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Archive <2001>


24 Dec 2001

今日ダビデの町で、
あなたがたのために救い主がお生まれになった。
この方こそ主メシアである。

Buon Natale !

<新約聖書 ルカによる福音書 第2章11節、新共同訳による>


22 Oct 2001

 先週の日曜日に鈴鹿サーキットで行なわれた日本グランプリで、今年のフォーミュラ1が閉幕した。
 今年のフォーミュラ1の結果は各種のメディアが報道する通り、フェラーリに乗るミヒャエル・シューマッハは早々と2年連続の年間ドライバーズ・タイトルを決め、さらにフェラーリが3年連続でコンストラクターズ・タイトルを手中に収めるという、フェラーリとシューマッハの圧倒的な強さが目だったシーズンであった。シューマッハは自身とナイジェル・マンセルだけが達成している年間9勝、そして前人未到の53勝、さらに通算獲得ポイントも歴代記録を更新したのだ。

 これにはマクラーレンのミカ・ハッキネンの不調と言う、シーズン開幕時には予想だにしなかった要素が大きくかかわっている。また、開幕当初の数レースを除いては決して楽なシーズンではなかったと彼自身もコメントしているが、これは数年来不調が続いていたウイリアムズがBMWの強力なエンジンとミシュランタイヤそしてラルフ・シーマッハとファン・パブロ・モントーヤという優れたドライバーを擁して復調の兆しを見せた事によるものである。フェラーリとシューマッハが圧倒的な強さを見せて閉幕した今年の最終戦であったが、私は鈴鹿を最後にフォーミュラ1引退を表明し最後のレースに臨みながら、201戦という長いフォーミュラ1でのレースの最後を飾ることなく、僅か5周でレースを終えたジャン・アレジについて触れたいと思う。

 アレジは89年フランスGPでティレルからフォーミュラ1にデビューしているが、最も印象的なレースは翌シーズンの開幕戦、フェニックス市街地コースで行なわれたアメリカGPである。当時最強と言われたマクラーレン・ホンダMP4/5のアイルトン・セナを従えてトップを走るティレル・フォードのアレジ。ドラマは34週目に訪れた。第1コーナーでセナはアレジのインを突き前に出るが、遅らせたブレーキのために続く左コーナーのインを僅かに開ける。

 アレジはこの一瞬の隙を見逃さずインに飛びこみ再びセナの前に出たのである。セナは次の周、同じ場所で再び仕掛けてトップにでるが、今度はアレジに隙を見せる事はなくそのまま残り周回を快走しトップでチェッカーを受けている。アレジはセナに続いてチェッカーを受け9レース目にして2位入賞という快挙を成し遂げたのである。
 その後フォーミュラ1ドライバーであれば誰もがあこがれるフェラーリに移籍し、95年には待ち望んだ初優勝もゲットしている。しかし優勝はその一度だけでここ2、3年はマシンにも恵まれず不調を囲っていた。

 そのアレジも今回の鈴鹿で歴代4位という201戦目。そして現役最年長の37歳。いよいよ世代交代の時がやってきたようである。

 6周目、S字の後の高速左コーナー、ルーキー、キミ・ライッコネンがドライブするザウバーのマシンが突然スピンする。アレジはとっさに右に避けるがなんとキミのマシンも右にスライドしてくる。2台のマシンはもつれるようにしてタイヤバリヤに突っ込む。アレジのマシンはそれほど大きなダメージを受けたようには見えなかったが、キミのマシンはタイヤやウイングがすべて千切れ飛んだ状態で止まる。

 一瞬最悪の事態が脳裏をよぎったが、キミは自力でマシンを降りる。タイヤバリアの裏に出たところまでをTVカメラが追う。キミはクラッシュの衝撃が大きかったのか、たまたまそこにあったベンチに座りうな垂れている。そこにフォーミュラー1最後のレースを僅か5周で終えたアレジが通りかかる。アレジはうな垂れるキミの肩をたたき声をかける。おそらく「大丈夫か?アクシデントだ、気にするな」と言ったのであろう。少なくとも私にはそのように見えた。そして自ら手を差しだしキミと握手をしてその場を離れたのである。

 201戦目の最後のレース、さぞかし無念であったろう。しかしそんな素振りをまったく見せずに彼はキミと握手し、そしてピットに戻る。テレビの映像を見る限りあの場所はスピンをするような場所ではない。おそらくキミのマシンのサスペンションが突然壊れてスピンしたのではないだろうか。まさしくアクシデントであり、直後を走っていたアレジとしては避けようのない事故であったろう。最後のレースを台無しにされたアレジが無念でなかったはずはない。しかしアレジは真のスポーツマンであった。真に紳士であった。若いキミと握手をしてピットに向かうアレジの姿は実にすがすがしいものであった。

 アレジは、今年デビューし来年はマクラーレン・メルセデスをドライヴするキミに10数年前の自分の姿を重ねていたのかも知れない。時は流れ、人は歳を重ねる。そしていつか世代交代の時を向かえる。アレジとキミ、去り行く者と羽ばたこうとするする者。一瞬ではあったが、誰もが避けることの出来ない、いつかは必ずやって来る人生の大きな節目を見せてくれた、そんな映像であったように思えてならない。


21 Oct 2001

 先週フォノイコライザーのことを書きましたが、その後「フォノイコライザーって何のために必要なの」という、そんな名前初めて聞いたとおっしゃる方からのお便りと、アナログ・オーディオにはヒジョーに詳しいS氏から「昔からフォノイコライザーは売っている」というお便りを頂きました。
 まずは、それ何?と言うか方のためにかい摘んでご説明いたしましょう。

 レコード(LP、EP)に音を録音する時には、高音を強めに録音するのです。これはレコードの音楽信号を再生するためにレコード盤に刻まれた溝をレコード針でトレースする際に発生する雑音をできる限り少なくするために考え出された方法なのです。高音をどの程度強くするかと言う事についてはいろいろな方式があったようですが、おそらく1950年代半ばには事実上RIAAという規格が標準となり、CDが登場しレコードが終焉を向かえるまでこの規格が使われていました。現在、ときおり新譜で出されるレコードもこのRIAA規格で作られているはずです。
 録音の際に高音が強めにされていますからフォノイコライザーなしで再生すると高音が強調された、「シャリシャリ」した音になるわけです。これを元に戻すために、カートリッジからの信号を高音を弱める特性を持ったアンプを通す必要があるわけです。このためのアンプがフォノイコライザーなのです。

 フォノイコライザーにはもう一つの役目があります。13日の独り言には「TUNER端子につないでみると音は小さくなり、高音が強調されて・・・」と書きましたが、小さな音を大きくするのがフォノイコライザーのもう一つの役目なのです。一般的に使われているMM(ムーヴィング・コイル)型カートリッジの出力は数mV程度です。これをCDやMD、あるいはチューナーなどの出力である数100mV程度まで大きくしてあげる必要があるのです。そうしないと、ヴォリュームの位置は同じなのレコードの時には小さな音しか出ないということになってしまうからです。
 以上の説明をまとめて簡単に言うと、フォノイコライザーの役割は、高音を押さえて全体の音を100倍程度大きくする、という事になるのです。おわかりいただけたでしょうか。

 さて、筋金入りの(アナログ)オーディオ・ファンであるS氏からのMailについてもコメントしないといけないでしょうね。
 20年前のことを思い出してみると、確かに輸入品を中心とした「超」高級オーディオ・コンポーネントにフォノイコライザーがあったような気がします。それらは数百万円のアンプと数十万円のプレーヤーのアンプの間に接続する数十万円のフォノイコライザーだったように思います。普通のユーザーが買う数万から数十万といた価格帯のアンプには(単体のプリアンプ含めて)まずフォノイコライザーが内臓されていましたから、それを単体で購入するなどと言う事はまずなかったのです。
 ところがCDが普及しだした80年代中期に入ると事情が変わってくるわけです。CDの再生が前提になるとフォノイコライザーは無用の長物となるわけですから、新たに発売になる単体のアンプやその頃から増え出した一体型のニミ・コンポにはフォノイコライザーが搭載されなくなるのです。そして世の中フォノイコライザー無しのアンプばかりになってしまった90年代になると、今度はアナログレコードを再生したいというファンが今度はフォノイコライザーを必要としだすわけです。さらに2000年以降、アナログ音源を気軽にディジタル化してCD−Rなどに録音できるようになるとPCにアナログプレーヤーを接続するためのディバイスとしてフォノイコライザーが必要になってくるのです。

 Sさん、おわかりいただけたでしょうか。LPからCDへ、さらに自分のPCでCDが作れる時代となった今、フォノイコライザーを必要としている人が増えてきているという状況が生まれてきているのです。面白いものですね。20年前は「金に糸目をつけない」人たちが購入していたフォノイコライザーがPCのアクセサリーとして購入される時代になっているのです。

 私が購入したフォノイコライザーも、現在は25年前に購入したプレイヤーと20年前購入したアンプとの間に接続されていますが、遠からずプレイヤーとPCの間に接続されて活躍する時が来るかも知れないと言う事ですね。


13 Oct 2001

 フォノイコライザーを買ってきた。最近古いレコードを聴くことが多いのだが、しばらく前から時々「バツッ、バシッ」というかなり大きなノイズが入り、時には回路保護のプロテクターが作動するほどにもなっていた。CD再生時にはそのようなノイズは入らないので、原因はトーンアームかフォノイコライザーのどちらかだろうとにらんでいたが、試しにカートリッジの出力をTUNER端子につないでみると音は小さくなり、高音が強調されてはいるがノイズは入って来ない。やはり原因はアンプ内蔵のフォノイコライザーである。

 かつてのアンプはレコードプレイヤーをつなぐ事を前提としているから、当然フォノイコライザーが内臓されている。だからフォノイコライザーが単体で販売されていたという記憶があまり無い(輸入物の超高級アンプ用に、これまた超高級なものが出ていたよな気はするが)。果たして単体で売っているものかどうか心配ではあったが町田の東急ハンズをのぞいたところ、ちゃんと売っている。しかも4千程のSONY製(乾電池駆動)、5千円ほどのaudio-technica製(ACアダプタ付き)、9千円程のYAMAHA製(電源内臓)と3種類もある。考えてみればCDが定着して以降のアンプにはフォノイコライザーは、当然内臓されていない。だからレコードを聴きたいとなるとフォノイコライザーを外付けするか、フォノイコライザー内臓のプレイヤー(そんなものがある事を最近知った)をつながなければならない。れなりにそれっぽいYAMAHA製も捨てがたかったが、しばらく悩んだ末、コンパクトで置き場所にも困らないのと、小さいながらしっかりした技術力を持つ「地元」メーカーであるaudio-technica製のものを購入した。カートリッジもaudio-technicaのVM型を使うことが多いので相性も良かろう。
 本体はタバコの箱を一回り大きくした程度で20年前の「自作アクセサリー小物」の風情である。早速アンプのTUNER端子につないでみる。“郷秋<Gauche>”のアンプは山水の「ビンテージ」ものである。購入したのが確か78年。当時の給料2ヶ月分近くをはたいて買いこんだ、シャーシまで金メッキしてある当時の(超が付かない程度の)高級品。だから当然CD用の入力端子は無い。代わりにPHONOがMM用2つの他にMC用1つが用意されている。CD用の入力端子がないからCDプレイヤーはAUXにつないである。従ってプレイヤーはTUNER端子にと相成ったわけである。しかしMC型のカートリッジを使うときにはどうすればいいかと考えて、思い出した。DENON(「デノン」ではなく「デンオン」)製の昇圧トランスを捨てずに持っていた。これをフォノイコライザーの前に置けばOKのはずだ。

 さて、外付けのフォノイコライザーをつないだ結果は、勿論良好。クリフォード・ブラウンのトランペットがしっとりと流れ出した。やっぱりレコードはいい。音楽を聴いている、という実感を味わう事が出来る。これで20年物のアンプをもうしばらくは使い続けることが出来ることになった。あと何年使えるものやら。今度だめになったら修理をしてくれるところを探してみよう。気に入ったものは、古くなっても修理をしてでも使うのが私の流儀なのである。


23 Aug 2001

 「台風一過の青空」と言いたいところだが、夏の終わりの台風の後には忘れかけていた残暑が・・・。
 そんな蒸し暑い夜を少しでも爽やかにと、聴いているのがこれ。

onolisa.jpg (20787 バイト)     小野リサ/Lisa's Ono Bossa Hula Nova
<TOSHIBA EMI TOCT-24627> 2001/07/11

01.Swing time in Honolulu/No Ceu Azul de Honolulu
02.Nani wai'ale'ale
03.Bule Hawaii
04.Manoa
05.Mauna Loa
06.Hawaiian Vamp/Nova Hula
07.E Asslm
08.Beyond the Reef
09.Poliahu
10.Kaimana Hill
11.Flor de Yemanja
12.Sway it. Hula Girl
13.Aloha'Oe

 ハワイアンをボサノバで聴けるとでも言えばよいのだろうか。確かにいつもの小野リサのボサノバなんだけれど、何故かハワイアンなのです。「ボサノバとは、ハワイアンとは」などと大上段に構えることはありませんね。この蒸し暑い夜がすこでも爽やかに過ごす事が出来さえすれば良いのですから。
 “郷秋<Gauche>”が小野りさの隠れファンである事をご存知の方は、相当な“郷秋<Gauche>”ファンです。(って、いったいなに訳のわからないこと言ってるんだ(^^ゞ)もしこの事実をご存知ない方は こちらをクリックして、下から1/4くらいまでスクロールしてみて下さい。いるでしょう、リサちゃんが(^^)。左半分のコメント欄には「肩の力が抜けます。今年の一押しか?1年分の肩のコリがす〜っと抜けて行きます。」なんて、ほとんど最大級の賛辞がおくられてさえいるのであります。「Ono Lisa:Bosa Festas」で1年分の肩のコリがす〜っと抜けて行くなら、「Lisa's Ono Bossa Hula Nova」を聴けば暑い暑い今年の夏の疲れが癒されます。
 今年の夏はことのほか疲れた “郷秋<Gauche>”でありますが(これって、歳ってこと?)、明日からは待ちに待った(季節はずれの)夏休み。「Lisa's Ono Bossa Hula Nova」聴いて癒されたい!


21 July 2001

 今週水曜日の朝日新聞に、フォーカス(新潮社)の休刊についての解説記事の中にこんな事が書かれていた。
 「インターネットは自分から情報を探しだだしていくという能動的なものだが、雑誌は幕の内弁当的なもの。そろっているがしょせん与えられたもので探すという能力はいらない。雑誌を読むという行為に、一種の陳腐感のようなものがまん延したのではないか」(「消える本、残る本」の著者永江朗氏)

 フォーカスを休刊に追いやったその原因は果たして永江氏が指摘するようなものであるのだろう。
 私はINTERNETについて言えばかなりのヘヴィー・ユーザーであると自認しているがINTERNETを使い出してからの7年間、雑誌や書籍を買わなくなったということはないと断言できる。永江氏が指摘するように「雑誌は幕の内弁当的なもの」であるという指摘はある意味で正しい。しかし、すべての人が情報を与えられるだけの雑誌に飽き、雑誌を読むという行為に陳腐感を感じているのだろうか。「幕の内弁当」には「幕の内弁当的魅力」があり、それを求める人には現在も十分な魅力を持ちつづけているのではないだろうか。少なくとも私は、美味しい「幕の内弁当」とともに良く出来た雑誌(私がここでいう雑誌は月刊・旬刊誌のことであるが)は好きである。

 確かに雑誌には、自分が必要としている情報が十分に盛り込まれていない場合も多い。そして必要としていない情報も多い。しかし私は、雑誌で得られる情報はほんの触りの部分だけであり、更に詳しい情報を探すためのキーワードを得るものだと認識している。少なくとも現在のINTERNET上で情報を検索するためには「キーワード」が必要であり、これを得るために雑誌は有効なのである。
 私が注目したい雑誌のもう一つの能力に、「本来必要としていないはずの情報に接する機会を提供してくれる」ということがある。これは新聞についても同じことが言える。特定の分野についての情報を検索する力はINTERNETの方が優れている事はもはや論を待つ必要もないが、それ以外の情報に接する機会を提供してくれる力は、残念ながら従来型メディアである雑誌や新聞の方が格段に優れている(私自身がほとんど視聴しないTVについてはここでは論じない事にする)。一見無駄に見える情報、これまでまったく興味を持つことがなかった情報に、思いもかけず接する機会があるのはINTERNETではなく、雑誌や新聞である。勿論INTERNETにおいてそのようなこれまでに興味を持たなかった分野の情報に接する事がないわけではないが、雑誌や新聞が頻繁にしかも短時間でそう言った機会を提供してくれる、その能力にINTERNETは遠く及ばないのである。
 Aという分野の情報をINTERNET上で探せばたちどころに多くの情報を見つけることができる。更にはA'やA''、あるいは≠Aの情報さえも引き出してくれる。ただし、XやYやZといった思いもかけない分野の情報を提供してくれる事は、少なくとも今のINTERNETの検索システムでは多くない。いずれにしてもこれらの事はPCが目の前にあれはと言う事であり、ノートパソコンがいかに小さく軽くなったところでトイレや満員電車の中で情報検索したいとは思わないのである(ケータイでも情報検索は出来るじゃないかという方もおられるとは思うは、少なくとも私はそのようなデバイスで情報検索をしようとは思わない)。

 「雑誌を読むという行為に、一種の陳腐感のようなものがまん延」しているとは私には思えないのである。ようは、INTERNET時代の新たな雑誌像を見出し得なかった出版社側の努力不足そして敗北であり、永江氏は単にその努力不足と敗北を正当化しようとしているだけではないかと私には思えてならない。
 INTERNET時代の新しい雑誌よいでよ!である。

注:私が「フォーカス」を手にするのは床屋の待ち時間くらいのもので、私が「フォーカス」の熱心な読者であったり、過去に私のプライバシーを暴かれるなどのことがあり「フォーカス」に敵対心を持っているというようなことは一切ない。この次に床屋で順番を待つときにはどんな雑誌を手にすれは良いのかと若干悩む程度の付き合いである。ようは「フォーカス」休刊の記事に接し、INTERNET時代の雑誌について思ったことを述べてみたたというだけのことである。誤解のありませんように。


15 July 2001

 本日の収穫:きゅうり4本、トマト1個。スーパーで買ってきたものではありませんよ(^^)。何よりの証拠はきゅうりの先についている黄色い花。
 大雨が降っている地方もあるようですが、関東地方は連日の猛暑。雨がまったく降っていませんので毎夕の水撒きが欠かせませんが、作物はどんどん大きくなってきます。それでも1日にきゅうり4本の収穫と言うのは初めて。現在までのきゅうりの収穫は合計17本(2株から)ですが、7〜8センチのものが沢山スタンバイしていますのでこの調子で行けば40本くらいは採れそうで、きゅうりに関してはしばらくは自給自足できそうです。

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11 July 2001

 関東甲信地方の梅雨が明けました。とは言ってもここ半月、雨らしい雨が降っていませんので「いまさら」って感じです。昨日の朝、通勤のクルマの中で聞いていたFMで上手いことを言っていました。「もうすっかり疎遠になってしまっている恋人と別れ話しをするようなものだ」と。確かにいまさら、って感じですね(^^)。

 さて、このページをご覧の皆さんは既に“郷秋<Gauche>”が野菜の畑を作っていることはご存知のことと思います。ご報告がすっかり遅くなってしまいましたが実はもう10日も前からきゅうりの収穫が始まっているのです。2株からこれまでに12本の収穫。現在の実のつき方からするともう2、3日後からは毎日2つずつほどの収穫が続きそうです。きゅうりが大きくなるのは本当に早くて、夕方から朝、朝から夕方までの間に5センチ近くも大きくなります。ですから朝夕畑の見まわりをして、程よい大きさのものを収穫しておかないとあっと言う間にヘチマのようになってしまうのです。「生きの良いきゅうりは表面がボツボツしている」などと言うわけですが、取立てのきゅうりはボツボツどころか「とげとげ」しています。
 トマトはと言えば、ようやく本日は初の収穫でした(^^)。トマトの方は程よい大きさになってから赤く色づくまで1週間から10日ほどかかるようです。きゅうりと比べると成長が随分とゆっくりですが、いつになったら赤くなるかと「待つ楽しみ」があります。こちらは1週間ほど後からは毎日収穫ができそうな状況です。
 きゅうりとトマトの味の方ですが、これはもう最高の一言です。どちらもスーパーの店頭に並んでいるものと遜色のないほど姿のよいものができたのに驚きましたが、味の良さには更に驚きました。収穫してから5分以内に食べるのですから当然と言えば当然。そのものの味を楽しむためにきゅうりはほんの少しの味噌を、そしてトマトにはほんの少しだけ塩を振って食べています。
 さつまいもは地面が見えないほど葉が茂っています。枝豆は花が咲き出しました。小玉西瓜も花が咲き出したので、近いうちに大きく成らせる2つ3つを除いて花を摘んであげないといけません。
 と言うわけで、わずか3坪程の菜園ですがすっかり趣味といっても良いほどの入れ込みようのこの頃です(^^ゞ。

 話しは変わりますが、1週間ほど前に全国の都道府県、市区町村毎のインターネットの普及状況(接続率)調査の結果が新聞等に出ていたのにお気づきだったでしょうか。その調査の結果、数多い市区町村の中で“郷秋<Gauche>”が住んでいる横浜市青葉区が栄えある第1位の座を獲得したのです。

「この市区町村単位で、日本で最もインターネットを利用しているのは「横浜市青葉区」という結果が出ている。青葉区の個人のインターネット利用率は44.8%、また世帯単位のインターネット接続率は69.6%で、いずれも全国1位となっている。この結果について、三菱総研では、東急ケーブルビジョンなどのCATV網の存在と、居住者特性(年齢層・所得など)などが要因としている。概して都市近郊のベッドタウンで所得が高い地域は、インターネット利用率も高い傾向が見られるという。 また都道府県別の個人のインターネット利用率では、東京都(32%)、神奈川県(30%)、大阪府(24%)がトップ3となった。」

とのことですが、それにしても世帯単位で70%と言う接続率は確かに強烈な数字ですね。接続率が高いだけではなく、データ伝送のスピードの平均も、CATVによる接続が多いのとNTTのフレッツADSLのサービスも全国的に見ればかなり早い時期からスタートしていますので全国有数ではないかと思われます。調査結果の詳細はCD-ROMあるいは書籍の形で販売されるということで詳しい数字は公表されていませんが興味のある方は http://www.mri.co.jp/NEWS/2001/pr01070400.html をご覧ください。
 かくいう“郷秋<Gauche>”は下り1.5MBのフレッツADSLから更に8MBにスピードアップすべく Yahoo BBに申込、工事待ちの状況です。8MBのYahoo BBも100MBの光ファーバーまで、1年程度の「つなぎ」と考えておりますが、さてどうなりますことやら。


17 June 2001

 久しぶりに渋谷に行ってきました。“郷秋<Gauche>”の家は田園都市線沿線ですので、渋谷は一番近い繁華街と言う事になるわけですが、人込みが嫌いな“郷秋<Gauche>”はまずめったに行かないし、渋谷に行くと言う事は某Hあるいは某T、CD SHOPに行くという事を意味しています(^^)。今日はセンター街にあるほうのCD SHOPに寄ってチェロ・アンサンブルのアルバムを買ってきました。藤森亮一、藤村俊介、銅銀久弥、桑田 歩の各氏による「シャコンヌ〜4本のチェロのための作品集〜」(マイスター・ミュージック MM-1104 2001.4.23)です(所謂マイナー・レーベルですので小さな店では入手が難しいかも知れません)内容については「なかなか良い」とだけ言っておきましょう。というのは何が気になって購入したかというと、そのジャケット写真なのです。どこかで見覚えがあるのです。

 このページをご覧の皆さんのかなり多くは陽子さんの「Norwegian Wood」(Victor VICC-60110 1999.2.24)をお持ちのことでしょう。そして、更に向山佳絵子さんの「Silent Woods」(Sony Record SRCR 2356 1998.12.12)もお持ちかも知れません。この2つの、ほぼ同じ時期に発売になったアルバムのジャケット写真が似ている事については当時新聞等でも触れられた通りです。内容はまったく違うのですが、チェロを気軽に聴いて欲しいという点は共通していますし、何よりもジャケット写真のイメージが確かに似ている。裁判沙汰にまでなっている、某大手食品メーカーのカレールーのパッケージよりも似てるともいえます。

 さて、今日購入した「シャコンヌ〜4本のチェロのための作品集〜」のジャケットなのですが、ひと目見たその時に、上にあげた2つのアルバムのジャケット写真に良く似ているなと思いました。ただ違うのは人物が写っていないこと。所謂「深い森」だけが写っているのですが、家に帰って3枚のアルバムを並べてみてびっくり! 何と「Norwegian Wood」と「シャコンヌ〜4本のチェロのための作品集〜」の写真が同じ場所で撮られたものなのです。嘘だとお思いならこの2枚のジャケット写真を並べてみて下さい。「シャコンヌ〜4本のチェロのための作品集〜」を右側においてその左側に3センチほど重ねて「Norwegian Wood」を置いてみて下さい。ねっ、ぴったりつながるでしょう!
 ライナー・ノーツによればそれぞれのフォトグラファー、アート・ディレクターはすべて別の方のようですから、まあ、偶然と言う事なのでしょう。それ以上は申しあげますまい。

 いずれにしても、このようにチェロを気軽に楽しむことができるアルバムが次々に出てくるのは嬉しい事ですね。


3 June 2001

 先週はじめじめとした雨の日が続いた横浜山の手(の奥の奥)ですが、昨日からは気持ちの良い晴天となりました。
 天気の良い休日の“郷秋<Gauche>”は勿論、庭と畑の手入れです(^^)。先週、あれほど丁寧に北側に植えた芝生雑草を抜いたはずなのに、1週間でもう雑草が2〜5センチ伸びている。それもかなりの数。先週「今年の夏は雑草との戦い!」と書いた通りである。

010603_3.jpg (39375 バイト) 写真奥が北西となる。突き当たり右側が「北側の芝生」。

 5月に書いた通り、西隣との間の僅かなスペースの更に半分ほどを畑にした。なぜ半分かと言えば、写真の建物寄りが、今は写っていないが我が家のKidsの自転車置き場となっているからである。そんな訳で、僅かな隙間に細長〜い畑ができあがったのである。
 手前に見えるのがさつまいも、そしてその奥にパプリカ、茄子、きゅうり、トマト、小玉すいかが植えてある。写真はちょうど建物の隙間から日が差しているところだが、日照は僅かに1時間ほどである。ただし写真奥のほう、きゅうりやトマトが植えてあるあたりは北西〜北東に開けているので日の出から9時ころまでは日が当たっている。

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左:さつまいも。今のところ快調!        右:早くもトマトが可愛い花をつけた。でも接写失敗、ちょっとピンぼけ

 北の芝生の雑草を取った後は畑に追肥。昨晩、野菜の作りかたの本を2冊ほど読んだ結果、この当たりで肥料をと言う事になったのであろ。本には「子ずるは2〜3節で摘心する」などと書いてあるのだが、実際どうすれば良いのか良くわからない。まあ、初年はこんなものである。多くは期待すまい。
 畑の手入れの後は「芝刈り」(ゴルフじゃありません、為念)。昨年までは刈りこみ幅150mmという園芸用バリカンで刈っていたが、今年は駐車場、北側と芝生が増えたために先月電動芝刈り機を購入していた。何百坪もの庭なら当然エンジンやモーターのついた手押し式の芝刈り機が必要になるわけだが、「猫の額」でも確実に仕事は早くなる。昨年はほぼ半日かかっていた仕事がわずか30分で済んでしまうのだからたいしたものである。芝刈りの後シャワーで汗を流し再び庭に!どうしてって?勿論ビール!!

 先週に続いて“郷秋<Gauche>”の休日絵日記でありました。この調子で来週も何か写真入で紹介するとしますか。えっ、別に興味ないって?まあそうでしょうね(^^ゞ。


26 May 2001

 雨なら読書、晴れれば畑仕事と昨晩のうちに今日の予定を決めていたが、どちらでもない、どんよりとした天気1日。まあ、雨が降っているかいないかと言われれば降っていないわけで、それならばと晴れの日バージョンで過ごす事にした。
 まずは南側の庭の雑草取り。2週間前に刈った芝生がここ数日の雨でまた少し伸びてきてはいるが、それよりも成長が早いのが雑草である。楠の木の葉やえごの木の花が沢山落ちているのでもこれも丹念に拾う。次は東側の駐車場。“郷秋<Gauche>”の家の駐車場には屋根がない。フェラーリやポルシェじゃあるまいしと、屋根無しのままなのである。その代りに地面は贅沢に芝生張りで、タイヤで踏まれる部分は芝生が痛まないように古い枕木をひいてある。なかなか良い感じではあるのだが、クルマを停めたままにしておくと光が当たらなくなって芝生が枯れてしまうし(去年枯れてしまったのでひと月程前に張り直したばかり)、夏場は毎週の雑草取りと2、3週間に一度の芝刈りが必要になるので手がかかる。

 昼食の後はいよいよ北側の雑草取りである。これが大変。実は引っ越してきてからの3年間は草ぼーぼーの状態だったのをつい1ヶ月前程前に、よせばいいのにここまで芝生を植えたのである。芝生を植える前に勿論雑草を抜いて耕したのではあるけれど、3年間生え放題だった雑草の根が残っているためにあっという間に雑草が生えてくるの。今日は丹念にその根を取る事にした。植えた芝生の真中から10センチも雑草が伸びているのだから大変だ。随分時間がかかったけれど何とか取り終えた。それでも1週間もすればまた生えてくるだろうから、今年の夏は北側の雑草との戦いである。
 北側の雑草を取り終わったところで、いよいよ畑の手入れである。今月初めの連休最終日に畑を作り幾種類かの野菜の苗を植えた事は既に書いた通りである。日当たりの悪い場所であるが、いまのところ順調に育っているようである。きゅうりとトマトは脇芽を摘み取り、立てた支柱につるを誘引する。トマトの苗の生育が一番早いようで、茄子とパプリカは余り大きくなっていない。さつまいもは挿した苗が随分しっかりしてきた。試しに一本の苗の周りををそっと掘ってみたら、挿した時にはただの茎だったところから沢山の白い根が伸びてきていた。
 昼をはさんで都合4時間ほどの仕事となった。と、書くと余程広大な庭かと思われるかも知れないが、実は猫の額のような庭と畑なのである。普段の手入れの悪さがこれだけの時間を要求したということ。今日これだけ入念に手入れをしたので、これから暫くは多少楽ができるかも知れない。

 夕食の後は読書。連休中にも書いたように、リーディング・アサインされている本である。自分が好きで読む本とは違いなかなか進まない。来週の土曜日にはそのプロジェクトのミーティングがあり、そこで要旨を発表しなければならないのでメモを取りながら読んでいるから余計に時間がかかり進まない。ちなみに「大学再生への挑戦」(R・ソロモン、J・ソロモン共著、玉川大学出版部刊)。「再生」ということは既に「崩壊」しているという前提なのである。なかなか厳しい・・・。

 下の写真は、そんな夜の仕事をしている“郷秋<Gauche>”の部屋である。部屋とは言っても4畳半にも満たない、書斎と言うには余りにも小さな、納戸に毛が生えたような小部屋ではあるが、私の隠れ家である。1月20日の雪の日の写真はこの部屋の窓、つまり机の左側にある窓から写したものである。机に向かって右側と背中側には天井までの書棚があり、アナログプレーヤーを含んだオーディオ装置や私以外の人にとっては何の価値も見出し得ない駄本、駄CD・LPが雑然と並んでいる。僅かばかりの床に上も然りである(^^ゞ。

gaucheheya.jpg (27175 バイト) 初公開! <La Camera di Gauche>

 机の中央にあるのが愛機ThinkPad(1157、Mobile Celeron 500MHz,TFT13.1inch,10GB)で、「長谷川陽子の部屋」もこのたった1台のThinkPadで作られている。モバイル機なのでFDやCD-ROM Driveの類はついておらず薄型ですっきりしているところがお気に入り。ThinkPadのポインティング・デバイスであるトラックポインターが大変な優れものなのでマウスも使っていない(右側から出ているのはLANの10Base-Tケーブル)。スキャナはCanonのN1220Uを持っているが使う時だけ出してつなぐから普段机の上にあるのはThinkPad本体だけで、何とプリンターもないのだ!唯一ちょっと変わったものといえば写真の右下の方、ごちゃごちゃとしているので判りにくいかもしれないが、引き出しユニットの上に縦に置いてあるADSLモデムくらいのものであろう。なお、近々その隣に無線LANのユニットが並ぶ予定であるが、ADSL+無線LANの組み合わせには興味をお持ちの方も多いのではないかと思われるので、実現の暁にはこのページでレポートさせていただくつもりである。お楽しみに。以上、“郷秋<Gauche>”の休日絵日記でありました。


6 May 2001

 世間では「ゴールデン・ウイーク」などと称して、長期休暇を取り海外旅行などに出かけるのが流行りの昨今ではありますが、私はと言えば、家でのんびりの1週間でした。のんびりとは言え、昨日も書いた通りのリーディングアサインがありますから、それなりに机に向かい、要旨をまとめたりしてはおりました。
 連休最後の日の今日は、昼過ぎに急に思い立ち畑を作りました。畑とは言っても、猫の額ほどの我が家でもありますし日当たりの良い南側は既に芝生とコニファーの庭になっていますので、西隣との間に細長い畑を作ったのであります。それでもおよそ2坪程にはなるでしょうか。安造成の宅地故、粘土質のカチカチの土、更には石がごろごろで、僅かな土地を耕すにも骨が折れました。仕事が終わり、冷えたビールを飲みながら(^^)、筆者の一人から頂いた「こだわりの家庭菜園」(NHK出版 1,500円)を見ていたら、植付けの2週間前から土づくりをしなければならないとのこと。にわかづくりの菜園ではどれほどの収穫があることやら(^^ゞ。
 ちなみに植えたのはサツマイモ、トマト2株、きゅうり2株、茄子2株、赤と黄色のパプリカ各1株そして小玉すいか1株と、随分と欲張ったものです。まあ、サツマイモくらいはそこそこの収穫があるのではないかと思っているのですが・・・。乞うご期待。

5 May 2001


 またしても随分と久しぶりの「独り言」となった。まずは読者諸兄に近況報告をせねばなるまい。まずは変わり無しと言っては叱られるので思い出しだし・・・。
 ここ数ヶ月の間で大きく変わった事と言えば、INTERNET環境である。これまではながらく32KBのアナログ回線で接続していたが、4月下旬からはフレッツADSLを導入した。上り0.5MB/s、下り1.5MB/sとは言うが、実際は下り0.95MB/sほどのスピードである。これでも優にそれまでの30倍のスピードであるが、それ以上に嬉しいのは「常時接続」である。WebSiteの管理をしていると、何よりもこの「常時接続」がありがたい。とにかくPCの前にいる間中INTERNETに接続されているわけだから、Web Masterとしての仕事が捗る。
 料金が高くなったが、近いうちに家庭内の3台のPCを無線LANでつなぐ計画なので、1台当たりのコストはぐっと安くなることになる。ただしこれも2、3年後には実現しそうな100MB/sの光ケーブル導入までのつなぎなのかも知れない。

 変わった事の2つ目。言うほど大袈裟なものではなかも知れないが、他業界の方の参加が多い、あるプロジェクトのスターティングメンバ−に加えて頂く事になった。キックオフミーティングが今月12日に行われるので楽しみにしているが、それに先立ち関連文献のリーディングアサインが出ているのでこの連休はもっぱらこれにかかりきりである。このプロジェクトの中で私がどのような役割を果たす事ができるのかは判らないが、まずは「井戸から出る」事ができそうなことを嬉しく思っている。

 先に書いたADSLを導入に関連するが、INTERNETアクセスの時間が大幅に増加したことも、ここ暫くの間の変化である。ご存知の方も若干おありかと思うが、Gaspar Cassadoに関する情報収集が主である。国内にある彼に関する情報は極限られており、更なる情報の収集はおのずと海外に求めざるを得ない状況であったが、時間的な制約無しにINTERNETを検索できるようになったことで情報収集の速度が多少上がったようである。具体的には国内では収集できなかった彼のアルバムに関する情報が得られるようになったことが大きい。ただし、言葉の壁が大きく立ちはだかったことも事実である。英語は何とか、イタリア語もどうにかなるとしても(本当か?)ドイツ語、フランス語はお手上げである。ドイツ語は学生時代4年間もやったのにもかかわらず、まったくのお手上げと言う何とも情けない状況である(^^;。

 ここ数ヶ月の間の出来事言えば、まあこんなところである。今しばらくの後にはもう少しまともなことが書けるようになると思うので、その時を楽しみにお待ちいただきたい。


19 Feb 2001

 つい1ヶ月前には大雪の横浜でしたが今日の陽気はもう春そのもの。夕方になっても10度ほどの気温でした。今朝、通勤のクルマの中で聞いていたFMによれば今日は3月初旬の気温とのこと。今日の気温が平年よりどれほど暖かいのかは聞き逃したけれど、今月は28日までしかありませんから3月初旬と言えばほんの10日程先の話しです。あと10日も経てば毎日こんな暖かさということなのでしょうか。
 関東地方ではこれからが雪の季節、というと東北・上信越・北海道の方は驚くかも知れませんが、これは本当のこと。春に向けて、それまでの西高東低の冬型の気圧配置が崩れてくると関東地方では雪が降る。もう暫く前のことですが、4月になって三分咲きの桜の花に雪が積もると言う事がありました。まあ、それはそれで風流な眺めではありましたが。今年はいつになく雪の多い関東地方ですが、これからも何度かの雪の日を経て本格的な春を迎えることになるのでしょう。
 “郷秋<Gauche>”は冬枯れの雑木林の風情が大好きですが、春に向かう、こんな季節の雑木林を探索するのも好きです。一見枯れたかに見える木々の枝も、良く見ると芽吹きの準備がすっかり出来ているのです。いい香りがするなと思い振り向くと思わぬところで梅がほころんでいたりする。休日のたびの雑木林歩きが楽しみな季節です。


20 Jan 2001

 今年初めての独り言はこんな写真から。

010120.jpg (15011 バイト) 南側の庭の写真も撮って見ましたが、真っ暗で何も写っていなかった!

 1月20日21時現在、“郷秋<Gauche>”の部屋の窓から見える景色です。 雪国に住む方には見慣れた景色かも知れませんが、“郷秋<Gauche>”の住む横浜(の山の中)でこれほどの雪が積もるというのは大変なことなのです。
 今日の夕方4時半頃から降り出した雪がまだ続いています。天気予報によれば明日の朝まで降り続き10cm程度の積雪ということですが、「横浜のチベット」と言われる我が家の辺りでは、現時点で2階のバルコニーの手すりに15cm積もっていますからこの調子だと明日の朝までには20cmは積もりそうです。 庭の木々が雪をかぶり、その重みに耐え兼ねて枝が大きくしなっています。雪を落としてあげないといけませんね。
 こんなに雪が降って寒いのに、雪景色を見ていると何故か心が温かくなってくる。不思議ですね。


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