由木尾 晃<e-Mail
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去年は宮沢賢治生誕100周年でした。賢治を題材とした映画、テレビ番組、本、舞台が、何本も発表されるほどの宮沢賢治ブームだった。賢治ファーンとしてはとても楽しかった1996年であった。
誰もがよく知っている宮沢賢治の詩といえば、やはり”雨ニモマケズ”がすぐに想い浮かぶであろう。”雨ニモマケズ”は宮沢賢治が37才で亡くなる2年前1931年に手帳に書き留められたものである。有名な詩人の詩には、たいがい作曲され曲がつけられている。しかし、この詩については、1996年までに発表された作曲を見つけることが、私にはできなっかった。
65年の歳月を経て、"雨ニモマケズ”に2つの曲がつけられ、CD化された。一つは労働者作曲家として名高い仙台在住の”高平つぐゆき”の手によるもので96年日本の歌声祭典・盛岡イーハトブコンサートで発表され、有限会社STプロジェクトから発売の”高平つぐゆき作品集”の中に収録された。もう一曲は、映画”平成狸合戦ぽんぽこ”のサウンドトラックを担当した事でも有名な、”上々颱風”による作曲だ。こちらはテレビ岩手制作のテレビアニメ”KENJIの春”の主題歌”アベェ・マリア”のシングルCDのカップリング曲になっている。(Epic・Sonyより発売)
”高平つぐゆき”作のものは、激しいピアノの伴奏をともなって”雨ニモマケズ/風ニモマケズ/雪ニモ夏ノ暑サニモマケヌ”のフレーズを全面的に押し出している。詩の抑揚にそったリズム・メロディーがつけられ、詩に忠実な作りになっている。このことが、じょうずな朗読を聞いているような、演劇を見ているような、”雨ニモマケズ”の詩の世界を何倍にもドラマチックに聴かせる仕掛けになっている。
つまり、”高平つぐゆき”作のものは”雨ニモマケズ”にメロディーをつけることによって、詩という脚本を、音楽という演劇にかえて見せた。
一方、”上々颱風”によるものは、パーカッションを担当している”後藤まさる”による作曲で、歌も本人自らのものである。
曲は、非常にシンプルなつくりで静かな語り口で歌われる。印象的なのは、曲が3拍子であることだ。”ズンチャチャ・ズンチャチャ・ズンチャチャ・ズンタン”と3歩あるいて2歩後退というようなリズムで、イントロとエンディングを印象づけている。詩・メロディー以上に、”挫折はあっても理想に近づきたい”という叫びをリズムから感じる。曲の盛り上がりが、”ミンナニデクノボートヨバレ/ホメラレモセズ/サウイフモノニ/ワタシハナリタイ”と詩の最後の部分にあり、リズム表現と合わせて、”上々颱風”作のものは”宮沢賢治”の心の叫びが伝わってくる。
実は私は、コーラスを構えて聴くのははじめてで、あまりコーラスについての知識はない。”雨ニモマケズ”だけでなく”高平つぐゆき作品集”全31曲を聴いてみたが、コーラスというのは詩に込められたドラマを語らせるにはとても相性の良い表現だなと新鮮に感じた。一つひとつが色いろな運動の中から生まれてきた歌ということもあるのであろうが、大勢の人の声がそれぞれのパートで語り合うように重なり合うからではないだろうか。この点は、「ニューミュージックやロックでは出せない味」だと思う。これが歌声運動としてコーラスがある存在意義の一つなんだなと思った。
”高平つぐゆき”版”雨ニモマケズ”は曲のラストに”雨ニモマケズ/風ニモマケズ/雪ニモ夏ノ暑サニモマケヌ/サウイフモノニ/ワタシハナリタイ”と補作されているが、これは少し余計だったような気がする。前述の通り”雨ニモマケズ〜”と曲の最初で強く印象づけているので、この補作をいれると、「宮沢賢治は雨にも負けず風にも負けず雪にも夏の暑さにも負けないそういう人になりたかったんだなぁ」と詩の字面どうりに受けとめられて、聴き手の詩の鑑賞能力を奪ってしまう恐れがある。これは、十分詩の情景を聴き手に想像させることのできる、レベルの高い作曲のためであるが、丁寧すぎる説明はテレビの画面のごとく無批判に頭をすり抜けて行くからである。
”雨ニモマケズ”は、「雨にも負けず風にも負けず自己犠牲と献身の精神に徹して生きようとした農民詩人」の詩として、紹介されることが多い。そのことに長い間、私は、疑問を持っていた。ごぞんじの通り”宮沢賢治”の作品はヒューマニズムにあふれている。しかし、”雨ニモマケズ”で書かれている自己犠牲とは、”決シテ怒ラズ/イツモシズカニワラッテイル”とか”ジブンヲカンジョウニ入レズニ”とか”ホメラレモセズ/クニモサレズ”など、まるでロボットのように非人間的だ。逆に自分を感情に入れてこそ、怒りや喜びを感じてこそ、”東ニ病気ノコドモアレバ〜 ”と献身的になれるのではないかと思っていたからだ。
何気なく賢治の生きた時代の年表を見ていたら次のことに気がついた。この詩が書かれた背景として、1928年の男子普通選挙法による最初の総選挙で労農党や無産者諸政党が議席を得るなど、労働運動が大きくなろうとし、そして弾圧をうけていった時代だということだ。”宮沢賢治”は、その当時大多数を占めていた”農民”が幸せな人生を過ごせるように願っていた。晩年には、自ら働く農民になって、考え実践しようと、農学校の先生をやめている。そういう賢治にとって、この時代の流れとは無縁ではなかった。。実際、資本論を読んだり、労農党に事務所を貸したりカンパしたりしている。しかし、現実は、天皇制政府のもとで、労農党や無産者諸党を治安維持法などで弾圧して、農民・国民の幸せをうばい戦争を準備していった。賢治自身も、農民の学びの場として設立した”羅須地人会”が、社会主義運動とレッテル貼りされ、やむなく閉鎖に追いやられた苦い経験をしている。
つまり、”雨ニモマケズ”は、イーハトーブの実現を邪魔した天皇絶対主義の時代を「雨・風・雪」と表現し、そういう時の権力に対して”ホメラレモセズ/クニモサレズ”一喜一憂せずに、淡々と苦しむ農民を助ける、願わくばそういう時代に対抗するだけの力がほしい、そういう詩ではないだろうか。
”上々颱風”版の歌では、そのような願い・決意が静かな語り口で歌われているような気がしてきた。宮沢賢治が生まれてからの100年の社会進歩を現すような3歩前進2歩後退のようなゆっくりとした拍子のリズムで・・。
最近の”上々颱風”は、従来のドラム・キーボード・パーカッション・ベース・三弦(エレキバンジョー)のいわゆるロックスタイルにこだわらず、各自めいめい好きな電気を使わない楽器を持ちよって”雨ニモマケズ”のようにアコースティックな演奏をちょくちょくおこなっていて面白い。最新のアルバム”ためごま”では”桧原村音頭”を実験的にPCMテレコ・マイクの究極のアコースティック録音をしてみたり、コンサートでは全曲マイクなし、アンプなし、もちろんスピーカーなし、照明はろうそくの一切電気なしの究極のアコースティックロックコンサートを何回か開いている。
同じ詩に、同じような時期に違う作曲家が曲をつけるのを聴く機会は、作曲コンテストの審査員にでもならない限り、一般リスナーにとって、めったにないことだと思う。
どちらの曲が良いのかは、あまり問題ではない。”高平つぐゆき”が詩の世界を立体的に演出し、”上々颱風”は心象の風景を表現したことに見られるように、一つの詩を語るにしても、何通りもの感じ方があり表現がある。人間の表現は無限だなと感じるとともに、今まで気がつかなかったことを気が付かさせる。そんな、音楽の無限性みたいな物を、感じることが大事だと思う。
”雨ニモマケズ”のこの2曲の紹介をつうじて、みなさんの賢治ワールドを広げていくことに役立てば幸いである。