに間違いがなければ、と言うことなのですが(もし勘違いだったらごめんなさい。訂正の訂正コメントを遠慮なくど〜ぞ)、小笠原まで現在は片道2日半はかかりません。
 小笠原は東京から南南東約1,000Km位置する父島・母島などからなる諸島で、東京都に属する小笠原村のことでもあります。片道2日半かかったのは1997年に就航した航海速力22.5ノットのおがさわら丸以前に東京・竹芝桟橋と父島二見港を結んでいた父島丸当時のことですね。

 私の記憶に間違いがなければ、竹芝を夕方出た父島丸は船中2泊を要し、2日目の昼前頃に父島の二見港に入港したはずです。おおよそ40時間と言うところだったと思います。
 現在は先に書いたおがさわら丸が定期連絡船として竹芝と二見港とを結んでいますが、午前10時に竹芝を出た船は翌日の11:30に二見港に入港しますから所要時間は25時間30分です。

 船以外には交通手段のない小笠原は確かに東京から最も遠い場所と言えるわけで、東京駅から一番遠いのは同じ東京都の小笠原村だと言う何とも皮肉なことになるわけです(父島までは25時間30分ですが、母島は父島から更に船で2時間ほどかかるからもっと遠い)。ひょっとすると、国単位で言っても小笠原より遠い国はそう多くないのかも知れません。

 さて、竹芝桟橋から25時間半(かつては約40時間)船に揺られて着くのは父島の中心地にある二見港ですが、上陸して驚くことがあります。東京からの船が来るということは島に犯罪者が入って来るからなのかどうかはわかりせんが、村の数少ない(あるいは唯一の)パトカーが港にやって来るわけです。このパトカーにはなんと「警視庁」とかかれ、ご丁寧なことに品川ナンバーのプレートをぶら下げているのです。こんなに遠くに着たのに、ここもやっぱり東京だったのだと思い知らされる瞬間です。

 今ではおがさわら丸が3日に1度人と物とを運んできますが、父島丸の当時は船は週に1便です。放送衛星がない時代には東京都でありながら電波が届きませんのでテレビの放送はなく、週に1度父島丸が運んで来る、NHKや民放各社の放送をそっくり録画した録画テープをケーブルテレビで流したものを視聴していました。新聞も1週間分がビニールで梱包されて届きます。ラジオはと言えばFMの電波が届かないのは当然ですが、AMも昼間は聞こえず、夜になって僅かに聞こえる日本語の放送は中国語や韓国語の放送との混信で大変聴きにくい状態でした。

 電話はと言えば、父島島内にはちゃんと電話があり、村の数箇所には公衆電話がありましたが本土との通信は短波に頼っていましたね。
 10〜20MHzという昼間でも長距離通信を比較的安定して運用できる周波数を使っていたのでしょう、周期の長いフェージングを伴いながらもちゃんと実用になっていました。10年前のモガモガ携帯電話よりはずっとましだったように記憶しています。

 長々と書いてしまいましたが、小笠原と聞いただけで血沸き肉躍ってしまった郷秋<Gauche>でありました。いったいいつの話しかということは歳がばれるので書かないけれど、40数時間かかった当時に、物好きにも2回も行ってしまったことは書いておきましょう。

 「きつねのるーと」さん、久しぶりに昔々をのことを思い出させていただきありがとうございました。「カメラのデジタル化」についても書きたいと思っておりますのでどうぞお楽しみに。
 
追記:小笠原諸島は幕末〜開国の時期に大変重要な役割を果たしています。また日本人が定住する前に欧米系の人々が定住したという日本では大変珍しい地域でもあります。イタリア系の、確かセーボレーという家族で、今でもその子孫が父島に住んでいるなど、自然環境として貴重な地域と言うだけではなく、歴史的・文化的にも大変興味深いところでなのです。

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例によって、今日の話題とは何の関係もないけれど、また
また今の季節の写真を1枚。一部の方には大変懐かしいで
あろう場所の躑躅です。


1 May. 2005  石川県はやっぱり遠い?!

 4/27に「石川県は東京駅から3番目に遠い」と書いたことろ、金沢市にお住まいのshinoさんがコメントを送ってくださった。

>北陸新幹線はいつ? (shino) 2005-05-01 07:26:08
>石川県がベスト3、じゃなくてワースト3入りですか(汗)
>確かに東京は遠いです。新潟県の人がうらやましくなる時があります。
>そういえば、室生犀星も「ふるさとは遠きにありて思ふもの...」と詠んでいましたっけ。
>金沢と東京の時間距離感がなければ出てこなかった詩かも知れませんね。

 さすが地元と言うのか、お仕事柄と言うのか(恥ずかしながら、郷秋<Gauche>、この詩が室生犀星だったとは初めて知りましたぞ)。

 金沢や富山が東京から遠いのは実感として知っていたが、この栄えある「ワースト3入り」の根拠は金沢が東京から遠いと言うことではなく、能登半島も突端に近いのと鉄道能登線の終着駅蛸島が遠いと言うことなのである。遠さ加減の判定基準等は「鉄道ひとつばなし」をお読みいただくとして、郷秋<Gauche>はshinoさんからコメントを頂いてから地図を開いてこの蛸島なる駅がどこにあるのか初めて知ったのでありました。

 「鉄道ひとつばなし」は講談社のPR誌「本」に連載されたものに加筆修正して1冊にしたものだが(現在も好評連載中)、「駅から見た東京に出づらい都道府県ランキング」は2003年2月現在、鉄道のない沖縄県を除く46都道府県について調べたもの。勿論ヒコーキを使ってもよいのだが、空港までは当然、鉄道で行くわけだ。

 と、ここまで書いてハタと気がついた(って、気がついたから書いているんだよね。ワザとらしくてごめんなさい)、2003年7月に能登空港が開港して羽田までANAが日に2便飛ばしていたはずだ!
 石川県には小松空港というジャンボ機も離着陸できる立派な空港があるが(航空自衛隊と共用のために分類上は第3種にもなれない「その他の飛行場」となり、その意味ではあまり立派じゃない)、県内2つ目の空港はその名の通り能登半島にある。半島の中ほど輪島市(他2町)に位置し、最寄り駅はのと鉄道穴水駅。ここからクルマで20分程のところのようだ。

 さて、件の蛸島駅がどこにあるのかというとだな、この、のと鉄道の駅なのだなと書いて、困った。たった今わかった事実。なんとのと鉄道能登線(穴水〜蛸島)の穴水以北が3/31をもって廃止になっているではないか!
 幸か不幸か、Yahoo!路線情報ではこの情報が未だ反映されていないようで、ANAの1便、11:45発に乗るための蛸島駅を何時の列車に乗ればよいのか1時間前に空港着の条件を入れて検索したこところこんな結果が表示された。

   蛸島駅  19:22発
   宇出津駅 20:14着
   宇出津駅 06:09発(翌日!)
   穴水駅  06:56着
   空港連絡バス 穴水駅 07:20発
   能登空港 07:42着

 つまりだ、11:45発のANA748便羽田行きに乗るためには何と前日の19:22に蛸島駅を出て15駅先の宇出津で1泊し翌朝1番の列車で穴水に行き、そこから空港までの連絡バスに乗ることになる。ヒコーキに乗るために空港近くで一泊しなければならないとは、何と成田並みだぞ。ホテルがあればいいけど・・・。いずれにしても、空港が出来てものと鉄道に頼るとすれば東京までの時間的距離は短くなっていないようである。

 とまあ、調べては見たけれど、鉄道そのものがなくなってしまっては話にならない。しかしだ、石川県が栄えある第3位に輝いた理由は「蛸島という東京から最も遠い終着駅があり、ここから金沢まで、途中二度乗り換えて4時間37分もかかるのが響いている。」わけだから、のと鉄道能登線の終着駅が穴水となった今では東京までの時間的距離は相当短縮され東京から遠いランキングも、残念ながらかなり順位を落としてしまったのではないだろうか。

 のと鉄道能登線の穴水以北が廃止されたことで蛸島という東京から最も遠い終着駅がなくなってしまったことになる。蛸島に代わって「最も遠い終着駅」の座を得たのはいったい何線の何と言う駅なのか興味あるところだが、とまれ「鉄道ひとつばなし」の著者である原先生(明治学院大学の教授で専門は政治学)はさぞかしお嘆きのことであろうな。

原武史著「鉄道ひとつばなし」(講談社現代新書 税別740円


30 April. 2005  我が家の二輪草

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 一週間前に我が家の庭で二輪草が咲いたことを書いたけれど、儚い命のはずの二輪草が今日もけながに咲いていました。山法師の木のした一面に咲いたら写真をご覧に入れるつもりでしたが、余りに一所懸命咲いているのでその姿をお見せすることにしました。一面に咲けばそれなりの写真にもなるのですが、なんだか「確かに咲きました」という証拠写真のようになってしまいました。

 今日の恩田の森の様子はこちらからご覧ください。

 恩田の森


29 April. 2005  Nikon D70s発売

 しばらく前からファンの間では話題になっていたNikonの新しいデジタル一眼レフ、D70sが27日に発売になった。これは郷秋<Gauche>が愛用しているD70の後継機種だが、CanonのEOS Kiss Digital N対抗策なのか、下落しすぎた実売価格回復(=利益確保)のためなのか、オリジナルモデル発売後僅か1年と言う、Nikonとしては異例に短いサイクルでのモデルチェンジとなったのであろう(オリジナルモデルと余り変わっていないのでちょっと安心)。

 D70とEOS Kiss Digitalが、更にはOLYNPUSのE-300、PENTAXのist DSが発売されたことで一眼レフのデジタル化に弾みがついたことは確かだが、NikonはD70sに続いて6月には廉価版のD50の発売を予定している。こちらはD70sよりも更に小型・軽量となり(小さく軽ければ良いと言うものではなく、手ブレを防ぎ使いやすい重さ大きさと言うのは存在するのだが)レンズは廉価版となるが実売価格は10万円を切りそうな勢いである。

 コンパクトカメラはとうの昔にデジタル化しているけれど、ついに一眼レフにもこの波が押し寄せてきたと言うわけだ。今日の新聞に富士写真フィルムの2005年3月期の連結決算についての記事が出ていたが、売上高が前年比1.5%減、営業利益が11.1%減だという。この記事によれば、日米欧でのカラーフィルム需要減、国内・北米でのデジタルカメラの急激な成長鈍化が主原因のようだ。

 カラーフィルムは年に20%減少しているというのだ。フィルムを使うカメラが5年後になくなるとは思わないけれど、かなりマーケットが小さくなることは確実だろうな。確かに私自身も、最後にフィルムを買ったのがいつのことであったのか思い出せないほどである。しかし、デジタルプリントは大幅に伸びていると言うことだから販売店もひとまずは安心か。これもまた、私自身の経験から大いにうなずける。

 25年前、オフィスにワープロが入りだした時に、本格的に普及すればオフィスから紙は駆逐されペーパーレス時代がやってくると言われたがそうはならなかったように、カメラのデジタル化が進んでも撮った写真はやっぱりプリントされるのだ。このあたりは電子出版というのか「電子本」と言うのか知らないけれど、「本の文字データ」を専用の装置に表示させて読む方式が、技術的な可能性の高さほど普及しないのと似ているのかもしれないな。

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今日の写真は東京都下某所、茅葺の屋根をバックにしたモミジ若葉。


28 April. 2005  blogってなんだ?

 早いもので「独り言」をblog化して9日目となった。初日となった20日には6:15と21:12の2回記事をUpしている。blog化最初に記事がどうしてこんな時間にUpされているかと言えば、実は前日に上手くUpできなかったからである。19日に友人にそそのかされさっそく作り始めたのだが、どうも出来合いのテンプレートをそのまま使ったのでは面白くないし、せっかく足掛け9年間続けてきた「郷秋<Gauche>のおもちゃ箱」のデザインイメージ(カッコ良く言えばWeb Identitydaだ!)がどこかに行ってしまうのは避けたいと思い、画面をフレームで二分割し上の方にオリジナルのタイトル画像を入れようとしたら、これが思いのほか時間がかかった。

 blogのページ本来のURLはhttp://blog.goo.ne.jp/gauche7/ であるが、多くの方はhttp://www33.ocn.ne.jp/~musica/essay_blog.html と表示されている画面でこのblogを読まれていることと思う(もしhttp://blog.goo.ne.jp/gauche7/と表示されている画面でご覧の方は、ぜひhttp://www33.ocn.ne.jp/~musica/essay_blog.html の方でご覧いただきたい)。上の方に余計な画像は張り付いて天地の短いウインドウになってしまうけれど、これが郷秋<Gauche>のコダワリなのである。

 そんなこんなで25時頃まで頑張ったけれど何故か書いた記事が上手くUp出来ず、19日の晩はあきらめ、翌朝ようやくUpしたというわけである。その折に書いたけれど、とにかくサーバーの応答が遅く、どうやらそのせいで上手くUp出来なかったようである。

 郷秋<Gauche>が使っているblogはgooが提供しているものであるがその数の増え方がすさまじい。gooだけで現在約200,000程あるようだが、毎日1,000程ずつ増えている。このままのペースで増え続けるとすれば1年後には500,000を越えることになるが、増加ペースは今以上に上がりるだろうから、きっともっと増えているんだろうな

 9年も独り言を書き続けてきたけれど、書いたことに関してメッセージを頂いたことはほとんどなかった。ところがblog化してからはほぼ毎日コメントを頂いている。同じ方からのものが多いけれど、ともあれInternetの双方向性を感じされられていることは確かである。

 オリジナル版の「独り言」にもblogに載せたものと同じ記事をUpし続けているけれど、これは今月末で終了としたいと考えている。これまた初回に書いたことだが、使い出してみればやっぱりこちらがメインになってしまったのだ。今後のアクセス状況がどうなるかはわからないけれど、少なくとも双方向性の可能性を持ったblogの方が書いていて楽しいし、今となっては書いたものをFTPするという作業自体が億劫になってきているのもまた事実である。

 さて、今では日本国内だけでもおそらくは数百万ものblogが存在しているのだろうがこのblog、これからいったどうなっていくのやら。これまでは一般大衆が世間に向かって情報を発信できるツールを事実上持っていなかったわけだけれど、今ではblogという誰でもそれが出来るツール・環境がある。誰もが誰かに向かって何かを伝えることが出来るようになったのだ。

 でもさ、良く考えてみるといったい誰が何を誰に伝えたいんだ?いったい誰が何を読みたいんだ?もっと判りやすく言えば「郷秋<Gauche>の独り言」って誰が読んでいるんだ?僕は誰に何を伝えたいんだ?結局「独り言」じゃないか。独り言って、結局は自分自身に語りかける言葉なんだよな。

 「独り言」オリジナル版に、自分がいつ何を感じ何を考えたか、その記録として「独り言」を書き続けて行くと書いたことがあったけれど、まさしくそうなんだ。それはそうなんだけれど、それでいて自分が書いたものを読んで喜んだり「こいつ馬鹿なんじゃないの?」と思ったりしてくれる人がいるのだとすれば、それはそれでなんとなく嬉しくなる。

 酔うとわけのわからないことを書きたくなる癖が、僕にはどうもあるらしいけれど、書くことでストレス解消しているようなところもある。だからこれからも人の役に立ちもしないようなことを書き続けるんだろうな。自分のために。

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今日の写真は青空をバックにした亜米利加山法師です。


27 April. 2005  岩手県が一番遠い?

 岩手県が一番遠いらしい。東京駅からということだが、次に遠いのは北海道、その後には石川県、熊本県、広島県と続く。これは、その日のうちに東京駅に着くためには遅くとも何時何分の列車に乗らなければならないかのランキングの上位5道・県、つまり時間的に東京から遠い道・県ということだ。そう考えれば北海道は納得できるが、鹿児島県は遠い方から11番目と以外に近い。栄えある1位に輝いた岩手県では、JR山田線の大志田駅からその日のうちに東京駅に着くためには朝の6:56の列車に乗らなければならないのだ。

 もっとも、同じ岩手県でも盛岡駅からなら20:39の「はやて」に乗れば23:08に東京に着けることを、岩手県と岩手県にお住まいの皆さんの名誉のために付け加えておきましょう。

 2年程前、郷秋<Gauche>の最寄り駅田園都市線青葉台駅のホームで電車を待っていたら見慣れない行き先表示の急行電車が滑り込んできたので驚いた。「南栗橋ゆき」である。南栗橋ってどこだ?と、一瞬考えたが周りの人たちが当たり前のような顔をして電車に乗るので、私も一抹の不安を感じながらも電車に乗り込んだ。いつもの急行と同じように走ったり停車したりで当たり前に渋谷駅に着いた。ところが、その先を延々と走ることになっていたのだ。何とこの電車、半蔵門線を経由し東武日光線に乗り入れ栃木県まで直通運転しているらしい。

 しかしだ、青葉台駅でそんな相互乗り入れが始まるようなポスターは目にしたこともなかったぞ。でもだ、東武線沿線ではさかんにPRされていたらしい。「渋谷へ一直線」の横断幕まで出ていたというから驚き。この違いはなんなんだ?

 はい、上記2つの事例に興味を持たれた方は、原武史著「鉄道ひとつばなし」(講談社現代新書 税別740円)を読んでみましょう。いつかご紹介をと思いながら気がついたら刊行から1年半もたってしまっておりました。

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今日の話題とは何の関係もないけれど、またまた季節の花を。
射干(シャガ)です。


26 April. 2005  Sport Combi !

050426_001.jpg (58024 バイト) さて、この写真が何かおわかりかな?良〜く見ると、わかる人にはわかる。そう、日本では余り売れていないけれど、郷秋<Gauche>お気に入りのSAABの9-3だ。でも、もっと良く見て欲しい。Cピラーより後を。何と今年3月のジュネーブ・ショーでお披露目されたばかりのSAAB 9-3のワゴン版、Sport Combiなのである。ど〜だ、驚いたか!写真は何とSAABが出している正式なカタログで、しかもスウェーデン語版だ。

 CAR GRAPHIC 5月号によれば欧州での発売は9月からとあるが、勿論本国では既に販売が開始されているということなのだろうな。何故郷秋<Gauche>がこんなものを持っているのかと言えば、今月初めにストックホルムに行った時に入手したのである、というのは真っ赤な嘘で、元を質せばSAAB社と同じヒコーキ屋さんであった自動車メーカーに勤める友人がスウェーデンに出かけた折の土産として持ち帰ってくれたものだ。

 さすがにSAABだけあってカタログのデザインセンスも抜群で、表紙とも34ページのカタログにはいかにもSAABらしいセンスの良い写真がたっぷりと載っている(何故かYAMAHAのサイレント・ヴァイオリンの写真も)。残念ながらカタログのページをスキャナニングして掲載するわけにはいかないので、余白をたっぷり取ったいかにもSAABらしいページを開いて室内風景の一部として郷秋<Gauche>のカメラで撮ってみた。

 カタログがのっているのはスウェーデン・オリジナル・デザインのソファー、後ろのカーテンだってスウェーデン製だぞと、ちょっと自慢してみるけれど、A340に乗ってスウェーデンに出かける友人が、やっぱり羨ましいぞ。トホホ。


25 April. 2005  F1 GP 第4戦、サン・マリノGPを振り返る

 今晩は昨日のレースの結果について触れねばなるまい。

 結果は先刻ご存知の通り、ルノーを駆るフェルナンド・アロンソがシューマッハを従えて真っ先にフニッシュラインを通過した。次いでBARホンダのジェンソン・バトン、モントーヤに代わって出場のマクラーレンのブルツそしてBARホンダの佐藤琢磨、ようやく結果を出せた1997年のワールドチャンピョン、ジャック・ビルヌーブ、トヨタのヤルノ・トゥルーリ、同じくトヨタのラルフ・シューマッハと続いた(ラルフ・シューマッハは危険行為があったとしてペナルティ25秒加算となり、8位にはウイリアムズBMWニック・ハイドフェルドが繰り上げ)。

 さて、この結果についてだが、昨晩「フェラーリ・シューマッハに秘策はあるのか」と書いたが、まさしく「秘策」はあった。
 スタート時の(と言うことは予選の時からということであり、止まり切れずにコースアウトしたのもうなずける)搭載燃料が他のマシンより相当に多かったのである。これにより27周目まで給油を引っ張ることのできたシューマッハは最初のピットインの時にはなんと3番手まで順位を上げている。

 3位で第2スティントに入ったシューマッハは瞬く間に2位のバトンに追いつきシケイン進入で難なくパス。更にトップをひた走るアロンソ追撃にかかる。ラスト10周は若干ペースを落としながらもテールtoノーズのデッドヒートを繰り広げたが、若さに似合わぬ落ち着いたドライビングでアロンソが最後までシューマッハを押さえ込みフィニッシュ。

 13番グリッドからスタートしたシューマッハは優勝こそ逃したが実に見ごたえのあるレースを演出し、若いアロンソが(日本流に言えば)一回りも年上の王者シーマッハと堂々と渡り合い、コース上で決着をつけた見事なレースであった。シーマッハの後継に、まさしく名乗りを上げた瞬間であり、息詰まる最後の10周は1992年のモナコ、セナとマンセルの名勝負に並ぶと言っても過言ではない。後にワールドチャンピョンの若き日の名レースとして長く語り継がれることになるであろう。

 蛇足は承知であるが、3年ぶりのレースで持てる力を見せ付けたマクラーレンの3rdドライバー、ブルツの存在、開幕3戦とは別のマシンに生まれ変わったBARホンダについては特筆すべきであろう。

 波乱のシーズンを象徴する見所の多いレースであった。


24 April. 2005  Formula One Grand Prix 第4戦、サン・マリノGP

 今日はFormula One(F1)グランプリ第4戦、サン・マリノ・グランプリだ。現地14時スタートの決勝レースがまもなく始まる(日本時間では21時)。
 F1は1国1開催が原則だけれどF1の人気が高いイタリアでは2回開催される。しかし2回のうちの1回は1国1開催の原則に従いイタリア国内にある最古の共和国サン・マリノの名前を借りて行われる。もう1回は9/2-4にモンツァで開催されるこちらは正真正銘のイタリア・グランプリだ。

 今回のサン・マリノGPは面白いぞ。何がって、ティフォシ(筋金入りのフェラーリファン)でスタンドが真っ赤になると言うのに、予選2回目でコースアウトしたシューマッハは何と14番手、バリチェロも10番手と沈んでいるからだ。
 興味深いのはマクラーレンのライッコネンが久しぶりにポールポジションを奪い取ったこと、開幕3戦で好調を維持したトヨタが5番手、11番手と乗り切れなかったのとは対照的に序盤苦戦したBARホンダのバトンが3番手、佐藤琢磨が6番手につけたことだ。

 今シーズンのF1は面白い。なぜかと言えばフェラーリ・シューマッハが不調だからだ。2000年以降、フェラーリ・シューマッハ以外のチャンピョンがいないことでわかるように、ここ7年間他のチームを寄せ付けないまったくのフェラーリペースであり、レースの前からフェラーリ・シューマッハが勝つことがわかってしまうつまらないと言えるシーズンが続いていたのである。確かにどんな作戦で勝ちにくるのか(昨年は4回給油なんて勝ち方もあった)興味深いともいえるけれど、フェラーリ・シューマッハが勝つことには変わりはないからな。

 ところが今年のフェラーリ・シューマッハの体たらくはどうだ。しかしだ、今日のサン・マリノ・グランプリは「アウトドローモ・エンツォ・エ・ディーノ・フェラーリ」という長たらしい名前のサーキットで行われるが、イタリア語に堪能な郷秋<Gauche>が訳せば「エンツォとディーノ、フェラーリ親子のサーキット」だ。下手なレースはできまい。
 打倒フェラーリの旗頭ルノーはもとより、マクラーレン、BARホンダも調子がいい、ウィリアムズBMW、トヨタも侮れない。フェラーリ・シューマッハに秘策はあるのか!23:50からの放送が待ち遠しいぞ。


23 April. 2005  緑の眩しい季節です

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 今日も恩田の森に行ってきました。たった一週間で森の緑は驚くほど濃くなり樹木や野草も美しい花を咲かせ楽しませてくれました。

 そうそう、昨年我が家の庭の山法師(ヤマボウシ)の下に植えた二輪草(ニリンソウ)の花が咲きました。葉が出てくるかどうかさえ怪しい感じで、まさか花が咲くとは思ってもいませんでしたので嬉しい驚きでした。今日現在6株の内2株で花が咲き、もう1株に蕾がついています。この調子なら数年後には山法師の木の下一面に二輪草が咲くかも知れません。写真はあたり一面二輪草になった時にご覧にいれますね。

 今日の写真は二輪草の代わりの我が家の花水木です。花水木と呼ばれることが多いようですが、正しい名前は亜米利加山法師(アメリカヤマボウシ)と言います。明治時代に日本からアメリカに桜の木を贈ったお礼にやって来たのがこの亜米利加山法師。「アメリカからやってきた山法師に似た花を咲かせる木」という意味ですね。

恩田の森の写真はこちらからご覧ください。

 恩田の森


22 April. 2005  眩しい新緑

 新緑の眩しい季節となった。
 これからの約1ヶ月間は木々が次々に芽吹き、ありとあらゆる緑のバリエーションで私たちを楽しませてくれる。1週間と言わず日々その色は濃くなり、そして、気がつけば鬱蒼とした夏木立へとその姿を変えしまっているのだ。

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東京都下某所の新緑。この写真をご覧になられて
遠い昔を想い出される方もおられることだろう。


21 April. 2005  眩しい新緑ロック岩崎、空に散る

 今日の昼休みにWebのニュースを見ていたら「曲芸機墜落 操縦士が死亡」のヘッドライン。まさかと思ってクリックすると、嫌な予感は当たっていた。
 日本初のプロアクロバットパイロット、ロック岩崎こと岩崎貴弘さんが訓練飛行中に愛機ピッツ・スペシャル(JA22AR)と供にコウノトリ但馬空港の滑走路脇に墜落したのだ。第一報では「操縦士、心肺停止」とされていたが程なく病院で死亡が確認されたとか。

 残念なことに、私は岩崎さんにお目にかかったこともないし、そのアクロバット飛行を見たこともなかった。でも、私は岩崎さんとその愛機を知っていた。(こちらのオフィシャル・サイトはアクセス集中のために停止の模様)

 いつかは爆音を聞きながら空中での演技をこの目で確かめたいと思っていたが、今となっては叶わぬ夢となってしまった。
 それにしても、岩崎さんが空自時代に搭乗していた世界最強と言われるF15イーグルとたった260馬力のちっぽけな複葉機、飛ばしていて楽しいのはどちらがだったのだろうか。ぜひともお話をお聞きしてみたい方でもあっただけに本当に残念。心から哀悼いたします。


20 April. 2005  vol. 2  ディスプレイによって随分違う

 今日の昼休みに勤め先で新しく購入した高級PCを触ってきた。
 SONYのVAIOの最高峰、typeRというシリーズの中でもいろいろテンコ盛りのヤツ。高解像度UXGA(1600×1200)対応の20インチディスプレイが付いている、黒ずくめで凄いヤツ。typeRだなんて、NSXやINTEGRAじゃあるまいし、なんじゃいその名前はっ、て感じだけれど20インチディスプレイの再現性が高いのには驚いた。
 恩田の森の最新作、春を見てビックリ。まあ、写真の綺麗なこと(撮影技術・芸術性の問題ではなく画像としてだ、勿論)。でも、しばらく感心してから気がついた。やけに色がドギツイんだな、これが。

 昔々の安物のドーナツ盤(45回転のシングル盤)とレコードプレイヤー(アンプ・スピーカー一体のヤツだ)のことを思いだした。安物のプレイヤーは低音と高音の再生が難しい。特に小音量で聞くと余り聞こえてこないんだ。だからこういうプレイヤーで再生されることの多いドーナツ盤は、元の音源は同じでも高級オーディオセットで聴かれることの多いLPと比べると低音と高音を強めに入れていたんだな。そうすれば安物のプレーヤーで、小さな音で聴いてもそこそこ聞こえる。
 ところが、このドーナツ盤を高級オーディオセットで再生するとどうなるかと言うと、低音と高音が強くなり過ぎ、低音はドンドン高音はシャリシャリ、所謂「ドンシャリ」と言うことになるわけだ。

 で、写真の話に戻すとだな、安いディスプレイで見ながら加工した写真を高級=再現性の高いディスプレイで見るとコントラストが強すぎ彩度が高く、やけにドギツイ写真になってしまうのだな。「ドンシャリ」写真だ。
 考えて見れば郷秋<Gauche>が愛用しているノートPCとSONYのVAIOの最高峰、UXGA(1600×1200)20インチディスプレイ付きのtypeRとでは安物のレコードプレイヤーと高級オーディオ(どの程度高級かという突っ込みはお断り)、スズキのアルト(今もあるのか?)とメルセデスのSクラスくらいの違いがあるか?

 撮った写真を自分で現像(プリント)していた時にはどの程度の仕上がりにするかは自分の目で見ながら判断できたけれど、デジタルの写真は明るさもコントラストも色合いも、すべてディスプレイを通して見て判断することになる。自分が使っているディスプレイでちょうど良い、本物と同じ明るさ・コントラスト・色合いに見えても別なディスプレイで見ると違った風に見えることがあるわけだ。安物のディスプレイで見ながら加工した写真を高級ディスプレイで見るとドギツく見えるだろうし、その逆だと何だか寝ぼけたような写真に見えるんだろうな。どちらが良いものやら。

 写真は山吹(ヤマブキ)です。今朝の写真は三葉躑躅(ミツバツツジ)。ドギツく見えればあなたのディスプレイは高級品、寝ぼけて見えたら安物と言うことです(^^)。

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20 April. 2005  郷秋<Gauche>の独り言、ついにblog化!

 一昨日「最近やけにblogが流行っている」と書いたばかりではありますが、ついに本日、「郷秋<Gauche>の独り言」もblog化と相成りました。
 
 こちらを Click !

 もっとも、一昨日の「独り言」をご覧いただければおわかりの通り、blogについてはいささか懐疑的でもある郷秋<Gauche>でありますから、いつでも戻れるように、もうしばらくはこのページの更新も続けていきたいと思っております。あるいはblogとこのページとの使い分けが必要になのかも知れません。
 まっ、使ってみればblogの方がメインになってしまうような気がしないわけではないのですが・・・。それにしてもblogのサーバーの遅いこと。無料だからこんなものでいいと言うことなのでしょうか。
 まずは「独り言」blog化のお知らせまで。

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本日のオマケは、今が見頃の三葉躑躅(ミツバツツジ)


18 April. 2005

 世の中blog流行である。今時こういう古いタイプのサイトは流行らないのだろうな。Internetと言えばインタラクティヴが売り物なのに、このページはそれが出来ない。まぁ、全然出来ないわけではなくて、「ご覧になられてのご感想をgauche@dream.com までお寄せいただければ幸いです。」とちゃんと明記してはある。でも、やっぱり少ないな、感想は。腐れ縁のような友人が時々「何あほな事書いてんのや」みたいなMailをくれるけど。

 そろそろこのページも出来合いのblogへ移行の時期かな。久しぶりに訪ねた斉諧生氏音盤日録もblog化されていたし、何と言っても金沢で古本屋のオヤジをしているポン友までナイショでこっそり始めているし。
 ここで郷秋<Gauche>はフト思ったのだな。いつからこれほど簡単に個人が情報を発信できるようになったのかと。

 郷秋<Gauche>が始めてInternetに触れたのは今からちょうど10年前、1995年の4月だった。マイクロソフトがWindows95を出したのは確かこの年の夏で、4月はまだ3.1の時代。3.1もWindowsとは言っていたけれど、Mac OSには大きく遅れをとっており、DOS Shellに毛が生えた程度のものでまったく使いものにならなかったな。Mac OSは指示通りにクリックすればちゃんとInternetにつながるのに、3.1では何としてもつながらなかったから初めてInternetに接続したのはMacだった。Windowsも95が出てようやくMacに追いついたと言う感じだったかな。

 最初はE-Mailを使ったりWebsiteを見たりと言った使い方だったけれどすぐに仕事でWebsiteを立ち上げる話になってそれからが大変だった。まずは当時の「お約束」、HTMLのお勉強。これを3ヶ月程やってからエディターを使うようになったけれど、このエディターがホントに使えて助かった。特に表組みの簡単なこと。それまでHTMLを一所懸命書いてもなかなか思い通りの表にならなかったものがあっという間にできてしまうのだから、ホント、驚いたもんだ。

 そんなこんなで96年4月1日に仕事で作ったWebsiteを立ち上げた。その1年後にこんなサイト(今はWebmasterを引退したけれど、数度のリニューアルを経て、現在はこんな感じになっている)を作ったのが所謂自分のWebsite事始、情報発信事始となった。このSiteオープンと同時に「日記」のページを始めているから、今で言えばblogのようなものをかれこれもう8年もやっていることになる。その間にこんなこんなこんなWebsiteも始めたから更新で結構忙しい日々を送っているわけだ。

 郷秋<Gauche>が初めてInternetを使い出した95年には「Internetってなに?」と言う人が多かったかな。97年にWebsiteを始めた時にはホームページってどんなの?どうしたら見られるの?と言う感じ。2000年にはもう誰でもが当たり前に使う時代になっていなもんだ。この普及ペースの早いこと早いこと。97年当時にどこへ行くにもノートPCを持ち歩き出張先からSiteの更新をしたら、いったいどんな魔法を使ったんだと、みんなに驚かれたのはもう遠い昔の話みたいだ。

 これほどの短期間に普及し、世の中の仕組みまでも変えてきてしまったものも少ないだろうな。今にして思うと約半世紀も前のテレビの普及と影響がInternetと同じ程度のスピードとインパクトだったかも知れない。このあたりのことはまた別の機会に書いてみようかな。

 何だかポン友がblogを始めたことから、年寄り臭くもすっかり昔話を書いてしまった郷秋<Gauche>であったのでした。いかんいかん。

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本日のオマケ


6日のクイズの答えは青・緑・オレンジ・ピンク、4色の「ライン
マーカー(蛍光ペン)」のキャップでしたが、残念ながら正解者
はいらっしゃいませんでした(^^)。                
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4色のラインマーカーを撮影するのと同じようにチューリップを
撮るとこんな感じになるわけです。春らしさを表現するために
逆光で撮影することも多いのですが、ここではあえて順光、
黒バックで撮ってみました。春をもっと堪能したい方はこちら
どうぞ。                            
.


6 April. 2005

 D70の修理が終わったという電話をもらったので、夕方新宿のサービスセンターに出向いて受け取ってきた。預けたのが日曜日だから、わずか3泊4日で戻ってきたことになる。受付窓口となるサービスセンターに直接の持ち込み・引取り、修理工場が都内にあるということ、とにかく急いで欲しいとお願いしていたことを考えても3泊4日で修理完了は、いかにも早い。

 ならばたいした修理ではなかったのではないかと思われるかも知れないが些に非ず、実は結構な重修理となっていたのである。
動作の不具合は3点。

 一つ目は昨夏の、とりわけ気温の高い日にシャッターボタンを押した時に時折エラーが発生しシャッターが切れないと言う不具合。これは涼しくなると供に自然治癒していたのだが、今年の夏に向けて再発が心配であった。
 二つ目は先週の日曜日に突然発生したトラブル。プレビューボタンを押すと絞込みがされるだけではなく、ミラーまで上がってしまうというかなり深刻なものである。ただしこちらも被写界深度の確認が出来ないということだけで、撮影ができなくなるというものではなかった。
 そして三つ目はボディーの底のネジに錆が出ていたという問題。

 二つ目のトラブルも当日中に自然治癒していたし、撮影できないという致命的なトラブルではなかったのだが、修理を急いだのには、実は理由がある。
 このD70を購入したのは昨年の4月17日。つまり間もなく1年間のメーカー保障期間が切れるからなのであったが、結果的にはこれが大正解で、1年間のメーカー保障が切れた後に修理していればおそらく数万円はかかったのではないかと思われるほどの修理がされていたのである。

 一つ目の対応としてはシャッター機構部の部品を交換、さらにシャッターチャージ部の部品を交換と納品書の処置内容欄に記載がある。二つ目の問題の対応としてはミラー機構部を調整、三つ目の対応は当然のこととして新しいネジと交換。処置内容欄にはさらに「SQ基板部」を交換したとある。果たして一つ目の対策なのか二つ目の対策なのかは不明だが、電子的部分の基板交換もされたようである。しかしだ、これで一安心。今回の修理箇所については6ヶ月間保障してくれるというのも嬉しい。

 朝鮮戦争当時、高性能と圧倒的な信頼性・堅牢製で名声を高め、その後に発売された一眼レフ「F」で確固たる地位を築いたNikonであるが、今回の故障・修理を経験し「Nikonで良かった」とつくづくと思った。勿論、故障しないに越したことはないが、機械は必ず故障する。問題はその頻度と、その際の故障が致命的であるか否か、さらにはその修理が速やかかつ確実の行われるかどうかが大きな問題となるが、今回のD70の故障では撮影できないという致命的、決定的な事態には至らなかったし、さらには実に速やかな修理がなされたのである(完治、しかつ再発しないことは信ずるしかないが)。

 四半世紀も昔のことであるが、職場で使っていたコピー機でこんなことがあった。
 当時、私の職場ではXeroxがメインであったが他にCanonとRICOHのコピー機が前後して置かれていたことがある。どれもが故障するのであるが、その故障の程度が違った。Xeroxは紙がつまる、文字が擦れる、紙全体にトナーが飛び散るなどのトラブルが出たが、コピーできないという致命的な故障は一度もなかったと記憶している。

 それに対してCanonとRICOHのコピー機もXeroxと同じようなトラブルが出るわけだが、最後には完全にストップ、コピーできなくなってしまうのである。コピーの品質は落ちても何とか用が足りるのと、まったく用を成さなくなるのとでは大きな違いである。クルマで言えば、自走できなくなるのと、曲がりなりにも自宅もしくは修理工場まで自走できるのとの違い。
 NikonとXeroxに共通する、最低限の動作を保障するということが、プロに選ばれる理由なのだろう(プロのXeroxユーザーという表現も何だか不思議だが、それについてはここでは深く考えないようにしよう)。

 今時分のコピー機ならCanonでもRICOHでも完全にストップしてしまうことはないのだろうと思うし、カメラにしたところでCanonだってPentaxだってOlympusだって、Nikonと同じようなスピーディーな修理対応をしてくれるのだとは思うけれど、郷秋<Gauche>的には「Nikon神話」を再認識し「やっぱりNikonだなぁ」と、ひとりごちるないわけにはいかない、今回の故障・修理劇であった。

注:あらぬ誤解を避けるために、Nikonからは金品を一切受け取っていないないこと、CanonにもRICOHにも、PentaxにもOlympusにも何の悪意をもっていないことを付記しておきます。もっとも、これからでも付け届けがあったとすれば、あえて拒否・辞退することはない、とも書いておきましょう(^^)。

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習作 #001
机の上でこんなものを撮って練習しています。何だかわかりますか?


5 April. 2005

 創刊号以来欠かさず購入(「読む」に非ず?)している季刊誌『考える人』の2005年号が届いた。2002年夏号が創刊号なので今号が通巻第12号となるが、この季刊誌のことは2003年7月19日にも書いているのでご記憶の方がいるかも知れない。その折には確か、この雑誌は永くは続かないだろうと言うようなことを書いた。

 何故なら、書店の売り場で目に付く程の高さまで平積みされたのは創刊号だけであり(もっとも、その山が低くなったようには見えなかった)、その後は号を追うたびに書店への入荷数が少なくなり、ついには2、3冊ばかりが並んでいるような状態で、発売から一週間が経っても一向にその数が減った様子は見受けられなかったからである。

 しかしだ、郷秋<Gauche>の予想をはるかに上回る通巻12号が発行され、あまつさえ夏号の予告までしているのである(当たり前か?)。さて、その『考える人』の2005年春号の特集は「クラシック音楽と本さえあれば」でる。まだパラパラとめくっただけあるが、はっきり言って郷秋<Gauche>好みの特集だな。

 この特集の中で、主に文筆を生業とする32人が「わたしのベスト・クラシックCD」を紹介しているのだがこれが、これが興味深い。統計を取ったわけではないので正確さには欠けるが、ざっと見たところ二つの面白い傾向があることに気がついた。

 まず一つ目は、32人が合わせて150タイトル程のアルバムを紹介している中には交響曲がほとんど出てこないことである。坂倉鬼一郎氏(作家)がブルックナーの9番をあげているが、これはカリンニコフ、グレチャニノフなどの交響曲と共にあげたもので奇をてらった感を拭いきれない。

 二つ目が、J.S. バッハの無伴奏チェロ組曲をあげる方が多いということ。江川紹子氏(ジャーナリスト)はマの新盤とフルニエ盤の2タイトルをあげている。藤本和子氏(作家・翻訳家)もマ盤をあげ、加藤典洋氏(文芸評論家)と永江朗氏(ライター)はカザルス盤、さらには平出隆氏(詩人)がビルスマ盤をあげるなど、大人気なのである。

 バッハはゴルトベルク変奏曲(圧倒的にグールド盤をお薦め)や平均律クラヴィーア曲集を複数の方があげるなど大人気なのである。『考える人』はバッハがお好きなのか。これは次のコーナーで17人の音楽家が「わたしの好きな本3冊」として同じ本をあげた方がいなかったことと比べると好対照であるが、音楽家の「わたしの好きな本3冊」にも面白い発見はある。

 例えばピアニストの小山実稚恵氏は3冊目にゴルトベルク変奏曲をあげている。禁じ手であることは承知の上で、この楽譜を小説のように読むと面白いのだと言う。それが出来る人には確かに小説よりも面白そうである。

 とまれ、『考える人』今季号は春の夜にお薦めの1冊である。

『考える人』2005年春号:新潮社刊 税込み1,400円 現在発売中


29 March. 2005

 気がつけば3月も残すところあと2日。早いもので今年も1/4が終わろうとしている。月日の過ぎ去る速度に勢いが付いて来ているようで何とも嫌な感じなのであるが、これもいたしかたあるまい(このことに関する「考察」については2003年1月23日の項をご参照いただきた)。

 さて、今日はカメラの話である。
 郷秋<Gauche>の現在の愛機はNikonD70という、デジタル方式の一眼レフである。このカメラは昨年の3月に発売になった普及価格帯のデジタル一眼レフであり、CanonのEOS Kiss Digitalと共にデジタル一眼レフの普及に弾みを付けたモデルとして記憶に残ることになるモデルである。と思ったのもつかの間、発売から僅か1年で販売終了となりそうなのである。大型量販店の店頭には今でもドッサリと積み上げられているのだとは思うけれど、なんとNikonのWebsite内のオンラインショップにはD70の販売を終了したと掲載させているではないか。D100の後継機はまだでないのかなと思ってNikonのWebsiteを見ていてビックリしたのである。

 2002年6月発売のD100の販売が続行されているのに(まあ、いまどきこれを買う人がいるとも思えないが)2004年3月発売のD70がもう終了なのである。かくして僅か1年の命となったD70なのであるが、はたしてEOS Kiss Kiss Digitalの後継機、Digital Nの対抗機種でも登場するのだろうか。
 50年前、隣の国であった戦争の折にその優れた性能と堅牢性を認められ一躍世界とトップブランドに躍りで、多くの職業写真家に愛用されて来た質実を旨とするメイカーにしては随分とマーケティング重視の方向に走ったものだと驚く郷秋<Gauche>である。

 そうは言っても既に完成の域に入って久しいフィルム方式の一眼レフとは違い、急ピッチで性能が向上しそれとは反比例し価格の下落が顕著なデジタル方式の一眼レフである。最終的には普及型フィルム方式一眼レフと同程度まで価格が下がることが予想されるから、これまでと比べ相当に早いテンポで新型が出てくることは当然予想される。低廉かつ高性能・高耐久性のものが登場するのはユーザーとしては大歓迎である。

 どうだろうか、実売価格はEOS Kiss Kiss Digital Nと同じ10万円、画素数も同じく800万画素といったあたりでD70XあるいはD70sなどというモデルが近々に登場するのかも知れない。

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我が家のビオラ
このところ、こんな得体の知れない写真にちょっと凝っている郷秋<Gauche>であります(^^ゞ。


21 March. 2005

 春分の日を過ぎたとたんに汗ばむほどの陽気となった横浜です。いよいよ春本番ですね。そしてあと10日で新年度を迎えることになります。卒業式シーズンが終わると4月、新年度が始まります。学校では新入生が入ってきます。会社でも新入社員が入って来る。役所も新しい会計年度に入る。新しい季節と共に新しい1年が始まるんですね。そういう意味では1月と4月、日本には年に2回の年の始まりがあるということになりますね。四季も春夏秋冬と春から始まります。新年のことを新春とも言いますが、1月は春と言うにはいかにも早すぎますから、春本番の4月を新しい1年の始まりとするのは理にかなっている気がします。

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紅花三叉(ベニバナミツマタ)


19 February. 2005  (2/28加筆しました)

 ちょっと面白そ〜なものを見つけましたので(^^)。

 1.お名前を教えてください
 
   “郷秋<Gauche>”です。

 2.どちらにお住まいですか?
    横浜市青葉区です。

 3.PC歴はどれ位ですか?
    かなり長いですね。IBMがマルチステーション5550という、On Line端末、PC、ワープロの1台3役のマシンを出し
    た時からです。記憶に間違いがなければ1983年のことですからかれこれ22年です。

 4.サイトを開設したきっかけは何ですか?
    おもちゃ箱は日記代わりですね。今ならBlogでしょうが、当時はそんなものはありませんでしたからシコシコHTML
    から書いていました。今にして思えば結構勉強にはなりましたね。1997年のことです。
    恩田の森についてはこちらでお聞きください。

 5.写歴はどれ位ですか?
    高校2年の時から7、8年はかなり気合を入れて取り組みましたが、その後長い長い中断を経て、昨年5月にカメ
    ラを新たに購入し再開。再開後10ヶ月です。
    
 6.写真を始めたきっかけは何ですか?
    思い出すのが大変なくらい昔の話ですが・・・。今にして思えば、自転車で東北一周した時に父のカメラを借りて
    持っていったのがきっかけかな?だとすると最初は風景写真ですね。

 7.デジタル派?銀塩派?
    使っているのはデジタルカメラですが、「派?」と聞かれるとそうではないと思います。物事を単純にYesかNoか、白
    か黒かに二分する考え方には、私は馴染めません。

 8.最初に手に入れたカメラは?
    良くぞ聞いてくれました。最初に自分専用に買ったのはPENTAX SP 50mm F1.8付でした。その後28mmと135
    mmのレンズを買い、レンズ交換が面倒なので(スクリューマウントでしたので)TTL露出計が内臓されていないSL
    のボディーを買足しました。大学の時にNikomat ELを中古で買いました。レンズはZoomの43-86をメインに24mm
    と200mmを使っていました。もう1台NIKONを買うつもりでPENTAXを売り払ったのですが、結局そのままフェードアウ
    トでした。

 9.一番お気に入りのカメラは?
    一番、と言うほどんたくさんのカメラを持っていません。

10.普段持ち歩くカメラは?
    MINOLTAのDiMAGE Xtがバッグの中に入っていることが多いですが、ほとんど撮りません。

11.次に欲しいカメラは?
    誰かが買ってくれるのなら、NIKONのD2XSPの復刻モデルが欲しい!
    レンズはDXの12-24とVRの80-400かな。SPは家宝にします。

12 携帯電話に付いてるカメラは使いますか?
    ケータイ持ってません(^^ゞ。似たよ〜なものにカメラ機能が付いてはいますが、買ってきたその日に1度試しにシャッ
    ターボタンを押しただけです。あれって「カメラ」なんですかね〜。インスタントコーヒーがコーヒーじゃなくてあくまでも
    インスタントコーヒーであるように、カップラーメンがラーメンではなくあくまでもカップラーメンであるように、あれはケー
    タイ内臓カメラであって「カメラ」ではないと、私は考えます。

13.好きな写真家は誰ですか?
    特にいないけど、沢田教一はすごいと思う。写真集も持ってます。

14.写真仲間は

    いません。写真やカメラの話題で盛り上がるのはいいけど、撮影は単独じゃないとできないよなぁ・・・。

15.師匠はいますか?
    いません。が、目に触れるすべての写真が手本だと思っています。広告写真のイイのを目にするとどうやって取った
    んだろうかと、暫く楽しめます。

16.写真技術はどこで覚えましたか?
    テクニックはほとんど自己流ですが、ものの見方、捉え方、考え方はかつて某所でかなり厳しく鍛えられました。
    時間をかけてていねいに焼いた四切のプリントの四方をカッターでバッサバッサと切られてL版くらいにされてしまうん
    です。そして「君が表現したいのはこれですか?」なんて聞かれて「そうです」と返事すると、「それなら最初からこう
    撮りなさい」なんて言われちゃっうんです。厳しかったなぁ。

17.主な被写体は何ですか?
    現在は風景とその構成要素としての草花・樹木です。

18.挑戦したいジャンルは?
    「人」を上手に撮るれるようになりたいものです。

19.モノクロ派?カラー派?
    これも7番と同じで「派?」と聞かれると困ります。別に「派」ではありませんが、最近撮影しているのは色付きです。

20.自分で現像、プリントをしますか?
    これは良い質問です(^^)。昔はモノクロだけでしたから、当然自分で現像していました。現像液や停止液の匂いが
    懐かしいです。道具もほとんどなくなってしまったけれど、EL-Nikkor 50mm f2.8はまだちゃんと持っています。現像
    液の中の印画紙に影像が浮かび上がって来る瞬間がたまりませんでした。またやってみたいものです。

21.おすすめカメラ店はどこですか?
    チャンプの青葉台はなかなか良いお店だと思いますがどうでしょうか。

22.ヨドバシカメラは値切れないので嫌い?
    値切らなくても十分以上に安いと思います。別に好きでも嫌いでもありせん。値切ると言う行為そのものに馴染み
    がありません。この質問を考えた人は大阪人でしょうか?

23.で、ビックカメラも嫌い?
    ビックカメラには行ったことがないので答えようもありませんが、行ったとしても特に好きにも嫌いにもならないと思いま
    す。この質問を考えた人はやはり大阪人みたいですね。

24.毎月の写真関係の出費はおいくら?
    カメラやレンズの購入を別にすれば限りなくゼロに近いです。フィルムいらないし、現像の必要もないので。

25.半分まで来ました、カメラメーカーに一言物申してください♪

    物申す程偉くありませんが、言わせてもらえるなら。
    修理中に代替のカメラ・レンズを貸して欲しいですね。現在はボディーが1台しかないので、修理に出している間
    は撮影できなくなり困ります。もし代替機を貸してくれたら、カメラはもうこのF5で最後にしようと思っている人も、
    修理に出している間に貸してくれたF6を使っているうちにF6が欲しくなること請け合いです。双方にとって良い効果
    が生まれるはずです。
    愛車のAstraを車検に出している間にSAABの9-3を借りて乗ったことがありましたが、トリッキーかつパワフルなエン
    ジンと、ナチュラルかつモダンなシートやコックピットが微妙なポイントでバランスした独特の雰囲気が気に入り、次の
    クルマはSAABにするぞと心に決めたものでした。もっとも先立つものがないのでいまだに買えていませんが(^^ゞ。

26.仕事中に写真の事を考えてますか?
    結構頻繁に。

27.ちゃんと仕事してください!
    余計な心配は無用です。仕事をしている振りをするのは、写真と違ってとても上手ですから。

28.月に何回位撮りに行きますか?
    4〜5回。毎週末必ず。

29.とっておきの撮影スポットはどこですか?
    それは勿論 onda_banner_s.jpg (4548 バイト) です。でも、ホントは人には教えたくないんです。37番の前段に書いたような人に
    来られると困りますので。こちらに書きましたお願いを守っていただける方は大歓迎です。
    lovesnature.gif (1031 バイト) こちらもぜひご覧ください。

30.主な移動手段は何ですか?
    自分の足です。

31.撮影機材以外に持っていく物はありますか?
    冷たいビール!冬場はこれに熱いコーヒーが加わるので荷物が増えます。

32.撮影が目的で一番遠くまで行ったのはどこですか?
    なるせの森の西端。恩田の森以外では撮影しません。

33.一枚一枚丹念に?それとも数撃ちゃ当たる?
    時により。24番に書いたとおり、何枚撮っても特に費用がかかるわけではないので、「数撃ち」になりそうな悪い
    傾向がでてきました。いかんイカン。そういえば「一写入魂」なんて言葉が昔ありました。

34.気分が乗らない時はすぐに撮影をやめますか?
    毎週の連載を抱えていますので、アナを空けるわけにはいきません。気分は「プロ」です(^^)。
 
35.雨でも風でもへっちゃらですか?
    「へっちゃら」な人っているんですか?みんないい写真撮りたい一心で我慢しているんじゃないのかなぁ。

36.一番過酷な撮影状況は?
    従軍写真家じゃないので・・・。

37.カメラマンのマナーについて一言
    時に悪い人がいますね。狭い通り道に三脚立てたり人を止めたり。何様のつもり?京都あたりの写真愛好家の
    団体が自主規制を始めたりしているようですが、大変良いことです。

38.で、貴方はマナーを守っていますか?
    当然です。落ちている空き缶やペットボトルを拾って帰って来ます。

39.写真で食べていこうと思った事はありますか?
    あるんですね、これが。随分昔のことですが。写真小僧は誰でも一度は考えるんじゃないかな?

40.金品を受け取って撮影した事はありますか?
    あるある!ピアノの発表会の写真を撮ってあげたらお駄賃をくれた。
    質問の趣旨が「金品を受け取る前提で」ということだとすると見当違いの答えですね。

41.写真以外の趣味はなんですか?
    チェリスト兼エッセイストです。

42.定期購読しているカメラ誌はありますか?
    ありません。ああいうのって読むとなにかいいことありますか?今時写真なんてどこにでもあるわけで、講評を読まな
    いといい写真と悪い写真の区別がつかない様ではいつまでたってもうまくならないと思います。って、偉そうに言って
    おきましょう。大体、カメラや関連機材の広告が多く、物欲を刺激されていけません。写真集は時々買います。

43.サイレンを聞いてカメラを持って走った事はありますか?
   
 そんな「覗き趣味」はありません。

44.職務質問された事はありますか?
   
 あります。大昔、借り物のNIKON F2に500mmのレフレックス付けて横須賀で機動隊を撮っていたら10人くらいの
    武装機動隊に囲まれた。怖かった!

45.絡まれた事はありますか?
   
 これは写真を撮っていてということですかね。特にないですね。

46.予算も時間も無制限、さあ何処で何を撮りますか?
   
 恩田の森

47.次の休みの予定は?
   
 勿論恩田の森に出かけます。

48.日本が戦場になりました、貴方が手にするのは銃?それともカメラ?
    仮定が突飛に過ぎませんか?どちらかを取れと強要されれば、カメラを取るとは思いますが。

49.銀塩写真はいずれ無くなると思いますか?
    なくならないでしょう、というよりはなくなって欲しくないです。

50.貴方にとって「写真」とは?
    感情・感性の表現方法の一つ。

   お疲れ様でした。
    はい、疲れました。

 以上は cameraman50q.jpg (4861 バイト) に答えたものです。
 ちょっとどうかな?と思う質問もありますが全体としては面白かったですね。ただ「カメラマン」という言葉は私は余り好きではありません。カメラマン=写真を撮る人という意味なのでしょうが、このカメラマンと言う言葉には、写真を撮ることに主体性がなく、あそこに行ってあれを撮って来いと言われて撮っている人、というニュアンスを私は感じます。自分の自由な意思で写真を撮るのは写真家。それを職業としていない人の場合には写真愛好家という言葉が良いかも知れません。
 最近「写真作家」という肩書きを目にすることがありますが、これはちょっと大仰な感じがします。個人的には、カタカナにしただけで写真家とどこが違うのかと言われそうではありますが「フォトグラファー」という言い方が好きです。
 チェリスト、エッセイストにしてフォトグラファーの郷秋<Gauche>です(^^)。


1 February. 2005

 1月18日からお知らせをしていましたが、先ほどFM Salus 84.1MHzで、Website「恩田の森」の話をして来ました。
 
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田園都市線たまプラーザ駅前にあるFM Salusのスタジオ。   Square Side 火曜担当のパーソナリティー、若菜ひろこさん。
 
 本人としてはゼンゼンそんなつもりはなかったのですが、のっけからパーソナリティーの若菜さんに「緊張してますね(^^)」なんて言われて、まいりました(^^ゞ。
 話はと言えば、勿論「恩田の森」とWebsite「恩田の森」のこと。

1. Website「恩田の森」の概要を教えて下さい。
  「恩田の森」は宅地開発の進む青葉区恩田町にでポツンと残された緑の小島です。こどもの国線の東西に2つずつ、合わせて4つのこんもりたした森がありますが、そこには雑木林、谷戸田や畑があり、所謂里山の風情が残されています。私は4つの森にかつらの森すみよしの森あかねの森なるせの森という名前を勝手に付けていますが、この4つの森の四季折々の自然を私が撮影した写真と短い文章とで紹介しています。

2. 見所は?
 毎週末必ず森にでかけていますが、その時に撮影した写真をその日のうちに掲載するONDA Nowを、まずはご覧いただきたいですね。

3.  どうして、このサイトを始めたのですか?
 最初は気分転換、気軽な散歩のつもりで森を歩いていたのですが、横浜の住宅地の中なのにホントに豊かな自然が残されていることに驚きました。そんな自然の息遣いを自分ひとりで楽しんでいるのが何だかもったいない気がして、他の人にも是非楽しんでいただきたいと思ったのがきっかけです。
 素晴らしい自然が横浜、青葉区にも残されていることを皆さんに知っていただき、そして楽しんでいただけると嬉しいです。

4. ご覧になった方の反応は?
 都会に住んでいると自然の営みに触れる機会が少なくなりますが、Websiteを通して自然を楽しみ、草花の生き生きとした姿を見ることで癒されているというMailをよくいただきます。
 昨年の10月にはリアル・ツアー(実際に森を歩いてみるツアー)を実施しましたが、それまでWebsiteで恩田の森を楽しんでくださっていた方が参加し、実際に森の自然を楽しんでくださいました。

5. 最後に一言おねがいします
 是非、実際に森を歩いて自然の息遣いを感じていただきたいと思います。そんな時間もなかなか持てないという方は、毎週毎週更新のWebsiteをご覧頂き自然の営みに触れていただければいいなと思っています。

 ざっと、こんな感じの話をしてきました。放送の録音をMP3のファイルにしてWebに載せましたので「聴いてあげよう!」と言う奇特な方はこのページ、本日分の一番下にあるアイコンをクリックしてみてください
 MP3のファイル作成・掲載は昨年10月のリアル・ルアーにもご参加くださいました川崎さんにご協力いただきました。川崎さん、ありがとうございました。

 話はかわりますが、今回コミュニティーFMに出演してみて興味深かったのは、小学校・中学校と放送部の技術担当で、いまでも50Wまでの電波を出せる免許を持っている郷秋<Gauche>としてはコレ、ですね。
 
fmsalus3.jpg (48229 バイト)
 
 これはスタジオや控え室においてあるモニターの画面です。一日分の番組が秒単位でプログラミングされていて、この画面を見ながら放送を進めて行くのです。スタジオにいるのは音を出したり調整をしたりキュー出しする男性とパーソナリティーのお二人だけで、このお二人で放送のすべてを担当しているようです。電波を送り出す方は、たかだか20Wですから特に人の手は必要ないのでしょうね。

 1/18日にも書きましたが、いったいどれほどの方がお聞きくださったのかはわかりませんが、まぁ、恩田の森のPRが出来たこと、FM初出演(AMラジオには出たことがあるんです。10年程前ですが富山放送だったかな?この時にはスタジオと現場の二元中継生放送でした)ということで、まぁ面白かった、かな(^^)。若菜さん、お世話になりました。
 

『“郷秋<Gauche>” Website「恩田の森」について語る』
 2005年2月1日(火)19:05〜  FM Salus 84.1MHz MP3のプラグインをダウンロードしてください
横浜市青葉区エリアのコミュニティーFM放送
fmsalus234-60.gif (5123 バイト)
 
 

onda_banner_s.jpg (4548 バイト) Website「恩田の森」
http://www33.ocn.ne.jp/~musica/on/index.html
 


24 January. 2005

 18日にお知らせをいたしました、郷秋<Gauche>のFM Salus 84.1MHzへの出演は、局側の都合により2月1日に変更となりました。曜日・時間は同じです。

 2月1日(火曜日) 18:00からの番組 Square Sideの中、19:05頃からの僅か5分程ですが郷秋<Gauche>が「恩田の森」についての話をいたします。ぜひ聞きください。こんな話が聞きいというご希望がございましたら、どうぞ遠慮なく事前にご連絡ください。


18 January. 2005

 2ヶ月振りの独り言となったが、今日は「コミュニティFM」の話題である。
 ご存知のない方のために、まずはコミュニティFMの定義。
 
 コミュニティFM とは、1992年1月、当時の郵政省が制度化した市町村をそのエリアとして開設するラジオ放送局のことである。
ラジオは電波の形式によりAMとFMに分けられるが、コミュニティ放送の場合にはFM方式の電波を用いるために「コミュニティFM」と呼ばれることが多い。
 通常、民間FM放送局は都道府県を単位として周波数が割り当てられているが、コミュニティFMは送信出力が最大でも20Wと、放送局としては非常に小さいもので、一般的に考えられる可聴エリアは送信所(アンテナ)から半径10km程度である。

 日本のFM放送で利用される周波数、76-89MHz帯のVHF(超短波)帯の電波は、通常は光と同じようにまっすぐに見通し範囲にのみに伝播すると説明されているが、特に夏場に多いのだがスポラディックE層(地表から100-200Kmの上空にある電波を反射する層)の反射による異常伝播が発生すると500-数千Km先まで電波が届き、思わぬ場所で混信を引き起こすことになるために、僅か20Wの電波とは言え周波数の割り当てにはかなり慎重な判断が必要となり、申請しても割り当てられる周波数がないということで不許可とされることもあるようである。

 例えば郷秋<Gauche>の出身地である福島には普通のFMラジオ局としてふくしまFM(JOTV-FM 81.8MHz、会社名は株式会社エフエム福島)があるが、県央地区である福島市・郡山市地区をカバーする親局が送信出力1KW、浜通り(太平洋側の地区)は送信出力100Wの中継局を南北に各1局ずつ設置、更に会津地方には送信出力250Wの中継局を配し、合計1,450Wで人口約200万人の福島県ほぼ全域を可聴エリアとしている。

 それと比べるとコミュニティFM、郷秋<Gauche>の地元である横浜市のFM Salus(JOZZ3BE-FM 84.1MHz 会社名は横浜コミュニティ放送株式会社)を例にとれば、送信出力わずか20Wで人口29万人の青葉区と同17万人の緑区を可聴エリアとしている。その他、同じ東急系のケーブルテレビ局であるイッツコムの放送エリア(主として田園都市線沿線)で聴取が可能であるたなど、人口密度の高い都市部では僅かな送信出力でかなりの人口を擁する地域をカバーする放送局として成り立つことになることがわかる。
 しかし、可聴エリアは原則的には市区町村の単位であり、印刷媒体で言えば道府県を単位として発行される地方紙(新聞)に対してその町で発行されるタウン誌とかミニコミ誌と言った規模である。

資本金   : 8,000万円
正規社員 : 6名
年間経費 : 7,000万円
地元自治体からの広告費収入 : 600万円
20秒のスポット広告料      : 3,000円
計画から開局まで : 3年間
その間の初期投資 : 8,000万円

 運営母体は地元自治体が出資する第三セクターであったり、純民間資本であったりするが、首都圏のコミュニティFM局の経営規模はおおよそこんなところである。各数字は平均ということではなく、感覚的に大方こんな感じという数字を集めたものであるが、まあ、ほぼ実態を反映しているのではないかと思われる。

 では、このコミュニティFMがどんな役割を担っているのかと言えば、実はいろいろのようである。つまり、先に書いた第三セクターが運営母体となっている場合には自治体のための広報媒体、非常時の情報伝達といった公共放送としての色彩が濃くなるし、また、特に大都市圏にある局の場合には純民間資本による利益追求型のものも少なくはないようである。
 ただ、どちらの場合も共通して言えるのは地域密着型の情報提供を主とする放送局であるということである。

 こうしてコミュニティFMについて書いていると、読者諸氏の中には何故郷秋<Gauche>が唐突にこのコミュニティFMについて書いたのか疑問に思われる方も多いと思われるので、その理由について触れておきたい。

 実は地元のFM Salusから郷秋<Gauche>が作るもう一つのWebsite恩田の森についてのインタビューをしたいとして、出演の依頼があったからであり、これまでその存在を知ってはいたが、余り聞くこともないし深く考えもしなかったコミュニティFMなのだが、調べてみるとなかなか面白いではないか、と思ったのがきっかけ。私の好きなクラシックとジャズ、二つの音楽を中心とした番組で構成した、もっとお洒落な、私好みのコミュニティFM局はないのか、ないなら自分で作れないのか。送信出力が20Wではその可聴エリアは限られるが、電波での放送と同時にInternet放送を行えば全世界で聞いてもらえるのではないか、さらに番組と自身のWebsiteとのコラボレーションによりeビジネスとしても大きな可能性があるのではないかと思ったからなのである。

 資本金1億円弱の企業を起こし、更に放送局の免許を取得し実際に放送を開始するのは簡単なことではないとは思うけれど、自分の好きな音楽と情報を提供できる「自分の放送局」を持つことが出来たならば、こんなに素敵なことはないなと思う郷秋<Gauche>なのでありました。

郷秋<Gauche>が登場する番組の放送の予定は次の通りです。

 
    「恩田の森」がFM Salusに登場します。

 
   2/1(Tue)18:00からの番組 Square Sideの中、
   19:05頃からの僅か5分程ですがWebmasterの
   郷秋<Gauche>が「恩田の森」についての話をいた
   します。ぜひ聞きください。 

   特にこんな話が聞きいというご希望がございました
   ら、どうぞ遠慮なく事前にご連絡ください。

   当初1/25とお知らせしておりましたが、局側の都合
   により2月1日に変更となりました。曜日・時間は同
   じです。

fmsalus.gif (1492 バイト) 横浜市青葉区エリアのコミュニティ FM
FM Salus 84.1MHz
  
 

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郷秋<Gauche>への原稿依頼も上記宛に。

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