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第1話
 晩秋の礼拝堂
第2話 銀杏並木のMGB-GT 
第3話 手編みのセーター 
第4話
 小さな音楽会 
第5話
 夜の新千歳空港 
第6話
 E-Mail 
第7話
 雨のエアポート 
第8話
 雨の海岸通り  
第9話
 唐辛子と空港
 


第1話 晩秋の礼拝堂

 11月の午後4時。私の好きな季節の好きな時間だ。いったいいつからこんな寂しげな季節の、そして人恋しいくなる時間が好きになったのか覚えてはいないが、大学に入った頃にはすでにお気に入りの季節、時間になっていたことは確かである。そう、大学2年の時の同じ季節、同じ時間に当時通っていたキャンパスを歩いた記憶がある。

 多摩丘陵の南西の端に位置するそのキャンパスは、一廻りしようとすれば一日はかかりそうなほど広大なものであった。東北の小都市から入学のためにやってきた私には、そこが行政上東京都に属するということは理解できても、トーキョーの一部であるとはとても思えなかった。何せ、そこには田んぼや畑があり、牛が草を食み、山羊が木立の間を歩き廻っているのである。級友の中には、上京前に思い描いていたトーキョーとの落差に落胆していた者もいたが、私は勿論トーキョーに憧れて上京したわけではなかったから、そのことにより別に失望することはなかった。むしろそのキャンパスを好み、愛してさえいた。

 丘へと続く道を歩いていた。丘の頂きへの中ほどまでくると、遠くオルガンの音が聞こえてくる。丘の上には礼拝堂がある。昭和の初年に、当時の学生たちの手で造られたもので、当時としては珍しいパイプオルガンが設置されていた。わたしの在学当時も、何度かの修理を経たオルガンは健在で、週日にはどこかのクラスが、あるいは併設されていた小中高校の生徒たちがオルガンにあわせて祈りを捧げていた。もっとも、大学生の多くは単位のためにじっと我慢をしていたようではあるが。
 年に何回かの結婚式を除いて日曜日にオルガンが聞こえることはほとんどなかった。その日に結婚式がないことは明らかである。結婚式があれば聖歌隊としてして必ず呼び出されるはずの私が気ままな散歩を楽しんでいるのだから。第一、都心のホテルでもあるまいし、好んで晩秋の夕暮れ時に結婚式を挙げるカップルもいな。誰かが練習をしているのだろう。そんなことを考えながら階段をゆっくり昇る。クヌギの実が落ちて小さな音を立てた時に、まるでその音を合図にしたかのように、それまで讃美歌がバッハの前奏曲にに変わった。

 正面の入り口が体ひとつ分ほど開いたままになっている。するりと会堂に入り、一番後ろの席に腰をかける。前奏曲が終わり再び讃美歌。弾いているのはY子であった。長い髪が曲に合わせて微かに左右に揺れる。Y子と歩いた草熱れのする鎌倉の道を思い出すために、静かに瞼を閉じる。
 オルガンが止んだ。窓の外は先程よりも幾分光を失ったようであった。

<16 Nov. 1997>


第2話 銀杏並木のMGB-GT

 何日か時雨た後の穏やかな日曜日。駅前から続く銀杏並木は、ひと風吹けばすっかりなくなってしまう程の、ほんのわずかばかりの葉を残していた。
 並木道も終わろうとするあたりにその車が止まるようになったのは、春の終わりの頃からであったろうか。京都ナンバーでマスタードイエローのMG-B GT。その車が仲間内で話題になるまでには時間はかからなかったが、オーナーがわかったことをTが得意そうに触れ廻ったのはそれからひと月ほどたったころであった。車が良く見えるコーヒー店の窓際の席で、いつも本を読んでいる髪の長い女の子だという。渋い中年男と決め付けていた仲間たちは、ちょっとがっかりし、そして多いに喜んだ。やれ、オープンボディーの方が似合うとか、色ははやりブリティッシュ・グリーンだろうとか、しばらくは多いに盛り上がっていた。仲間内では一番威勢のいいKが声をかけてみるといってコーヒー店まで乗り込んではみたが、はたして戦果をあげずに帰ってきては多いに冷やかされたりもしていた。

 仲間の誰にも言わなかったが私は彼女を知っていた。ずっと前から。私は東北の小さな城下町で育ったが、彼女もまた同じ街に育ち、言ってみれば幼なじみである。二つ下の彼女とは、私が高校に入る頃からは話をしたこともほとんどなかったが、ヴァイオリンを抱えて歩いている彼女を見かけては何故かため息をついていたものだ。そんな彼女をキャンパスで見かけた時には驚いた。
 嬉しいと思う前に私は驚いたのだ。彼女が私と同じ大学に入学してきたことにではなく、ヴァイオリンを持っていないことに、まず。ヴァイオリンの代りに、何本ものマレットの入った大きなバッグを肩に下げていた。

 目の前のY子は、私の記憶の中のY子よりもずっと大人びていた。髪はポニーテール。少し大きめの、良く揺れるイヤリングをつけてはいたが化粧はほとんどしていない。
 どうしてヴァイオリンを止めて打楽器を始めたのか、どうしてMG-B GTが京都ナンバーなのか、どうして・・・。それらの質問も上手く言葉にはならず、しばらくは黙って窓の外のMG-B GTを見ていた。
 「京都にいた伯父の形見なの」 ココアのカップをソーサーに戻すと、彼女は静かに話し出した。
 小さい頃に随分とかわいがってくれた伯父さんが大阪のオーケストラでティンパニーを叩いていたこと、そして昨年の暮れに突然亡くなったこと。春の演奏会で、高校時代までは音楽にまったく無縁であった私がチェロを弾いているのを見て驚いたこと。

 車はここに止めておくのだという。4時からの練習にはまだ間がある。私は楽器を、そして彼女はマレットのバッグを下げて並木道を歩きだした。
 ふと思いついて聞いてみた。どうでも良さそうなことはちゃんと言葉になるのだ。
 「ココアが好きなの?」
 「亡くなった伯父がね、絶対にコーヒーを飲まない人だったの」

<22 Nov. 1997>


第3話 手編みのセーター

 窓の外を、雪がゆっくりとゆっくりと舞い降りて行く。まるで、地面に降り積もるのがいやだとでも言うかのように。
 この店のカウンタの前はガラス張りになっている。つい先程まではこの季節には珍しい雨であったが、いつしか霙となり、再び窓の外に目をやった時には100パーセントの雪になっていた。
 「コーラスは帰って良い」と、指揮者が大きな声で言い、コーラスの連中が引き上げてからたっぷりとしぼられた。大急ぎでこの店に来てみたが、Y子の姿はなかった。まだ日曜日のことに腹をたてているのだろうか。

 オーボエのTから、「妹がチェロを始めたいと言うのだ。楽器と先生を紹介して欲しい」と頼まれたのは3ヶ月ほど前であった。それから2ヶ月ほどで手頃な楽器はみつかったが、自宅か大学の近くで習いたいという、我侭な希望にあった先生はなかなか見つからなかった。
 Tの妹は幼稚園の頃にヴァイオリンを始めたが、声楽の好きな母親の影響で中学に入るころからは合唱に夢中になっていたらしい。大学に入学すると大学の合唱団の他に、宗教曲を中心に歌っている団体にも所属し、合唱中心の学生生活を過ごしているのを知っていたので、私はちょっと驚いた。

 「先生が見つからないなら、君が手ほどきをしてくれないだろうか」とTが言い出したのはコーラスとの合わせの初日のことであったが、論文の〆切も迫っていたし、最初から良い先生につくべきだと断った。その日の練習が終わり楽器をケースにしまっていると、リードをくわえたままTが近づいてきて「どうも最初から君に習うつもりでいたらしいのだ。」と、申し訳なさそうに言う。
 結局、先生が見つかるまでとの約束で私が引き受けることになり、日曜日の夕方Tの家に出向いた。その晩の遅くに、「私と会う時間はなくてもT君の妹にチェロを教える時間はあるのね。」とY子が電話をしてきた。ここひと月ほど、第九の練習と論文の仕上げとでY子と二人だけで会う機会がないままになっていたのだ。
 私はTの妹にチェロを教えることになったということはY子に話をしていなかった。おおかたコーラスの仲間から聞きつけのだろう。

 あと10分待って来なかったら帰るつもりで壁の時計を振り返った時にY子が入ってきた。
 「ごめんね。待たせちゃった?」
 一度家まで戻りとってきたのだという、きれいにラップされた箱を手渡された。促されてリボンを解きふたを開けると、Y子が着ているのとは色違いの手編みのセーターがあらわれた。

<8 Dec. 1997>


第4話 小さな音楽会

 Y子から電話があったのは、前日の夜遅くだった。
 「ねえ、お願いがあるの。聞いてくれる?」
 クローバー図書館で小さなコンサートを頼まれているのだが、この雪では自分で運転する自信がないので代りに楽器を運んで欲しいという。Y子の愛車は秋に買ったばかりのプジョー306。スタッドレスを履いてはいるが雪が降ったときにはほとんど運転したことがないというのだ。
 「クローバー図書館?懐かしいなあ。随分行っていない」
 クローバー図書館は私が、そしてY子が小学生時代に通った子供のための小さな私設図書館である。私たちは放課後の多くの時間をその図書館で過ごし、随分と多くの本に親しんだ。中学に入ると、読書のためだけではなく本の整理やらクリスマス会など、手伝いのために通うことも多くなった。私は大学に入るとすっかり足が遠のいてしまっていたが、Y子は昨年の夏に街で館長のK先生 - そう、K先生は館長なのです - にばったり会ったのがきっかけで週に1、2度手伝いに行っていたのだ。

 雪も夜半過ぎには止んだようだが、それでも30センチほどの珍しい大雪。Y子の家に行くと、すでに車に楽器が積み込んである。私のアストラワゴンをガレージに入れ、306を運転して行って欲しいという。
 「マリンバはね、バラバラになっちゃうから小さな車でも運べるの。それに、ヴィブラフォンも一緒に運ぶ時にはあなたが手伝ってくれるでしょう。だから大丈夫」
 Y子が自分の車を買いたいと言い出したときに私はステーションワゴンを薦めたのだが、306がいいと言い張り、ついにブルーの306を手に入れたのだ。
 
どうしてあんな大きな楽器が小さなハッチバックに入るのか不思議であったが、納車の日にさっそく遊びに来た306の中をのぞいて納得した。リアシートこそたたんではあったが、そこには組み立てれば立派なマリンバになる、バラバラにされて丁寧に毛布にくるまれた楽器が載っていた。306にちゃんと積めるのを見せたくて、そのためだけに楽器を積んでやってきたのだった。

 小さな音楽会は閲覧室で行なわれた。閲覧室とはいっても書架の脇の、日当たりの良い場所にテーブルが3つ4つ並んでいるだけのスペースである。机を書架の間に積み上げ、30程の椅子を並べると即席のコンサート会場が出来上がった。予定時間の30分ほど前から子どもたちが集まりはじめた。子どもと一緒に一家で来ている人たちもいる。開演前には椅子の前には幼稚園の子供たちが座り込み、後ろには立ち見のおとなたちが並ぶ予想外の大入りである。
 いよいよ開演。ピアノのJ子とお揃いの黒のステージ衣装。淡いオレンジのファーが映えている。「小さくても演奏会よ」と、わざわざ着替えての登場である。
 Y子が4本のマレットを持ち楽器に向かうと、それまでは絵本を手におしゃべりをしていた子どもたちも静かになる。
 「セビリャの理髪師序曲」 。ちょっと長い曲だから小さな子供たちが聞いてくれるかどうかY子は心配していたけれど、それは杞憂であった。おとなも子供も、木琴と言うには随分と大きなその楽器と、曲に合わせ時はに小さく、時には大きく腕を広げてマレットを操るY子の姿とその軽やかな音に釘付けとなっていた。

 それは4曲目、カバレフスキーの「道化師のギャロップ」が始まったときに起きた。
 「あっ、運動会の音楽!」と言うのが早いか、一人の男の子が立ち上がった。それにつられて三、四人の子供たちも立ち上がり、小さな会場の中を駆け出した。
 慌てた司書のNさんと何人かの母親が子供たちを座らせようとしたその時、Y子は演奏しながら、「そのままで」と言うと一人の母親に小さく微笑んだ。会場を駆け回る子供たちの数はどんどん増え続け大騒ぎ。そして大きな拍手。
 Y子は拍手が鳴り止まぬうちに「トロイメライ」を弾き始めた。と、それまで会場狭しと駆け回っていた子供たちがそれぞれの席に戻り始め、そしてじっと演奏に聞き入っている。
 小さな音楽会はフィナーレのハンガリー狂詩曲第2番、アンコールのディズニーナンバー・メドレー、そしてバッハの「主よ、人の望みの喜びよ」で幕を閉じた。

 K先生の部屋で美味しい紅茶とお手製のクッキーをご馳走になり、さて帰ろうと306の右側にまわると、Y子が「ねえ、帰りは私が運転してみる」というので、僕は助手席の住人となる。
 
タップリと雪の残った裏道は緊張した面持ちでゆっくりと走っていたくせに、きれいに除雪されたバイパスに出るととたんにアクセルを踏み込む。
 「私ね、すぐにはできないかもしれないけど、卒業したら子供のための音楽教室を開きたいの。音楽が上手になるための教室ではなくて、音楽を好きになるための教室。
 
「道化師のギャロップ」の時のこと、わかるでしょう。ギャロップを聞いたら、子供たちはじっとしてはいられないのよ。それをおとなたちは無理に椅子に座らせようとする。子供たちは音楽をちゃんと心で聴いて、楽しい音楽だから体全体で表現する。でもそれをおとなたちが押さえつけようとする。こんなことを繰り返していたら、みんな音楽が嫌いになっちゃうでしょう。だから、音楽をもっともっと好きになるための音楽教室を開きたいの」

 私はY子の音楽教室のことを想像してみた。
 ところ狭しと並べられた打楽器を、子供たちが好き勝手に鳴らしている。Y子のピアノに合わせて踊っている子供たちもいる。床に腹ばいになり、画用紙に音の色を描きつけている子もいる。
 音楽を好きになるための音楽教室、とてもそれだけでは生活して行けそうにはないけれど、なかなか悪くないアイディアに思えてきた。

<30 Jan. 1998>


第5話 夜の新千歳空港 そして 第6話 Y子からのE-Mail

 君を乗せた名古屋行きANA714便がゆっくりとターミナルを離れて行く。767は、青いランプだけがそれと知らせる誘導路を奥へと進み、そしてその輪郭は闇に溶け込んでいった。

*

 土曜日の夜、そして日曜日の昼の演奏会で札幌での仕事は終わりであったが、アンサンブルのメンバーのほとんどがスキーやらのために2、3日札幌に残ることになっていた。私も学生時代の友人と会うために帰京は火曜日の予定であった。
 
木管と弦楽、10人程のアンサンブルだが、オリジナルのメンバーが仕事で参加できないと私をはじめ学生時代からの仲間に声がかかるのだった。私は準メンバーと言える程の回数を弾いていたが、君が吹きに来たのは今回が2度目だった。
 
君は名古屋での仕事を控えているので月曜日の朝の便で発つ予定だと言っていたが、その予定を繰り上げて名古屋に飛び立った。
 
そして私は、ほろ苦い想いと共に夜の千歳空港に一人残された。

*

 札幌駅で、「空港まで送って来るよ」と言うと仲間たちは一応に驚いたような顔をした。
 「お姫様が、送迎デッキで手を振って見送って欲しいんだってさ」
 
仲間には冗談めかして言ってはみたが、それは冗談ではなかった。君がそうして欲しいと望んだのだ。

 君と二人だけで食事をしたのは初めてだったかも知れない。学生時代から練習の後に食事に行くことは多かったが、だれかしら仲間が一緒だったし、今回の演奏会のための2度ほどの練習の後もそうだった。
 
君が食欲がないと言うので、グリーンアスパラとベーコンのリゾットも半分ほどを私が食べた。君はビールも一口飲んだきり。飲んで欲しいと言うのでこれも私が残りを飲んだ。 
 
食器が下げられた後、君はずっとうつむいていた。ただテーブルの上の灰皿を見ていたのかも知れない。いや、やはり私の顔を見ないようにしていたのだろう。

 「残念なような、ほっとしたような、複雑な気分だよ」と言うと、ようやく君は顔をあげ、そして左手をあげて、
 「私も」と、小さな声で言った。
 「私ね、ほっとしたの。だって今度一緒になっても正面から顔を見られなかったと思わ。 多分。一緒のアンサンブルもお断りすることになったと思うの」 
 
「残念でもあった?」
 
「ええ・・・。でも、ドキドキするって素敵ね。こんなにドキドキしたのは久しぶり」 
 
「ありがとう。そう言ってもらえると光栄だよ」
 
「これでよかったの。きっと」

 私は黙ってうなずいた。

 「次は5月ね」
 「バッハとモーツァルトだったね。お手柔らかに」

*

 Y子を乗せた767はfffと共に小雪の舞う暗い空に吸い込まれていった。


 ほんの数分前、座席のベルトを締めた時には、これで良かったのだと自分に言い聞かせていました。でも今は違います。誘導路をゆっくりと動き出した飛行機の小さな窓から、ターミナルビルのどこかで見ていてくれはずのあなたを探している自分に気づいて驚くと同時に、名古屋への出発を繰り上げたことを悔やんでいます。

*

 札幌での3日間はとても楽しいものでした。学生時代からの、気心の知れた仲間との演奏は何かしらほっとするものがありました。もちろん学生時代のように好きだから演奏している、というのではありません。音楽で生活しているのだという自負と共に緊張もありますが、音楽をどう作って行けば良いのか、言葉にしなくてもわかり合えることがとても嬉しかった。
 
金曜日の夕暮れどきに藻岩山から見た札幌の街はとてもきれいでしたね。あなたは「この街に住んでみたい。」と言っていましたが、私もそう思います。雪の中に佇む都会。本当に素敵な街ですね。

 あなたから電話を頂いたときには驚きました。でもそれ以上に、あなたの部屋を訪ねたことに、私自身驚いてます。あなたは昔のままでしたね。自分の気持ちに正直に生きたいと言いながら、自分の気持ちよりも私の気持ちを大切にしてくれるあなた。そんなあなたの気持ちに応えてあげることのできない自分にもどかしい思いでした。
 空港まで送って欲しいと言ったとき、あなたはきっと断るだろうと思っていました。でも来てくださったのですね。空港への電車の中で私が「息が苦しい」と言った時、あなたは利きすぎる暖房のせいだと思われたようでしたが、でもそれは違います。あなたが私のために一緒にいてくださる、その事が私を苦しめていたのです。

*

 私も、あなたのように自分に正直に生きてみようと思います。上手くできるかどうか自信がないけれど、少なくともあなたへの気持ちには素直になりたい。ここにたどり着くまで随分と時間がかかりましたが私なりの結論です。
 
木曜日には帰ります。金曜日の札幌行きのチケットをとっておいていただけますか。あなたへの想いはあの街で伝えたいのです。

<9 & 14 Mar. 1998>


第7話 雨のエアポート

 17時ちょうど着のANA62便。ゆうこが帰って来るとすればきっとこの便だと僕は確信した。しかし、そのことに何か特別の理由があったわけではなかった。

 雨の日曜日、シャワーの後、コーヒーと冷蔵庫のポテトサラダで遅い昼食を済ませて部屋を出た。今日戻ってこなければゆうこは永遠に僕の元には戻って来ない。高速湾岸線を走るクルマのテールランプを濡れたフロントスクリーン越しに見つめながら、僕はそう確信したのだった。
 ゆうこが乗るのは決まってANA便だった。子どもの頃に乗ったANA便のスチュワーデスがとても親切だったので、中学生の頃まではANAのスチュワーデスになるのが夢だった。音楽の道に進んでいなければ今ごろは毎日空の上だったかも知れないと、楽しそうに話しをしてくれたことがあった。だからどこへ行くにも、ANA便がある限り他の会社の便には乗らないのだという。そして、
 「ANAだけにした方がマイルが貯まるのも早いでしょう」
と言って笑ったゆうこの顔が目に浮かんだ。

 12月初めにこんなに積るのは初めてだと、札幌育ちの友人が言うほどの季節外れの大雪の日、僕は何度も一緒に帰ろうとゆうこに言った。しかしゆうこは降りしきる雪を黙って見ているばかりだった。
 クリスマス・イヴの夜に部屋に戻ると「メリークリスマス」、とゆうこからの短いメッセージが留守電に入っていた。そして3月31日にE-Mail。受信簿に <Yuko> の文字を見つけた時には驚いた。何度かMailを送ったのにRe-MailがなかったのでノートPCを持たないで出かけたものと思い込んでいたのだった。私からの何通かのMailをゆうこは確かに読んでいたのだ。開いてみるとたった一行。
 「横浜の桜は咲きましたか? 札幌はまだ寒い日が続いています。」
 たった一行のMailでも私は嬉しかった。そして、桜の花が咲いているうちにゆうこはきっと帰って来るだろうと考えた。しかし、桜の下でのうんざりするよな騒ぎが去り、花びらが舞いだしてもゆうこは帰って来なかった。帰って来るとすれば今日以外にありえないと思ったのにはまったく根拠がなかった。ただ、そう思いたかっただけなのかも知れない。空港の第二駐車場にクルマを入れたのが15時半。札幌からの次のANA便は17時ちょうど着の62便。これまでにもゆうこが何度か使っていた便だ。きっとこの便でゆうこは戻って来る。今日のこの便で。

 ハンドバック一つのゆうこが僕の目の前にいた。
 「私、帰って来るつもりなんかなかったの。急に飛行機が見たくなって千歳に行ったの。そうしたら3時半の便に空席があって・・・」
 「僕も急に飛行機が見たくなって羽田に来たんだ」
 「ねえ、明日、どこか桜の見れるところに連れって行ってくれる?」
 「裏磐梯あたりがきっと見頃だよ」
 「ありがとう、あなたはいつも優しいのね」
 僕は、「飛行機を見に来ただけなんだ」と言い、二人でクスッと笑った。そして唇を重ねた。

<18 Apr. 1999>


第8話 雨の海岸通り

 駅前の商店街をぬけてY字路を右に折れる。晴れていれば眩いばかりの海がそこにあるはずであるが、生憎なことにそこには海と空との境目さえ定かではない、奥行きのない鈍色が広がっていた。

 「家に戻るとシャワーを浴びる気にもなれずにベットに倒れ込んでいたよ。冷蔵庫は空っぽ。そう、2ヶ月前に買ったオレンジが無残な姿で凍えていたかな」
 「でも、ビールはちゃんと入っているんでしょう」
 「そう、ビールだけはね」
 「ビールを飲む元気もなかったのかと思っていたわ」
 「元気を出すために飲むんだ」
 「ビールを飲みながらだって電話くらいできたんじゃない」
 「したよ。でもいつも留守電だった」
 「ビールを飲みながらだってMailくらい打てたんじゃない」
 「確かに」

 梅雨時とはいえ降ってさえいなければかなりの渋滞なのだろうが、雨の中をこの海岸に来るのは筋金入りのサーファーと余程の暇人か、僕たちのように今日を逃したらまたしばらく会えそうにないカップルくらいのものなのだろう、さすがに空いている。
 初めはどこまでものっぺりとした鈍色に見えた景色も、目が慣れてくるとちゃんと海と空とには境目があるのを教えてくれる。沖合いにはタンカーもぼんやりとではあるが、見える。小さな漁港に戻ってくる小船もいる。動きがないかに見えた景色も額の中の絵画ではないことを小船が教えてくれる。

 「まどかに聞いたわ。またイタリアに行くんですって」
 「まだ決まった訳じゃない」
 「いつ出かけるの」
 「来週の水曜日」
 「決まっているんじゃない。行くの」
 「まあね。ほぼ」
 「でも、どうして私が知らないことをまどかが知っているの」
 「まどかには話していないよ。きっと結城から聞いたんだろう。結城には向こうのアパートとクルマのことを聞いたから。前に行った時に借りていたアパートにいま彼の後輩が入っているんだけれど、ちょうど来週日本に帰って来るんで空くらしいんだ。ミラノに着いてから2、3日はホテルにいて、その後はまたあの部屋を借りることになると思う。クルマはそいつが乗っているウーノを買わないかって。300万リラだっていうから程度は期待できないけれど、中庭の駐車場もそのまま使えるらしいんだ。覚えているかい?管理人のおばさんのこと。ゆうこが来た最初の晩にいんげん豆がどっさり入ったミネストローネを持って来てくれた。」
 「私を見て最初に何と言ったか覚えている」
 「・・・・・・」
 「Che carina!って言ったのよ」
 「・・・・・・」
 「本当に覚えていないの」
 「ごめん」
 「あなたって、いつもそうなの。いいわ。ミラノでもトリノで好きなところに行ってくれば。でも、まどかにはちゃんと連絡先を教えておいてあげてね。そうしないとまどかからの電話、来ないわよ」

 4km程の海岸通りの終りにある交差点を左に折れると、更にクルマの数が少なくなる。時折すれ違うのもバンや軽トラックが多い。雨はあがったようだ。小さな入り江から見る空が幾分明るさを取り戻して来ている。入り江の奥から急な上り坂になる。浦賀水道と相模湾を分ける半島の先端はリアス状に入り組み、海岸近くを走る道もアップダウンがきつく、時として海の近くを走っていることを忘れさせる。冬に来ると一面のキャベツ畑であるが、今は西瓜畑となっている。走っているクルマのフロントガラス越しにもソフトボールほどになった西瓜が見える。

 「ごめんなさい」
 「なにが?」
 「まどかのことなんか持ち出して」
 「いいんだ。別に気にしていない」
 「ありがとう。でも、まどかにも連絡先教えてあげてね。買い物を頼みたいって言っていたわ」
 「電話よりもE-Mailの方がいいかも知れない。Gricのアクセスポイントに繋げられるらしいから、アドレスも今のものがそのまま使えるんだ。もっとも電話がちゃん通じればの話しだけどね」

 幾度目かの上り坂を登りきった途端に大きな風車が目に飛び込んできた。

 「ねえ、あれって風力発電の風車?」
 「そうみたいだね。それにしても随分大きいな。いままで写真では見たことがあったけれど本物を見るのは初めてだ。それにしても大きい」
 「ねえ、近くまで行ってみない」

 風車と言うのには確かに大き過ぎる3枚の巨大なプロペラがゆっくりと回っている。二人で並んで、痛くなるほど首を大きく上に向けてその風力発電機を見上げる。太平洋から吹く風がこの大きなプロペラを回しているのだ。頬を撫でる風は単に風としか捉えようがないけれど、こうしてこの巨大な風車を見上げていると、地球と言う星を包んでいる大気がゆっくりと動いているのだと言うことを感じ取ることができる。

 「今度はどのくらいなの」
 「6ヶ月の予定なんだ。帰って来るのが年末か正月になる」
 「2ヶ月振りで会えたというのに、また会えなくなるのね」
 「そうだ、クリスマスの前にミラノに来ないか。クリスマスを一緒に過ごして、そして一緒に帰ってこよう」
 「悪くないアイディアね。おばさんのミネストローネも飲めるしね」
 「ミラノの冬は寒いから、ゆうこが来たら南の方に行ってみようか。僕もまだシシリアには行ったことがないし」
 「いいわね。でもクリスマスはミラノのアパートで過ごしましょう。あの部屋、私好きよ」
 「うん。ミラノのクリスマスもいい」
 「でも、今度はおばさんに恋人だって紹介してね。私知っているわ。前に行った時に、私のことを妹だって紹介したの」

<25 Jun. 2002>


第9話 唐辛子と空港

 ずっとカウンターの中で忙しく動きまわっていたゆうこが、カウンターの端に座っていた私のそばに来てこう言った。

 「こんにちは。おいで頂くの、2回目ですね」

 初めてその店を訪れた一昨日、カウンターの隅っこで文庫本読み、思い出したように時折あり合わせの紙の裏にペンを走らせていた僕を覚えていたのだ。それにしても、「いらっしゃいませ」ではなく「こんにちは」だなんて、まるでディズニーランドじゃないか。
 「ゆうこ」。そう、彼女の名前は「ゆうこ」。もっともそれを知るのは3日後のことなのだが。

 その店は異人館で有名な北野に向かう坂道の一番下にあった。新神戸駅前のホテルに泊まっていた私は、三宮駅近くまで出れば適当な店があるだろうと、地下鉄ではなくぶらぶらと歩いて緩い下り坂を歩いていた。そして信号待ちの間、薄暮のぼんやりした景色の中で目に入った看板に赤い唐辛子の絵を見つけたのだ。近くに寄ってみると小さく「居酒屋 唐辛子」とある。その唐辛子の絵に引かれて僕はエレベーターのボタンを押した。いつもの僕なら階段で上がるところだけれど、階段が見当たらなかったのである。ちょっとのぞいてみて気に入らなければ出れば良いと気軽に乗ったエレベーターではあったが、ドアが開くとエレベーターホールはなくそこは既に店の中であった。
 もっとも慌てて後戻りする必要はなかった。程よい大きさで50年代のジャズが流れ、少し暗めの照明の中に本物の木のテーブルとカウンターが小さなスポットライトの光によって暖かな色を発しているその店を、僕はすぐに気に入った。
 早い時間のせいか、僕の他にはサラリーマンらしい3人がテーブル席にいるだけ。僕は黙ったまま右手の人差し指を立て、カウンターの右端に座った。
 ワインは、言ってしまえばありきたりの品揃えだけれど、日本酒は種類こそ多くないがそれぞれにこだわった品揃えである。店の名前の通り、唐辛子を使ったちょっと辛目の酒肴が得意のようだ。まずは生ビールを注文し、運ばれてくるまでの間にメニューをもう一度点検し、白身魚の香味野菜和えを頼む。
 あらためて店内を見渡すと、4人掛けのテーブル席が3つ、詰めれば12、3人で囲めそうな大きなテーブルが1つ、そして僕の他にはあと5人ほどが掛られそうなカウンター席。その必要な部分を照らすためのスポットライトが壁や天井についている。仕上げをせず黒く塗っただけの天井の四隅に吊られた小さなボーズのスピーカーから懐かしく心和むトランペットの音が流れ出てくる。
 初めての店だというのに、もう何年も通っている場所でもあるかのように僕は寛ぎ、旨い酒とちょっと辛めの酒肴と何よりもゆっくりと流れる時間を心行くまで楽しんでホテルに戻った。

 神戸は2度目であった。ウェブデザインが、果たしてそれだけで生活が成り立つ仕事かどうかもわからない頃に制作したS社のウェブサイトをリニューアルする事になり、今回はその打ち合わせてあった。ウェブデザインの仕事は簡単に済まそうと思えばMailのやり取りだけでも済ますことができる仕事ではあるし、その程度で済ませなければ利益がでない仕事であることも事実ではあったが、S社の仕事は僕にとってはこの仕事が軌道に乗る事になるきっかけにもなった初めての大仕事でもあったので、リニューアルに際してもう一度S社長に会い、社内の隅々まで見た上で取りかかりたかったのである。
 僕は磊落に見えて、実は繊細な神経を持つS社長の人柄に私はひかれていた。そんなS社長の人柄がそのままS社のカラーともなっている、そんな社風をウェブ上でどう表現するか、難しくはあるが楽しみな仕事であった。社内を見学し、新しいウェブサイトのコンセプトについての打合せが終わるとS社長の案内で元町の中華料理店にくりだした。

 翌日はS社のウェブ担当者との打合せであった。ネット上で顧客から直接注文を受けての宅配を始めたいとの希望があるため、そのシステムの打合せも綿密に行う。S社長は午後遅い時間に顔を出し、「これから新しく入れるCADの打合せのために出かけないとならないので、申し訳ないが今晩は社の若いものに案内させる」とのことであった。はい、ありがとうございますと言ってはみたが、僕の気持ちは決まっていた。
 もう一軒行きましょうというO君とG君の誘いを断り三宮の駅で別れた。唐辛子まではゆっくり歩いても5分ほどである。

 ほぼ満席であったが幸いな事にカウンターの右端が空いていた。若い女性客が多いためか一昨日より賑やかであったが、ボーズから流れるピアノに耳を凝らせば、それはビル・エヴァンスである。一昨日はクリフォード・ブラウン、そして今日はビル・エヴァンス。悪くない。
 読みかけの本を読み、思いついたアイディアを書きとめ、神戸の街の印象を取り留めもなく書きつけながら旨い酒を楽しみ、少しずつ静かになっていく店の中で自分のためだけの時間を僕は楽しんだ。
 支払いを済ませ「ごちそうさま」とカウンターの中に向かって声をかけてエレベーターに向かう。いい店だけれど、次に来る機会はないかも知れないなと思いながらカウンターの中のゆうこの姿を探すために振り返ると、ゆうこは目の前にいた。

 「ありがとうございました。またおいでください。」
ゆうこは、決して営業用ではない微笑をたたえてそう言った。
 「また来たいところだけど、じつは明日帰るんです」
 「神戸の方じゃないんですか」
 「ええ。仕事で来ていたんです」
 「どちらから?」
 「横浜です。来たらまた寄りますよ」
 「その時にはお電話ください。カウンターのいつもの席を空けておきますから」
 「ありがとう。でも・・・次に来るのはいつになるか。でも、来たときには必ず電話します」

 翌日の午後から横浜のオフィスで打合せの予定が入っていたので早い新幹線で帰るつもりでいたが、ホテルに帰ってMailをチェックすると打合せはキャンセルになっていた。それならば午前中はまだ見ていない神戸の町をぶらぶらして・・・、そうだ飛行機で帰るのもいいじゃないかと急に思いついたのだった。早速Webでまだ空席があることを確認して予約を入れた。

*

 小さなディジタルカメラのシャッターボタンを時折押しながら異人館街の散策を楽しんだ僕は、乾いた咽を潤したくて石畳の細い道に面した、カウンターだけの小さなコーヒーショップのスツールに腰を下ろした。

 「こんにちは。お目にかかるの、3度目ですね」

 僕は正直言って驚いた。昨晩見たゆうことはまるで別人のゆうこが私の顔を見つめて微笑んでいたのだ。驚きと嬉しさを悟られないよう、私は大急ぎでちょっとこわばった笑顔を作り「こんにちは」と言った。我ながらもう少し気の効いた挨拶が出来ないのかと思ったけれどし方がない。
 「唐辛子」ではジーンズに赤いボタンの付いた黒の半袖シャツを着て、髪は後ろでしっかり結んでいたゆうこだが、今日の髪は肩に落ち、うすいブルーのタンクトップの上に真っ白な半袖のブラウスを羽織っている。10月とは言え汗ばむほどの陽気にはぴったりの装いである。
 僕はスツールに座り直すと隣の席のゆうこの横顔をそっとうかがったが、ゆうこは大き目のコーヒーカップを両手で包むようにして持ったままじっと前を見ていた。そして静かにカップを置きゆっくりと僕の方を振り向いた。

 「これからお帰りですか」
 「ええ、4時の便です」
 「えっ、飛行機ですか?東京まで」
 「変ですか」
 「いいえ、でもちょっと珍しいかなって思っただけです」
 「実は飛行機が好きなんです。飛行機だけじゃなくで空港も」
 「子供みたいですね」
と言うとゆうこは私を振り向き「ごめんなさ、怒らないでくださいね」と謝った。
 「別に怒ったりしません。飛行機は飛ぶためにものすごく努力をしているんです。空気より重いものが空を飛ぶだけでも大変なのに、旅客機は飛ぶだけじゃなくて沢山のお客さんを安全に運ばなくてはいけない。だから飛行機は大変なんです。その大変な仕事のためには極めて合理的な機体が必要で、その合理的な機体が実に機能的で美しいんです。だから・・・」

 ゆうこは声を出さずに笑っていた。本当に楽しそうに笑っていた。僕はこんな笑い方をこれまで見たことがなかった。微笑むのではない。声を出さずに、実に楽しそうに笑っているのだ。
 「ねえ、続きを聞かせて。機能的で美しい、の続き」
 「まいったな・・・。まるで子供みたいだと馬鹿にしているんでしょう」
 「聞かせてください。続きを」
 「もう終わり。好きになることに理由なんか要らない。僕はただ飛行機と空港が好きなんです」
 「私も空港は好きだな」
 「どうして?」
 「理由なんてないんです。ただ好きなだけ。いろんな人がいろんな所にいろんな理由で行くのに通り過ぎていく場所。人はただ空港を通り過ぎていくだけなの。空港に留まる人はいないの。ただ通り過ぎるだけなの。私はそんな空港が好き。ただ好きなの」
 「唐辛子は?」
 「大好きよ。私のお店だもの。その大好きな唐辛子をあなたは通り過ぎて行ったわ」
 「いや、通り過ぎただけじゃない。こうして君のところに到着した」

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 ゆうこは右手でシフトレバーを巧みに操りながら、阪神高速の右車線を空港へと早いペースで156を走らせていた。そしてシートとシフトレバーの間に置いたポシェットを探り、その中から器用に1枚の名刺を取り出すと前をみたまま僕に渡してくれた。
 「ゆうこ」それが彼女の名前だった。その名刺は昨夜の帰り際にもらったものと同じデザインであったが、いまゆうこが手渡してくれた名刺には店の名前も住所も記されてはいなかった。名刺にあるのは唐辛子の絵と「ゆうこ」、そしてMail Addressだけであった。

 「Gさん、帰ったらMailをいただけますか。もっとGさんのことを知りたいんです」
 「Gさん、って?」
 「Gさん、じゃないんですか?シャツの袖にGって名前の刺繍がありました」

 僕を南ターミナルの前で降ろすとゆうこの156は小気味良く加速していった。そして僕の乗ったANA32便は定刻を5分遅れて伊丹空港を飛び立った。僕は伊丹空港を通り過ぎ羽田へと向かっている。羽田空港を通り過ぎて、僕はどこに向かうんだろう。

 僕はゆうこがくれたシンプルなデザインの名刺を取りだし、そこに書かれた名前をじっと見つめた。空港は確かに通り過ぎるところだけれど、それだけじゃない。誰かをどこかに向かわせ、そして誰かと誰かをつないでくれる。そう、空港はそんな場所なんだ。そしてきっと、唐辛子も・・・

 僕はゆうこへのMailを書くためにバッグからノートPCを取り出した。

<29 November 2001>


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