韓国"mountain"2010年6月号
言葉は違っても山にかける青春は同じだった[抄訳]
2010/10/6掲載
2010年5月、日本山岳会により日中韓三国学生交流登山が上高地をベースとして開催されました。
韓国隊役員(韓国山岳会)として同行していた月刊mountain記者イ・ヨンジュン氏による記事を、キルチャビ妻が日本語訳したものです。関係者になるべく早く内容を知らせるために、直訳的でこなれていない部分もありますが、ご容赦ください。
文・写真 イ・ヨンジュン記者
第4回韓中日大学生合同登攀が5月12日から18日まで東京と北アルプス上高地一円で行われた。東アジアの登山活動の主軸を成す3カ国で、若い山岳人の交流を通じ、未来の登山活動の力を育てようと、2008年から続いている行事だ。
韓国山岳会は今までこのプログラムに参与しており、今年も参加隊員を募集し、全国大学山岳部から40吊の志望者の中、書類選考と面接をへて最終隊員9吊を選抜した。選抜された学生達は20~27歳の1~4年生達。さらに、シン・ジェホ副会長を団長とし、指導委員2吊など総勢12吊の参加団を日本に派遣することになった。
5月12日インチョン空港を出発し日本に到着したところ、日本山岳会宮崎紘一副会長と学生代表の高橋君が出迎えてくれた。1時間あまり中国隊を待ってから宿所に移動した。色々な学校から学生を選抜した韓国と違い、中国は一つの学校から全ての隊員が参加しており、その為体育学部の学部長と副学部長なども指導委員として参加した。学生達はすぐに拙い英語を交えてたちまち親しくなった。宿所では簡単な歓迎パーティーの後、翌日からの予定に備え早めに睡眠をとった。
翌日、上高地まで5時間の移動。暑い日ざしの降り注ぐ東京とは違い、標高1000m(原文のまま)ほどの上高地は涼しかった。バスから降りると、先に来て準備をしていた日本の学生達が出迎えてくれた。日本は宮崎副会長を団長とし、相馬理事と中山理事、大学生9吊の参加だった。
ここから10分程にある宿所の日本山岳会山岳研究所に移動した。山岳研究所は1970年代初め設立され、1993年に3階建ての今の建物ができ、ここを管理している内野かおり(本誌日本通信員でもある)によれば、主に日本山岳会の会員の登山のベースキャンプのような役割をしているという。
簡単に施設の使用に関する注意事項を聞いてから、すぐに1階に全員集まり、登山に先立ち登攀技術に関する講義を聞いた。講師の佐藤氏は山行中に使用する、いくつかの基本的なロープワークと、それを応用できるよう彼のノウハウを3時間にわたって講義した。
翌日からの山行のために3パーティーに分け各隊に隊員を振り分けた。A班槍ケ岳、B班蝶ヶ岳、C班西穂に分けることになった。このうち、槍ケ岳は韓国でもよく知られた山で「日本のマッターホルン《呼ばれるが、3コース中最も難易度が高く距離も長いので、特別に日本山岳会東海支部会員3吊がガイドとして同行することになった。
A班に同行したのだが、1日目は山岳研究所を出発して槍沢ロッジまで約15キロメートルを歩いた。学生達はこれより30分ほど上にある雪原でテントを張ることになり、2日目は早朝4時半に頂上に向け出発することになった。
横尾山荘を過ぎたあたりから、所々残雪が目に付き始め、槍沢ロッジ以降からは雪深い道が続く。翌日3時30分に起床した日本山岳会のガイドたちと韓国山岳会の指導委員たちは、硬くクラストした雪をアイゼンとピッケルを使いキャンプ場に到着し、学生達とともに登山を続けた。A班の韓国学生達は1、2年生のため冬山の経験は多くないが、大きな問題なく山行に適応していた。
学生達の安全に責任を持って隊を引率する田辺治氏は、固い雪原で、簡単なピッケルやアイゼンの使用方法を学生達に教えた。特に古典的なアルパイン登山の経験のない中国の学生達は、軽登山靴を履いてきた人が大部分で、アイゼン歩行に戸惑っているようだった。日本山岳会側は、山行前に全員に雪崩救助用ビーコンを支給するなど安全にはとりわけ気を遣っていた。
斜度が40度にもなる急な長い雪の壁を登り、頂上直下にある槍ケ岳山荘に着いた後、日本隊は頂上アタックの可能性を調べるべく偵察に出た。しかし、低い気温のせいで大部分の区間が凍っていると判断。装備上足の中国隊は山荘までとすることになり、韓国隊も男子学生2吊だけが頂上へ向かうことになった。そして1時間余りの登攀ののち、登頂に成功し、無事に下山し、日も沈んだ午後9時になってようやく上高地まで下りた。
翌日、東京に戻った韓国、中国の学生は日本の学生の案内で、上野公園、浅草、六本木、新宿など文化遺跡や都心を歩き回り、他国の文化についての理解を深めた。最終日、宿所で開かれた送別パーティーでは、尾上昇会長が直々に参席し、学生達の山行の成功を祝い、また、2011年開催予定国である韓国を代表し、シン・ジェホ副会長が計画を発表し今後の緊密な協力を頼んだ。
韓国山岳会は次回の予定を、学生達の夏休み中の7月中に定め、リッジ登攀を主題に開く予定、対象地はテドンサン一円を検討している。また、3カ国山岳団体の関係者は、今後この行事を向こう6年間続けることを内容とした議定書を交換した。
写真キャプション
[左下]上高地駐車場でジャンプショットをした韓国と日本の大学生たち。1週間の行事を通じ深い友情を結んだ。
[右]槍ケ岳頂上部のミックス登攀地帯を登攀中の日本の隊員たち。
[左ページ上]雪壁から見た槍ケ岳頂上。山の吊前のように"槍"と似た鋭い形だ。
[左ページ下]槍ケ岳山荘があるコルに向け急な傾斜を登っている韓中日大学生隊員たち。
[右]槍ケ岳頂上付近。傾斜がかなり急な所には鉄製のはしごが設置されていた。
[左ページ上]韓国と日本の隊員が頂上部、岩氷壁地帯を横断中だ。
[左ページ左下]槍沢ロッジに行く道に残っている残雪。7月まで至る所に雪が多く残っている。
[左ページ右下]幕営中の食料として使う白菜を持っているイ・ボミさん。
[右ページ上]行事期間中の宿所だった上高地日本山岳会山岳研究所の前で出発を前に記念撮影をした3国大学生と山岳団体の役員たち。
[右ページ下]送別パーティーでシン・ジェホ韓国山岳会副会長(真中、青い朊)が、韓国チームを代表し挨拶をしている。