VT向け なにがそんなに耳をかゆくするのか

第6回日本臨床獣医学フォーラム講演プロシーディングから抜粋
2004年9月18日 東京赤坂 ホテルニューオータニにて 講師斉藤邦史

要約

現在,耳の病気は小動物臨床の現場においてごく一般的に認められるものであり来院診療頻度の1,2位を争うものとなっている.耳は構造上外耳,中耳,内耳に分類できる.今回は外耳をピックアップし,何がそんなに耳を痒くするのか,VTがぜひ知っておきたい耳の解剖,外耳炎の病因と分類,診断,処置までを明日からの仕事に役立つよう,わかりやすく解説する.

キーワード   耳 掻痒 外耳炎  

はじめに

耳は聴覚および平衡感覚の重要器官である.“耳の疾患”の発生率は我々小動物臨床の現場においてごく一般的に認められるものであり,決して低くない.その中でも重要な症状の一つ“耳のかゆみ”は動物にとっても飼い主にとっても大変フラストレーションがたまりやすい代表的なものである.特に“外耳の疾患”は慢性経過をたどりやすく,生涯にわたる治療を必要とすることが多い.一体何がそんなに耳にかゆみをもたらすのか,外耳の疾患を中心にその検査方法や管理方法などを解説する.そしてVTとして飼い主に慢性外耳炎の複雑さ,現実的ゴール,十分なフォローや長期維持療法の必要性を説明できることを最終目標としたい.

1.解剖
1)肉眼的構造
外耳は,耳介と外耳道から構成される.耳介は漏斗状構造をとり,集音するとともにその発生源を認知する役割をもつ.しかしながら犬では品種差によって耳介や外耳の大きさ,構造に様々な種類がある.ゴールデン・レトリバーやアメリカン・コッカースパニエルまたはビーグルなどのワーキングドッグの耳介は異物の侵入を防ぐ蓋の役割を担うようになった.またヨークシャー・テリアやパピヨンなどの愛玩犬種は飾り毛に囲まれた耳介をしている.猫ではほとんどの品種で立ち耳であるが,例外的にスコティッシュ・フォールドは,耳介先端が前方に折れている.耳介はシート状の軟骨を両側から皮膚によってサンドイッチする形で構成されている.また外側面は被毛で被われているが,コッカースパニエルではそれは顕著である.内側面は耳介先端と辺縁は薄い被毛に覆われるが,耳根部にいくにしたがって被毛は少なくなる.一般的に外耳道にも細かい毛があるが,コッカースパニエル,プードルなどは耳道全体に毛が豊富に存在している.猫の外耳道には毛はほとんどない.外耳道は垂直耳道と水平耳道から構成され外耳道の長さは平均4.1cm2.2-5.7cm)である.外耳道の温度は38.238.4℃で品種や立ち耳,垂れ耳にはほとんど影響されない.しかしながら外耳炎になるとその温度は上昇し,平均温度は38.9℃になる.また外気温にはほとんど左右されないという報告もある.また外耳道内湿度の平均は80.4%で外耳内温度と同様,外部環境の湿度が24%変化しても2.3%程度であり外湿度に対して大きく変化しないことがわかっている.外耳道pH4.6-7.2と幅があるが平均6.2である.
2)顕微鏡学的構造
 外耳道上皮は重層扁平上皮細胞からなり,表面には耳垢または表皮脱落物が付着する.耳垢は外側に向かい一定の速度で移動し,上皮は剥離して耳垢とともに外耳道から外側に排出される.真皮上層には皮脂腺が多数存在し,犬では耳道入口にいくほど増加する.猫では鼓膜近くにいくほど増加する.皮脂腺は主に中性脂肪を分泌し,これが脱落上皮とともに耳垢の主成分となる.またアポクリン腺(耳垢腺)は真皮深部に存在し,鼓膜に近いほど増加する.アポクリン腺は酸性ムコ多糖類とリン脂質を含んでいるため皮脂腺の中性脂肪より水性耳垢となる.長毛種は短毛種に比べ皮脂腺やアポクリン腺の密度が高く発達している.コッカースパニエルなどの外耳炎好発犬種ではアポクリン腺のほうが増加傾向にある. 

2.耳の痒みの原因
 耳の痒みは耳そのものの原因にとどまらず,体の他の部分との病変と関連している場合もあるので,総合的な診断検査が必要である.
1)感染性疾患
 細菌感染症
外耳道の炎症起因菌としては,ブドウ球菌を中心としたグラム陽性球菌が多数占め,その他大腸菌,緑膿菌などグラム陰性桿菌も検出される.
2)寄生虫感染症
ミミヒゼンダニは比較的若齢動物で散見されるが黒褐色の耳垢が特徴で,痒みが強く,頭部を振ったりする.また疥癬症も激しい痒みを呈し,耳介辺縁に表皮肥厚と角化亢進を起こす.マダニが耳介に吸血し痒みを呈することも少なくない.ニキビダニが外耳道に影響を与えることは多くはないが,まれに耳垢内から多数検出されることもある. 
3)真菌感染症
皮膚糸状菌感染症は耳介に皮疹を発現させるが耳道内には病変を作らない.またマラセチアは耳道内から分離される代表的な酵母様真菌であるが常在菌としての要素も強く,起因病原菌としての決定には注意が必要である.近年マラセチアアレルギーとして注目されている.
4)アレルギー疾患
 アトピー性皮膚炎は慢性外耳炎の基礎疾患として最も重要である.食物アレルギーはアトピー性皮膚炎より発生頻度は低いものの,それが基礎疾患の場合に重要な1症状となる.接触性アレルギーの場合耳介内側と垂直耳道上部の病変が現れる.盲点として洗浄用耳道クリーナー液や綿棒などの刺激接触が原因となる場合もある.
5)角化異常
 角化異常は他の疾患に続発して起こることが多く,全身性脂漏症と外耳炎の関連性は深い.例としてコッカースパニエルやシーズー,ウエスト・ハイランド・ホワイト・テリア,猫ではペルシャ等の品種は問題が発生しやすい.
6)自己免疫性疾患 
 落葉状天疱瘡等は一般に耳介に小水疱やびらんなどの問題を発生させることが多いが,外耳炎を起こすことは極めてまれである.
7)環境因子
紫外線に暴露されることにより発生する日光性皮膚炎は白色の毛色の猫に多く,耳介先端に鱗屑,脱毛,紅斑を起こす.また冬には,耳介先端に凍傷や寒冷凝集素疾患を起こすことがある.外耳炎発生率に影響を与える天候要素は気温,湿度である.耳道内の温度湿度は外界との変化にわずかにしか影響を与えないと前述したが,微細ではあるがその相対的上昇に伴い発生率が上昇する. 
8)異物その他
 草のノギなどの異物は必ずしもではないが,耳炎の急性症状を示す.また耳道内にはえる毛も異物として炎症の引き金になることが知られている.耳道の腫瘍はまれではあるが不快感や掻痒感を発生させることがある.さらに甲状腺機能低下症や性ホルモン異常はしばしば過剰な皮脂腺の活動に影響し外耳炎を生じさせることもある.
9)悪化因子
耳の構造(垂れ耳など),不適切な治療(綿棒や軟膏の使用),慢性炎症による耳道閉鎖なども挙げられる.
10)カーミングシグナル
いわゆる犬のボディランゲージのことであるが,ストレスの回避行動の一つで,耳を後ろ足で掻く動作をすることがある.病的ではない.

3.診断方法
1)病歴の重要性 
耳がおかしいからといって耳だけ検査せず,病歴を聴取した後,全身をチェックする.いつから(どのくらいの期間),どこが(どこから),どのようになってきたのかなど,原因の可能性を探る上で特に重要である.前述したように全身性疾患から耳の痒みなどの異常を発現させることもあるからである.また,片側性の耳の異常の稟告であっても必ず両側をチェックすることも重要である.
2)外貌検査
 耳介被毛の状態や肥厚や紅斑,熱感等の皮膚病変の有無をチェックし,診察中にかゆみの状態がどの程度かも観察しておく.
3)耳鏡検査
耳鏡を用いて,外耳道と鼓膜の状態を観察する.耳鏡での観察はやさしく耳介を引っ張って,可能な限り耳道を直線的に保ち,スペキュラを挿入する.この際,疼痛を示している動物や炎症のある耳道を耳鏡でさらに傷つけることのないように注意する.正常な耳道は平滑であまり赤みがなく,分泌物もほとんど見られない.鼓膜は外耳炎があると観察しにくい場合もあるので無理なチェックは控えたほうがいい.
4)耳の細胞診
 耳垢の細胞診は,外耳炎の診断治療に有用な情報を提供してくれる.簡単に病院内で迅速に実施可能であるので必ず実施したい検査である.細胞診の材料採取は耳の洗浄前に採取する.まず耳垢の肉眼所見をとり,綿棒で耳道をこすって付着した材料を清潔なスライドガラス上に塗抹して顕微鏡で観察する.この際,上皮系細胞,炎症細胞,寄生虫,細菌,マラセチアの有無などを評価する.一般的にDiff-Quikのような簡易染色を用いるとよいが,ミミヒゼンダニの検査には染色はしないで直接顕微鏡で観察するとよい.また細菌の染色は場合によってグラム染色を行なう.
5)細菌培養と感受性試験
 ほとんどの症例では,細胞診のみで治療上,十分な情報をえることができる.しかし下記のような場合には耳垢を細菌培養して原因菌の特定をし,抗生物質に対する薬剤感受性試験を行なうことを推奨する.
 再発性もしくは治療に反応しない外耳炎
外耳道表面に潰瘍病変がある場合
グラム陰性菌感染が疑われる場合

4.処置治療
 外耳炎の基本的第一ステップは完全な洗浄である.耳道の汚れがひどい場合に薬を局所投与しても効果はあがらない.耳垢は耳道内を機械的にバリヤする働きをもっているが,これがかえって薬物の効果を減じることになる.洗浄前に耳道内の毛は抜くか(炎症のひどい時には行なわない)カットしておく.またスクワランなどの耳垢溶解剤を洗浄前に用いると一層効果的である.

1)洗浄剤の選択
a)生理食塩水
 鼓膜に破裂などの異常がある場合,中耳,内耳に障害を与える聴器毒性の可能性があるため化学物質における洗浄には注意が必要である.したがって鼓膜に異常があるとき,鼓膜が確認できない場合には,生理食塩水を使用したほうが安全である.
b)クロルヘキシジン
 クロルヘキシジンは精製水か蒸留水を使って0.05%に希釈し使用する.水で希釈すると固形物質が析出する.これは広範囲な抗菌作用をもち,残留性もある.犬に対しては安全性が高いといわれているが,猫では短期間の聴器毒性を持つため使用しないほうがよい.さらに0.05%濃度では緑膿菌(グラム陰性桿菌)に対し耐性を持っていることがわかっている.したがって培養して原因菌が確定するまで,もしくは緑膿菌の感染が予想される場合には,別の洗浄液を用いたほうがよい.
c)ポピドンヨード
 殺菌作用は強いが,聴器毒性があり,文献によって使用濃度にばらつきが多く,さらに猫には使用しにくいなどあまり洗浄剤としては勧められない.
d)酢酸
 酢酸の濃度は2.5-5%になるように希釈する.2%酢酸溶液は緑膿菌に,5%酢酸溶液はブドウ球菌に作用し死滅させることができる.しかし5%を超える濃度では刺激があるので避けること.
f)イヤークリーナー
 オーツアベナンスラマイド サリチル酸などの含有したイヤークリーナーが各社より販売されている.一般に刺激性が低く,なおかつ抗炎症作用や抗掻痒作用,殺菌作用も持ち合わせているため使いやすい.しかし中にはアルコール成分を含有しているものもあり,その刺激性やアルコールで耳垢が乾燥し固まってしまうなど,その使用には注意が必要である.
2)洗浄方法
 耳道を傷つけず,汚れ(異物)を残さないことが最大のポイントである.耳道内に洗浄液をたっぷり入れ,耳介をしっかり持ち,耳道軟骨を指で挟み込むようにやさしく30秒ほどマッサージする.その後,押さえていた耳介を離す.動物は耳道に液体の入っているため頭を振る.耳道入口に出てきた汚れをふき取るという処置を繰り返す.洗浄清掃の際には,綿棒やティッシュペーパーは使用しないこと.きずつけたり,耳道内の汚れを鼓膜側に押し込んでしまう事が多い.綿花や化粧用コットンを使用するのがベストである. またウォーターピック:歯科用器械を用いることにより効果的に洗浄することもできる.この際鼓膜に損傷を与えることがあるので洗浄圧は低めに設定し,なおかつウォーターピック先端からダイレクトに洗浄液が鼓膜に加圧しないように先端を加工する必要がある.その他に栄養チューブなどを耳道入口に挿入し,洗浄液を注入,吸引を繰り返す方法や,バルブカテーテルで洗浄する方法もある.

3)治療薬
抗生剤やステロイド剤など原因に応じた局所および全身投薬治療を行なう.また場合によって耳道切除などの外科処置も検討されることがある.

5.クライアントによる継続管理
1)自宅での洗浄
クライアントによる耳道の洗浄を含めた管理は,安全性が高く,簡便で,動物への苦痛が少ない処置であること.さらに継続してもらうことが大変重要である.洗浄液を入れさせてくれないなど,上述の洗浄方法がうまくできない場合には洗浄液を綿花にあらかじめ染み込ませておき,少し耳介にたらす.慣れてきたら徐々に耳道内にたらす洗浄液の量を多くしていき動物もクライアントも慣れるように工夫させる.洗浄後,頭部を振ると汚れが部屋に飛び散ってしまうことがあるので,浴室や屋外で行なうとよいことも含めて指導する.
2)自宅での継続管理
VTとしてクライアントに対し自宅での継続管理に対するフォローアップが重要である.
     外耳炎の原因を含めた複雑さ
     慢性化するとなかなか完全治癒しがたい状況の説明
     悲観的にさせない現実的なゴールの説明
     なぜ長期に,頻繁に洗浄処置を含めた自宅での耳のケアが必要なのか
     十分なフォローや長期維持療法の必要性の説明
これらの説明がスムースに行くように日頃からのシミュレーションが大切である.VTは獣医師とクライアントの掛け橋である.VTがクライアントに対し十分に話を聞いてあげることにより,うまく処置ができない理由や,獣医師との会話で補えなかった問題をピックアップし解決する糸口を探すことも重要な役目である.
参考文献

Richard GH,Joseph H,Agnes JD.カラーアトラス獣医耳科学.岩崎利郎監訳.インターズー.2003

Hung HP.Studies of the Microenvironment and microflora of the canine external ear canal.PhD Thesis,Glasgow University.1993.

Fernando SDA.A histological and histochemical study of yhe glands of the external auditory canal of the dog.Research in Veterinary Science.7:116-119,1966.

Rosychuck RAW.Manegement of otitis externa.In Veterinary Clinics of North America.24:921-952,1994.

           

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