リージョナル・ジェット ボンバルディア CRJ200ER
に乗る旅 <2003年9月8日>
ひとくちに「旅」と言ってもいろいろな旅がありますが、その多くの場合の目的はどこかに行くこと、そして何かを見ることでしょう。でも、飛行機に乗るためだけの、こんな「旅」もあるのです。
広島での仕事を終え、もう1晩広島に宿泊した郷秋<Gauche>は、翌朝6時45分時にホテルを出てJ■AIR 550便、7:45発 新潟空港行きのCRJ200に乗るために広島西飛行場に向かいました。
10年前まで広島空港として中国地方最大の利用者数を誇っていたこの飛行場も1993年に広島市の中心部から東に50Km程の丘陵地帯に新空港が建設されてからは、「広島西飛行場」として西日本を中心とした都市間コミューター輸送の拠点となってます。
空港には設置や利用の形態により第1種空港、第2種空港、第3種空港そしてその他の飛行場という4種類に分類されます。
第1種空港は新東京国際(成田)空港、東京国際(羽田)空港、関西国際空港、大阪国際(伊丹)空港の4空港で、原則的に国土交通省が設置・管理する国際空港です。第2種空港は国土交通省が設置・管理する国内幹線を担う24の空港のことなのですが、この中には新千歳、名古屋、福岡、那覇といった3,000m級の滑走路を持ち多くの国際路線を持つ空港も含まれています。第3種空港は地方自治体が設置・管理する39の空港がそれに当たりますが、青森・福島両空港のように2,500mの滑走路を持ち国際線も就航している空港もあるななど、第2種空港と遜色のない空港もあります。
広島西飛行場ターミナル正面
さて、前置きが長くなりましたが、今回私が向かった「広島西飛行場」は分類的には第1種〜第3種のいずれにも該当しない「その他の飛行場」と分類されています。それで空港ではなく「飛行場」という名称ですが、誘導路こそ持たないとはいいえ1,800mの滑走路はを持ち、737、MD81クラスなら十分に就航可能で、ターミナルビルが小さい事を除けば空港と何ら変わらない「飛行場」です。しかし新広島空港に国内幹線空港としての座を譲ってからは、JCA(日本エアコミュータ)が運行するSaab340による鹿児島空港線、J■AIRのCRJ200による新潟空港線、宮崎空港線、高知空港線が開設されるなどコミューター路線の拠点空港として活躍しています。JR広島駅から車で20分と絶好の立地だけにこれからさらに多くのコミューター路線が開設されていくものと思われます。
なお、広島西飛行場よりも滑走路が短いのに丘珠や但馬は「空港」を名乗っています。また3,000m級の滑走路を持ちジャンボ機も就航している小松「空港」も分類上は「飛行場」であるなど、その分類は必ずしも実態とは関係がないようです。
地上業務を行うカウンター。これで全部。
広島西飛行場は本当に小さな空港で、その正式名称の通り「飛行場」と呼ぶのがまさに相応しい感じです。タクシーを降りてドアを入ると目の前には上の写真のカウンターがあります。正面左手にはJ■AIR、右手にJACですが、JACの親会社であるJASがJALと経営統合された今では、同じ担当者が行ったり来たりで、両方のグランド業務をこなしているようでした。
どんなに小さな空港でも手荷物検査はあります。上の写真のすぐ左手が検査場、そしてその奥がいくつかのベンチが並んだ待合室となっています。ノートPCが入ったかなり重たいバッグをよっこらしょと検査台乗せると「ノートパソコンなどは入っておりませんか?」との質問。入っているけど、今まで見せたことがないと抵抗してみましたが、見せないと乗せててくれそうもないので仕方なくバッグの一番奥から取り出しました。検査用のX線装置の性能が悪いのでしょうか。
手荷物検査を終えて待合室に入るともう目の前にCRJがいました。
Bombardier CRJ200ER J■AIR JA203J
真っ白な機体、そそり立つT字型の尾翼。何とスマートな飛行機でしょう。JASと経営統合以来、次々と新しいJALカラーに塗りかえられているので、ひょっとして今回載るCRJもかと心配していましたが、J-AIRのオリジナル塗装のままなのでホッとしました。このデザインの方がカッコイイと思うのは私だけでしょうか。
主翼先端のウイングレットと地面に向かって開くドアに注目
このCRJ200はカナダのボンバルディア社が作るリージョナルジェッと呼ばれる、ご覧の通りほとんどビジネスジェットのような小型ジェット旅客機です。「ビジネスジェットのような」というのは本当で、実はこのCRJ200、チャレンジャーというビジネスジェットを基本として開発された50人乗りの旅客機なのです。リージョナルは「地域」の意味ですから、遠くへ飛ぶのではなくある限れた地域の中を飛ぶ、つまり近距離の空港間を結んで飛ぶジェット旅客機なのです。CRJはCanadair
Regional Jetの頭文字を取ったものです。
荷物は後方の小さなドアからこんな風に積み込む
(立ち位置が限られてしまうために、同じアングルの写真ばかりとなってしまいましたことをお許しください)
小型の近距離用とは言っても最大巡航速度は737-400よりも60km/hも速い856km/h、航続距離は日本列島を北から南までを余裕でカバーできる3,000km(737-400と同等)のすぐれもの。小型機ゆえに運行コストも低く、737-400だと1往復しか出来ない低需要路線でもCRJ200なら2往復の運行が可能となります。さらに1,500mの滑走路があれば離着陸可能な高性能機で、おまけにキャビンのシートは皮張りとまさしくビジネスジェット並の装備なのです。
CRJ200(初期の100型および胴体をストレッチした700型、900型もあります)は世界中では既に800機程が飛んでいる(2003年末に1,000機目が)というリージョナル・ジェット旅客機のベストセラーで、日本ではJAL系列で広島西飛行場を拠点に運行するJ■AIRが5機、ANAと関係を持ち仙台を拠点に運行するフェアリンクが4機運行しています。
ターミナルから歩いて搭乗。振り返るともう2機のCRJが駐機中
さて、いよいよ搭乗です。ターミナルから歩いて搭乗機に向かいます。歩くといっても目の前に駐機していますから50歩ほどでしょうか。羽田のようにバスに揺られて行くよりははるかにましですし、ボーディングブリッジを歩いて行くといつのまにか機内というのと較べると、いかにもこれから飛行機に乗ります、という感じがなかなか良いものです(^^)。もっとも機体が小さ過ぎて、とても普通のボーディングブリッジはつきそうにありません。事実、今年の1月に福島空港で見たCRJはボーディングブリッジのすぐとなりに駐機していましたが、乗客はやはり歩いて乗り降りしていました。
機体が小さいために十分なドアの大きさを確保しようとすると当然天井近くまで機体を切り欠く事になり、雨の時には機内の床がびしょ濡れになるのではないかと余計な心配をしてしまいます。
搭乗前にターミナルビルの方を振り返ると、なんと搭乗機以外にCRJが2機も駐機していました。広島西発のCRJは1日に2便しかないはずなのですが・・・。
50人乗りのCRJ200は中央の通路をはさんで左右に座席が2つずつ12列並び13列目左側に2席、右側にラバトリー、機体前方に小さなギャレーといういう配置となっており、CAが2名乗務しています。
全席皮張りのシート!
もともとビジネスジェットであったものをストレッチしているので胴体直径が小さく、ほとんどマイクロバスのようですが、高級感を演出するためにシートは上品なベージュ色の皮張りです。ただしシートは幅は狭くクッションも短いので、やはり短距離用の旅客機である事を感じさせられることになります。オリジナルのビジネスジェットの場合にはきっとファーストクラスのような豪華なシートが片側に1脚ずつ並ぶのでしょうね。
 
広島西飛行場を離陸すると北西に向かい若狭湾上空から能登半島の付根を横切り、新潟県の海岸沿いやや海寄りを飛んで新潟空港を目指します。晴れていれば地上の景色が楽しめますが、雲があればあったでその無限のバリエーションを楽しむのも空の旅の醍醐味の一つでしょう。
 
富山県上空から新潟県上空に入った頃だったと思いますが、航路図を見たり窓外の雲の写真を撮っている私にCAが富士山が見えているのを教えてくれました。左の写真中央にうっすらと見えているのがおわかりでしょうか。日本海上空から富士山まで約200Km程だと思いますが、雲があってもその上に出れば見えるものなのですね。そう言えば数年前に新千歳から名古屋に飛んだ時に、やはり新潟上空から手前に妙高山、その向こうに諏訪湖が見え更に先には小さくはあったけれどはっきりと富士山を望む事ができたのを思い出します。上空から見ると日本列島の小ささを実感することができますね。
広島西飛行場から新潟空港までは422マイル、1時間15分のフライトです。飛行自体は、機体が小さいからといって普通の旅客機と特に変わったことがあるわけではありません。水平飛行に移ってからも特に揺れが大きかったりするわけでもなくいたって快適なフライト。着陸の時、機体が大きく下を向かないまま降下していったように感じられましたが、これは気のせいかもしれません。ジャンボ機の通路と通路の間の座席に座ったりすると映画館にでもいるような感じですが、CRJの場合、機体が小さい分「飛んでる!」という実感を強く感じることができるのがヒコーキ好きとしては嬉しいところです。CRJはリアエンジンですので、機内はいたって静かですが、窓が低い位置についているために、搭乗中ほとんどずっと窓の外を眺めていたので首がかなり痛くなりました。なお、飛行中には冷たいウーロン茶のサービスがありました。
新潟空港のエプロンで次ぎのフライトの準備をするCRJ
新潟空港にはあっと言う間に着いてしまいました。広島西飛行場から新千歳空港への直行便が飛んでいた時期がありましたが、これだと約2時間と、国内線ではかなり長い飛行時間となりますね。残念ながらいまは直行便がないので、郷秋<Gauche>は新潟空港でJASの新千歳行きに乗換えです。
1時間程時間がありましたので、空港屋上の送迎デッキに上がってみたら、乗ってきたCRJを間近に見る事ができました。9:00に新潟に着いたこの便は9:25発の622便となり、プッシュバックもなしに、自分でクルリと向きを変えてタキシーウェイに向かい名古屋に飛び立つのです。

機体前方がボーディングブリッジに隠れてしまっていますが、隣にとまっているANAのエアバスA320と較べるとCRJがいかに小さいか良くおわかりいただけることでしょう。
名古屋に向けて離陸です
働き者のCRJ
名古屋の後は、時刻表を見る限りでは高知空港往復のようです。1日何レグ飛ぶのでしょうか。いずれにしてもターンアラウンドの短いCRJは随分と働き者のようです。
同じリアエンジン、T型尾翼とはいっても随分と大きい!
郷秋<Gauche>はこのMD81で最終目的地の新千歳に飛び立ったのでありました。
CRJに乗るためだけの郷秋<Gauche>の短い旅もこれで終りです。あっと言う間の本当に短い旅でしたが、1年前から乗りたいと思っていたCRJに乗ることができた、嬉しい旅でした。
コミューター路線には今回のCRJ200のように幹線を飛んでいる大型のジェット旅客機とは一味違った小さな旅客機がたくさん飛んでいます。もう南の島でしか乗れなくなってしまったYS-11、北海道と西日本の空を飛んでいるSaab340、最近では日本各地を飛び回っているボンバルディアのDASH8、名古屋を基点に飛んでいるFokker50などです。ローカルtoローカルの路線なのでなかなか乗る機会がありませんが、今回のように仕事のついでに遠回りしてでも是非乗ってみたいものです。
J■AIR のことをもっと知りたい方はこちら。
CRJを作るボンバルディア社 のWebsiteはこちら。
独り言 のページにもCRJについての小文があります。こちらの2003年7月1日の項をご覧ください。
札幌のプロテスタント教会を訪ねる
<2003年9月8日>
2003年9月8日、上記「リージョナル・ジェット ボンバルディア
CRJ200ER に乗る旅」の終点である新潟でJASのMD81(ちなみに2004年1月1日に鹿児島県の徳之島空港で着陸の際に左主脚が折れ、翼を滑走路に接触させる事故を起こしたものと同型機)に乗り換えて札幌に着いた郷秋<Gauche>は、実はもうひとつの小さな小さな旅に出かけたのでした。

目的地は札幌市を東西に分かつ創成川のすぐ横に建つ日本基督教団札幌教会(旧札幌美以[メソジスト]教会堂)。札幌駅からゆっくり歩いて15分程のところにあるこの教会は1904年(明治37年)に札幌メソジスト教会堂として建てられたもので、ご覧の通り片側だけに搭を持つロマネスク風の教会であるが、細部に目をやれば窓の上部に緩やかではあるが尖頭アーチを持つなどそこここにゴシック風デザインも取り入れられている。

北海道庁土木課の技手であった間山千代勝の設計、前野増蔵の施工による木骨石造の平屋(一部2階)、鉄板葺の構造で、外壁にはこの地方特産の札幌軟石が使用されてる。
札幌地方には旧札幌控訴院(現在の札幌市資料館)をはじめとして、札幌軟石を建材として用いた建築物が数多く残されており、そのいずれもが貴重な文化財として保存に力が注がれている。
さて、この教会の建築時期は、郷秋<Gauche>がこれまでに相当数訪ねて来た長崎のカトリック教会群と比しても早い部類に属するが、内部は高い平天井でプロテスタント教会らしく明るく広々としているなど、長崎のそれらとは趣は大きく異にする。会堂の広さはざっと見渡したところおおよそ120-30名程を収容できそうなものである。

訪れた時、牧師の先生は葬儀が終わったあとの食事の最中であったが、来意をお伝えすると快く案内、またご説明くださった。前室で見かけた教会員毎の小ポストがかなりの数であったので「教会員の方が随分と多いようですね」と申し上げたところ、明治末期と現在の教会員数はそれほど変わらず、その間の札幌の人口増を考えると信徒の数は多いとは言えないとのこと。
日本の人口に対するキリスト教信者の割合は1%未満と聞いている。現在の札幌市内のカトリック教会、プロテスタント各派の教会数はかなり多いようなので信者の絶対数は現在の方が多いのではないかとは思われるが、人口比では内村鑑三、新渡戸稲造の当時の方があるいは多かったのかも知れない。

ご葬儀のお手伝いの方がこの教会の自慢のものとしてご紹介くださったのが正面右手のパイプオルガン。1989年に設置されたドイツ製とのことであるが、冬場の湿気による痛みが激しく維持には苦労されているご様子であった。
「自慢」のもうひとつが長椅子(写真右上)。私も伺うまでまったく気づかなかったが、側面がなんと羊を模ったものなのである。なるほど北海道ならではのものである。
これまで長崎の明治・大正・昭和初期のカトリック教会はかなりの数を見てきた郷秋<Gauche>であるが、同時代のプロテスタント教会はほとんど訪れたことがなかったので、開拓時代のアメリカの教会もこの様であったのかとしばしその佇まいを楽しませていただいた。そして、思い出したのが2年前に訪れたヴォリーズの設計による滋賀県の堅田教会である。
二つの教会の間には四半世紀の時、規模、構造の違いこそあるが、やはりアメリカ流の質実で開放的な内部構造において共通点を見出すことが出来るのではないだろうか。
100年にならんとする北の大地の教会堂は、長崎のカトリック教会群とは違った歴史の重みを感じさせてくれる。読者諸兄姉におかれても、札幌をお訪ねの折にはぜひとも足を運んでいただきたい「隠れたる札幌名所」であると確信する。

日本基督教団札幌教会(旧札幌美以[メソジスト]教会堂)
札幌市中央区北1条東1丁目
国登録有形文化財(平成10年9月2日登録)
<2004年1月6日掲載>
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